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7―1



「アディが呼んでる?」

「はい、なんでも聞きたいことがあるから、部屋に来てほしいそうです」


 そう伝えるメイドに、メアリがいったい何だろうと首を傾げた。

 時刻はすでに遅く、そろそろ寝ようかと思い始めた頃だ。こんな時間に呼び出すのだから、急を要する用件なのだろう。

 だがメイドに聞いたところで分かるわけがなく、就寝の挨拶と共に彼女を下がらせ、メアリは上着を羽織って自室を後にした。



 アルバート家の屋敷は広く、住み込みで働く者も少なくない。

 そういった者はみな敷地内にある従業員用の寮に住んでおり、アディもまたその一人である。


「ここを通るのは久しぶりね」


 そう一人呟きながら、メアリが従業員用の寮内を歩く。

 幼い頃は建物の違いが分からず、頻繁に忍び込んでは目につく扉をノックして遊んだものだ。ここに来れば暇な従業員が居て、誰かしら遊んでくれる……そんな風に考えていた。

 ――休日という概念がまだ無かったころだ。彼等の貴重な時間を潰してしまったことを、今では申し訳なく思う――

 だが大人になるにつれこの建物と本殿の違いを理解し、立ち入るのを控えるようになった。

 勿論、それは格差がどうの、よく聞く「主人が使いの住まいに行くなど云々」といった考えではない。たんに雇用主の娘が私生活の領域に立ち入るのが気が引けたからだ。

 とりわけ、メアリは公私を性格単位で割り切っており、だからこそ他者に無遠慮に踏み込まれるのがどれだけ不快かを理解している。


 そんなことを考えつつ歩き、ふと一室の前で足を止めた。アディの部屋だ。

 茶色いシンプルな扉には彼の名前のプレートが掛けられている。

 それを一瞥し、メアリがゆっくりと扉をノック……。

「入ってます!!」

 という、わけの分からない声に目を丸くした。



 そりゃ入ってるでしょうよ。



 と、そんなことを考えて数分。

「お、お待たせしました……」

 と顔を出したアディに、メアリは溜息をつくと、促されるまま彼の部屋の中へと入って行った。



 従業員用の寮と言えど、そこはアルバート家である。

 一人が住むには十分すぎる広さの部屋と台所、それどころか風呂までついており、寮内には食堂や共有施設も備わっているが使わずとも生活できるようになっている。

 従業員用の寮にしては豪華が過ぎる作りであり、ここほど良い居住地を提供している家はないだろう。


「ちょっと散らかってますけど、どうぞ座ってください」

「散らかっているというか……」


 促されるままクッションに腰を下ろしつつ、メアリが部屋の一点に視線を向けた。

 比較的小奇麗に整頓されている部屋の一角……。


「あの、いかにも『やましいものを一か所に集めて上から布をかぶせました』っていう山が気になるんだけど」

「そこまで分かってるんなら言わないでください」


 ジッとその一点を見つめるメアリに、アディが

「飲み物を用意しますから、大人しく(・・・・)座って(・・・)待っていてください」

 と告げてキッチンへと向かっていった。

 やたらと強調していたのは、つまりそういうことなのだろう。

 釘を刺されたのならばそれに従おうかと、メアリがクッションの上で一息つき……ふと、視線を落とした。

 なにか違和感がする。

 座り心地が悪い。まるで何かクッションの下にひいてしまっているような……。

 いったい何だろうとメアリが横に移り、クッションの下を確認すべく手を伸ばし


 ガッ!!


 と音たてて、叩きつけんばかりに置かれたコップに思わず手を止めた。


「紅茶が、はいり、ました」

「……そう、ありがとう」


 アディの鬼気迫るオーラに、メアリがクッションへと伸ばしかけた手をヒョイと進路変更させてコップへと向かわせる。

 これまた、つまりはそういうことなのだろう。

 詳しく追及しない代わりに御茶請けを要求すれば、アディが改めて

「大人しく、座って、なにも探らず、待っていてください」

 と念を押して再びキッチンへと向かっていった。要求が一つ増えているわけだが、やはりそういうわけなのだろう。

 これに関してメアリとしては文句の一つでも言ってやりたいところであった。

「あんたが呼んだんだから、疚しいものは事前に隠しておきなさいよ」

 と。だが流石にアウェーなので黙っておく。例えアルバート家の敷地と言えど、ここはアディの部屋なのだ。


 そうして、机の上に淹れたての紅茶と、それに軽めのお茶請けを用意して、ようやっと本題に入った。


「で、なんで私を呼んだわけ? 普通、用があるなら貴方が私の部屋に来るべきでしょ」

「そんな、俺なんかがこんな時間にお嬢の部屋に行けるわけがないじゃないですか。無礼にも程がありますよ」

「え、それで私を呼んだの!? とんだ本末転倒野郎ね!」


 いったいどういう理論なのかさっぱり分からないが、律儀に

「ご足労頂き、ありがとうございます」

 と頭を下げるアディに、メアリが呆れてものも言えないと代わりにティーカップに口を付けた。

 確かに、従者がおいそれと主人の自室に上がることは許されない。とりわけ、アディは男でメアリは女なのだ。更にこんな時間となれば、要らぬ誤解を招いて無礼どころでは済まされない可能性もある。

 といっても、ならば主人を部屋に呼べば良い、等と言う話でもない。当然だが、そんなことを仕出かせば男女だの時間だの関係なく、下手をすれば解雇まっしぐらだ。

 だからこそ、メアリが

「まかり間違ってもお父様達にこんな真似するんじゃないわよ」

 と釘をさせば、アディが慌てて首を横に振った。


「そんなまさか! いくら話があったとしても、こんな遅くに旦那様達のお時間を頂くわけないじゃないですか!」

「……丁度いい機会だわ。本題が終わったら、日ごろ後回しにしている件についてじっくり話し合いましょう」

「うえ!? いや、あの、と、とにかく今は本題です! すべてはそれを話し終えて、時間が余ったらにしましょう!」

「その本題とやらがしょうもないことだったら、クッションの下にあるものを暴いて、あの山の布をはぎとって、解雇通知を叩きつけてあげるから覚悟して話しなさい」


 脅すような――というか、脅している――メアリの言葉に、アディが乾いた笑いで返した。誤魔化すようなその表情は何とも言えず、相変わらずだと思いつつも毒気が抜かれてしまう。

 ――そうしてまた、この件も有耶無耶になってしまうのだ――

 それでもようやく本題を話す気になったのか、場の空気を変えるようにアディがコホンと咳払いをして、ジッとメアリの瞳を見つめた。

 真剣なその表情はつい先ほどの不真面目な従者のものではなく、時折――本当に時折――彼が見せる、勇ましさすら感じる男らしい表情だ。


「お嬢、正直に答えてください。なんで悪役をやろうなんて考えてるんですか」

「そんなの、私がメアリ・アルバートだからに決まってるじゃない。悪役を貫いて没落するのが決まりよ」

「いいや、貴方はそんな簡単な理由で動く人じゃないし、悪役なんて柄じゃないでしょ」

「あら、私が悪事の似合わない聖女ってことかしら」

「いいえ、まったく、微塵も、これっぽっちもそんなこと思ってませんけど」

「ぜ、全否定!!」


 もう少しフォローしなさいよ!と訴えるメアリに、対してアディが再び咳払いをした。わざとらしいその咳払いは「冗談では誤魔化されません」とでも言いたいのだろう。

 それを理解し、メアリが観念したかのように溜息をついた。普段ならば後ろ暗いことがあっても二・三の冗談めいたやりとりで誤魔化せるものの、どうやら今日のアディはそれを許してくれないらしい。

 ならば正直に話そうかと、メアリが一呼吸置くように紅茶を一口含んだ。コクンと飲み干せば程よい甘みと果物の香りが口内に広がり、長丁場になるであろう喉を潤おしてくれる。


「そこまで言うなら教えてあげる。悪役令嬢なんて、元々興味なかったのよ」


 そう呟くように話すメアリの言葉に、アディがやはりと言いたげに頷いた。



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