隣国の名家当主は追加ポイントをご所望…です?1
「メアリ様とアリシア様のために何かしなくては!」
そうパルフェットが意気込んでエルドランド家を訪ねてきたのは、メアリ達に噂の件を報告した翌日のこと。
昨日こそ顔色を青ざめさせふるふると震えていた彼女は、今日は瞳に闘志を宿している。……闘志を宿して震えてはいるが。
会うなり開口一番にこの宣言をされたガイナスは目を丸くさせ、それでも目の前で震えつつも意気込む伴侶の肩に手を添えた。
「パルフェット、何か考えがあるのか?」
「何もありません、ですが何かしなくては。まさかガイナス様はこのまま全て終わるまでのんびり待つおつもりですか!? そんな方は二十ポイント減点ですよ!」
「よく分からないが減らされるのは困る……のか? とりあえず落ち着いてくれパルフェット、俺もちゃんと考えているから」
パルフェットの肩を撫でつつ、今まさにその考えのために呼びに行こうとしていたのだと告げる。それを聞いたパルフェットがパァと瞳を輝かせた。
「ガイナス様はお考えがあったのですね! では行きましょう、すぐ行きましょう! さぁ!」
逸る気持ちを抑えられないのだろう上着を引っ張ってくるパルフェットに、ガイナスは苦笑を浮かべると共に促すように馬車へと歩き出した。
「委任状、ですの?」
コテンと首を傾げ、意外そうな口調で尋ねてきたのはベルティナ。
今日も大きなリボンを頭上に飾っており、彼女の動きに合わせてふわりと揺れる。
そんな彼女の問いかけに、ガイナスは真剣みを帯びた表情で、パルフェットは少し頬を膨らませつつ頷いた。
「国を跨いでの事ゆえ直接的な影響力は無いかもしれない。それでも連名でアルバート家への委任状を用意すれば多少は考慮されるはずだ」
「そうですわね。エルドランド家とバルテーズ家の名が並べば効果はあるはずです。どこぞの弱小家とは違いますからね!」
ふん! とベルティナが得意気に仰け反れば、弱小家と自覚しているパルフェットが息を呑み、威嚇するように頬を膨らませた。ベルティナも負けじと頬を膨らませて応戦する。
両者の間に漂う空気は張り詰めて……いる、一応。両者ともに愛らしい外見が邪魔をして、傍目にはぷくぷくしているだけに映るが。
「と、とにかく、ベルティナ嬢から御父上に話を通しては頂けないだろうか」
「ガイナス様が仰るなら。……ですが、弱小家と名前を並べるのはお父様がどう思うかしら」
意地悪気な笑みを浮かべてベルティナが難色を示す。もちろんパルフェットへの当てつけだ。
だが隣に座るルークに「いい加減にしなさい」とコツンと軽く頭を叩かれると、途端に意地悪な顔つきを情けないものに変えた。
「叩くなんて酷い! ルーク様は最近暴力的ですわ!」
「暴力じゃない、婚約者として当然の指導だ。君の父上からも許可を貰っている」
きっぱりと断言するルークの姿には、かつてベルティナの我が儘を許していた甘さはない。どうやらあの一件で考えを改め、ベルティナに対して厳しくすると決めたようだ。
といってベルティナがしゅんと項垂れれば直ぐに頭を撫でてやるのだから、根からの甘さは捨てきれないのだろう。そもそも、叩いたといっても軽く突いてリボンを揺らしたに過ぎない。
「ベルティナ、メアリ様には御恩があるだろう。俺も後で父上に掛け合うし協力しよう」
「仕方ありません。メアリお姉様の為ですもの、弱小家と並ぶのは不服ですが……また叩いた!」
コツンとルークに頭を小突かれ、ベルティナが不満の声をあげる。
それでも協力する気はあるようで、唇を尖らせつつもメイドを呼び寄せた。父がどこに居るのかを聞き、書斎に居ると知ると直ぐに来てくれと伝言を託す。
相手の予定を考えずに呼びつけるところは相変わらず我儘令嬢だ。それでもはたと我に返り「忙しそうなら私から行っても良いのよ!」と慌てて譲歩の姿勢を見せた。
どうやらルークの指導は順調らしい。もっとも、すぐさまツンと澄ました令嬢に戻ってしまうので長期的な指導が必要なようだが。
「私が言えばお父様も頷いてくださるはず。きっと直ぐにサインを書いてくださいますわ!」
「あぁ、ありがとう。感謝する」
「勘違いしないでください。私が協力するのはメアリお姉様のためであって、別にガイナス様のためではございません。ましてやマーキス家なんて弱小……なんでもございませんの!」
また小突かれると察してか、ベルティナが慌てて発言を撤回する。恐る恐るチラと横目でルークを窺い、彼の手がポンと頭に載って撫でてくると安堵の息を吐いた。
そのやりとりにガイナスが笑いたくなるのをグッと堪え、なんとか平穏を取り繕ってベルティナに感謝の言葉を告げた。パルフェットも穏やかに笑っている。
「きっとメアリ様達の助けになるはずだ。なぁパルフェット」
「えぇ、ちょっと不服ですが、家名は多いに越したことはありません。ちょっと不服ですが!」
「パルフェットも煽らないでくれ」
ガイナスがパルフェットを宥める。だがルークと違いガイナスはパルフェットに対して指導など出来るわけが無く、ぷくと膨らむ頬の対処法もない。
もっとも、どれだけ互いを煽ろうがパルフェットもベルティナも頬を膨らませて睨み合うだけである。気弱な令嬢と箱入り令嬢では物騒な展開になどなるわけがない。
となれば、これもある意味で仲が良いのかもしれない……と、同じタイミングで一度頬を戻して呼吸し再び威嚇し合う二人をガイナスが眺めつつ思う。もちろん口にはしないが。
そうしてガイナスとルークが雑談し、パルフェットとベルティナがぷくぷくと威嚇し合っていると、先程去っていったメイドが戻ってきた。
その背後にいるのはベルティナの父でありバルテーズ家当主。
彼はガイナスの話を聞くとふたつ返事で了承し、委任状に一筆認めてくれた。
エルドランド家の名にバルテーズ家の名が続く。これだけでも逆らえるものはそう居ないだろう。むしろ両家に繋がりを持ちたいと委任状に名を書きたがる家が出るかもしれない。
「バルテーズ家が続いてくれるならば心強い。ご協力感謝いたします」
ガイナスが礼を告げれば、バルテーズ家当主が頷いて返すと共に握手を求めてきた。家名を託し、そしてガイナスのエルドランド家当主として初の行動を称えているのだろう。
堅く交わされる握手には重みを感じさせ、これにはパルフェットも見惚れるようにガイナスを見つめた。なんて立派で素敵なのかしら……とうっとりとしてしまう。
「ガイナス様、三ポイントです」
「よく分からないが追加が入った。良かった……のか?」
ガイナスが訳の分からないまま一応有り難がる。
それに対し、ベルティナが「たった三点ですの?」と煽るように声をあげた。
「私はガイナス様に十点差し上げますわ!」
「まぁ、そんな過度に加点しないでください。バランスが崩れてしまいます!」
「パルフェット、外部からの加点も可能なのか?」
「こらベルティナ、あまりお二人を困らせるんじゃない。お二人共、ベルティナが騒がしくして申し訳ない。婚約者として謝罪代わりに三点差し上げましょう」
「ルーク様はやはり分かっていらっしゃる。三点ぐらいが丁度良いのです。ねぇガイナス様?」
「……ん? まぁ、多分、パルフェットが言うならそうなんだろう。一気に点数が増えるのもそれはそれで怖いからな」
よく分からないながらも首を傾げ同意してくるガイナスに、パルフェットがコロコロと笑う。
そうして改めて礼を告げ、二人でバルテーズ家を後にした。