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 そんなアディとパトリックのやりとりからしばらく、時刻は進んで昼時前。場所は変わってアルバート家の庭園。

 美しく飾られたその場所には、ぐっすり眠って気分壮快のメアリと、そわそわと落ち着きのないアリシアがテーブルに着いていた。


「メアリ様、あの……このお手紙はどういう事でしょうか」


 アリシアが手元にあった便せんを開く。

 そこには上質の用紙に美しいレタリングで、


【第一回 アリシア王女強化訓練】


 と書かれていた。主催はメアリ・アルバート、開催地はアルバート家庭園。開催時刻はまさに今。

 不思議そうに便箋を眺めるアリシアに、メアリが得意そうに胸を張った。

 もちろん、この便箋を用意したのがメアリ本人であり、本人のみ意図を知っているからだ。もっとも、正確に言うのであれば用意したのはアディ、昨夜寝ようとする彼を叩き起こしてこの便箋を認めさせたのだが、それは割愛する。

 そうしてアディの部屋でぐっすりと眠り起床したメアリはいそいそとこの便箋を手に王宮に直参し、そしてアリシアを半ば攫う形で連れ出して今に至る。――突然の訪問と王女誘拐は不敬と言う無かれ。王宮の誰もが微笑ましく二人を見送っていた――


 ちなみに見事なレタリング技術を見せたアディの姿はない。彼は今朝がた部屋を出てそのままだ。言伝を頼まれたメイド曰く、戻りは夕方になるのだという。

 いつも隣にいるアディが居ないのは些か心許ないが、それでもとメアリは気合を入れてアリシアへと視線をやった。

 そわそわと落ち着きなく、眉尻を下げて弱々し気な表情を浮かべている。まるで何事かと探るように中庭を覗き込む来客達の視線が怖いのか、メアリが横目で一瞥すると慌てて視線を落としてしまった。

 今のアリシアは儚い美少女に映るかもしれないが、王女の威厳は皆無である。これはいただけない。


「良いこと、今から貴女を王女らしく鍛えてあげる。誰がどう見ても麗しい王女、皆が自然と平伏すような王女よ。まぁ私は田舎娘なんかに平伏したりしないけどね!」

「メアリ様……。あの噂をご存じだったんですね……」

「あら、貴女も知ってたのね」

「はい……。王宮で話しているのを聞いてしまって……」


 うなだれつつ話すアリシアに、メアリがムグと口ごもった。

 自分の不穏な噂を知ったからか、それともメアリに気を使わせてしまったことの申し訳なさからか、今日のアリシアは妙にしおらしい。

 メアリが王宮を訪れた時も普段のように抱きつく事はなく、それどころか周囲を気にするような素振りを見せていたのだ。今だって、客人の姿を見つけるとチラチラとそちらを気にしている。不安と怯えを隠しきれず、なんとも彼女らしくない。


「お客様もいらっしゃるようですし……せめて別のお部屋とか……」

「今日はこんなに天気が良いのよ、お茶をするには中庭じゃなきゃ。野次馬なんて勝手に見させておけばいいのよ」

「でも……私と居ると良くない噂をたてられてしまいますよ……」

「あら、それでここ最近うちに来なかったのね。田舎娘のくせに気を利かせるなんてちょっとは成長したじゃない。でもお生憎様、このメアリ・アルバートは低俗な輩の下世話な噂なんて気にもかけないの」

「メアリ様……! ありがとうございます、私、メアリ様のために頑張ります!」


 メアリの断言に、アリシアの瞳がパァと輝き出す。

 普段の活発な彼女に戻ったようで、それを見てメアリが再び口ごもった。

 なんだか励ましてしまったようで、それはそれで居心地が悪い。しおらしくても調子が狂うが、かといって彼女を元気づけてしまうのは癪だ。


 自分はあくまで、アルバート家の不名誉を晴らすためにアリシアを王女に仕上げるだけ。


 そこには愛国心や両陛下への忠誠心こそあるものの、アリシアを元気付けようなんて気はこれっぽっちもない。

 あえて言うのであれば、いい加減に彼女の暴走癖をどうにかせねばというドッグトレーナー魂だけだ。


「嫌だわ、勘違いしないでくださる? 別に貴女のためじゃないのよ。このメアリ・アルバートが田舎娘のために動くわけないじゃない」

「ありがとうございますメアリ様! 私もう大丈夫です、頑張れます! さぁ、始めましょう!」

「すぐそうやって騒ぐ。落ち込んだり調子付いたり、緩急がみっともないわ。程々に落ち込んでなさい」

「はい! とりあえず、数日分の抱擁をしましょう!」

「結構よ!」


 抱きつこうとしてくるアリシアの腕をメアリがペシリペシリと叩き落とす。

 それとほぼ同時にくすくすと笑い声が聞こえてきた。見れば、メアリの二人の兄ラングとルシアン、彼等の背後には従者であるロベルトの姿もある。三人並ぶとその身長差は顕著で、ロベルトだけ頭二つ近く高い。

 それどころか、童顔なラング達に対してロベルトは年相応の外見をしており、一目で彼等が同年齢だと分かる者はそういないだろう。

 あれこそお兄様達のコンプレックスの原因よね……とメアリが心の中で呟いた。そのコンプレックスの八つ当たりの矛先がアディなのだから、世の中はなんとも非情だ。

 だが今はそれを嘆いている場合ではない、そう考え、メアリがコホンと咳払いをすることで微笑ましく愛でるように見つめてくる兄達を咎めた。


「お兄様、忙しいところ呼び出してごめんなさいね」

「いや、平気だよ。むしろメアリからこんなに綺麗な手紙を貰えるなんて感動してしまったよ。メアリは器用だな、さすが俺達の妹! この手紙は記念に額縁に入れて部屋に飾ろう! 永久保存だ!」

「それもわざわざ俺達に一通ずつ……。同じ屋敷内の同じ顔に二通も用意するなんて、さぞや億劫だったろうに、なんて優しい妹なんだ……。だけど紙なんてものはいつか劣化してしまう……。そうだ、これは額縁に入れよう……永久保存するんだ……」

「二人とも残念だけど、それ作ったのアディよ」


 陰陽真逆の反応をしつつ手紙を嬉しそうに語る兄達に、メアリが情もなく一刀両断する。

 その瞬間、ラングもルシアンも一瞬にして表情を冷ややかなものに変え、二人揃って手紙をロベルトに押しつけた。


「……美味しいコロッケを研究したり渡り鳥の捌き方を学んだかと思えば、今度はレタリング。あいつ(アディ)は何がしたいんだ」


 ロベルトが渋い表情で実弟の奇行を嘆く。レタリングが申し分ない程に美しいから尚更だろう。

 だがすぐさま表情を元に戻してなおかつ弟作の手紙を上着にしまったのは、「何がしたいのかは分からないが、全てメアリ様のためだろう」という考えがあるからだ。さすが実兄、全てお見通しである。

 そうしてラングとルシアンがテーブルに着けば、それを見たメアリが仕切り直しと言いたげにパンと手を叩いた。アリシアがぴゃっと跳ねるように背筋を正す。


「お兄様達には、アリシアさんが立派な王女になれるようにアドバイスをしてほしいの。マナー、仕草、言葉遣い、表情、厳しく指導して!」

「さすがメアリ、なんて友人思いなんだ。よし、メアリに頼まれたんだから、不敬罪になろうともお兄ちゃん頑張るぞ!」

「可愛いメアリが俺を頼るなんて、きっともう二度と有り得ない……。たとえ不敬罪になろうとも、やりきってみせる……!」

「ロベルトはアリシアさんの後ろに回ってちょうだい。背後から佇まいの指導をお願いね」

「畏まりました」


 意気込む兄達に、メアリもやる気を募らせる。

 チラとアリシアの様子を窺えば、彼女の瞳にも闘志が宿っている。ぐっと両手で拳を作り、果てにはやる気が高まりすぎたのか、


「私、完璧な王女になってみせます!!」


 と高らかに拳を掲げ……、


「さっそく淑やかさを失うんじゃないわよ!」


 とすかさずメアリが彼女の額をひっぱたいた。



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