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 翌朝、メアリは兄達と共にフェイデラの視察に出ていた。

 事前に渡されていた手引書を参考に『季節のタルトが美味しい喫茶店』で朝食をとり、『市街地を見下ろせる絶景の高台』で休憩をとる。

 その間もあれこれと見て回り、気になる店を覗き……と充実していた。

 兄妹仲良く、時に語らい、時に笑い合い、それはそれは楽しく長閑な時間である。


「これが過酷な跡継ぎ争いの旅……? アディ、いま私ものすごい違和感を覚えているわ……」

「そ、そうですか? 俺はまったくこれっぽっちも違和感なんて感じませんけどねぇ」

「……白々しいわね」


 メアリがじっとりとアディを睨みつければ、彼の錆色の瞳が露骨に逃げる。

 そうしてしばらくは「えぇっと」だの「その」だのと的を射ない言葉を口にした後、穏やかに微笑むとメアリの肩を優しくさすってきた。錆色の瞳がまっすぐにメアリを見つめてくる。


「メアリは心配性だな。ほら、ラング様達のもとへ戻ろう」

「騙されないわよ」


 いつもの手に出ようとするアディを、メアリが睨みつけて制する。

 さすがに今回は名前を呼ばれたからといって誤魔化されない。そんな意思を訴えるためによりきつく睨みつければ、肩をさすっていたアディの手がするりと腰へと移動した。

 いったい何をするつもりなのか、そうメアリが問おうとするが、それより先に腰を押さえていた手がぐいと引き寄せてきた。不意を突かれ、メアリの体が彼の体にぶつかる。


「そんなつれないこと言うなよ。ほら行こう、メアリ」


 普段よりも少し低いアディの声。その声に耳元で囁かれ、そのうえアディは抱き寄せたまま歩きだしてしまう。

 これにはメアリもろくに抵抗できず、少し早い彼の足取りにあたふたと着いていくしかない。


「も、もう! 強引な一面に惚れ直して絆されたりなんかしないんだからね!」


 と、まんまと絆され誤魔化されながら……。

 アディが心の中でガッツポーズをしたのは言うまでもない。もっとも、強引さを取り繕ってはいるものの、今のアディの耳は髪色にも負けぬほどに真っ赤になっているのだが。



 兄達のもとへと戻り、再び楽しく談笑を……となったのだが、しばらくすると人の声が聞こえてきた。

 数人の男達がさも偶然立ち寄ったと言わんばかりにこちらに近づいてくる。親し気に片手を上げる者もいれば、遠目ながらも品良く礼をする者もいる。その中にはマウロの姿もあり、メアリが僅かに身構えた。

 だが彼は爽やかな笑みを浮かべてメアリ達に挨拶をしてくるだけだ。まるで昨夜の事が嘘のようではないか。


 そうして男達がメアリを囲み誉めだすのだから、メアリは盛大に溜息を吐いた。肩を落としたその態度はあからさますぎるが、それも仕方ないだろう。

 なにせ今朝訪れた喫茶店から始まり、立ち寄る場所すべてにこうやって男達が現れるのだ。これといって邪魔をするわけではないが、現れるとメアリを囲み、あれこれと誉めそやしてくる。害は無い、だが面倒くさい事このうえない。


「メアリ様を屋外でお見かけするのは初めてです。あぁ、日の光のもと見る銀糸の髪のなんと美しいことか……!」

「イヤダワソンナー」

「いまフェイデラは太陽を二つ所有しております。天に輝く太陽と、そしてメアリ様、貴女です」

「オジョウズデスノネー」


 男達からの誉め言葉に、返すメアリの声は次第に感情が失われていく。瞳も濁り、視線はティーカップの底を見つめている。顔を上げる気力すら無いのだ。

 そんな中、アディがコホンと咳払いをした。


「申し訳ありませんが、今はアルバート家の家督について話しております。皆様とのお話は後日改めて場を設けさせて頂きますので」


 だから今日は退いてくれ、そうアディが遠回しに促す。

 それを聞き、男達が次々に了承しだした。頷いたり、邪魔をしてしまったことを詫びたり、もしくは「では今度お茶でも」と抜け目なく誘ってきたり。その様子は皆一様に軽く、そして軽いがゆえに断りを無礼に感じている様子はない。

 フェイデラの男達は軽く、手で払えばふわりと次へ行く。そして手で払っても彼等は怒ることなく、しばらくするとまたふわりと戻ってくるのだ。

 扱いやすいのか、しつこいのか……。そう考えメアリが肩を竦めると「家督ですか」と声が割って入ってきた。ふわりと飛んでいく男達のものとは違い、どことなく不満そうな声だ。


「アディ様、貴方もアルバート家の家督の話に加わるとは、随分と出世したものですね」

「……どういう意味でしょうか、マウロ様」

「従者の身でメアリ様と結婚まで漕ぎつけ、そのうえメアリ様を独占するとは。フェイデラでは考えられないことです。果てには家督の話に加わるなんて、出自をわきまえず些か欲深いとは思いませんか?」


 棘のあるマウロの言葉に、アディが小さく息をのんで言い淀む。

 その瞬間、メアリはカッと目を見開き、言い返してやろうと立ち上がり……、


「アルバート家の家督について、アルバート家の者が話し合うのは至極当然の事だろう」

「次代は俺達の誰かになる。それなら、誰と話し合うかを決めるのも俺達だ……」


 淡々と告げるラングとルシアンに先をこされ、ストンと椅子に座り直し「お兄様」と呟いた。

 兄達の声色は落ち着いており、傍目には冷静に映るだろう。それどころかニッコリと愛想よく笑い「そういう事だからすまないな」「またの機会に……」と手早く男達を追い払ってしまう。

 それだけを見れば愛想の良い兄弟だ。二人は陰陽真逆でありながら元の作りは瓜二つ、それゆえか、今の笑顔はメアリでさえ見間違えてしまうほどにそっくりだ。

 同じ顔の、寸分違わぬ同じ笑み。麗しいが底冷えするような冷ややかさを感じさせる。


「お兄様達、あれ相当頭にきてるわね」


 そうメアリがポツリと呟いた。メアリからしてみれば、兄達の笑顔のなんと胡散臭い事か。

 日頃やたらと騒がしく喜怒哀楽の分かりやすい兄達だが、譲れない部分を侵害された時は静かに分かりにくく怒る。事情を知らぬ者は見惚れてしまうほどの麗しい笑み。その時だけ、陰陽真逆の二人は鏡に映したかのように同じ顔をする。

 そしてこれほど彼等が怒りを抱いた場合、安易に矛を納めたりしない。

 彼等の怒りを抑えられる者など、彼等の両親か、最愛の妹メアリか、もしくは……。


「こういう時ぐらいは珍しく頼りがいがありますね。さすがラング様とルシアン様。さて、どっちがどっちでしょうか」


 暢気に褒めながら拍手をしているロベルトぐらいである。

 その淡々とした発言は場の空気を盛大に壊し、同時にその場にいた者の肩の力を抜く。怒りや毒気も彼の拍手に合わせて四散しそうなほどだ。

 ラングとルシアンも顔を見合せ、「嫌な奴だったな」「あぁ、いけすかない奴だ……」と愚痴を言い合っている。……愚痴を言い合う程度に納めたのだ。表情も普段のものに戻っている。今なら誰だって見分けがつくだろう。


 これにはメアリもお見事と心の中でロベルトに拍手を送った。あのままでいれば兄達はマウロを、それどころか彼の家であるノゼ家を敵に回して徹底交戦しかねなかった。

 いや、交戦どころかアルバート家の権威を持って一瞬にして踏み潰していただろう。

 傍目には麗しい笑みでも、いや、麗しい笑みだからこそ、それほど怒っていたということだ。


「お兄様の怒りが収まってよかったわ。さすがロベルトね」

「兄貴は猛獣使い……おっと失礼しました。兄貴の手腕は見事ですね」

「社交界はアルバート家に敬意を払っているけど、アディの家にも敬意を払うべきだわ」


 そうメアリが提案すれば、アディが「俺の家に?」と首を傾げた。

 今でこそメアリとアディが結婚し親族となっているが、元々アディの家は代々アルバート家に仕える従者の家系。同業の中では群を抜いているとはいえ、社交界では給仕に回る立場だ。

 ロベルトの手腕が見事であろうが、彼が猛獣使いだろうが、あくまで仕える立場。それが社交界から敬意を払われるとはいったいどういうことか。


 それをアディが視線で問えば、メアリが肩を竦めて眼前の光景を眺めた。

 兄達が手引書を覗き込み、それをロベルトが見守っている。兄達は相変わらず片や陽気で片や陰気、いつも通りの笑みで、先程までの麗しくも冷ややかな笑みではない。


「どうして俺の家に敬意を払うんですか?」

「貴方達が毒気を抜いてくれていなきゃ、今頃社交界に生き残っている家は半数以下になっていたわ」


 そうでしょ? とメアリが問えば、アディが僅かに考えを巡らせたのち、なんともいえない苦笑を浮かべた。思い当たる節がある、ということだろう。

 メアリも思い返してみればアディに毒気を抜かれた事が多々あった。少なくとも、高等部時代の生徒会役員達はアディのおかげで命拾いしたといえるだろう。

 アディの場違いで脳天気な発言でメアリは毒気を抜かれ、彼等に濡れ衣を着せられても許す気になったのだ。まさに今目の前で行われたやりとりそのものである。


「まぁでも、社交界が半数になろうが、お兄様達の怒りを買ってノゼ家がどうなろうが、アルバート家には痛くも痒くも無いことだわ。むしろ数が減ってちょっとスッキリするかもしれないわね」

「さらっと恐ろしい事を……」

「私だってアディが不当な扱いを受けて怒っているのよ。お兄様達に先を越されて、行き場を失った怒りがふよふよ向かう先を求めてさまよってるんだから」


 メアリが訴えれば、アディが苦笑を強めた。


「その怒りは、美味しいジェラートを食べたらおさまりますか?」

「そうねぇ、微妙なところだわ。このメアリ・アルバートの怒りだもの、美味しいジェラートだけじゃ足りないかもしれない」

「それなら、俺もジェラートを頼んで半分あげればおさまりますかね?」

「その時に『メアリ』って呼んで食べさせてくれれば怒りも治まるわ」

「……善処いたします」

 無理難題を押しつけられたと言いたげなアディの返答に、メアリがにんまりと笑って「期待してるわ」と彼の腕を叩いた。



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