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 アリシア王女の審議会は、厳かに、それでいて確証の無いまま進んだ。誰の言い分も己の都合の良いように仮定を重ねただけのものだ。

 それでも身分あるものが理論付けるように話すのだから、両者互いに確証を得ているような口振りに聞こえるだろう。信憑性さえ感じさせかねない。

 身分ある者にとって、それらしく話して相手に圧を掛ける話術も必要なのだ。


 そんな中、話の順番がメアリへと回ってきた。といっても誰が一番だの二番だのと順番を決めているわけではないのだが、自然と誰もがメアリへと視線を向けて発言を待つ。

 肯定と否定が行き交う中でも凛とした佇まいで正面を向いていたアリシアさえも、紫色の瞳をメアリへと向けてきた。

 室内全ての視線が己へと向けられているのを察し、メアリがゆっくりと口を開く。


「アルバート家は、アリシア王女こそが正しく王族の血を引くものと考え、変わらずアリシア王女を支持いたします」


 はっきりとしたメアリの言葉に今更驚く者はいないが、それでもと一人が口を挟んだ。


「それは何か確証があっての事ですか?」

「いえ、なにも」

「なにも……ですか。アリシア王女とメアリ様は随分と親しくされているようですが」


 確信もなにもなく、ただ友情だけで話をしているのではないか……。そう疑うような視線に、メアリはじっと見据える事で返した。

 机の上に置いた懐中時計を手に取る。ズシリとした重みは、アルバート家の、国一番の名家を継ぐ者だけが手に出来る重さだ。その重要さは今では王位継承に匹敵すると言っても差し支えない。


 だからこそ思う。

 なぜこのアルバート家の決定に横やりを入れられなければならないのか。

 アルバート家は、それほどまでに、並大抵の者では太刀打ち出来ぬほど、ましてや口を挟むのもはばかれるほど、大きいのだ。


「確かに、アリシア王女の真偽について何一つ確証は持っておりません」

「ならば、支持をするというのも一度考え直してみては」

「考え直す必要などありません。アルバート家はアリシア王女を支持する、ただそれだけです。我が家の決定に不満があるのならば、真っ向から異議を申し立ててください」

「ふ、不満などとそんな……」

「でしたらなにが仰いたいのかしら? 私の発言に理解しがたい事でもございましたか?」

「いえ、そういうわけでは……。ですが……」

「ご理解頂けていなかったようですので、もう一度お伝えします。アルバート家はアリシア王女を支持する、この場でお伝えするのはただそれだけです」


 きっぱりと告げるメアリの言葉は簡素で、それでいて明確だ。

 アリシアを王女だと支持する。だがそこに彼女が王女であるという確証は無く、他の者達のように自分達に都合のいい仮定を口にする事もない。


 あるのは、ただアルバート家の権威だけ。

 そしてそれは、卓上の議論を鼻で笑って叩ききるには十分すぎる。


「これ以上、私はなにをお伝えすれば宜しいかしら?」


 無駄な労力を使わせてくれるなと言いたげにメアリが威圧的に告げれば、室内の空気が僅かだが変わった。

 一部は安堵し、一部は不服そうに表情をひきつらせる。もちろん前者はアリシア支持派であり、国の頂点にたつ名家が自分達の味方だと、それどころか筆頭であると安堵したのだ。対して後者は、それほどの名家が敵に回った事に改めて自覚し難色を示している。

 審議会に呼ばれこそしたが結論を出せずにいる者達も、メアリのこの啖呵に押されたか、感嘆するように頷いたりと肯定の姿勢を見せ始めた。


「メアリ様……」


 とは、そんな中で小さく呟かれたアリシアの言葉だ。終始気圧されまいと凛としていた表情が、なにを言われても揺らぐまいとしていた瞳が、ほんの僅かだが揺らいでいる。

 だがそんな紫色の瞳が一瞬見開かれたのは、小さく「小娘が……」と呟かれた声を聞いたからだ。


 誰の事か?

 もちろんメアリの事だ。


 これにはアリシアも許せないと感じたのか、「誰ですか今のっ……!」と立ち上がりかけた。

 だがそれより先に、ガタと勢いよくメアリが立ち上がった。銀糸の髪をふわりと揺らし、声の出所を鋭く睨みつける。


「小娘? この私を小娘ですって!」


 メアリの激昂に答える者はいない。

 普段であれば慌てて宥めるであろうアディも、今はただじっと瞳を閉じているだけだ。眉間に皺が寄っているのは、妻への暴言に抗議をあげたいところだが、その妻が自分より先に喧嘩を買ってしまったからである。

 己への暴言に怒りを露わにするメアリに、対して室内は水を打ったようにシンと静まり返った。もちろん、メアリを小娘と罵った者も名乗り出るわけがない。

 そんな室内を一瞥し、メアリは勇み立つと同時に宣言するように声高に告げた。


「確かに私は小娘よ。だけど覚えておきなさい、私はアルバート家の小娘よ! 私を小娘と罵るなら、アルバート家の家名も権威も財力も、全て敵に回す覚悟で罵りなさい!」


 怒号のようなメアリの発言を最後に、再び室内に静けさが漂う。

 もはや誰もメアリとは目を合わせないように露骨に視線を逸らし、とりわけ異論を唱えようとしていた者達は冷や汗すら額に浮かべている。

 そんな中、コホンと咳払いが一つ響いた。

 この場の空気を壊すようなわざとらしい咳払いに、メアリは鋭い瞳のままそちらへと向き直り……「ふん!」と不満そうにそっぽを向くと座り直した。

 普段より着席が荒々しいのは怒りの証拠である。それと、「この場は譲ってやるわ」という意味合いも含まれる。


 なにせわざとらしい咳払いを発したのはパトリックなのだ。意外な人物の名乗りに、誰もが彼へと視線を向ける。

 先程までメアリの逆鱗に顔を背け冷や汗を浮かべていた者達も、これで話題が変わると僅かながらに安堵の表情を浮かべだした。パトリックに感謝しかねないほどだ。

 だがその感謝が見当違いでしかないのは、彼の表情を見れば誰だって分かるだろう。一応の冷静さこそ見せているが、瞳には色濃い敵意を宿している。纏う空気も普段以上に冷ややかで、彼をよく知る者が見れば漂う怒気さえ感じかねない。


 だがそれでも激昂を押し隠し王子様然とした態度を保つあたり、さすがパトリックである。

 思わずメアリが「あとちょっと突っつけばパトリックも爆発するわよ」と企むも、またも「おやめなさい」とアディに宥められてしまった。しかも今回は立ち上がらせまいとしているのか手を握られてしまう。

 こうなってはメアリも動くことが出来ず大人しくパトリックへと視線を向ければ、彼は上着の内ポケットから一通の封筒を取り出し、審議会の進行へと手渡した。


 上質の封筒だ。

 封蝋がされているあたり、相応の家からの手紙なのだろう。だが押されている封蝋は王族のものともダイス家のものとも違う。

 それを審議会の進行へと渡せば、中を確認した進行が目を見開いた。「これは……」と漏らされた声からも、ただの手紙では無いことが分かる。


「これは……今回の決議に関して、アルバート家に決定を託すという委任状ですね」

「委任状? うちに? 誰が?」


 予想もしない話に、メアリがきょとんと目を丸くさせる。

 国内の権威有る者達は思い出せる限りは今この審議会にいる。遠方に出ており急な召集に対応出来ない者もいるにはいるが、これといって決議を委任されるような仲ではない。

 ならばいったい誰が、わざわざ委任状なんて……とメアリが不思議そうにすれば、委任状を手にした進行役が読み上げるように記された家名を口にしだした。

 挙げられるその名に、室内がざわつき出す。

 だがそれほどなのだ。謂わばこの室内に匹敵するほどの権威。

 筆頭は名家エルドランド家。当主のサインと有事の際には全責任は自らが負うという一筆まで認められている。

 それを聞き一人の男がパトリックを呼んだ。若干ひきつった表情をしているのは、もちろん彼がアリシアを偽の王女だと仮定していた側だからだ。


「こ、これをなぜパトリック様が……」

「今朝、エルドランド家当主自ら持ってきてくださったんだ。疑うならダイス家に確認を出せばいい。決議を聞くまでゆっくりして貰うよう伝えてあるから、今頃お茶でもしているはずだ」


 余裕の笑みで返すパトリックの話は事実だろう。

 それを聞き、メアリの脳裏にダイス家でくつろぐエルドランド家当主ガイナスの姿が浮かぶ。もちろんその隣にはパルフェットもいる。

 その光景を想像すれば彼等への感謝も募り、メアリは心の中で「二十ポイントぐらい加算してあげようかしら」と呟いて小さく笑った。


 委任状にはガイナスのエルドランド家以外にも家名が連なっており、その名を聞くだけでメアリの脳裏に友人達の顔が浮かぶ。

 エルドランド家に続くバルテーズ家はベルティナの家だ。きっと我が儘な令嬢はツンと澄まして「お父様に掛け合うのはメアリお姉様のためなんですからね!」とでも言ったのだろう。

 ブラウニー家はマーガレットの家、もちろんカリーナの家も名を連ねている。どちらも歴史があり、その権威は国外にまで及ぶ。

 メアリの脳裏で麗しい友人達が顔を見合わせ「国を跨いで貸しが出来るなんて素晴らしいわ」「えぇ本当、これぞ権威の使いどころよね」と優雅に笑っている。ふるりとメアリが寒気を覚えて小さく震えたのは言うまでもない。


 この室内において決定権の一端を担う委任状は、それはそのままメアリを信じる友人達からの手紙でもあるのだ。

 アリシアもこの委任状は知らなかったのか、挙がる名前に紫色の瞳を細めている。普段の彼女であれば瞳を涙でゆるがせ感謝の声をあげそうなところだ。飛び上がり、今すぐにパルフェットに抱き着かんとダイス家に走り出したっておかしくない。

 もちろん今はそんなことはしないが。


「エルドランド家当主自ら託してくれたものだ、丁重に扱ってくれ」

 

 そう告げるパトリックの言葉は淡々としたものだが、暗に「無碍には出来まい」と煽っているようなものだ。きっと心の中ではあくどく笑っている事だろう。

 察してか、もしくは言われずとも分かっているのか、進行役が後生大事に委任状を封筒に戻す。手の動きが妙に遅々としているのは、連なる家名の権威に恐れをなして汚れ一つ付けられないと考えているからだろう。


「これは……一意見として参考にさせていただきます」

「あぁ、是非とも汲んでやってほしい。……それと、俺から提示するのは意見だけじゃない」


 声色をさらに落とし、パトリックが書類を取り出した。


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