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短編13


時は遡って2章直後です。



 メアリとアディの結婚報告は当然だが社交界を震撼させた。

 晴天の霹靂とはまさにこのこと。誰もが驚愕し、そんなまさかと口にし、中には「そう言えば以前から」と今更ながらに過去を振り返りだす者達までいた。

 それほどまでに異例の事なのだ。

 政略結婚が常のこの社交界において身分を越えた結婚。それも片や国一番の名家令嬢と、片やその家の従者。たとえ二人が愛し合っていたとしても、普通ならば周囲が諭し、親が認めるわけがない。

 駆け落ちしてもおかしくない、だというのにアルバート家は皆嬉しそうにこの結婚を話しているのだ。ーーそれどころか、サプライズ性を求めて当日まで秘密裏に事を進めていたのは夫人であるーー

 そんな意外性もあり、この結婚報告は瞬く間に社交界中に、否、国を越えて伝わっていった。


 ……そして一部の者達は、この報告に顔を青くさせていた。




「アディと話がしたい?」


 そうパトリックが学友に声をかけられたのは、メアリ達の結婚報告から一月ほど経った頃。アルバート家で行われたパーティーの真っ直中。

 声をかけてきたのは高等部時代に共に生徒会を務めていた者達だ。彼らも同じように大学部に進んでおり、久しいという感覚は無い。

 ゆえにパーティーの場でありつつも友人らしく雑談を……と思った矢先に頼みごとをされ、パトリックが首を傾げた。


 ダイス家は権威があり顔が広く、こういった場で橋渡しを頼まれる事は珍しいわけではない。時には逆も然り。そうやって人脈というのは広げていくものなのだ。

 だが今彼らが口にした人物はアディである。たとえば異国の貴族や高名な学者ならば分かるが、アディと彼等は高等部時代からの知り合い、むしろ今も同じ大学に通っている。


「話がしたいなら、そこらへんを歩いてる時に捕まえれば良いだろ」

「捕まえるって……。そんな簡単に言うなよ」

「簡単だろ」

「そりゃ以前なら簡単かもしれないが……」


 なぁと一人が同意を求めれば、誰もが気まずそうな表情で頷く。

 その表情から彼等の言わんとしている事を察し、パトリックが納得したと肩を竦めた。


 アディは今でこそ『アルバート家令嬢の伴侶』だが、それ以前はアルバート家に仕える従者の一人でしかなかった。社交界に身をおく者からしてみれば、言葉は悪いが『格下』である。

 そして誰もが皆それ相応の接し方をしていた。もちろん程度の差はあるが。


 ところが突然のこの大逆転。


 今まで当然であった『従者に対する態度』が、一転して『アルバート家令嬢の伴侶に対する無礼』になってしまったのだ。

 とりわけ彼等は高等部時代にメアリに対し……そしてアディに対しても無礼を働いている。彼等がアリシア虐めの犯人だと疑いを掛けたのだ。

 誤解が解けてすぐメアリに対して謝罪はしていたが、思い返せばアディには謝罪はしていない。――ちなみにパトリックはメアリにもだがアディにもきちんと謝罪をした。……のだが、彼が一番謝罪したのは「メアリ様に無礼を!」と膨れっ面のアリシアにであった。もちろん、そんな事を今この場で言うわけないが――


「あの時のことを今改めてってことか。しかし、アディはそんなこと気にするような男じゃないぞ」

「そうかもしれないが、やっぱり今後の事を考えると……一応、な」


 頼む、と全員から懇願され、パトリックが仕方ないと溜息で了承を示した。


「それで、アディはどこに居るんだ?」

「俺達も探してるんだが、どこにも居ないんだ」


 メアリの姿は見つけたがアディは居なかった。

 そんな学友達の話を聞き、パトリックの眉間に皺が寄った。次いで「ちょっと待ってろ」と彼等に告げ、その場を去っていった。



 それからしばらく……。


 険しい表情のパトリックが戻ってきた。

 ……両手に料理の盛られた大皿を持つアディを連れて。

 パトリックの隣を歩くアディの気まずそうな表情といったらなく、それを見て「あれは連行だ……」とポツリと呟かれた言葉に誰からともなく頷いて返した。

 犯行現場を押さえられ、連行される。今のアディはまさにこれだ。


 そうしてアディが大皿を所定の場所に置き――それを見届けるパトリックの表情といったら無い――場に加わる。

 改めて全員で話を……となったのだが、パトリックはいまだ冷ややかにアディを睨みつけていた。


「見当たらないと厨房に居るからわかりやすい。だが以前ならばまだしも、今はアルバート家に婿入りしたんだから、給仕をすることないだろ」

「分かってるんですが、どうにも空いた皿や皆様のグラスが気になってしまって……」

「だからって、メアリを置いていくなよ。そもそも結婚報告をしたばかりなんだから、パーティーの場では常に寄り添って来賓に挨拶をだな」

「俺だってお嬢と居られるなら片時も離れずに居たいですよ。……ただ、お嬢は」


 言い掛け、ふとアディが余所を向いた。

 まるで過去を思い出すかのように錆色の瞳を細める。


「……お嬢は、このパーティーが開始してすぐ、金糸の尾をたなびかせた凄く早い何かに攫われました」


 哀愁すら感じられるアディの言葉に、それを聞いた生徒会役員達の視線が今度はパトリックへと向けられる。

 そんな視線を受け、パトリックもまた余所へと視線を向けた。アディの言う「金糸の尾をたなびかせた凄い早い何か」が己の恋人アリシアの事だと理解し、そして理解したうえでしらばっくれようとしているのだ。


「あっという間にお嬢を連れ去っていきましたからね。俺が目撃したのは、たなびく金の髪だけでした」

「あ、あぁ……でもほら、あの活発さも可愛らしいだろう」

「アリシアちゃんのスピード、年々早くなってません?」

「アリシアは俺のもとへと舞い降りた流星だ。……速度的な意味も含めて」


 白々しく誤魔化そうとパトリックが耳触りの良い言葉を口にする。

 仮にここに事情を知らぬ令嬢がいれば、彼に流れ星にたとえらえるなんて素敵と胸をときめかせていただろう。それも彼のもとへと舞い降りた等と、恋い焦がれても仕方ない。

 だがこの場でいくら詩的な言葉を口にしても白々しさが増すだけだ。誤魔化しきれないと悟り、パトリックがわざとらしく咳払いをして「それはさておき」と話題を切り替えた。


「彼等がアディに話があるらしい」

「俺に、ですか?」


 アディが錆色の瞳を生徒会役員たちに向ける。

 話し出す絶好の機会だ。だというのに彼等は気まずそうな表情を浮かべ、どうしたものかとあぐねいている。

 今まで『アルバート家従者のアディ』と接していたからこそ、今更『アルバート家に婿入りしたアディ』にどう対応して良いのか分からないのだろう。

 初めましてとも違い、かといって深々と頭を下げるほどの格差が生まれたわけでもない。なんとも絶妙なところだ。

 とりわけ謝ろうとしているのだから気まずさは一入。見かねたパトリックが肩を竦め「謝りたいらしい」と助け船を出した。


「謝るって?」


 いったいなにを……とアディが気まずそうな表情を浮かべる面々を見つめる。

 そうして数秒不思議そうに眺めた後、合点がいったと表情を明るくさせた。

「そういうことでしたか」というアディの声には、事態を理解しても責める色は一切なく、柔らかな笑みに生徒会役員たちが僅かに安堵した。


「大丈夫ですよ。気になさらないでください」

「……アディ」

「今すぐに人を呼んで片付けさせます。お召し物は無事ですか? 替えをお持ちしますよ?」

「いや、なにかこぼしたわけじゃないから」

「なるほど、何か壊したわけですね」

「それも違う」


 きっぱりと考えを否定されて、アディの頭上に特大の疑問符が浮かぶ。


「え、じゃぁなんで俺に謝るんですか? ……怖い」

「その、俺達が謝りたいのは、高等部の時にだな……」

「高等部?」


 不思議そうなアディに促されるよう、誰からともなくポツリポツリと話し出した。




「そんな、俺は全然気にしてませんよ」


 一部始終と共に謝罪の言葉を告げられ、アディが慌てて彼等を宥めた。

 逆にアディの方が申し訳なさを感じていそうなほどだ。


「アルバート家に婿入りしたとはいえ、俺が何かをしたわけじゃありません。お嬢が俺を選んで、俺の手を取ってくれたからです」


 嬉しそうにはにかんで話すアディに、誰もがあてられて表情を綻ばせる。

 次いでアディが恭しく頭を下げた。


「社交界では俺は新参者です。至らぬ点もあるかと思いますが、ご指導のほどよろしくお願いいたします」

「いや、俺達の方こそ……。それなら、互いによろしくということで」

「えぇ、お願いします」


 互いに今後を話し、穏やかに握手を交わす。

 生徒会役員達の表情には安堵が浮かび、対してアディもまた社交界で気軽に話せる者が出来たと嬉しそうだ。


 そうしてしばらく雑談を交わす。

 だがパーティーの場では固まって長く話し続けるわけにもいかず、話の合間を縫って余所からも声を掛けられる。

 次第に雑談の終わりを悟り、一人が呼ばれて離れていったことで自然と解散の空気になった。


「それでは皆様、ごゆっくりとお過ごしください」

「ありがとう、アディ。話せて良かった」

「俺もです。では失礼します」


 深く頭を下げようとし……はたと気付いて軽い会釈に変え、アディが雑談の場から離れていく。そのぎこちない会釈はまさに社交界新参者といった様子で、パトリックをはじめ残された者達が自然と苦笑を浮かべた。

 そんな穏やかな視線を背に受けつつアディが歩き……そしてふと足を止めた。彼が見つめているのは、テーブルの端に置かれた空のグラス。

 給仕が片付けるべきものだ。けしてアルバート家の婿が片付けるものではない。せいぜい、通りかかった給仕を呼んで早く持って行くよう促す程度だ。

 普通であれば、そうである。


 ……だがアディはそのグラスを手に取り、ついでと言わんばかりに周囲の皿も手にし、そのうえテーブルクロスの皺を直しだした。

 そうしていそいそと彼が向かうのは、もちろん厨房の方向である。


「なぁパトリック、さっそく至らぬ点を見つけたんだが」

「……回収してくる」


 盛大な溜息を吐き、パトリックがアディを追うように雑談の場を後にした。




 それからほんの数分後、残された者達が再び他愛もない雑談をしていると、一人がふと一方を見て「あれは……」と呟いた。

 自然と誰もが視線を追えば、そこに居たのは銀糸の令嬢。メアリである。

 彼女はまるで何かを探すように会場内をきょろきょろと見回している。時には通りがかったメイドに何かを尋ね、期待した答えが得られなかったのか困ったと言いたげな表情を浮かべ、また周囲を見回し……と、忙しなくしている。


「もしかしてアディを探してるんじゃないか?」

「あぁ、そうかもしれない。今ならまだ追いつくから、厨房に行ったと教えてあげよう」


 パーティーの場ではぐれた伴侶を捜す……というのはよくある話だ。居場所を知っているならば――それがたとえ厨房でも――教えてやればいい。

 そう考え、一人がメアリに声を掛けようとし……。


 そして、突如現れた金糸の尾をたなびかせた何かによって彼女が浚われるのを目の当たりにした。


 その早さと言ったらなく、誰一人として視線で追うすら出来ず、メアリのいた場所を唖然として見つめている。

「この田舎娘ぇ……!」というメアリの怒声が聞こえてきたが、その声がやたらと小さいあたり、既に会場を出て庭園にでも連れて行かれたのだろう。その割には衝突音がしないのは、人の合間を巧みに縫っているからか。


「……なるほど、確かにあれは流星」


 思わず一人がポツリと呟けば、その場にいた全員が頷く。

 誰からともなく「これは変わりようがない」と顔を見合わせ、せめて自分達はパーティーらしく優雅にしようと、品良く(・・・)貴族らしく(・・・・・)雑談を続けることにした。





「ねぇアディ、後書きよ」


「本当ですね。また何かの告知でしょうか? ……おや、あれは」


「あれはマーキス家で飼ってる鳩ね。こっちにいらっしゃい」



( •ө• )<グルッポーグルッポー



「なるほど、今回は伝書鳩ですか。でも見たところ手紙やメモは持っていませんね」


「そうね。何かの告知かと思ったけど、もしかしてこの子はただ遊びに来ただけなのかしら」



( •ө• )<グルッポ……グル……ポ……



( •ө• )<グル……アル…グルポード……ポ……アルバート家……の……4巻……グルッポー……本日発売ホー



「まさかの鳩が直接伝えてくるスタイル」


「さすがパルフェットさんの鳩ね」



( •ө• )<ホーホー、ホッホー ホーホー、詳しくは2018/08/01活動報告……ホッホー



「よく聞く鳩の鳴き声と見せかけて告知を!」


「なんて万能なのかしら! そのうえ伝言を伝えたらすぐさま飛び去ってしまう、仕事に生きる鳩ね!」


「高らかに飛んでマーキス家に向かっていきましたね。……あぁ、途中でコマ割にぶつかった!」


「鳩もコマ割りには勝てないのね!?」





(´;ω;)<皆様ごきげんよう、パルフェットマーキスwith鳩です…!



( •ө• )<ホロッホー



(´;ω;)<『アルバート家の令嬢は没落をご所望です』4巻が本日発売です!今回も書きおろし有り。また、電子書籍にはSS付きですぅ……。



( •ө• )<ホーホー、ホッホー



(´;ω;)<そして8/5発売ビーズログコミックには漫画版2話目後半も掲載されていますぅ……!



( •ө• )<ポポポ……



(´;ω;)<よろしくお願い致します……!



( •ө• )<ポー……ポケキョ!



(´;ω;)<「メアリ様に食べられると思った」ですって!?





『アルバート家の令嬢は没落をご所望です』4巻が本日8/1ビーンズ文庫より発売です!


また8/5発売ビーズログコミックにはコミカライズ2話目後半も掲載されます!


小説・漫画、どちらもよろしくお願い致します!




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