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現状、アルバート家は王家に次ぐ権力を持っていると言われている。だが実際のところ王族の中でも序列の低い者はアルバート家に媚び諂い、その恩恵にあずかろうとしているのが現状である。
他の貴族の追随を許さないどころか、王家中枢部と同等になろうとしているのだ。
そのさまを、末端であろうとも王族にあたる者が自分のご機嫌取りをしている様を、メアリは幼い頃から見続けていたのだ。そうして、考えるようになった。
アルバート家は大きくなりすぎた。
手遅れになる前に権力を削ぐ必要がある。
「このままいけばアルバート家は王族と並ぶ……いえ、王族を抜く権威を持ちかねない。そうなれば……」
どうなるか分かる?とメアリが視線で尋ねれば、自然とアディの眉間に皺が寄った。
具体的にどうなるとまでは言えないが、あまり好ましいことではないのは分かる。とりわけ従者と言う身分で貴族社会に関わってきたアディなのだ。
その身分と生まれを楯に横暴な態度をとる者もいたし、理不尽なことを言われたことも一度や二度ではない。
幸い自分の主人は寛大で――寛大、という言葉で済ませて良いのか疑問だが――不遇な扱いなど一度たりとも受けてはいないが、他家で働く友人は「馬車馬だってもっとましな扱いだ」と嘆いていた。
『貴族に生まれた』というだけで彼等は絶対的優位に立ち、権力を振りかざすのだ。国の頂点に王族が君臨している今でさえそんな状況なのだから、これで仮にアルバート家が王族を抜いて『貴族国家』にでもなったら目も当てられない。
「お父様たちにその気はないようだけど、貴族至上主義者に良い様に利用されてるのは事実よ。このままいけば、アルバート家は貴族代表として王族を超えるわ」
「……そんな。でもお嬢はどうしてそれを阻止しようとしてるんですか? アルバート家が今より更に栄えれば、もっといい暮らしができるんですよ」
「コロッケ至上主義者にとっては今でも満足かもしれませんけど」とポツリと呟くアディに、今度はメアリがコホンと咳払いをした。
「今みたいに他の生徒達にとやかく言われることも無くなるし、毎日三食コロッケだって叶いますよ」
「いや、別に今だって毎日三食やろうと思えばできるわ。やらないだけよ。まぁコロッケはさておいて、確かに貴族のトップに君臨できれば生活も何もかも変わるでしょうね。……最初のうちは」
「……最初のうち?」
どういうことですか?と首を傾げるアディに、メアリが紅茶を一口すすった。
普段飲んでいる紅茶とは違った味がする。アルバート家の令嬢として高価なものを口にしてきたメアリからしてみれば、一口で安物と分かる味だ。
所謂「庶民の味」なのであろう紅茶をもう一口すすり、メアリがふうと一息ついた。これを美味しいと思えるあたり、自分の舌はおかしいのかと頭の片隅で考える。
「今は頂点に王族がいるから、それを追い抜くために貴族主義者たちはアルバート家に媚び諂ってるだけ。アルバートの存在が彼等にとって都合の悪いものになれば、手のひら返しはあっという間よ」
「そんな……」
「お父様は才能のある方よ、必要とあらば海を越えてまで事業を拡大する行動力もある。家を大きくすることに関して、現状お父様の右に出る者はいないでしょう。大きくするだけならね」
「大きく、するだけ?」
「そうよ、お父様って基本的に誰でも無条件で受け入れるでしょ。その都度取り返してるみたいだけど、何度も騙されてもいるのよ」
「旦那様は寛大で雄大で慈悲に溢れて、見返りなく人を信じることのできるお方です」
「相変わらず盲目ね、そこまでいくとちょっと引くわよ。というか、あれは人を信じるというより、信じ過ぎよ」
「そうですね、変わり者の令嬢を矯正することなく好きにさせているくらいですから」
「そうよ、娘に無礼な従者を見逃すくらいにね」
暴言を暴言で返し、どちらともなく一息つく。
そうして片や紅茶に口をつけ、片や茶菓子に手を伸ばせば、メアリが「それでも」と話し始めた。
「それでも、貴族同士のいざこざならお父様たちだって対処できるはず。私が本当に恐れてるのは……王族の怒りを買うことよ」
「王族の怒りを、アルバート家がですか?」
「自分達を追い抜いて国の頂点に立とうとしてる不埒な一族がいるのよ。みすみす見逃すわけないでしょ。もしも仮に王族のトップが潰しに来たら、只の一貴族でしかないアルバート家に抗う術はないわ」
今でこそアルバート家当主を慕っている輩も、いざその時に力になってくれるとは限らない。メアリの見解では半数近くが形勢不利と見るや寝返り、残りの半数も無関係の中立を装うだろう。
没落を覚悟してアルバート家の肩を持ち続けてくれるのは、せいぜい片手の人数いれば良い方だ。
「だからお嬢は、今のうちに没落させようと?」
「そうよ。ゲームの末路でアルバート家は没落させられるけど、完璧な解体ではない。原因であるメアリを遠い地方の家にやって権威の殆どを王家に返還することで、矛先を収めて貰ったみたい。それならお父様達でなんとか立ち直れるわ」
貴族代表として祭り上げられ用済みになるや蹴落とされるより、王族の怒りを買いその鉄槌を喰らうより、悪役令嬢メアリの引き起こす没落はまだ未来がある。
『ドラ学』続編にあたるファンディスクのとある人物のルートではメアリの両親であるアルバート家夫妻がアリシアに謝罪し、王家に忠誠を誓う描写もあったのだ。
他国にも繋がりを持ち、それどころか海を越えた先の国とも取引をしているアルバート家ならば、いざという時の逃げ場も切り札もある。確かに没落すればアルバート家は崖っぷちに立たされるかもしれないが、逆に言えばまだ崖の上には居るのだ。戻る道はある。
本当に恐ろしいのは、崖っぷちに立たされることすらなく崖下に落とされることだ。
王族の怒りを買い一度落ちてしまえば最後、二度と這い上がることは出来ないだろう。
「だから、お嬢が……?」
「えぇ、そうよ。悪役令嬢メアリのしたことは確かに不敬罪にあたるけど、所詮は小娘の男の奪い合い、それも軍配はアリシアに上がった。となれば、情状酌量の余地あり……こんなところでしょ」
「でも、だからってお嬢一人が……遠い地方に……遠い地方ぉ!?」
アディが思い出したかのように声を荒げれば、驚いたメアリがいったいなんだと目を丸くした。
「遠い地方って、どういうことですか!?」
「どういうって……ゲームのエピローグで語られるのよ」
アリシアに裁かれた悪役令嬢メアリは家族からも見放され、遠い北の大地に住む親せきの元へ追いやられる。今までの我儘のツケが回ってきたのだろう彼女を庇うものは一人も居らず、取り巻き達も見送りすらしなかった……とエピローグで語られている。
それを説明するもアディは目を白黒させたまま、「そんな」だの「どうしてお嬢が」だのと呟いている。
それでもしばらくすれば事態を飲み込み始めたのか、未だ心ここにあらずといった様子だが、それでも冷静を取り戻すために紅茶を豪快に飲み干した。
「北の大地っていうと、奥方様の親戚ですかね」
「詳しくは分からないけど、まぁそこでしょうね。悪い所じゃないわ。ここと比べれば不便だけど、渡り鳥のシーズンは観光地として賑わうし」
「でも、そんなところに追いやられるなんて……そんなの酷過ぎじゃないですか」
「そうかしら、あそこは結構良い所よ。景色は綺麗だし、季節に応じた渡り鳥は見ものだし、全寮制の学校もきっと悪くないわ。……それに」
「それに?」
北の大地に想いを馳せているのか、どこか遠くを眺めるメアリに、アディがどうしたのかと続きを待つように首を傾げた。
もしや彼女は北の大地に追いやられはするも、再び返り咲くための算段を既に立てているのかもしれない……そんな期待すら抱いてしまう。
そんなアディの期待を知ってか知らずか、メアリが瞳を輝かせながらギュっと拳を握りしめた。
「北の大地で渡り鳥丼屋を開いて、一財産築いてやるのよ!」
大繁盛間違いなし!と意気込むメアリに、アディが全力で溜息をついておまけに肩を落とした。
体全体で脱力を現しているが、こうなるのも仕方あるまい。北の大地に追いやられても返り咲くかと思いきや、しっかり根付くつもりなのだ。
どうして貴女は……とアディが小さく呟くも、それを聞いたメアリが不満そうに頬を膨らませた。
「なによ、文句あるの?」
「文句どころじゃありませんよ……」
「良いじゃない別に、どこに追いやられようと私は好き勝手やらせてもらうわ。それに私、お父様に似て商才と先見の明があると思うのよね!」
「はいはい、そうですね。でもアリシアちゃんがこっちでファンディスクとやらをやってる最中、俺達は北の大地で渡り鳥丼屋ですか。悪役だから仕方ないとはいえ、なんだか哀れですねぇ」
「………え?」
アディの言葉にメアリが目を丸くして彼を見た。
意外なことを言われたとでも言いたげなその表情に、アディもまたいったい何をそんなに驚いているのかと彼女に視線を向ける。
「どうしましたお嬢、俺、なにか変なこと言いましたか?」
「え、あ……違う、平気よ。そう、ファンディスクよね……ファンディスクだと……」
僅かに上擦った声でメアリが己の額を押さえる。
顔色もどこか悪く、アディが気遣うように彼女の顔を覗き込んだ。
なんかちょっとシリアスぽいというか真剣な話をしてますが、この間も部屋の一角には明らかにあれな山があり、メアリの座るクッションの下には何かが隠されているわけですよ。
そう考えると雰囲気がぶち壊しですね!