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いくら交換留学といえども、カレリア大学に通い続けるメアリの生活はそう変わるものではない……はずだった。
確かに友人達はこちらに来ているし、アルバート家の令嬢としてエレシアナ大学の生徒達との交流を求められることは覚悟していた。渡り鳥の経営拡大の為にもツテを作る気でいたし、これを機に国外出店の計画を実行に移そうとも考えていた。
以前より少し賑やかになり、多少は忙しくなる。メアリの予定ではその程度だった。
ところが実際は、
「メアリ様、今日はお茶をして帰りましょう! パルフェットさんも!」
「ふぁぁ、王女様直々のお誘い、光栄で涙が……!」
「メアリ様、今度私とパルフェットさんでコロッケを作ろうと思うんです! ね、パルフェットさん!」
「未知の食べ物ですが、メアリ様のお口に合うように頑張ります……!」
元気いっぱいにメアリの右腕を掴むのはアリシア。対してふるふると震えながら涙目でメアリの左腕にしがみつくのはパルフェット。
片や太陽のように明るく笑い、片や常に涙目。おまけにアリシアは時にメアリの腕を振ってきて、パルフェットは常に微振動を続けているのだ。
間に挟まれるメアリは堪ったものではない。もはやどちらを咎めて宥めれば良いのか分からず、左右からくる差のある振動に酔いかけ「誰か助けて!」と悲鳴をあげるしかない。
だが誰一人として助けにはこず、それどころか声を掛けてすらこない。今日も救援が来ないと悟り、メアリが背後を振り返った。そこに居るのは……、
「メアリ嬢、申し訳ありません。パルフェットはそれはそれはメアリ嬢に会える日を楽しみにしておりまして、そんなパルフェットを止めるなんて、俺には出来ません……!」
と無力を詫びるガイナス。
その隣では、
「メアリに迷惑をかけるのがアリシアだけじゃないと考えると、気分が楽になる」
と爽やかに笑うパトリック。
それと、
「まぁ学園ではお嬢を取られても良いですよ。俺はもう諦めました。お嬢の生活が賑やかになるのは喜ばしいことですからね。……学園にいる間はですけどね! しいて言うなら夕飯までですよ!」
とメアリと過ごす権利を訴えるアディ。
分かってますね! とパトリックとガイナスに念を押すのは、このままアリシアとパルフェットがメアリを連れまわすことを前提に、夕方には二人を回収しろという事だ。必死なその姿に、メアリが思わず「独占欲ね」と頬を緩めてしまう。
だがそんなメアリの惚気も一瞬で消えてしまうのは、
「御機嫌よう、皆さん。アディ様!」
と高らかな声が割って入ってきたからだ。
聞きおぼえのある声。もしやと振り返れば、そこに居たのはベルティナだ。
大きな白いリボンを頭に飾り、まさに令嬢と言わんばかりに堂々と立っている。ふんぞり返っているのは彼女の居丈高な性格ゆえか、もしくは小柄ゆえに少しでも大きく見せようという威嚇の姿勢か。
ちなみに、そんなベルティナを遠目で見ている令嬢達は彼女の取り巻きである。一定の距離を保ち、こちらの様子を窺っている。
「いくらカレリア学園の生徒と言えども、騒ぎ過ぎではございません? ねぇメアリ様、我が物顔にも程がありましてよ」
「それに関しては同感だわ」
「私、常々先生方から『先輩を見習い立派な淑女に』と言われておりますが、これでは見習うなんて恥ずかしくて出来ません。メアリ様、私間違えておりませんよね?」
「そうね……」
ベルティナの棘だらけの言葉にメアリが瞳を伏せる。
なんて嫌味な言い方だろうか。悉くメアリの名前を出してくるあたり、毛嫌いしているのがヒシヒシと伝わってくる。
これに対し、どう反撃しようか……とメアリが考えを巡らせる。チラと右腕を見て、次に背後を振り返る。そうしてベルティナに向き直り、「御尤もだわ」と彼女の棘だらけの意見に同感を示した。
「でもその苦情は、腕を掴んで離さない我が国王女と、マーキス家令嬢に訴えてくださる? あとダイス家嫡男にして王子と、貴女の国の名家エルドランド家嫡男の監督不行き届きも。アルバート家令嬢である私は巻き込まれただけだから無罪だわ」
と、これでもかと家名と地位をアピールしてみた。それを聞いて、ベルティナが小さく呻く。
家名を使うなどメアリらしからぬ戦法だが、彼女には効果抜群のようだ。慄きの色さえ見え、取り巻き達も分が悪いと判断したのか「ベルティナ様、今日はここらへんで……」と撤退を促している。
なにせベルティナのバルテーズ家は隣国でそこそこの位置にあるが、あくまでそこそこ。マーキス家よりは勝るが、エルドランド家よりは格下。もちろんアルバート家や王族とは比べられるものではない。
ベルティナ自身がそれを把握しているからこそ、悔しそうな表情でメアリを睨みはするものの反論は出来ずにいる。
そうして最後に、ふん! とそっぽを向くと、
「私、メアリ様に構っていられるほど暇ではありませんの。失礼致しますわ!」
と、わかりやすい負け台詞を吐いて足早に去っていった。取り巻き達が彼女を追う。
まさに敗走である。ベルティナの白いリボンがまるで白旗のように見え、思わずメアリが肩を竦めた。
ベルティナが去っていくのを見送り、メアリが肩を竦めた。
なんて棘のある言葉と態度だったのだろうか。嫌われているのが伝わってくる。
もっとも、長く変わり者と陰口を叩かれていたのを思えば、年下の令嬢が正面切ってツンツンと発する棘など可愛いものなのだが。
……だけど、
「メアリ様にあの態度、許せません!」
メアリの右腕に抱き着きつつ、怒りを露わにするのはアリシア。ドラ学アニメであればアリシアはベルティナに『お姉様』と慕われ、そして彼女の事を妹のように可愛がっていたはずだ。
だが今はその面影もなく、膨れっ面でベルティナが去っていった先を睨んでいる。
「その膨れっ面をやめなさいよ、みっともない。ベルティナさんの言う通り、カレリア大学の品位を下げるわ。むしろ我が国の恥よ」
「メアリ様への暴言……。これはお父様とお母様にお話しなくては!」
「なにさらっと言ってるのよ。あんたのお父様とお母様は両陛下でしょうが。さり気なく国家問題に発展させるんじゃないわよ!」
「メアリ様のためならば、国を動かすことも厭いません!」
「厭いなさい!」
メアリ大事さのあまり恐ろしいことを言い出すアリシアを、メアリがペチンとその額を叩いて宥める。
だが次の瞬間にくいと左腕を引っ張られた。見ればパルフェットが涙目で、いや、涙目ながらに闘志を宿した瞳で見つめてくる。
「私もメアリ様のために……! でもマーキス家ではアリシア様のように国は動かせません」
「そもそも動かしてほしくないの」
「かくなる上は、ガイナス様と結婚し、名家エルドランド家夫人となってメアリ様のために戦います!」
パルフェットが覚悟の表情を見せる。その熱意により闘志を燃やしたのか、アリシアが「共に戦いましょう!」とパルフェットを煽り出した。
間に挟まれたメアリが溜息を吐き、すっと両腕を上げ……、
「私事で国を動かすんじゃないの!」
と、咎めると共に、ペシン! と二人の頭を叩く。
それを見て、「国家間の問題を解決した。さすがアルバート家令嬢」とパトリックが白々しくメアリを褒め、隣に立つガイナスは「メアリ嬢、どうか一発で許してあげてください……!」と恩情を求める。そんな二人をアディが睨み付け「本来ならば二人が止めるべきなんですよ」と冷ややかに言い放った。