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 メアリとアディが合わせたかのようにゆっくりと振り返れば、そこに居るのは……言わずもがなアリシアである。

 水色のドレスは彼女の金糸の髪をより美しく見せ、二人の視線が自分に向いたと気付くと品良く挨拶をした。嬉しそうに笑うその表情は愛らしい。もっとも、今のメアリにはその笑顔に微笑んで返す余裕などないのだが。


「なんで居るのよ、いつから居るのよ! さり気なく会話に入ってくるんじゃないわよ!」

「メアリ様、アディさん、こんばんは!」


 まるで昼間の太陽のような明るい笑顔を見せるアリシアに、メアリがきぃきぃと喚く。だが今更メアリが喚いたところで効果などあるわけがない。

 そんな二人のやりとりに、アディが小さく溜息を吐いた。


「こんばんはアリシアちゃん、お嬢に抱きつかないなんて珍しいね」

「メアリ様にですか? んふふ、だって今のメアリ様はお体を大事にしなきゃいけない時期じゃないですか。あ、冷やしても駄目ですよ!」

「何よ、わけの分からないことを……や、やめて! ストールをお腹にまかないでよ! 田舎娘の田舎ストール巻いたら田舎臭さが移るでしょ!」


 満面の笑みでアリシアがメアリの腹部にストールを巻けば、それをメアリが喚きながら解いていく。だがその矢先に再び巻き初めて……と決着がつきそうにない。

 いったい自分のお腹をどうして暖めようとしてくるのか、疑問と苛立ちを露わにメアリが睨みつけるも、いまだアリシアは満面の笑みである。

 随分と嬉しそうではないか。紫色の瞳が向かうのは、メアリの腹部……。


「胃もたれを案じてるならもう少し上よ」

「えへへ、そうですねぇ」

「気持ちの悪い子」


 ツンとすましてメアリがアリシアの元から離れ、アディの腕に抱きつく。


「アディ、こんな田舎娘放っておきましょ」


 そう促しつつ、軽く彼の腕を引っ張って歩き出そうとする。

 だがアディはそれに倣うことなく、立ち止まったままだ。いったいどうしたのかとメアリが見上げれば、彼は何故かひきつった笑みを浮かべて遠くを見つめている。

 彼の視線の向かう先、そこに居たのはこちらに駆け寄ってくるベルティナ。彼女は錆色の豪華なドレスを纏い、同色のリボンを揺らし、嬉しそうにこちらに手を挙げて駆け寄ってくる。


 錆色のドレス。

 錆色のリボン。


 それが何を、誰を意識しているのかなど、この状況で考えないわけがない。

 とりわけ彼女の後方でこちらに歩いてくるルークが、彼女とはまったく似通っていない灰色のスーツを着ているのだからなおのこと。

 これにはメアリも眉間に皺を寄せ「随分と分かりやすいことをするじゃない」と呟いた。


「皆様ごきげんよう。アディ様、本日はお越しいただきありがとうございます」

「……いえ、こちらこそお招きありがとうございます」

「ベルティナさん、素敵なドレスね」


 アディの方ばかり見つめているベルティナに、メアリが引きつった笑みながら賛辞を告げる。それに対してベルティナは優雅に微笑み、まるで見せるつけるようにドレスの裾を揺らした。

 錆色の布が揺れる。今夜のために手配した布だという。

 遠くから取り寄せたというだけあり上質の布で、ふわりと揺れる様は美しい。

 ……まるで風に揺れるアディの髪のようではないか。


「お褒めにお預かり光栄です。私この色が一番好きなんです。それに、私に一番似合いますでしょう?」


 ねぇ、とベルティナが同意を求める。……アディに。

 これほどまで露骨な態度があるだろうか。ベルティナの言わんとしていることを察し、アディが引きつった表情ながら返している。上擦った声で紡がれる曖昧な彼の返事は、誰が聞いたって社交辞令だと分かるだろう。

 だがベルティナには社交辞令でも充分だったのか、それとも社交辞令とは気付いていないのか、「そうですよね!」と嬉しそうに声をあげると彼の腕に抱き着いた。

 ……アディの腕に。


「ベルティナ様、離れてください」

「まぁ、ごめんなさい。私アディ様に褒めて頂いて嬉しくて……」


 咄嗟に抱き着いてしまったと言いたげにベルティナが慌てて離れる。……だが離れたは良いものの、先程よりもアディに近い。隙あらば再び触れそうな距離だ。

 それはアディも察しているのか、困ったと眉間に皺を寄せている。だが謝られればこれ以上咎めるわけにもいかずに「お気をつけてください」とだけ返した。

 きっと白旗を上げたい気分なのだろう。いい加減にしてくれ……と、そんな彼の訴えが聞こえてきそうだ。

 メアリが目も当てられないと溜息を吐き、ベルティナを咎めようとした。だがそれより先に動いたのは、メアリを庇うように目の前に立ったアリシアだ。

 メアリの目の前で、ふわりと金糸の髪が揺れる。


「ベルティナさん、何をしているんですか」


 という声は、彼女らしくなく怒りを含み厳しく響く。


「許可なく人に抱き着くなんて、失礼とは思わないんですか」

「ねぇアディ、鏡を持ってない? この田舎娘に突きつけてやりたいの」

「それに、メアリ様とアディさんは夫婦なんです。邪魔なんて私が許しません!」

「あんたは私のどのポジションのつもりなの」


 敵意とさえ言える口調でアリシアがベルティナを咎める。――メアリの逐一の横やりは全てスルーされてしまったのだが、これもまた今更な話だ――

 だが今気にすべきはアリシアではない。そう考えてメアリがベルティナに向き直ろうとする。だがメアリが声を掛けるより先に、ベルティナが口を開いた。


「アディ様は嫌がってなんかいませんよ。先日も私と踊ってくださいましたし」

「それはアディさんが優しいからです。だからベルティナさんと踊ってあげただけです」

「まぁ、やっぱりアディ様は優しいのね。素敵。優しいなら、また私と踊ってくださいますでしょう?」


 露骨な態度でベルティナがアディに強請る。

 それに対してアディが断ろうと口を開くが、それより先にアリシアの「駄目です!」という言葉が響いた。


「私、今アディ様に聞いたんです。アリシア様が返事をするのはおかしくありませんか?」

「アディさんの優しさに付け込んで困らせるなんて許せません」

「失礼ですが、いくら王女とはいえアリシア様は関係ないんじゃありませんか? むしろ一国の王女が特定の家に肩入れするのは好ましくないと思いますよ」

「関係ありません。私は王女である前に、メアリ様とアディさんの事が大好きなんですから!」


 はっきりと告げるアリシアの言葉に、メアリがピクリと肩を揺らした。

 アディの事が大好きだと、そうアリシアが言った。その前にメアリの名も口にしており、それはもちろんメアリの耳に届いている。

 届いているが、どうしてか頭に入ってこない。

 頭の中では彼女の言葉が「アディさんの事が大好きなんですから!」という部分だけ切り抜かれて繰り返される。なんて悪意のある切り抜きだろうか。

 そもそも、アリシアは自分とアディのために言い争ってくれているのだ。それは分かっている、口では文句しか言わないが、感謝すべきだとも思っている。


 ……だけど焦燥感が増していく。


 メアリの胸にまた靄が掛かる。

 なんでこんな時に……と胸元を押さえるが、今夜は一段と酷いのか、鼓動すら早まってきた。


「アリシア様、一国の王女である貴女が個人的に殿方を好きだなんて。そんなことを簡単に言うようでは、下手な誤解を生みますよ」

「簡単になんて言いません。メアリ様とアディさんは特別なんです」

「特別……。それなら、私にだってアディ様は特別ですの!」


 ベルティナがアディの腕を掴む。自分のものだと訴える子供のような彼女の行動に、当てられたのかアリシアもまた挑むようにアディの片腕を取った。

 二人の令嬢に腕を取られるアディは、まるで子供に取り合われるぬいぐるみのようではないか。とうてい色恋沙汰めいたものは感じられない。なにより、取り合われているアディがうんざりしたような表情なのだ。「落ち着いて」と諭す声色には疲労しか感じられない。

 その光景に、メアリが助け舟を出そうとする。

 だが伸ばしかけた手を止めたのは、両腕を取られたアディのどこに触れて良いのか分からなくなったからだ。ベルティナとアリシアに押されて、いつの間にかアディとの距離も空いている。隣に居たはずなのに。


 二人に取られそう、そんな馬鹿げた考えがメアリの中で浮かんだ。


「な、なにが特別よ……」

「メアリ様?」

「特別だの好きだの優しいだの、勝手なこと言うんじゃないわよ……。分かったような口きかないで、邪魔しないで、みんな邪魔なのよ!」


 咄嗟にメアリが声を荒らげる。

 次の瞬間、先程までの言い争いが嘘のように周囲がシンと静まり返った。いや、会場の音楽や雑談の声は聞こえてくるが、まるで別世界の音のようで耳に入ってこない。

 唯一、小さく聞こえてきたのはアディの「……お嬢?」という言葉だけだ。それが耳に届き、メアリがはっと息を呑んだ。慌てて口を押える。

 今自分は何と言った?

 普段とは違う声色のメアリの怒声に、アリシアが目を丸くさせている。その表情に謝罪をしなければと口を開きかけ……そしていまだ彼女の手がアディの腕を掴んでいることで、出掛けた言葉を飲み込んだ。

 謝罪の言葉が、再び暴言に変わりそうな気がする。


「お嬢、どうしました……?」

「だ、大丈夫よ、なんでもないの。どうしたのかしら、私、突然声を荒らげて……。ちょっと、一人になって落ち着きたいわ……」


 そう言い残し、メアリが踵を返すと共に駆けだした。

 自分を呼ぶアディの声がする、それにアリシアの声も。だがそれが耳に届いてもメアリの足は止まらず、胸に渦巻く焦燥感に急かされ逃げるようにバルテーズ家の庭園へと駆けた。



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