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 高等部時代、メアリはアルバート家の没落を画策していた。

 前世でプレイしたゲーム『ドキドキラブ学園』の記憶を元に、ゲームに出てくる悪役令嬢メアリの行動を参照し没落の道を辿ろうとしていたのだ。

 結果はさておき、その理由こそ『アルバート家は大きくなり過ぎた』これである。

 王族と並ぶほどの権威をもった一強の家。ゆえに王族の怒りを買いかねないと危惧し、その前に自分一人が北の大地に追いやられる程度の痛手で納めるべく没落を目指したのだ。


「まさか、それが今になって問題になるなんて……」


 メアリが盛大な溜息を吐き、ベッドの上でゴロンと横になった。

 あの後、急な呼び出しゆえに長く時間が取れないと席を立ったパトリックを皮切りに、ガイナスとパルフェットもアルバート家を後にした。

 パルフェットはこの事態に普段以上に涙目でふるふると震えており、別れ際にぎゅっとメアリに抱き着いてきた。その弱々しい抱擁を受け、メアリは彼女を慰めると同時に、これとは真逆の強い抱擁を思いだした。彼女がいれば「私も!」と無理矢理に抱きついてきただろうに……。

 だがメアリも感傷にふける暇はなく、彼等を見送るや父にも兄にも会えなかった客の相手をさせられ、媚を売られ……と忙しなく過ごしていた。


 そうしてようやく落ち着けたのが、夕飯後のこの一時だ。

 今ではもう自室と同じくらいに落ち着けるアディの部屋で、寝間着に着替えてゴロゴロと転がりながら彼のベッドを占拠する一時。

 伴侶のだらしなさすぎる姿に、アディが苦笑を漏らしつつ紅茶を一口飲んだ。といっても、彼も最近では自室ではラフな服装をしている。――メアリが部屋にいる事に慣れたからこそアディはラフな服装になったのだが、普段は見ぬ彼の服装にメアリは改めて彼の部屋に居ることを自覚し、妙にドキドキしてしまった。……もちろん、そんなことアディは知らないのだが――


「しかし面倒な事になりましたね」

「まったくだわ。でも確かに、権威の偏りを危惧する者が出てきてもおかしくないのよね」


 メアリがベッドに横になったまま、真剣な表情で話す。

 現状、国内の権威は王族・アルバート家・ダイス家の三強となっている。

 王族は勿論として、パトリックがアリシアと結ばれ婿入りすることでダイス家が飛躍し、それを支えたとされるアルバート家もまた王族と肩を並べるまでに至ったのだ。

 その権威と結束は最早他家が介入できるものではない。そして子の代になればより結束は強固なものとなる。


 ゆえに、その三家の権威に恐れをなす者が出始めたのだろう。

 幼少時に占い師に拐われ長く孤児院で過ごしていたアリシアの身元は、恐れをなした者達にとっては難癖をつける恰好の的だったのかもしれない。

 両陛下不在のタイミングを狙う当たり、底意地の悪さが窺える。


「私やお兄様達に取り入れなかった家の八つ当たりかしら。それともダイス家か王家に因縁のある家か……。噂の出所がはっきりしないとどうにも判断出来ないわね」

「そうですね。タイミングが悪いことに両陛下も国外にいらっしゃるし……。というか、多分このタイミングを狙ったんでしょうけど」

「両陛下不在に不敬な噂、なんてたちが悪いのかしら! 陥れるにしてももっとスマートにきなさいよ!」

「煽ってどうするんですか。……ところでお嬢、『これを機に没落よ!』なんて言い出さないでくださいね」

「没落? ふざけたことを言わないで!」


 アディの冗談交じりの発言に、メアリが怒りを露わにする。――まだベッドに横になったままなので怒ったところで迫力も何も無いが――


「確かに私は没落を望んだけど、あの子を陥れようなんてこれっぽちも考えなかったわ! 不穏な噂を広げて他者を陥れようとする輩と一緒にしないでちょうだい!」


 そうメアリが胸を張って断言する。

 ベッドに横になっているため胸を張っても今一つ分かりにくいのだが。というより、横になっているせいで先程から怒っても胸を張ってもただうねうねとうねっているだけに過ぎない。

 そうしてしばらく反り返るように胸を張り、力尽きたのかポスンとシーツに背を落とした。


「向こうがうちを陥れようとするのなら、こっちだって受けてたとうじゃない」

「お嬢、何か考えがあるんですか?」


 アディの問いかけに、メアリは再び胸を張ろうとし……いそいそと起き上がった。

 横になったままでは胸を張っても様にならないとようやく気付いたのだ。ベッドの縁に座り、寝転がっていた事で乱れた髪と寝間着を整え、そうして仕切り直しだと言いたげに改めて胸を張った。

 ついでにふわりと銀の髪を払う。


「言われたままじゃアルバート家の名が廃るわ。不遜な輩があの子を偽の王女だと疑い、それを仕掛けたのがアルバート家だというのなら……」

「言うのなら?」

「アルバート家が、あの子を本物の王女にするのよ!」


 ドヤッ! と胸を張って宣言するメアリに、アディが疑問符を頭上に浮かべた。

『本物の王女にする』とはどういう意味だろうか。

 それが出来るならば今すぐに実行し、そして不穏な噂を払拭すべきである。逆に言えば、それが難しいからこそ厄介なのだ。

 アリシアは赤ん坊の頃に拐われ、以降孤児院で育てられてきた。幼少時の記憶はもちろん無く、拐われる際にアルバート夫人キャレルが隠し持たせた封蝋と、王族にしか引き継がれないという髪と瞳の色合いだけが身元の証明である。

 そしてそれを疑われている今、彼女を本物の王女と知らしめるものはない。

 だがアディがそれを説明しても、メアリはさも当然のように「そんなこと知ってるわ」と言い捨てた。


「それなら、本物の王女にってどうするんですか?」

「あの子を誰もが認めるような立派な王女に仕上げるのよ。両陛下は素晴らしい方だもの、あの突撃型田舎娘もそれに倣えないわけがないわ。元々は王妃様にそっくりなんだから、そこに陛下に劣らぬ気品と威厳を纏えば、誰も口出しできないはずよ」

「なるほど、アリシアちゃん本人をもって周囲を黙らせるというわけですか」

「そうよ。私にはそれが出来るわ!」


 メアリが勢いよく立ち上がる。

 拳をぎゅっと握り、瞳に闘志を宿し、力強いその佇まいは寝間着だというのに迫力を感じさせる。

 並々ならぬ気力を纏うメアリの姿に、アディの胸に期待が湧き始めた。なるほど確かに、社交界のマナーを熟知し完璧な令嬢を演じられるメアリならば、アリシアに王女らしい振る舞いを叩き込めるだろう。

 威厳や気品だって同様。メアリは全てにおいて社交界の頂点に君臨しているのだから、王女の指導役にこれ以上の人選は無い。


 元よりアリシアは王妃に瓜二つ、そこにメアリ仕込みの振る舞いや気品と威厳が合わされば、憶測でしかない噂を払拭できるかもしれない。

 可能性を感じてアディが「さすが俺のお嬢」と褒めれば、メアリが自信を得て更に胸を張った。あと2、3回胸を張ればバランスを崩してベッドに倒れかねないそり具合である。


「それで、具体的にはどうなさるつもりですか? 必要なものがあれば今すぐに準備しますよ」

「アディ、焦らないで。それに準備はもう出来ているわ。私が今まで培ってきた知識はきっとこの日の為だったのよ」

「その知識とは?」

「躾よ! 月刊犬のしつけ方を創刊号から読み続けたかいがあったわ!」


 私なら出来るわ! と己を鼓舞するメアリに、アディは先程まで期待を宿していた瞳をすっと細め……、


「さ、寝ましょうか」


 と、冷え切った声色でテーブルの上を片し始めた。



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