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 何故ここまで来客が多く、かつ何をさっさと決めれば良いのかといえば……アルバート家の跡継ぎである。

 現状アルバート家はメアリの父が当主を務めている。才知が有り人望が厚く、国一番の名家を総べるに値する人物だ。国内外問わず、彼以上に優れた人物はそう居ないだろう。


 とはいえ、いかに優れた人物といっても寄る年波には勝てない。いずれは当主交代の時が来る。

 年齢を考えればそう遠くない話、むしろ今日明日でもおかしくない。とりわけ彼の二人の息子は父に似て才能があり、跡を継ぐのになんら支障はない。早い内に息子に席を譲り、余生は息子を支えつつ妻とのんびりと……と、そう親族も勧めている。

 となれば問題になるのが、双子の息子のどちらに譲るのかだ。現状アルバート家当主も、彼等の息子達も、決めるその素振り一つ見せずにいる。


「お父様もいい年なんだから、すぐに交代をしなくてもどっちに継がせるかぐらい決めれば良いじゃないのよ。ねぇ、アディもそう思うでしょ?」

「えぇ、旦那様はお年を召したことで日々渋みを増していると思います」

「決める素振り一つ見せないから、皆どっちに付けばいいのか分からなくて戸惑ってるのよ。果てには私にまで粉かけてくるんだから、いい迷惑だわ。ねぇアディ」

「そうですね。旦那様はあの慈愛に溢れた優しい瞳、優しく落ち着いた声、そして所作の一つ一つから漂う威厳……!」

「目の前の妻を無視して義父を褒め称えるんじゃないわよ」


 メアリがぴしゃりと訴えれば、はたと我に返ったアディがコホンと咳払いをした。

 以前からアディはアルバート家の当主を妄信していたが、それが義父となった事でより酷くなった。「身分差の結婚を許してくださるなんて、旦那様はなんて素晴らしい!」と、こういう事である。メアリからしてみればより気持ちが悪い。

 そのうえアディのこの言葉にパトリックまでもが頷き、最近ではエルドランド家のガイナスまでもが「あのような立派な当主になりたい」と妄信の傾向を見せ始めているのだ。

 おかげで、最近メアリは父親から青年を誑かすフェロモンが出ているのではないかと疑い始めている。


「ですがお嬢の言う通り、旦那様も渋みを増してより魅力的になったとはいえ、昔と比べて体力が劣ったとよく話をしています。先日も風邪の治りが遅いと仰っていました。喉を傷めた声は痛々しく、掠れた重低音が壮年の貫禄を感じさせましたね」

「まだ若干気持ち悪さが残ってるわね。でもまぁ今に始まった事じゃないし、これはもう手遅れとして諦めましょう。それよりお父様よ!」


 まったく、とメアリが溜息を吐く。

 なにせこの訪問客の嵐は、父の不調から始まっているのだ。

 といっても大病を患ったわけではない、ただの風邪だ。お抱えの医者も大事は無いと判断し、現に数日寝て今では完治している。騒ぎ立てるようなものでもなく、心配をかけたと笑う彼の姿に大事なくて良かったと安堵して終わるはずだった。


 ……そう、本来ならば終わるはずだったのだ。


 だというのに、この件に関してなぜか社交界が騒ぎ出した。

 アルバート家当主はこの件で老いを感じ、引退を考え始めたに違いない。ならば跡継ぎは二人の息子のどちらになるのか、どちらに着けば得なのか……と、周囲が勝手に動き始めたのだ。

 とりわけ今まで着かず離れずな距離だった家は必死だ。世代交代となれば、取り入るにこれ以上のチャンスはない。今まで親しくしていた者達も同様、以前のような恩恵を求めて跡継ぎに声をかける。

 その結果、当人が跡継ぎのあの字も口にしていないというのに、社交界は次代アルバート家当主の予想で持ちきりになり、誰もが二人の子息に媚びを売ろうと奔走しだして今に至る。

 それも、どちらに決まるのか分からないからこそ、余計に奔走するのだ。


「おかげで、無関係な私まで探りを入れられてたまったもんじゃないわ」

「他でもないアルバート家の跡継ぎですから、そう簡単に決められるものじゃないんですよ」

「簡単に決められないなら、いっそくじ引きで良いじゃない。当主の証である懐中時計と同じものをつくって、箱に入れて二人同時に引くの。本物を引いた方が当主よ!」


 名案だわ! とメアリが瞳を輝かせる。

 二人の兄のどちらが継いでも支障が無いのなら、いっそくじ引きでサクッと決めてもいいではないか。いっそ『アルバート家跡継ぎ決定くじ引きパーティー』とでも称して客を呼べば、跡継ぎ発表にもなって丁度良い。

 そうメアリが話せば、アディが呆れを露わに溜息を吐いた。最愛の妻に向けるとは思えない心の底から呆れの表情で、反論のために口を開く。

 だがアディが言葉を発するより先に、軽快な拍手が聞こえてきた。次いで「名案だ、さすがメアリ!」と褒め言葉が続く。


「確かに家を統べるには運も必要。メアリの発想は斬新でいて鋭い!」

「あら、ラングお兄様」


 横から入ってきた声に、メアリが振り返って兄の名を呼んだ。

 ラング・アルバート。今や社交界の注目の的アルバート家の双子の兄である。銀の髪に青い瞳、幼さの残るあどけない顔つきと小柄さが相まって、実年齢よりも若く見られることが多い。メアリと並べば双子の兄妹かと思われそうなほどだ。


「ラングお兄様も食堂に逃げてきたのね。でも残念、ここは私とアディが先に来ていたのよ。定員オーバーだわ」


 残念だったわね、とメアリが意地悪気に笑って小さく舌を出せば、ラングが面食らったと言いたげに瞳をパチンと瞬かせた。

 次いで一度ふむと考え込むと、今度はアディへと視線を向ける。見上げる形になるのは、彼がアディより頭一つほど背が小さいからである。……背筋を伸ばし、爪先立ちになり、必死になって差を縮めているのだが。


「なんて嘆かわしい……。俺達の可愛いメアリはいつの間にこんな意地悪を言うようになったのか。きっとどこかの誰か、それも俺達から可愛いメアリを奪った誰かのせいに違いない! なぁアディ、そう思うだろ! いったい誰だろうなぁ!!」

「う、いえ、それは……お嬢の悪態は元々の性格ではないかと……」

「俺達は昔からメアリを可愛がっていた。小さいメアリはそれはそれは可愛くて俺達を慕ってくれて、いつも俺達の後を着いて回っていた……。それなのに! いつのまにやら悪い虫がついていたなんて! なぁアディ、お前はどう思う!? お前の意見を聞かせてくれ!」

「え、えっと……どちらかというとラング様達の方がお嬢の後をついて回っていたような……」


 遠回しと見せかけた直球すぎるラングの言及に、アディがしどろもどろで答える。

 もとより従者と主人の関係、更にメアリと結婚した事によりラングは義兄にもなった。つまりアディにとって彼は公私共に頭の上がらない存在なのだ。それを抜きにしても、弟分のアディは昔から悪戯好きの彼等に日々苦労させられている。

 そんな関係を知っているからこそ、メアリは見兼ねて肩を竦めると共に彼等の間に割ってラングを睨んだ。


「お兄様、アディを虐めないで」

「なんてことだ! あの可愛くて優しいメアリが俺を睨んでいる……! メアリ、俺はメアリの幸せを一番に想っているからこそ厳しい事を言うんだ。全てはお前のためだよ」


 ラングの口調は諭すように優しい。

 それに絆され、メアリは睨むのをやめると困惑の表情を浮かべた。

 確かに兄達は昔から可愛がってくれていた。些かしつこい事もあるが、『メアリの幸せを一番に想っている』この言葉に嘘偽りは無いだろう。

 そしてメアリを妹として可愛がると同時に、兄達はアディの事も弟のように思っていた。

 そんな二人が結婚……となれば、祝いこそしてくれたが胸中は複雑なのかもしれない。片や名家令嬢、片や従者なのだから尚更だ。


 思わずメアリが「そうよね……」と呟けば、今度はアディがラングを呼んだ。

 真剣みを帯びた錆色の瞳がラングへと向けられる。……若干視線が下向きになってしまうのは、二人の身長差ゆえである。


「ラング様、確かに俺は至らぬ点が多いかと思います。ですが、お嬢を……妻を想う気持ちに偽りはありません」

「アディ、俺はメアリの幸せを第一に願っている。だからこそ結婚相手は俺が認めた男しか許さないと昔から考えていたんだ。それなのに、メアリが選んだのはよりによってお前……」

「身分違いなのは重々承知しております」

「お前は従者で、昔から俺達の弟のようで……十歳の頃には俺達と同じ身長になり、十一歳で俺達の身長を抜き、今は背を合わせる必要もないくらいに俺達より大きくなった。そんな男を認められるものか!!」

「……まだその事(身長)を気にしていたんでしたか。こればっかりはどうにもなりませんよ」


 ラングの訴えに、アディはもちろん聞いていたメアリまでもがガクンと肩を落とした。

 先程の諭すような声色と真摯な言葉はいったい何だったのか……。思わずメアリが溜息を吐くも、妹に呆れられている事に気付いて居ないのか、ラングは厳しい瞳でアディを睨み付けている。身長差で見上げる形になるのだが、それがまた彼にとっては不服なのだろう。


「アディ、俺は本当はお前達の結婚を心から祝いたいんだ。だから縮め、今すぐに縮め」

「無理を仰る」

「お前の事は身長以外は認めてる。メアリにはお前以上の男はいないと分かってる。だけどただ一つ、俺より背が高いのが気にくわない!」


 縮め、と命じるラングに、メアリとアディがどうしたものかと顔を見合わせた。

 こうなったラングはそう簡単には止められない。といっても勿論アディが縮むのは無理な話だし、ラングだってそれは理解している。ならばこれは何だと言えば、単なるコンプレックスからくる八つ当たりと、隙あらば弟分を揶揄おうとする悪戯心である。

 困ったものだとメアリが肩を竦め……次いで漂う空気にはっと息を呑んだ。突如として周囲が冷え切ったのだ。アディとラングもそれに気付いたようで、表情を強張らせている。


 彼等の視線が向かうのは、メアリ……ではなく、メアリの背後。

 何かが来ている。いや、既に背後に構えている。

 そんな圧迫感を覚え、メアリは恐る恐る振り返り……。


「紅茶の、準備を、今すぐに致しますので、お話は、中庭でどうぞ」


 という包丁片手のシェフの気迫と重々しい言葉に負け、三人揃って慌てて食堂を後にした。

 いかにアルバート家令嬢・婿・嫡男といえども、昼食時のシェフに逆らう事など出来ないのだ。



 そうして食堂から逃げたのは、第二の避難所であるランドリールーム。

 駆けこんだメアリは乱れた呼吸を取り繕うようにふぅと深く一息つき、優雅な所作で項に掻いた汗を拭った。項から肩へとハンカチを滑らせ、「まったくもう、髪が乱れちゃうじゃない」と編み上げた髪を片手で整えてリボンの端をひらりと揺らす。

 それとほぼ同時に、背後で盛大な音が響いた。

 慌てて振り返った先には、テーブルにぶつけたのだろう足を押さえて蹲るアディの姿。

 そんな彼の頭上に、ふわりと布が落ちてきた。白い布だ。それが舞うように落ちてアディの頭に被されば、『大成功』と書かれた刺繍が前面に出てなんと目立つことか……。


「誰か、誰か来て! 七十五番と五十八番の合わせ技よ!」


 思わずメアリが声をあげれば、扉の向こうからラングの笑い声が聞こえてきた。



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