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 しばらく見守っていても――誰一人として助けようともしない――ラング達がアディを解放する様子は無い。

 実の兄の執念深さに、呆れたメアリが肩を竦めた。


「仕方ないわ、アディはもう助けられないものとして諦めましょう」

「それでいいのかメアリ。君の夫が縮むかもしれないんだぞ」

「大丈夫よ。背が縮んでも愛は縮まないわ」

「本音は?」


 きっぱりと断言するメアリに、パトリックが溜息を吐いた。

 次いでロベルトへと視線を向ける。彼は実弟が縮められようとしているのに助ける素振り一つ見せず――そもそも仕掛けたのは彼だが――パトリックの視線に気付くと穏やかに笑った。

 ロベルトは出来た男だ。今でこそ冗談半分に実弟の哀れな様を見てはいるが、普段は冷静に、時に従者として時に一歩引いた立場としてアルバート家を見つめている。


「ロベルトはどちらが継ぐべきだと思う?」

「私ですか?」

「深く考えなくていい。ただちょっと聞いてみたいだけだ」


 雑談だと軽く尋ねてくるパトリックに、ロベルトが錆色の瞳をラング達に向けた。


「そうですね。ラング様もルシアン様も困った性格ですが、それぞれが良いところを持っております。当主としてお仕えするのなら……」


 言い掛け、ロベルトが小さく息を吐いた。

 ラング達に向けられる瞳は優しく、忠誠心と信頼、そして家族愛と並ぶ深い友情を感じさせる。

 ロベルトもアルバート家に仕える家系に生まれ、幼少時からラングとルシアンに仕えてきたのだ。誰よりも、それこそ兄弟同然といえるほどに同じ時間を過ごしてきた。

 メアリとアディのような恋愛感情こそ無いが、それに匹敵する絆があるのだろう。

 それらを胸に抱くように二人を眺め、ロベルトがゆっくりと口を開いた。


「叶わぬ夢と分かっておりますが、願うならお二人を足して……」

「三で割るのね!」

「メアリ、それだと計算がおかしいだろ。でもそうだな、ラングとルシアンを足して二で割れば、これ以上当主に適した人物はいないな」

「いえ、二人を足して十で割った人物が望ましいと思います」

「それはもうお兄様達じゃないわ! 残ってるのは誰なの!?」


 メアリが思わず声を上げるも、ロベルトは楽しげに笑うだけだ。

 そんなやりとりにパトリックが再び溜息を吐いた。昔からアディのメアリに対する態度は従者らしくないと思っていたが、ロベルトのラング達に対する態度も同等。むしろ男同士ゆえか手加減の無さが感じられる。

 だがロベルトには今更それを改める気は無いようで、ふと気付いたように時間を確認すると「もうこんな時間ですか」と呟いた。

 曰く、これからラング達に来客があるらしい。

 きっと未来のアルバート家当主への媚売りだろう。それが分かっても無碍になど出来ず、スケジュール管理が大変だとロベルトが溜息を吐く。

 アルバート家二人の子息に対して一人で仕え、さらにこの来客祭り。従者として時間管理もこなす彼はもしかしたらアルバート家で一番苦労しているかもしれない。

 漏らされる溜息も疲労混じりで、いまだアディ虐めに励む二人へと向かっていった。


「ラング様もルシアン様も、茶番はお仕舞いにしてさっさと勤めに戻ってください。アディ、お前もいつまで茶番につきあってるんだ」

「茶番とか言うなよ……兄貴が仕掛けたんだろ……!」

「アディ、お前ちょっと見ない間に縮まったか?」

「縮んでない! ちょっと沈んだだけだ!」


 怒気を含んだアディの訴えに、それでもロベルトが動じるわけがない。――ちなみにもちろんだがアディは縮んでいない。だが錆色の髪はさんざん押しつけられた事で乱れ、足下はくるぶし上まで掘られ、彼の目線は数センチだが下がっている――

 そんなアディの惨状に満足したのか、ラングとルシアンが顔を見合わせた。一仕事やり終えたとでも言いたげで、汗を拭うように銀糸の髪を掻き上げる。

 その仕草はさすが双子といえるほどにほぼ同時だが、片や目映いほどの爽やかさを、片やどこか気だるげな妖艶さを感じさせる。

 二人とも纏う空気は両極端だが、どちらも見目が良いだけに魅力的だ。――社交界ではどちらの兄が継ぐのかと意見が分かれているが、年頃の令嬢達の間では『どちらの子息が魅力的か』で意見が分かれていた――


「アディを虐め……アディの相手をしてやっていたら少し汗を掻いたな。来客が来る前に着替えて、何か食べよう。しかしやっぱり運動は良いな! 清々しい!」

「そうだな、虐め……動いたら少し気分が明るくなった。……あぁでも、どうせ誰が来てもおべっかだと考えるとまた憂鬱になる……」


 片や爽やかに、片や陰気に、それでも二人が揃ってロベルトに着替えと軽食の指示を出す。

 小柄なラングとルシアン、対して向かい合うは長身なロベルト。

 三人が並べばその身長差は歴然としている。顔つきも、片や童顔な双子と年相応の見た目ゆえ、彼等が同年齢だとは言われなくては気付かないだろう。

 そんな三人が話し合う様を眺め、メアリとパトリックが揃えたように瞳を細めた。


「お兄様達のコンプレックスの原因って、どう考えてもロベルトよね」

「だろうな。ロベルト相手じゃどうしたって見上げる形になる。それを毎日どころか毎時見せつけられてるんだろ」

「その八つ当たりがアディに……。アディは尊い犠牲となるのね。さすが我が夫、偉大だわ」

「その身を挺して主人の鬱憤を晴らす、従者の鑑だな」


 ラング等が話す様を一歩引いて見つめ、先程までの騒ぎをなんとか美談で納めようとメアリとパトリックが頷き合う。

 白々しい二人の会話に、ようやく解放されたアディが肩を落とした。

「褒められても嬉しくありません」という一言には疲労感がこれでもかと漂っている。錆色の髪はさんざん押さえつけられたことで乱れ、靴に至っては半ば埋められた為に泥だらけだ。

 だがそんな己の状態も気にかけず、アディは顔を上げるときつくロベルトを睨みつけた。ラング達と今日の予定を話しているが、時折丁寧な言葉使いの暴言が飛び出している。いつものことだが。


「兄貴の俺に対する扱いは諦めるとして、ラング様とルシアン様に対してあの態度は許されませんよ」

「あら、今更じゃない。確かにロベルトは時々失礼な物言いをするけど、あれで案外に上手くいってるのよ」

「いいえ許されません。たとえ上手くいっていようと、兄貴は従者、そこを履き違えるのは従者の家系として許されざる事です」


 珍しく厳しい口調で断言するアディに、メアリは意外だとじっと彼を見上げた。

 普段は温厚で、優しく、時に愛を込めて見つめてくれる錆色の瞳。パトリックやアリシアに対しても友好的な色合いを見せるその瞳が、今は厳しさをもってロベルトを睨んでいる。

 なんだかいつもより男らしいわ……とメアリがほぅと吐息を漏らし、


「さっさと鏡を見てらっしゃい」


 と冷ややかに言い放った。

 もちろん、「あんただって同じようなもんでしょ」という意味である。


「なんですかお嬢、俺はラング様とルシアン様にあんな態度は取りませんよ」

「えぇそうね、お兄様達に対してはね。私よ、私に対して! 縦ロールをドリルって言い出したのは誰よ!」

「俺です」

「人のことをドリル・ドリバードだの、超合金ドリルだの、美容師殺しの合金ドリルだの、全部あんたが言い出したことでしょ!」

「美容師殺しの合金ドリルまで俺だってよく分かりましたね!」

「こんな渾名つけるのあんたしかいないでしょ!」


 メアリがキィキィと喚きつつ、元より泥まみれのアディの靴を踏みつける。

 それに対してアディはと言えば、メアリの怒りもどこへやら「懐かしいですね」の一言ですませてしまった。思い出に耽っているのかどこか表情が微笑まし気だ。

 これがまたメアリの怒りを募らせる……のだが、それに対しても「そんなに怒ると、せっかく編み込んだ髪がドリりますよ」と油を注ぐだけである。

 メアリがさらに怒りを増し、アディの足を踏みつける。

 そんな相変わらずとも言えるやりとりを眺め、パトリックが肩を竦めた。

 アディがメアリに軽口を叩き、ロベルトがラングとルシアンに丁寧と見せかけた暴言を吐く。どちらも主従とは思えないやりとりだ。

 国一番の名家にはあってはならない光景だが、これこそまさにアルバート家らしい光景ともいえる。


「きっとアルバート家には『直属で仕える主人に対してのみ、従者は無礼が許される』という特殊制度が備わっているんだろうな」


 と、そんな事をパトリックが呟き、納得したと頷いて一人で完結してしまった。

 もちろんそんな特殊制度あるわけないのだが、長年目の前で繰り広げられると考えるのも面倒になってくるのだ。



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