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そうして改めてアリシアの痣の確認……となるのだが、もちろん場所が場所なだけにそう簡単に晒せるわけがない。
ゆえに王宮関係者の女性を数人と、名のある貴族を数人。そしてメアリも立ち会いを求められ、別室へと案内された。
「上品におへそを晒しなさい。品よく、丁寧に、見せる相手に失礼のないように、おへそを見せるにもマナーがあるのよ」
「お、おへそを見せるマナー……!」
アリシアが緊張した面持ちで身を強ばらせる。
それに対して「そんなもの無いからな」と彼女を宥めるのは、この場に同席を求められたパトリックだ。
彼の言葉にアリシアがほっと安堵の息を吐き、次いでゆっくりと服のボタンを外した。幸い今日はシャツタイプの服を着ており、上手くすれば腹部だけ晒すことは出来る。もちろん、破かずに。
そうしてアリシアが服を開くように肌を晒せば、白い肌と形のよいへそと、そこに確かに痣がある。湾曲したそれは、記述の通り月のような形だ。
「孤児院の先生から聞いたんですが、私が預けられた時から痣があったそうです」
「確かに言われてみれば月形だわ。ちょっと失礼」
ツンツンとメアリが痣を突っつけば、くすぐったいのだろうアリシアが高い声をあげる。
といっても、触って確認など出来るのはメアリだけだ。男達はチラと確認するだけにとどめて今は露骨に余所を向いているし、女性陣もアリシアを相手に無礼は出来ずにいる。
つまりこの場において念入りに確認出来るのはメアリだけである。ゆえに「これはアルバート家として責任をもっての確認よ」と前置きをして、問答無用でアリシアの痣を突っつき回した。
途中「あら指がそれた」と無関係な腹部を突っついたり抓るのは、もちろんちょっとした手違いである。うっかり手が滑ってしまったのだ。けして、解決への景気付けでもなければ、まだ少し緊張を残すアリシアを励ますためなんかでもない。
そうしてしばらく突っつき回し、コホンと咳払いをした。わざとらしくハンカチで指を拭けば、アリシアがプクと頬を膨らませるのが視界の隅で見える。
「みなさま、これで確認出来ましたでしょうか。私も突っつき回して満足……確認いたしました。これは正真正銘、彼女の体にある痣。医師の記述通りと見て間違いありません」
さんざん突っついてスッキリした表情でメアリが告げれば、その結論に誰からともなく頷いて返した。
一部は安堵し、一部はどこか居心地悪そうに。
そうして再び審議会の開かれた部屋へ……と移動をしている最中、「アリシア!」と声が響いた。
見れば、両陛下がこちらへと駆け寄ってくる。
その姿に国を総べる者としての余裕は無く、こちらへと来ると挨拶もなく王妃がアリシアを抱きしめた。陛下も抱き締め合う妻子の肩を一度覆うように抱き、次いでようやくこちらへと視線を向けてきた。
メアリがスカートの裾を摘まんで頭を下げる。他の者達もそれに続くが、一部の者達の動きがぎこちないのは言うまでもない。
アリシアが真の王女であると証明され、その瞬間に両陛下が戻ってきたのだ。
ただでさえ自分達に分が悪い状況となったのに、即座に処断を下せる者が現れてしまった。
アリシアを否定していた者達が表情を引きつらせ、誤魔化しの言葉を紡ごうとする。もっとも、今までの流れで誤魔化しようなどあるわけがない、誰もが要領を得ない言葉を口にするだけだ。
「アリシア、私達が居ない時にこんな事になってすまなかった……」
「お父様、大丈夫です」
「話を聞いて直ぐに駆けつけたかったんだが……。不安にさせただろう、もう大丈夫だ」
「えぇ、もう大丈夫なんです」
父から頭を撫でられ、アリシアが安堵すると共にクスクスと笑う。
それを聞き、アリシアを案じるあまり抱きしめ一方的に話していた陛下が「もう大丈夫なのか?」と目を丸くさせた。その表情はどことなくアリシアに似ている。
王妃に瓜二つの外見、ふとした瞬間の表情は陛下を彷彿とさせる。これでどうして彼女が偽の娘等と言えるのか。
改めて見ればなんとも馬鹿馬鹿しい話だ、今回もまたとんだ茶番ではないか。そうメアリが盛大に溜息を吐き……嬉しそうに笑うアリシアを見て小さく笑みを浮かべた。
抱きしめ合う両陛下とアリシア、事情を聞いたのだろう陛下がパトリックを呼び寄せ、彼の肩に手を置いて輪に引き込んだ。感謝の抱擁を受けるパトリックの表情はどことなく照れくさそうだ。
感動と祝福の拍手を送るのは、蔓延る噂にも心動かされずアリシアを支持した者達。いつの間にか集まったメイドや使い達までもが拍手し、中には良かったと目元を拭う者までいる。
まさに大団円の幸せムードだ。ほわほわと花が飛んでいてもおかしくない。
だがそれでも一部の者達は浸りきれずにいる。言わずもがなアリシアをさんざん疑って掛かった者達である。
メアリの逆鱗に触れ、さらにエルドランド家からの委任状で他国の名家すら敵に回すと知った。そのうえパトリックとアディがアリシアが確かに拐われた王女で間違いないと証明し、果てには目の前で繰り広げられる感動の親子の抱擁……。
彼等の表情が分かりやすく「まずい」と語っている。このままでいけば、アリシアへの不敬を咎められ、王家の怒りを買うのは間違いない。
今回の件で難を逃れた家からの助け船も望めないだろう。没落の可能性すらある。
「あらあらまぁまぁ、あの方達は北の大地にでも送られるのかしら」
アリシア達の抱擁を眺めつつ拍手を送っていたメアリがコロコロと笑う。
といってもこの拍手は親子の抱擁に感動してのものではない、感動に浸れずかといって水を差すのも気が引け、結果的にひとまず周囲に合わせようと手を叩いているに過ぎない。――ときおり拍手に飽きてこっそりリズムを刻んでいるのはご愛敬――
その隣ではアディが「無事に解決して良かったですねぇ」と穏やかに笑っている。
「アディ、貴方も今回は大活躍だったじゃない。疲労感いっぱいに苦労話して王家に恩でも売っときなさいよ」
「またそういうことを……。そういうお嬢だって、見事な啖呵でしたよ。さすがアルバート家当主」
「当主って言われてもねえ……。どうしたものかしら」
メアリが手にしていた懐中時計に視線をやる。
鎖を指にかけて揺らせば、目の前でふらふらと揺れる。嵌め込まれた宝石も家紋の掘り込みも美しく、一目で高価と分かる代物だ。
これを手にする事の意味を知れば、持つのも恐ろしいと拒否する者も出るだろう。
国一番の名家当主の証。その価値は並の宝石でも及ばない。
「あの時は勢いで受け取っちゃったけど、でも私が持っているのもねぇ……。家業の事を学んでもないし、きちんとした話し合いもしてないし、当たりを引いたわけでも隠されてたのを見つけたわけでもないのよ」
「なにしれっとくじ引きと宝探し案を復活させてるんですか」
「コロッケもそんなにたくさん食べれないし」
「俺も把握してない新たな案が!? なんですか、大食い勝負とか言い出すつもりですか!?」
アディが慌てて制止すれば、メアリが「冗談よ」と小さく舌を出した。さすがに大食いで名家当主を決める等とふざけたことを言い出す気はない。
そんな中、「メアリ」と声がかかった。振り返れば父と兄達の姿。
きっと王宮から連絡を受けて駆けつけたのだろう。メアリが「お父様!」と駆け寄れば、父の大きな手がぽんと頭の上に乗った。
「メアリ、よく頑張ったな。聞いたぞ、堂々と啖呵をきって他の者達を黙らせたらしいじゃないか。居合わせたメイドが、震える程の威圧感と見事な啖呵と激昂ぶりだったと教えてくれた。お前はやれば出来る子だと信じていたよ」
「その一点を褒めちぎられると複雑だけど、とりあえず誉め言葉として受け取っておくわ。でもアディも頑張ったのよ。ねぇアディ……。……そう、王宮でもお兄様達のコンプレックスは変わらないのね」
メアリが瞳を細めて目の前の光景を見つめる。
そこにあるのは「生意気な身長の割に頑張ったらしいな」とラングに頭を撫でられ、「身長以外は誉めてやる……」とルシアンに肩を叩かれるアディの姿。
もちろん彼等の手には誉めるとは思えない満身の力が込められているのは言うまでもなく、頭と肩から圧をかけられてアディが呻いている。
唯一止められそうなロベルトは「愚弟の割にはよく働いた」と誉めてはいるものの、助ける素振り一つ見せていない。
「あっちは放っておきましょう。それでお父様、これなんだけど……」
メアリが手にしていた懐中時計を父に見せる。
先程彼から受け取ったものだ。
自らアリシアを助けに行きなさいと、そう告げて渡してくれた。それが何を意味するか、どのような結果を生むのか、他でもない父が考えないわけがない。
次いでメアリが視線を向けたのは、いまだアディを虐めるラングとルシアン。
メアリがこの懐中時計を受け取った際、彼等も同じ場に居た。目の前でそのやりとりを見て、そして懐中時計を手にして部屋を出ていくメアリを見送ってくれたのだ。
誰一人として止める事無く、メアリが懐中時計を手にし審議会の場に行くことに異論を唱えず、それどころかそうあるべきだと見送ってくれた。
ずっと跡継ぎ問題に関しては無関係を貫いていた。
兄達がいるから、自分は娘だから、だから自分は跡継ぎにはならない。跡を継ぐ気はない。そう告げていた。
だけど、そう考えていたのはどうやら自分だけだったようだ。
「お父様もお兄様も、私が跡継ぎになる可能性を考えていてくれたのね」
「当然だろう。お前は私の可愛い子供だ。娘だからという理由だけで、お前の人生の選択肢を潰すわけがない」
「ありがとう、お父様……。だからこそ、この証は一度お父様に返すわ!」
はい! とメアリが勢いよく懐中時計を父に差し出せば、この展開は予想していなかったのか彼の目が丸くなった。
昨夜更新し忘れましたので、次26話は今夜日付変わったあたりで更新します。