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麗しい花々が咲き誇るアルバート家の庭園。
長閑なそこでは景色に負けず劣らず優雅な茶会が開かれている。
紅茶を一口飲み、その味に満足そうに微笑むのは主催のメアリ。今日の為にと用意させた茶葉はメアリお気に入りのもので、深みのある味も香りも最高の一品と言える。
そんなメアリの隣では、アリシアが嬉しそうに今日の茶会の招待状を眺めている。昼過ぎにこの招待状を手にしたメアリが王宮に現れ問答無用で連れ去られたのだが、その際ろくな抵抗せず嬉しそうだったのは言うまでもない。
その隣ではケーキを一口食べては美味しさに震え、また一口食べては美味しさに震え……と微振動を続けているパルフェット。次いで紅茶を一口飲み、またも美味しさに震えている。
「ケーキと紅茶が美味しくて涙が……。それにアリシア様の件も落ち着いたし、メアリ様が跡継ぎ候補になるというお話も聞いたし、安心と驚愕と期待でも涙が……」
「それらすべてを『涙』で一括りにするのはある意味で凄いわね。まぁそれは今更として……。わざわざ来てくれてありがとう、パルフェットさん。一緒にお茶が出来て嬉しいわ。ねぇアリシアさん」
「はい! せっかくの労いのお茶会ですから、パルフェットさんにも是非来てほしかったんです。あ、そうだ! 私のおへその痣見ますか!?」
「そう軽々とおへそを晒して回るんじゃないわよ!」
「是非……是非一度拝見を……。これが噂の痣……本当に月形で涙が……!」
アリシアが堂々とへそを晒せばパルフェットが感動で震え、それに対してメアリの「お茶会らしくなさい!」という怒声が上がる。
なんとも騒々しいが、その光景は微笑ましいともいえる。女性達がキャッキャと盛り上がる茶会、とりわけあれだけの騒動を乗り越えたのだから尚の事。
これは不穏な噂をたてられた王女を救った友情の茶会だ。処罰や後始末こそ陛下や各家当主達といった親の世代に任せたが、事態を解決に導いたのは間違いなくメアリ達である。それを踏まえての茶会をいったい誰が邪魔出来るというのか。―――ちなみにこの件の処罰に関して、アリシアとアディは「解決したなら私はもう十分です」「俺は協力しただけですから」と穏やかに微笑んで辞退し、対してメアリとパトリックは「私達より権威をもつお父様達の方が厳しい処罰を下せるわ」「なるほど確かに」とあくどく笑って辞退したのはここだけの話――
そんな騒動を経ての茶会に声が掛かった。ラングとルシアン、それにロベルトだ。
きっと中庭でメアリ達が茶会をしていると聞いて顔を出しにきたのだろう。嬉しそうな表情はアルバート家子息として来客に向けられるものではなく、妹の友人に会えて嬉しい兄の顔だ。現にパルフェットが慌てて席を立とうとするも、それを制している。
「メアリ、お茶会も良いが夕食後は俺達に付き合ってくれないか? 兄妹でボードゲームをやろう! お兄ちゃんたちを労いがてら構ってくれ!」
「ボードゲームが嫌ならカードゲームでも良い。メアリが時間をくれるなら……それが俺達のなによりの労いになる……。だから構ってくれ……」
相変わらず陰陽真逆な反応を見せつつ、二人して同じことを要求してくる。
そんな兄達に詰め寄られ、メアリが肩を竦めた。
「ついに開き直って構えと言ってきたわね……。ボードゲームもカードゲームも遠慮するわ、二人で遊んでればいいじゃない」
「いや、これは遊びじゃない。跡継ぎ争いだ!」
「跡継ぎ争い!? いいわ、その勝負乗ったわ!」
夕食後ね! とメアリが一瞬にして瞳に闘志を宿らせて挑戦を受ける。
跡継ぎ争いに参戦したものの、当主の座はまだ決まっておらず、その選定方法も未定。ならばボードゲームだろうとカードゲームだろうと負けるわけにはいかないのだ。不戦敗など言わずもがな。
闘志を燃やすメアリに、ロベルトが「準備をしておきますね」と告げた。その背後でラングとルシアンが手を叩いて成功を祝っているのだが、生憎とロベルトの視線を追っていたメアリは気付かなかった。
彼の錆色の瞳が向かうのは、隣に設けられたテーブル。切れ長の瞳が冷ややかに、それどころか凍り付かんばかりに冷め切っている。
「少し見直したものの、あの愚弟は……」という彼の声は重く、これにはメアリも肩は竦めるしかなかった。
だが誰だって呆れもするだろう。
……この、陰鬱とした空気で額を押さえる男達が座る隣のテーブルを見れば。
「……おかしい、最初は普通に飲んでいたはずなのに……いつから飲み比べになったんだ」
とは、らしくなくテーブルに肘をつき額を押さえるパトリック。声は掠れ時折呻き、その姿は二日酔いと知らなければ気だるさの色気を感じさえるかもしれない。
本人もこれほどまでの深酒は初めてのようで――完璧王子の人生において飲み比べの経験などあるわけがない――、身動き一つどころか喋るだけでも響く鈍痛に苦しめられている。
「分かりませんが……結構強い酒を次から次へと空けていたような記憶が……あるような無いような……」
パトリックの疑問に、アディが呻きながら返す。といっても『記憶があるような無いような』という要領を得ないものなので、はたして回答になっているのか定かではない。
だがアディもまた二日酔いで苦しんでいるのだ。顔を上げてパトリックを見ようとし……グラリと大きく頭を揺らして慌てて額を押さえた。「太陽が眩しすぎる……」という情けない声に、額を押さえて俯くパトリックが小さく頷いた。
そんな二人の前に、そっと差し出されたのは紅茶……ではなく、ただの水。差し出したガイナスはこれでもかと困惑の表情を浮かべている。
「なるほど、俺は看病役で呼ばれたんですね……」
達観したかのような切なげな声で呟きつつ、ガイナスが呻くパトリックとアディの世話をやく。
名家当主に酔っ払いの世話をさせるとは国家間の問題になりかねないのだが、そこはメアリがコロコロと笑いながら「ガイナスさん、よろしくね」の一言である。おまけにパルフェットが「追加で五ポイントです」と追い打ちをかける。
こうなってはガイナスに発言権などあるわけがなく、「この俺が二日酔いなんて……」だの「次は制止役が必要ですね……」だのと呻きながら話しているパトリックとアディの世話を焼く。――内心で『制止役』という単語に嫌な予感を覚えているのだが、その予感が的中するのは言うまでもない――
「でもパトリック様、俺の方が多く飲んだ……気がします。多分、最後の方は記憶が曖昧ですが、俺の勝ち……のはず……」
「馬鹿言うな……。俺の方が飲んでいた……ような、気が……する。よし、次は制止役に審判も用意しよう……」
「お二人共、勝敗はひとまず後にしましょう」
苦しいながらに競い合う二人に、ガイナスが溜息を吐いて宥める。
そんな男達のテーブルをチラと一瞥し、メアリが小さく息を吐いた。
テーブルを別にして良かった、と自分の咄嗟の判断を心の中で褒める。――もちろん朝食もろくにとらず額を押さえて呻くアディと、呼ばれたから来たとは言うものの明らかに鈍足な動きを見せるパトリックを見ての判断である――
まったくと言いたげなメアリに対して、隣に座るアリシアはクスクスと笑っている。随分と楽しそうではないか。
「あら、伴侶が苦しんでいるのに嬉しそうね。パトリック、この子、貴方が苦しんでるのを見てご機嫌よ。案外に酷い女だわ」
「まぁメアリ様ってば酷い。違います、こうやって皆でお茶が出来ることが嬉しいんです。私がこうやって居られるのも、皆さんのおかげです」
今の平穏を噛みしめるように、アリシアがテーブルの上に置かれたメアリの手に己の手を重ねる。細くしなやかな手だ。ほんのりと温かいのは元からか、それとも暖かな紅茶を飲んだばかりだからか。
その光景にパルフェットが感嘆の声をあげる。キラキラと瞳を輝かせ、今すぐにでも拍手をしだしかねないほどだ。
ここは握り返して友情を確認し合う場面なのだろうか。少なくとも、あの感動舞台だったならそうしただろう。
もっとも、他でもないメアリがそんなことをするわけがなく、
「田舎娘が、きやすく触らないでちょうだい!」
スルリと握られていた手を引き抜き、代わりにペチンと叩くことでお返しとした。