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 アルバート家の令嬢宛にパーティーの招待状が来る……なんてことは珍しいものではない。

 むしろ国中が、それどころか他国の名家だって、アルバート家と繋がりを求めて招待状を送っている。――皆きちんと送ってくるのだ。……一部の、「メアリ様、これ招待状です! さぁ中を読んでください! そして返事を今ここで!」だの「もし届かなかったらと思ったら不安で、気付いたら馬車の中に居ました……!」だのと手渡ししてくる者以外は――

 それらに返事をし、当日は華やかな装いで出向く。主賓に挨拶をし、そこで両家の繋がりを強め、そしてパーティーが終わればお礼の手紙と品を送る……。これが外交というもの、名家に生まれた者の務めだ。

 そんな招待状の一通を手に取り、メアリが何気なく中に目を通した。当たり障りない挨拶とお誘い、だが一カ所に視線を止め、にやりと笑みを浮かべた。


「ねぇ見て、アディ。ここ、私の名前の綴りが少しおかしいわ」


 メアリが宛名の部分を指さしながらアディに差し出す。そこには『メアリ・アルバート』と記載されている……が、メアリの綴りが少し歪んでいる。

 読めないこともないがこれは誤読を誘うだろう。もっとも、封筒にはきちんとメアリの名前が記されているので、メアリ以外の者が受け取る可能性は無い。

 だがこれは社交界のマナーとしてはいただけない。とりわけアルバート家ほどの名家が相手なのだから、名前一つでも慎重になるべきところだ。

 たかが招待状、されど招待状。メアリがへそを曲げて父である当主達に不満を訴えれば、家同士の繋がりにヒビが入りかねない。


「本当だ。失礼な家ですね。どこですか?」

「バルテーズ家、ベルティナさんの親戚よ」

「あぁ、そういうことですか」


 理解した、とアディが招待状を手に取る。

 バルテーズ家のパーティー。正確に言うのならば国境に居るベルティナの親族が開くパーティーだが、彼女が関与しているのは間違いないだろう。大方「アルバート家のメアリ様と知り合いになったの」とでも親族をそそのかし、自ら招待状を手配したに違いない。


「姑息、と言えるかすら分からない地味な作戦ですね」

「この程度なら、私だけに留まると思ったんでしょう」


 歪んだ綴りを指で突っつきつつ、メアリが「もっと大胆にきなさいよ」とここにはいないベルティナを煽る。

 確かに招待状で誤字をやらかすのはマナー違反だ。だが仮にしでかしてしまっても、見て見ぬ振りが大人の対応である。下手に騒げば、他人の失敗をそこまで非難するかとこちらまで後ろ指を指されかねない。

 だからこそベルティナはメアリが気付いても見逃すと考えたのだ。もしもメアリが失礼だと騒いでも、周囲は「年若い令嬢の失態を騒ぐなんて」とメアリを批判するだろう。痛み分けどまりである。


「なかなか考えてるみたいだけど、ちょっと弱いのよね。噛みつくならもっと威勢よく誤字をやらかしてほしいもんだわ」

「そうですね、俺だったらドリル・アルバート様くらい書きますよ」


 さらっと言ってのけるアディの言葉に、メアリが優雅に笑い……、そっと己の懐から解雇通知を取り出した。


 ※


 招待状の誤字を見て見ぬ振りし、メアリはバルテーズ家のパーティーに招かれることにした。

 ベルティナの噛みつきはドリル・アルバートに比べれば可愛いものである。というかドリルは酷い、思い出して隣に立つアディの足を踏みつける。――ちなみに、メアリがそっと取り出した解雇通知は、「俺が責任を持って旦那様にお渡ししますね」とアディに回収された――


 そうして招かれたパーティーは豪華なもので、隣国の、それも今まで付きあいの無かった家という事もあって見知らぬ顔が多い。

 たまには令嬢らしく優雅に振る舞うのも悪くないだろう。上手くすれば、渡り鳥丼屋の支店オープンの足掛かりを得られるかもしれない。

 そう考え、まずは主賓に挨拶……と歩き出そうとした瞬間、メアリがぐらりと体勢を崩した。

 なにが起こったのか? 高速で誰かが駆け寄ってきて抱き着いてきたのだ。

 誰か? アリシア以外に居てたまるものか。


「メアリ様! 御機嫌よう!」

「無言で抱き着くのを止めなさい! そもそも抱き着かないでちょうだい!」

「すみません。今日はメアリ様がいらっしゃらないと思ってたから、お姿を見つけてつい嬉しくて。いつもよりスピードが出てしまいました」


 ぎゅっと最後に一度強く抱き着き、アリシアが離れる。

 次いでドレスの縒れを直し、礼節のある挨拶をしてきた。先程の抱き着きさえなければ、美しいとさえ言える挨拶の仕方だ。

 王女であるアリシアに礼をされてはメアリも応えるほかなく、「田舎娘が」と罵りながらも一応の礼儀を返す。


「メアリ、アディ、二人共来てたのか」


 とは、アリシアを追ってきたのだろう小走り目に駆け寄ってくるパトリック。

 アリシアのイエローカラーのドレスに合わせ、黒いスーツに黄色の刺繍が胸元に飾られている。濃紺の髪とは対極的で、美しさと気品を感じさせる色合いだ。


「アリシア、突然走り出すと危ないぞ。他の人にぶつかったらどうするんだ」

「私にぶつかれば問題無いみたいな言い方しないでちょうだい」

「ところで、二人はどうしてここに居るんだ? アルバート家はバルテーズ家とは繋がりがないはずだが」

「ベルティナさんから招待状を貰ったのよ」


 メアリが穏やかに笑いながら話すも、それを聞いたパトリックの眉間に皺が寄る。

 彼もまたベルティナのメアリに対する嫌がらせを目の当たりにしているのだ。むしろバルテーズ家の領地を狙う素振りを見せてベルティナを脅したりしている。――そのたびにメアリはアリシアをけしかけ、彼が最愛の伴侶を甘やかしている隙にベルティナを逃がしていた――


 だがそれはあくまで学園内のこと。社交場の縮図とはいえ、年若い生徒同士のやりとり。

 対して今はれっきとしたパーティーの場であり、そこでまで普段のやりとりを続けるのはと考えたのだろう。対立していることを露見にすれば、下手すると国家間の問題になりかねない。

 メアリがそれを察し、パトリックの肩をポンと叩いた。ついでにアリシアを彼に押し付ける。


「あんな可愛い子犬の噛みつき、この私が本気で相手にするわけないじゃない。今回だって招待状に可愛い悪戯があったぐらいよ」

「悪戯?」


 パトリックに問われ、メアリがアディに招待状を出すように告げる。

 少しだけ名前を歪ませた、メアリからしてみれば可愛い悪戯だ。それをアディが胸元から取り出し、パトリックに見せるようにゆっくりと開いた。



『ドリル・アルバート様宛 合金ドリル追悼会のお誘い』



「おや失礼しました。間違えました」


 パッと招待状を閉じ、アディがもう一通の招待状を取り出す。


「こちらがベルティナ様からの招待状です。ほらここ、お嬢の名前の綴りがおかしくなっているでしょう?」

「待って、アディ、今のなに。今のレタリングと印刷にやたらと拘りを見せた招待状はなに」

「まったく、名前を間違えるなんて失礼ですよね」

「それより前に最大級の失礼があったわよ! さっきの招待状を出しなさい!」


 メアリがアディの上着を掴もうとする……が、その手をパッと放したのは、他所から「メアリ様」と声を掛けられたからだ。

 見れば一人の男性がこちらに近付いてくる。年はメアリ達より一回り程度上だろうか。しっかりとした体格は男臭さを感じさせる。

 とりわけ隣にいるのが小柄なベルティナなのだから、余計に男の体格の良さが際立つ。頭一つ程度ではない、親子程の差といえる。

 いったい誰だったか……とメアリが記憶を引っ繰り返せば、パトリックがそっとメアリの耳元に口を寄せ、


「彼はルーク、ベルティナ嬢の婚約者だ」


 と教えてくれた。




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