短編12
「私、本当にメアリ様がご懐妊だと思ったんです」
そう告げてくるアリシアに、メアリがツンと澄まして「勘違い田舎娘」と罵った。
話はもちろん、先日のカレリア学園とエレシアナ学園の交換留学中の事である。メアリはアディの周囲に女性がいる事に嫉妬し、その嫉妬に気付かず体調不良――胃もたれ――だと勘違いしていたのだ。
だが勘違いしていたのはメアリだけではなく、曰くアリシアはメアリが妊娠し、それを隠すために胃もたれと誤魔化していたと考えていたのだという。
なんという勘違いか。……と、胃もたれだと勘違いし続けていた自分をかなり高い棚にあげてメアリはアリシアを鼻で笑った。
「でも、メアリ様とアディさんの子供だったらとっても可愛い子ですよ! 楽しみに思うのも仕方ありません!」
アリシアの断言を聞き、メアリがまったくと肩を竦める。
だがつられるように自分とアディの子供を考えてしまう。髪色はどちらに似るだろうか、瞳の色は、性格は。そもそも男女どちらだろうか……。
メアリは自分の銀糸の髪を気に入っているが、アディの錆色の髪だって愛している。もちろん瞳の色も同様。
アリシアの言う通り、どちらに似ても、男女どっちであっても愛らしい子だろう。だからこそどっちに似たら……と、考えてしまう。
そんな中、アディが紅茶を飲みつつ「そういえば俺も……」と話し出した。
「俺も以前は、お嬢とパトリック様の間に子供が生まれたらと考えていましたよ」
「俺とメアリの間に?」
なんでそんなことを、と言いたげにパトリックがアディへと視線を向ける。
それに対してアディは念を押すように「だから以前ですって」と訂正を入れた。彼の言う『以前』とは、自分の恋心は叶わぬものと考え、そしてメアリはパトリックと結ばれれば幸せになると自分に言い聞かせていた時である。
メアリとパトリックの間に男女の愛はない、全ては政略結婚。だからこそ二人は両家繁栄のために世継を作らなければならない。
「お嬢の子供をお世話できるなら、それだけでも十分だと思ってあきらめようと思っていましたから」
「アディ……」
過去を思い出して切なげに笑うアディに、メアリが彼の名前を呼んだ。ティーカップから離れた彼の手をそっと握りしめる。
「私とパトリックとの子なんて……。ねぇ、パトリック?」
「愛もないただの世継だ。ただ俺とメアリとの間と考えると、どちらに似ても優秀な子だろうな。見た目も悪くはならないだろう。だけど……」
「えぇ、そうね。どっちに似ても優秀で麗しい子だわ。だけど……」
「「ものすごく猫かぶりな子になる」」
思わずメアリとパトリックが声を揃えて断言した。
だが事実だ。確かにメアリとパトリックの間に子供が生まれれば、どちらに似ても優秀な子供になるだろう。文武両道のパトリックはもちろん、メアリもまたやろうと思えば――滅多に思えないが――完璧な令嬢で居られることも出来るのだ。
現に大学部でもパトリックは変わらず主席で、そしてメアリもまた優秀な成績を……高等部に引続き『平均するとぶれずに五位』という成績を保っている。――「五位ってところが難しいのよ!四位でも六位でも駄目なの!」とは、テスト結果を手に得意顔のメアリの台詞――
そして見目に関しても、二人共社交界では群を抜いている。
パトリックの濃紺の髪は落ち着いた麗しさを、メアリの銀糸の髪は華やかさを感じさせる。それぞれに似合った瞳の色は、たとえ髪色と組み合わせが変わっても色濃く見る者を魅了するだろう。
どちらに何が似ても、そこいらの子息令嬢では太刀打ちできない子供になる。
……そしてどちらに似ても、外面を完璧に取り繕う猫かぶりになるのだ。
「猫かぶり中の猫かぶりよ。むしろ猫を産むかもしれないわ」
「俺達の子供は猫か。世継ぎにするにはひと悶着ありそうだ」
「性格面においては、どちらに似ても一癖も二癖ある子に育つわね……。あらやだ、アディが振り回される未来しか見えないわ」
「まったくだな。というか、アディの言う事をちゃんと聞くのかすら怪しいな……」
想像の子供にパトリックが難色を示す。
確かにどちらに似ても優秀な子に育つだろうが、気を許した相手には厄介極まりない本性を晒すだろう。……そしてこれまたどちらに似ても、その『気を許した相手』はアディなのだ。
我が子はちゃんと育つだろうか、と無駄な心配をするパトリックに、何故かアリシアが「大丈夫です!」と高らかに告げた。
「パトリック様とメアリ様の子供なら、きっと良い子に育ちます! アディシアは常に側に居てお守りします!」
「アリシアちゃん、その安直に俺と君の名前を合わせた子は、もしや俺と君の子供かな?」
「はい!」
「言いたいことは色々とあるけど、もうちょっと名前を捻ってやりたいなぁ」
アディが溜息交じりに文句を言うが、アリシアはそれに聞く耳を持たず、想像の子供アディシアがどれだけメアリ達の子供をしたっているかを語り出した。
どうやら『パトリックとメアリの子供』を想像するあまり『自分とアディの子供』まで想像したようで、随分と楽しそうではないか。
といってもアディとの未来を考えているわけではなく、ただの想像だ。そして想像だからこそ、これを聞いたメアリも面白くなって不敵に笑ってしまった。
「田舎娘とアディの子供? そんな子、私達のメアリックにかなうわけがないじゃない!」
「メアリ、そのやたらと金属めいた名前の子は俺と君の子供なのか?」
「そうよ!」
「名付けの段階で既にひと悶着あったと見える」
淡々と紅茶を飲みつつパトリックが話すが、これまたメアリも聞く耳持たずだ。
想像の子供メアリックがいかに優れているか、そしてアディシアに対しても強く出る子に育つと語る。
ちなみにちゃっかりと「ドリルになんてならないわよ!」と断言しているが、それを聞いたパトリックが「ドリルのメアリック……強そうだ」と呟き、慌ててコホンと咳払いをして誤魔化した。
メアリもアリシアも、どちらも話は想像でしかない。
実現する気などさらさらない、そんな事欠片も望んでいない想像。舞台や本の中の夢物語を語るのに近い。
だからこそ好き勝手に言えるというのもあるだろう。
メアリックの優秀さをメアリが語れば、負けじとアリシアもアディシアがいかに忠義に厚いかを語る。こういった空想話とは傍から聞けば馬鹿々々しい無駄なものだが、当人達だけは妙に熱く楽しくなってしまうものなのだ。
「アディシアはメアリック様の事が大好きですから、異性だろうと同性だろうと、パーティーではいつも踊るんです!」
「振り回し大会子供の部を開催するんじゃないわよ! いいわ、メアリックは強い子に育てて返り討ちにしてあげる!」
想像で語り合う二人は随分と楽しそうだ。
これにはアディもパトリックも口を挟む気にはならず、顔を見合わせると揃えて肩を竦めた。自分以外の男との子供……とだけ考えれば嫉妬しかねない話だが、いったいどうして今のメアリ達の話で嫉妬出来るというのか。
ただの想像。そのうえメアリもアリシアも、話の最中には必ずと言っていいほど「そうよね、アディ」だの「パトリック様もそう思いますよね」だのと同意を求めてくるのだ。
その時の二人の瞳は楽しそうで、肩を竦めつつ同意を示すと再び意気揚々と想像話に熱を燃やす。
そんな実の無い話をするメアリ達をしばらく見つめ、アディとパトリックが揃えたように「子供か……」と呟いた。
次いで相手の声に気付いて目を丸くさせ、どちらともなくばつが悪そうな表情で顔を見合わせる。
「まぁでも、いつかの話だな。……だがいずれにせよ」
「えぇ、まだ先の話です。……ですが、いつになろうと」
「「名付けだけは任せられない」」
いざとなれば共闘しよう、そう男二人が決意を固め、いまだ楽しそうに話す自分の伴侶を苦笑交じりに見つめた。