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 当主の証を父へと返すメアリに、ラングとルシアンまでぎょっとしてメアリのもとへと歩み寄ってくる。


「メアリ、どうして証を返すんだ。このままお前が継げばいいじゃないか。可愛いメアリが継ぐなら俺達は全力で支える。兄妹三人で力を合わせれば、アルバート家は安泰だ! 三人合わせた身長なら誰にも負けない!」

「そうだ、メアリが継げば跡継ぎ問題も解決する。それとも俺は頼りないのか……。メアリは俺に支えてほしくないのか……? 身長か、身長がだめなのか……!」

「お兄様、落ち着いて。あと身長の事は今は忘れて。私は()()お父様に返すだけよ」


 念を押すように『一度』と告げ、メアリが父の手に懐中時計を押しつけた。

 いまだ意図が分からないのか、父も兄達も、ロベルトまでもが不思議そうにしている。

 だがアディだけはメアリの意図を察したのだろう、クスクスと笑いながら「さすがお嬢」と誉めてくれる。隣に並ぶ彼の錆色の瞳は穏やかで優しく、言葉にせずともメアリの決断を肯定してくれるのが伝わってくる。

 見つめ返せば、それだけで胸に安堵感が湧きはじめた。


 没落を目指した先の北の大地だって、失敗した後の大学だって、彼が隣に居てくれるなら悪くない、そう思っていた。

 いつだってそう考えていた。今だってこれからだって変わらない。


「アディ、貴方が隣にいるなら何だって悪くない。それに私達なら絶対に出来るわ!」

「えぇそうですね。俺とお嬢なら、何だって出来ますよ」


 そう見つめ合って確認し合えば、周囲がいったい何だと不思議そうに視線を向けてくる。

 そんな視線を受け、メアリは堂々と胸を張った。

 手の中は空だ。アルバート家当主の証である懐中時計は無い。急を要して一時的に座った当主の座にすぎない。

 だからこそ宣言するのだ。


「こんな騒動の流れで継ぐのは私の趣味じゃないだけ。だからお兄様達よりも私が当主にふさわしいと証明してみせるわ! 懐中時計は一度お父様に返すけど、結果的には私が手にするのよ!」


 宣言するように告げれば、父達が唖然とする。

 だが誰からともなくふっと笑みをこぼし、メアリらしいと笑い出した。

 その表情は優しく、とりわけ父の瞳には娘の成長を愛でる温かな色がある。懐中時計を上着にしまい直す表情は嬉しそうだ。


「メアリがそう言うのなら、もうしばらくは私が頑張ろう。当分は社交界も荒れそうだな」

「うちの跡継ぎ問題で荒れてるぐらいがちょうどいいじゃない」


 メアリがコロコロと笑って返せば、父もまた楽しそうに笑う。

 どれだけ社交界がアルバート家の跡継ぎ問題で騒然としようと、誰に付けば得なのかと皆が右往左往しようと、国一番の名家にとってはそよ風にすらならない。

 周囲が騒ごうと堂々と構えていればいいのだ。


 そうして迎えた当主交代の瞬間には、再び自分の手に懐中時計を……。


 先程まで手の中に感じていた重みを思い出し、メアリが自分の手をぎゅっと握りしめた。

 これほど堂々と参戦宣言をしたのだ。必ずや当主にならなくては格好が付かない。そのためには忙しくなる。


「流石にすぐには当主にはなれないわ、こっちにも準備ってものがあるのよ。ねぇアディ、私達も忙しいのよね?」

「えぇ、まぁ……そうですかね?」

「そうよ! それに、私しばらくはアルバート家当主じゃなくてアディのお嫁さんでいたいし……」

「お嬢……! そ、それなら少しの間でもお屋敷じゃなくてどこかで俺と二人で」

「なにより渡り鳥丼屋の経営者としての責任があるのよ! 支店を増やして、経営を軌道に乗せて、正式な後継者を決めてからじゃないと当主になれないわ!」

「……そう、です、ね」


 ガクンと肩を落とすアディに、メアリが不思議そうに彼をみる。またしても自分は何か言ってしまったのだろうか……。

 だがそれを尋ねても、アディは答えるどころかすっと体勢を立て直してしまった。若干錆色の瞳が据わっているように見えるが気のせいだろうか。


「いいです、もう決意しました。お嬢、必ずやアルバート家当主になりましょう。そしてアルバート家を我らが家に!」

「え、えぇ、そうね、頑張りましょう!」


 突然やる気を見せるアディに、メアリが気圧されつつも彼に合わせて拳を握る。

 そんなやりとりの中、「私はメアリ様に一票です!」という威勢のいい声と共に何かがメアリの腰にぶつかってきた。衝撃ときつい抱擁、これは……。


「アリシアさん、うちは投票制じゃないのよ……。抱擁には武力で返すわ! みっともないから離れなさい!」


 ペチン! とメアリがアリシアの額を叩けば、クスクスと嬉しそうに笑ってゆっくりと離れていく。額を押さえるその表情は叩かれたというのに随分と嬉しそうではないか。


「まったく、こんなみっともない田舎娘が王女様だなんて我が国の恥ね」


 ツンと澄ましてメアリが暴言を吐くも、今更アリシアが傷つくわけがない。それどころか嬉しそうにメアリの手を握ってくるではないか。

 今朝はあれだけ脆かったのに……とメアリが涙目で不安を露わにする弱々しいアリシアの姿を思い出す。またとない機会だったのだから、あの時にもう少し傷つけておけば良かったかもしれない。


「やっぱり元気が良いと鬱陶しいわ。もう少し落ち込みなさい」

「メアリ様がアルバート家の当主になったら、私とメアリ様でこの国を支えていきましょうね!」

「相変わらず話を聞かないんだから! パトリック、早くこの子を回収して!」


 キィキィと喚きながらメアリが呼べば、パトリックが苦笑混じりにアリシアの肩に手を置いた。

 ゆっくりと己の方へ来るよう促し、アリシアが身を寄せると肩に置いていた手をそっと腰に回す。片腕で抱き締める二人の姿に、メアリが眉間に皺を寄せ「回収とは言ったけどイチャつけとは言ってないわよ」と文句を言った。

 もっとも、ぴったりと寄り添い嬉しそうに微笑み合うパトリックにもアリシアにも届いて居ないのだが。


「メアリ、アディ、今回の事は心から感謝している。もちろん俺もメアリに一票いれさせてもらおう」

「だから投票制じゃないのよ」

「クジ引きでも良いなら投票制だって良いじゃないか。いっそ身長で……おっと、失礼」


 ぱたとわざとらしくパトリックが口元を押さえる。失言してしまったと言わんばかりの仕草だが、なんと白々しいことか。

 なにせ彼の『身長』という言葉を聞き、ラングとルシアンが二人揃えてカッと目を見開いたのだ。彼等の視線が向かうのは……もちろんアディ。

 お馴染みどころかつい数分前まで行われたやりとりを予感し、アディの頬が引きつる。恨めしそうにパトリックを睨み付けるも、彼は爽やかに笑って「失言すまない」と答えるだけだ。その笑顔は爽やかの一言に尽きる。

 だがパトリックが爽やかに微笑めば微笑むほどアディは引きつり、そんなアディにラングとルシアンが迫り寄る。


「身長で決めるとなれば、一番背が高いのはお前だ、アディ! 身長の高い奴に跡継ぎの座は譲れない、今すぐに縮め!」

「や、やめてくださいラング様! そもそも、俺自身は跡継ぎになる気はありません。俺はお嬢を支えるだけで良いんです!」

「跡継ぎになる気は無い……? そんな生半可な気持ちでメアリと結婚したのか……。許せない、やはりお前は縮むべき……」

「別にそういう意味じゃ……。ルシアン様も、俺の肩を押さえつけないで……!」


 ラングからは頭を、ルシアンからは肩を押さえつけられ、アディが呻く。

 またも勃発した――今回は勃発させられた、というべきか――やりとりに、思わずメアリも肩を竦めてしまう。

 そうしてアディを庇うように、彼と兄達の間に割って入った。

「いいことお兄様、私が当主になったら、我が家では身長の話題は禁止にするわよ!」

「お嬢……俺のためにそんな事を……!」

「安心なさいアディ、全権力を使って貴方を……貴方の身長を守るわ!」


 力強くメアリが宣言すれば、アディが嬉しそうに錆色の瞳を細める。

 抱き締めようとしたのだろう、アディの手がメアリへと伸ばされ……、


「俺達が争わないように規則を作るとは、なんて優しいんだ! さすが俺達のメアリ、慈愛に溢れた当主になるつもりなんだな! となれば……」

「時には争いも必要……だけどメアリが当主として命じるのなら、俺達も従おう……。だからこそ……」

「「今のうちにアディを縮めよう」」


 メアリが当主になる前に、と再び結束して襲い掛かってくるラングとルシアンに、メアリが「もう!」と怒声をあげる。

 なんとも賑やかで、先程までの深刻な審議会も、それどころか蔓延る疑惑や噂すらも嘘のような騒々しさではないか。

 見ている者達も一部は微笑まし気に、一部は溜息交じりに肩を竦め、一部はこれこそ平穏の証だとでも言いたげに見守っている。

 そんな中、自分に寄り添いながらニコニコと嬉しそうにその光景を眺めているアリシアをパトリックが呼んだ。


「アリシアはどうなると思う?」

「そうですね、私が思うに……」


 パトリックに問われたことで、アリシアの紫色の瞳が真剣な色を帯びてメアリ達へと向かう。

 先程までは友人としてだったが、今は一国の王女として眺めているのだろう。審議会での凛々しさを思い出させる瞳で、ゆっくりと口を開いた。


「メアリ様なら何だって大丈夫だと思います。だってメアリ様ですから! ねぇメアリ様!」


 力強く断言し、アリシアがメアリのもとへと駆け寄っていく。

 その勢いのまま抱き着けば、油断していたメアリの悲鳴じみた怒声があがった。




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