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 その日、朝からアルバート家は来客が絶えなかった。

 いや、正しく言うならば『その日も』というべきか。むしろ『ここ最近ずっと』と言った方が適している。

 遠方に住みあまり交流の無かった者、今までは当たり障り無い程度の関係だった者、果てには話をしたことの無い者まで知り合いのツテを使って訪ねてくる。茶会やパーティーの誘いは倍増し、あれこれと適当な理由をつけて贈られる品々のために一室を空けたほどだ。


 アリシアを自室に残し、メアリはアルバート家の屋敷を歩いていた。

 そこをメイドが小走りで通りかかり、いったい何事かと尋ねれば慌てた様子で来客を知らせてくる。

 曰く、事前の連絡も無しに訪問してきたらしい。言葉でこそ「皆様お忙しいとは思いますが」と低姿勢を見せてはいるものの、退く様子はないという。

 きっと多忙と知っているからこそ押しかけたのだろう。「行けばどうにかなるだろう。無下にはされまい」と、こういう考えがあったに違いない。


「その方が呼んでいるのはお父様? それともお兄様達?」

「それが、誰でも良い様子です。とりあえず誰かにご挨拶をしたいと仰ってまして……」

「なるほど、強引なうえになりふり構わずなのね。お父様は昨日調べ物があると言っていたからきっと書斎だわ、お兄様達はこの時間なら部屋に居るかも。既に誰かに捕まってなければの話だけど」


 メアリが肩を竦めつつ教えてやれば、メイドが礼を告げてきた。ポツリと呟かれた「誰にも捕まってなければ良いんですが」という一言には心労の色を感じさせる。

 ただでさえ忙しいアルバート家当主とその嫡男達、とりわけ今は来客が多くまさに引っ張りだこ、捕まえるだけでも至難の業だろう。

 かといって来客を無下にも出来ず、ここ最近アルバート家では使い達が困った様子で彷徨っている事が多い。


「どなたか捕まれば良いんですが……」

「もし誰も捕まらなかったら、私の部屋に居る王女様でも差し出しなさい。多忙とか言いつつ夜襲を駆けてくる王女様なんて生贄にピッタリよ」

「そんな、アリシア様に失礼は出来ません! ですが、生贄というのは有かも……アリシア様を生贄にするくらいなら、いっそメアリ様を……」

「私に矛先を向けないでちょうだい!」


 心労の果てに不穏な事を企みだすメイドに、メアリが慌てて不満を訴える。

 そうしてそそくさとその場を後にするのは、誰も捕まえらなかったメイドが「やはりメアリ様がご対応を」と決意をして捕えに戻ってきたら堪ったものではないからだ。

 だからこそ何食わぬ顔で、それでいて厄介事を頼まれない程度に足早に屋敷内を進み、とある場所へと逃げ込んだ。



 アルバート家の従業員用の食堂、別名メアリの避難所。

 昼時を迎えようとするそこはまさに忙しさのピークで、シェフがあちこちと忙しなく働いている。名家アルバート家の食事に作り置きなど出せるわけがなく、それでいて各々が多忙を極めるゆえに食事の時間をずらす事も多々ある。シェフ達は常に時間との戦いなのだ。

 おかげで誰一人としてメアリを気遣うことなく――それもどうかと思うがーー、その慌しさにメアリはこれぞ求めていたものだとニヤリと笑みを零した。


「ここなら誰も私を捕まえようなんてしないわね。まさかこの私が従業員用の食堂にいるとは思わないもの!」

「お嬢、やっぱりここに居ましたか」

「凄い速さで見つかったわ!」


 なんで!? とメアリが慌てて振り返る。

 そこに居たのはアディ。驚愕するメアリとは対極的に、髪と同色の錆色の瞳を不思議そうに丸くさせている。


「なんで、と仰られても……。お嬢は昔から何かから逃げる時はだいたいここじゃないですか」

「あ、あら、そうだったかしら?」

「えぇ、先日も『いつもよりあの子(アリシア)のテンションが高い……。これは捌ききれない。一時撤退よ!』と仰ってここに逃げ込みましたし」

「……先回りされて迎え撃たれた(抱きつかれた)ときね」


 あれは悲しい事件だったわ……とメアリが額に手を当てる。

 食堂に逃げ込めたと思いきや、既にアリシアが両腕を広げて待ち構えていたのだ。憐れメアリは抵抗する間もなく彼女の腕に捕えられ、抱き着かれたまま食べたコロッケはいつもよりしょっぱかった。

 切ない思い出に瞳を細めれば、自室に戻ってアリシアの額を一発引っ叩きたくなってくる。

 それをアディに話せば、昨夜の攻防戦を思い出した彼が防衛失敗を詫びてきた。まさかあの時間に、あの勢いでくるとは……と悔やむ彼を宥めるも、錆色の瞳は妻の安眠を守れなかった後悔の色を宿している。


「大丈夫よ、アディ。今朝ちゃんとお腹を突っついて敵を討っておいたわ。あの時の悲鳴、貴方にも聞かせてあげたかったわ!」

「お嬢、敵を討ってくださったんですね。ですが安心してください、次こそは必ずや防衛成功してみせます。そう、あれが完成すれば、アリシアちゃんのあの秘技も封じ込めるはず……!」

「な、なに、何が完成するの!? あの子秘技なんて出すの!?」


 怖い! とメアリが己の安眠を守るための攻防戦に恐れを覚えれば、「あれが完成すれば……」と怪しい笑みを浮かべていたアディがはたと我に返って肩を擦って宥めてきた。

 それに絆され、メアリもならばと納得するように己を落ち着かせる。アディの言う『あれ』とやらが何か分からないが、彼のすべきことはすべてメアリの為なのだ。不穏な単語は気にはなるが、それよりも信頼が勝る。


「そうね、アディの考えならきっと大丈夫だわ。アリシアさんを迎撃してね。……でも、あの子も節度は守っているのか、私がアディの部屋に居ると大人しく帰るのよね」


 そういえば、と思い出すようにメアリが話せば、アディが同感だと頷く。

 結婚したとはいえ、いまだメアリとアディは住まいを別にしている。

 メアリはアルバート家の屋敷に、アディは隣接する寮の自室に。長くこの関係を続けていたため、変え時が未だに分からないのだ。

 もちろん共に夜を過ごす時もあるが、その頻度は半々と言えるだろう。

 そしてそういう時、決まってアリシアは夜襲を断念する。対応した者曰く、彼女は「こんばんは、メアリ様はどこでしょう!」と元気よく現れるものの、アディの部屋にいると聞くとクスクスと笑い、誰に促されるまでもなくあっさりと去っていくのだという。


「二人きりの時は邪魔しないって事は、あの子もほんの少しだけど常識は持ち合わせてるのよね」

「で、でしたらお嬢、こんな流れで言うのもあれですが、いっそ俺と二人でどこかに……!」

「そうだわ、私が直々に常識講座を開いてあげたらどうかしら! あの子にも、社交界に生きる者としてマナーを叩きこんであげなくちゃと思ってたけど……あらアディ、どうしたの?」


 名案が思い浮かんだと意気込むメアリに、対して何か言いかけていたアディが見て分かるほどに肩を落とした。「二人で……」と呟かれた彼の言葉は随分と低く陰鬱としている。

 あまりの彼の落胆ぶりに、メアリがどうしたのかと様子を窺った。


「アディ、今なにを言いかけたの?」

「い、いえ、なんでもありません……。どうぞお気になさらず……」

「そうなの? ならもういっそ話題を変えましょう。じゃないと、全ての責任をあの子に負わせて引っ叩きに戻りたくなるわ」


 気分を変えるため、銀糸の髪を手で払い……は出来ず、代わりに編み込みに軽く触れた。軽く整えるように揺らせば、髪の代わりに水色のリボンがひらひらと揺れる。

 今は王女の常識について説いている場合ではない、そう自分に言い聞かせ、話を改めるようにアディへと向き直った。


「そういえば、アディは私を探して食堂に来たのよね? もしかして、私を生贄に差し出すために……?」


 まさか……とメアリが疑惑の視線をアディへと向ける。

 だが彼はじっと見つめてくるだけで返事はせず、メアリが名前を呼んでも呆然としているだけだ。

 錆色の瞳は自分を見ているはずなのに、どこか心ここにあらずではないか。

 試しに目の前で手でも振ってみようか……とメアリが考えた瞬間、気が付いたのかのようにアディの肩がピクリと震えた。錆色の瞳が僅かに丸くなる。


「アディ、聞いてた?」

「え、えぇ……。生贄でしたっけ? なんで俺がお嬢を生贄に?」

「お父様とお兄様達が忙しいから、代わりに私を差し出そうと探しに来たのかと思ったのよ。お客さんが多くてメイドが駆けまわって、きっとそのうち私に矛先を向けるわ」

「今日は特に来客が多いからみんな必死なんです。あちこちで悲鳴をあげてますよ」


 まだ昼時だというのにこの惨状、午後になったらどうなる事か。

 肩を竦めつつ話すアディに、メアリもまた溜息を吐いた。ここ最近アルバート家は終始こんな調子なのだ。

 せっかくの長期休暇だというのにこれでは休めるわけがない。


「お父様達も、さっさと決めちゃえばいいのに」


 そうメアリが呆れを込めて呟いた。




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