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 メアリ達が出て行った部屋の中、肩を落として盛大に溜息を吐いたのはアディ。対してロベルトは暢気なもので、メアリ達が出て行った扉を見つめて肩を竦めた。

 ダンに至っては「若いなぁ」と笑っているではないか。


「俺は早く帰りたいのに……どうして……!」

「カレン様の煽りは見事としか言えないものだったな。すっかりメアリ様達がやる気になって戻っていった。なんとも素晴らしい」

「そりゃ兄貴は他人事だからいいだろうよ……」


 恨みがましくアディがロベルトを睨みつけるも、今更睨んだ程度でこの実兄がどうにかなるわけがない。飄々とした態度で「頑張れよ」と白々しく肩を叩いてくるだけだ。

 アディの中で恨みが募る。自分の妻を口説く男達も恨めしいが、恋多き国フェイデラのお国柄として納得せざるをえない。そんな行き場のない恨みが兄へと向かう。

 それを訴えれば、話を聞いていたダンが楽しそうに笑い出した。


「久しぶりにメアリ達が来て、カレンも喜んでいるんだ。もう少し滞在して欲しいんだろう」

「お気持ちは分かりますが……」

「そう心配するな。カレンの言うとおり、フェイデラの男達は総じて軽いから、問題視するほどのものでもない。メアリにその気が無いのならアディは信じてどんと構えていればいい」

「そう言われても、落ち着きませんよ」


 溜息混じりに呟き、アディがメアリを追う。

 部屋を出れば、早速メアリが男達に囲まれているではないか。アディは慌てて救出に向かおうとし……。


「あ! あっちに高貴で品良く麗しく美の女神も真っ青な令嬢が一人でふらふらと歩いているわ!」


 というメアリの声高な発言に目を丸くさせた。

 なんて説明くさく白々しいのだろうか。演技掛かっており、仮にこの場に現役の役者が居れば呆れて目眩を起こしそうなほどの棒読みだ。

 こんなものに騙されるわけがない。いや、仮にメアリの発言を信じたとしても、高貴で品良く麗しく美の女神も真っ青な令嬢が一人でふらふらと歩いていたらどうするというのか。

 そうアディは考え、メアリを助けに向かおうとした……のだが。


 メアリを囲っていた男達が、ざぁとまるで波が引くようにメアリの元から離れていった。皆揃えたように同じ方向に向かうのは、それがメアリの言う『高貴で品良く麗しく美の女神も真っ青な令嬢が一人でふらふらと歩いている方向』なのだろう。

 ここまでなのか、フェイデラ……とアディが呆然と立ち尽くしていると、男達を撒いたメアリが近付いてきた。どことなく得意げなのは策がうまくいったからだろう。


「今の見た!? うまく撒けたわよ!」

「えぇ、呆れてしまうくらいにうまくいきましたね……」

「カレンおばさまが言ったとおり、本当にフェイデラの男達は軽いわね。何人かに手を取られたけど、落ち着いて対応すれば問題なかったわ」

「て、手を!? 大丈夫だったんですか!?」

「えぇ、手を取られはしたけど、軽く引けばスルっと抜けたわ。向こうも気にしていない様子だったし」


 軽く誘い、断られても軽い。なるほど、この軽さならば確かに手で払えばふわりと飛んでいきそうだ。


「……だけど、あの時はそうもいかなかったわね」


 ポツリと呟いたメアリの言葉に、気付いたアディがどうしたのかと尋ねる。

 だがメアリは答えるよりも先に、ふっと別の方向へと視線を向けた。つられてアディが視線を追えば、にじりにじりと近付いてくる男達……。


「ひとまずこのパーティーを乗り越えましょう。アディ『美の女神』のカウントをお願いね」

「なんですかその俺の仕事は……。とにかく、男達の躱し方が分かったとはいえ、あまり無茶をなさらないでくださいね」

「そうね、それならずっとそばにいてちょうだい」


 寄り添い腕をとってくるメアリに、アディが頷いて返す。

 そうして夫婦揃って再びパーティーへ繰りだそう……とするより先に、近付いてきた男達に囲まれた。




 パーティーを終え、屋敷へと戻る。

 異国の地、周りは知らぬ顔ばかり、さらにこれはアルバート家の跡継ぎを決めるための外交……と、メアリの抱えるプレッシャーや心労は通常のパーティーの比ではない。

 そのうえ、隙を見せれば男達が取り囲みあれこれと褒め倒してくるのだ。無下にもできず微笑んで返しはするが、歯の浮くような誉め言葉の羅列に頬は引きつりっぱなし。終始寒気に襲われて風邪をひきそうなほどだった。

 だがそんなパーティーも終わり、これでようやく一息つける……となるはずなのだが、部屋に戻ってもメアリは浮かない顔をしていた。


 手にしているのは小さなメッセージカード。

 書かれているのは


【今宵一時、貴女のお時間を頂きたく思います。月明かりが照らす噴水の前でお待ちしておりますので、どうかお一人でお越しください】


 という誘い文句。

 そんなメッセージカードを揺らせば、ふわりと甘い香水が鼻を擽る。

 だが好みの香りではなく、メアリは眼前で漂う香りを軽く手で払った。鼻にまとわりつく香りだ。


「ねぇアディ、密会のお誘いを貰ったわ。噴水って庭園にある噴水のことかしら」


 メッセージカードをヒラヒラと揺らし、ドレスや靴を片していたアディに話しかける。わざと鼻先でメッセージカードをヒラリと揺らせば、カードの内容が気に食わないのか香りが嫌なのか、彼の眉間に皺が寄った。

 もっとも、気付かぬうちに妻の手の中に密会のメッセージカードを押し込められていれば、誰だって嫌悪を示すだろう。フェイデラの男達は別として。


「粗悪なメッセージカードですね。俺の方がもっと上手なレタリングで誘えますよ」

「そこを競うの?」

「お嬢好みのカードに、綺麗なレタリングで【日の光が照らす庭園のベンチでコロッケを用意してお待ちしておりますので、どうぞお腹を空かしてお越しください】って書いて渡します」


 得意気に話すアディに、メアリが呆れたと肩を竦めた。

 いったいどこの世界にコロッケにつられて密会をする令嬢がいるというのか。自分以外に。


「まぁ、冗談はさておき。ちょっと行ってくるから、アディは何かあったら直ぐに駆けつけるように近くで待機していてちょうだい」

「行くんですか?」


 意外だと言いたげにアディが尋ねてくる。

 それに対し、メアリは肩を竦めてメッセージカードにチラと視線をやった。

 男達に取り囲まれ、四方八方から褒められ、時に手を取られキスをされかけ……そんな中、気付けばいつの間にか手の中にこのメッセージカードが収まっていたのだ。なんともさり気無く、聞けばこういった密会の誘いもフェイデラではよくある事だという。

 まったくもって呆れてしまうが、これがフェイデラ流というのなら他国の者がとやかく言うのも野暮だろう。付き合ってやる気もないが。

 ……だけど。


「差出人はマウロ・ノゼ。彼の言う『秘密』が何のことか気になるのよ」


 そうメアリが呟いて、庭園へ行くために部屋を後にする。

 その去り際、メッセージカードを真っ二つに破いてゴミ箱に放り投げてやった。




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