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 まだ午前中だというのに、市街地は人と活気に溢れている。

 とりわけ今日は天候もよく過ごしやすいので、人も活気も倍増だ。心地よい風が道沿いに並ぶ木々を揺らし、メアリの銀糸の髪と首もとに巻いた水色のスカーフも揺らす。

 だが今のメアリはそれを気にする様子もなく、にぎわう市街地を前に不敵な笑みを浮かべていた。戦いを前にした好戦的なその表情を見て、隣で欠伸をしていたアディが呆れの表情を浮かべる。


「お嬢、何を企んでいるんですか?」

「あら、企むなんて人聞きの悪いこと言わないでちょうだい。ちょっと買い物をするだけよ」

「買い物ねぇ。ちょっと買い物して、ベルティナ様に邪魔されるつもりですか」

「察しがよくなったわね、ご名答よ」


 メアリが笑みを強めて返せば、アディが呆れを込めた溜息を吐く。

 彼が察した通り、メアリはこの市街地でベルティナに買い物の邪魔をされるつもりだ。

 彼女がドラ学メアリの嫌がらせを模倣しているのなら、この『市街地で買い物自慢』のチャンスを逃すはずはない。きっとどこか割って入ってきて、これみよがしにアディを誘うのだろう。

 そこを捕まえ、そしてきちんと話をしようとメアリは考えていた。

 学園内で突っかかってくるのは構わないが、さすがに社交界では控えるように……と。悪役令嬢をやるにもマナーが必要なのだ。


「特にあの子には婚約者がいる。問題が起これば被害が及ぶのは本人だけじゃないのよ。それをきちんと教えてあげなくちゃ。これは本家悪役令嬢の務めよ」

「お嬢はそれだから敏腕ドッグトレーナーって言われるんですよ」

「……次の課題は噛み癖のある犬の躾方かしら」


 そうメアリが首もとのスカーフを撫でながら呟けば、一瞬にして赤くなったアディが咳払いで誤魔化しだした。そうして「ところで……」とわざとらしく話題を変え、ちらと視線を他所に向ける。

 メアリもそれにつられるように視線を向けた。

 そこには賑やかな市街地の風景が広がっている。目的のある者は足早に、目的の無い者はあちこち目移りしながら、十人十色の速さで人々が行き交う。それらを店員が呼びこみ、より賑わいを見せている。

 ……そして、


「パルフェットさん! あっちには美味しいケーキのお店があるんですよ! ここのお店のクッキーも絶品です!」

「ふぁぁ、賑やかで楽しくて涙が……!」


 片やキャッキャと楽しそうに声をあげ、片やふるふると震えながら歓喜する、この二人も市街地の賑やかさに一役買っているだろう。言わずもがな、アリシアとパルフェットである。

 いったいどこから情報が漏れたのか、メアリとアディが出かけようと馬車に乗り込んだところ、すでに二人が着座していたのだ。当然のように、それどころか「まだ朝方は冷えますね」と二人とも膝掛けまで用意していた。

 それを見たメアリが思わず怒声を上げ、そしてその悲鳴を合図に馬車が走りだし今に至る。


「さすがにこれは予想外だわ。貴女達、今日は私とアディだけで買い物をするのよ。帰ってちょうだい」

「お昼は渡り鳥丼ですよ、パルフェットさん!」

「はい! お昼のために朝食を軽めにしてきました……!」

「……お昼までなら同行を許してあげる」


 仕方ないわね、とメアリが澄まして告げる。

 渡り鳥丼屋で昼食をとる予定なら無碍にはできない。客は大事にしなければ。


「お嬢、良いんですか?」

「仕方ないわ。それに、ベルティナさんが来るまでの時間潰しと考えましょう」


 あくまで今日の目的はベルティナと話をすること。そうメアリが説明すれば、アディが肩を竦めることで了承を示した。

 少し不服そうなのは、きっと二人きりの買い物を邪魔されたからだろう。メアリが思わず苦笑を浮かべ、首もとのスカーフを軽く撫でた。




「皆様、奇遇ですわね!」


 高らかなベルティナの声が聞こえてきたのは、市街地を見て回り、アリシアお勧めの喫茶店で一度休憩し、再びお店を……と長閑に買い物をしていた最中。

 その声にメアリは「ようやく登場ね」と小さく呟きつつ、さも予想していなかったと言いたげに振り返り……そして息を呑んだ。

 ベルティナが仁王立ちで胸を張っている。そんな彼女の背後には、高く積まれた箱を抱える取り巻き達。その姿から、市街地で買い漁ったと一目で分かる。

 メアリが心の中で「私がやりたかったやつ!」と感動する。――ベルティナの性格を考えるに、取り巻き達が抱えている箱はちゃんと中身があるのだろう。けっして形を取り繕うための空箱ではない。……空箱は空箱でいまも役に立ってくれているが――

 そんなベルティナを見て、アリシアがむぅと眉間に皺を寄せた。はつらつとして人懐こい彼女らしからぬ表情は、これもまたかつてメアリが望んだ反応だ。悪役令嬢としてアリシアをいじめ、そして彼女に警戒されたかった。


 ……間違えても、メアリを庇うようにベルティナとの間に割って入るような反応は望んでいなかった。

 どうしてこうなったのかしら、とメアリの頭上に疑問符が浮かぶ。


「ごきげんよう、ベルティナさん。貴女も買い物?」

「えぇ。せっかく交換留学で来たんですもの、その国でどういうものが流行っているのか、今後のためにも知っておこうと思いまして」

「渡り鳥丼よ! 渡り鳥丼が老若男女問わず空前のブームを起こしているわ!」

「お嬢、情報操作はそこまでにしておきましょう」


 アディに諭され、メアリがはたと我に返る。

 そうだったわね……と己を落ち着かせ、改めてベルティナに向き直った。


「今の流行はコロッケよ」

「お嬢」

「違った。そうじゃないの。……ベルティナさん、少し話をしたいんだけど、お時間頂けないかしら」

「話? 残念ですが、私メアリ様と違って忙しくて時間がありませんの。……それより」


 チラとベルティナが視線をメアリの隣へと向ける。

 誰にか? もちろんアディにである。

 相変わらず分かりやすく露骨なその視線に、アディが困ったと表情をしかめた。だがそれすらも気付いていないのか、もしくは気にかけていないのか、ベルティナがアディへと近付くとその腕を取った。


「アディ様、先日はパーティーにお越し頂き、ありがとうございました」

「こちらこそ、お招き頂きありがとうございました」

「そのうえ私の我が儘でダンスにまで付き合って頂き……。強引に誘ってしまい、申し訳ありません」


 途端に声色を落とし、瞳を伏せてベルティナが先日の事を詫びる。

 その姿だけ見れば、自分の行動を恥じるしおらしい令嬢ではないか。……いまだアディの腕をしっかりと掴んで放さないあたり、真意は怪しいところだが。

 そうして謝罪すると、今度はパッと顔を上げてアディを見つめた。


「アディ様、是非お詫びとお礼をさせてください。スーツがよろしいですか? それとも他のもの? 私、この市街地には初めて訪れましたの。アディ様のお勧めのお店を教えてください」

「いえ、そんなお気遣いなく。それに、男の俺が案内するよりも、同年代の女性の方が良いと思いますよ。ご学友と一緒のようですし」


 言葉遣いこそ丁寧だが一貫として拒否の姿勢を示し、アディが己の腕を掴むベルティナの手に触れる。そっと放すように促し、メアリに一歩近づいた。


「ベルティナ様、お心遣い感謝いたします。ですが俺はお嬢と……メアリ様と、いえ、妻と夫婦で買い物をしておりますので」


 あえてメアリの事を妻と、そして夫婦と言うのは、きっと割って入るなというアディなりの牽制なのだろう。

 普段とは違う呼び方に、これにはメアリも頬を赤くさせてしまう。――メアリの背後では「アディさん熱烈ですねぇ」「ドキドキして涙が……!」とアリシアとパルフェットが話しているが、この際なので放っておく。彼女達に牽制が効かないのは今更な話だ――

 だがベルティナには効果があったようで、彼女はアディの言葉を受けて悔しそうに言い淀んでいる。次いで何を思ったのか、メアリを睨みつけてきた。

 栗色の瞳が、敵意を隠すことなく鋭くメアリに向けられる。……のだが、ふわふわと風に揺られるリボンと相まってか、いまいち迫力に欠ける。

 残念ながら彼女にドラ学メアリのような迫力は無い。


「メアリ様! 次はどちらのお店に行くつもりですの!?」

「次? 次はそろそろお昼に……」

「お昼! どちらのお店になさるのかしら!? でも別に興味があるんじゃありませんの! 庶民のお店なんてこれっぽっちも興味ありませんのよ!」


 再三興味はないと訴えながら問い質してくるベルティナに、メアリとアディが顔を見合わせた。興味が無いという庶民の店を聞いて、はたして何をするつもりなのか……。

 本家悪役令嬢のメアリでさえ、突然のこのベルティナの訴えには疑問しか湧かない。

 それでも聞かれたならば答えようと、二人揃って道の先を指さした。

 そこにあるのは……渡り鳥丼屋。

 この市街地でもとりわけ条件の良い場所である。

 それを見たベルティナが「まぁ!」と声を上げた。心なしかその表情は笑んでおり、まさに良からぬことを思い浮かんだと言いたげだ。



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