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6―2



 結局のところ、案の定メアリとパトリックは婚約させられていた。


 その話題は貴族界に一気に広がり、二日の休日を挟んだ翌日、休み明けのカレリア学園はその話題で持ちきりだった。

 おかげでメアリは朝から祝われ嫉妬の炎に晒され、昼休みには諸悪の根源だと父親を恨み始めていたほどだ。それどころか、こんな状況でも高飛車に自慢していたゲームのメアリを褒めたい気分にさえなっていた。

 それほどまでに酷いのだ。朝からひっきりなしに声を掛けられる。

 両家の規模を考えれば祝われるのは当然で、ここで祝ってご機嫌を取っておけば自分にも両家絡みの良縁が舞い込むかもと打算を抱くのも分かる。

 だが分かっていてもうんざりしてしまう。

 とりわけ、令嬢らしからぬ一面から変わり者と言われ、周囲と一線を画していたメアリにとって、この状況は耐え難いものだった。


 それでもなんとか取り繕って、ようやく迎えた放課後。

 もう何十人……下手すれば何百人目になるかもしれない祝いの言葉を受け取ったメアリは、その言葉と一緒にパトリックからの呼び出しを伝えられた。


「パトリック様が、私を?」

「はい、なんでもお話ししたいことがあるそうです」

「そう、わざわざありがとう」

「いえ。このたびは、御婚約おめでとうございます」


 ペコリと頭を下げ、女子生徒が去っていく。

 その背中を眺めつつ軽く溜息をつき、人の波が途絶えたのを見計らって腰を上げた。




 放課後だけあって校内に人は少なく、それでも擦れ違う人たちから祝いの言葉を貰いながら、メアリは廊下を歩いていた。

 勿論、メアリの隣にはアディ。本来従者なら主人の後ろを歩くべきなのだが

「あんたもいっぺん自分より頭一つ二つデカい男に着いて回られると良いわ。神経すり減るわよ」

 というメアリの一言により、今では隣を歩くのが当然となっている。


「さて、どう振られるのかしら」


 ポツリと呟かれたメアリの言葉に、アディが怪訝そうな表情で彼女の顔を覗き込んだ。


「振られるって、やっぱりそのことなんでしょうか」

「時期的に考えても間違いないでしょ。ゲームのメアリはこっぴどい振られ方をしたみたいだけど、さて私はどうなるか」


 クツクツと笑うメアリは楽しそうにさえ見え、アディが呆れたように溜息をついた。



『ドラ学』のパトリックは令嬢メアリを心の底から嫌っていた。

 我儘で高飛車、なんでも自分の思い通りにいかないと癇癪を起し、直ぐに親の名を持ち出して相手を陥れる。そんな『嫌な令嬢』を絵にかいたようなメアリを、プライドは高いがそれに見合った努力を怠らずにいたパトリックが好くわけがないのだ。

 それでも両家の関係があってかパトリックはメアリを優先していたが、無理矢理に婚約させられついに立ち向かう。

 今までは親のため家のためと大人しく従っていたが、アリシアと出会い、本当に自分が大切にすべきもの、そして成るべき姿を見つけたのだ。


 その反動かはたまた今までの鬱憤か、婚約を破棄した際のパトリックの態度はよっぽどだったようで、主人公に怒鳴り散らすメアリの鬼気迫る勢いはプレイヤーも息を飲むものだった。

 ――ゲーム上で描かれていないからこそ想像が膨らみ、「いったい何を言ったらこんなに怒らせられるんだ」と一時期話題になったほどだ――

 わけが分からず怯える主人公に「あんたのせいで!」と繰り返し「庶民の癖に!」と罵倒する。その後追いかけてきたパトリックに咎められるが、それでも睨みつけるメアリの描写は生々しく、薄ら寒いものがあった。


 それほどまでに酷く、悪役令嬢メアリはパトリックに拒絶されたのだ。


 そして今、メアリもそれを受けに目的地を目指している。


「しかし、好きでもない男に振られるってのも妙な話よね」

「お嬢……随分と余裕ですね」

「そりゃ、何言われるかだいたい分かってるし」


 振られるのが分かっていて苦笑さえ浮かべるメアリに、アディが僅かに目を細め……ふと、足を止めた。

 つられてメアリも足をとめ、「どうしたの?」と彼を見上げる。


「もしかしたら、アリシアちゃんは身を引くかもしれません」


 そう呟くアディの言葉に、メアリが首を傾げた。

 身を引く、ということは、つまりアリシアがパトリックを諦めるということだろうか。

 だがそう言われたところで理由一つ思い浮ず、メアリがまさかと言いたげに首を横に振った。あの二人は傍から見ていて分かるほどに相思相愛なのだ。おまけに、本来なら二人の障害になるはずの自分にも彼等を邪魔する気はない。


「まさか、ゲーム云々抜きにしても二人は相思相愛なのよ。アリシアが退く理由が無いわ」

「二人は身分が違うじゃないですか」

「そんなの、パトリックは気にしないでしょ」


 パトリックを良く知るメアリは、彼が例えどんな身分の違いがあろうと何かを――それも愛した人を――諦めるとは思えない。

 彼は一見クールと見せかけてその心根は誰より熱く、一度欲しいと思ったものは何をしてでも、そしてどんな努力をしてでも手に入れる貪欲な男だ。

 そこに身分も階級も関係ない。必要とあらば全てを覆す、パトリックにはその才能と実力がある。

 そう説明するもアディはなにか思いつめた表情のまま「ですが……」と呟いた。


「俺はアリシアちゃんが身を引くと思います」

「他の誰でもなく、パトリック本人が良いっていうのよ? 何も問題ないじゃない」

「それでも!」


 突然声を荒げたアディに、メアリが驚いて目を丸くした。


「それでも身を引こうと思ってしまうんです。いくら好きでも、心の底から愛していても、自分のレベルに落としてしまうことが耐えられないんです。

 それならいっそ自分が身を引いて、生活も気品も家柄も全て釣り合った相手と一緒になって、誰からも祝福されるような幸せな道を歩んでほしいと……」


 ふと、訴えていたアディが我に返ったように言葉尻を弱めていった。

 そうして最後に口にした

「……幸せな道を歩んでほしいと、そう思ってしまうんです」

 という言葉は、まるで独り言のように彼の口の中で小さく呟かれて消えていった。


「アディ、どうしたの……」

「いや、あの……俺の知り合いが……そう、俺の知り合いが、身分の違う人に惚れていて。それで……」


 しどろもどろで説明するアディに、メアリが不思議そうに彼を見上げた。

 自分の主人に対して常日頃きっぱりと――要らないことまで――発言するアディらしくない。視線もどこか逃げるように彷徨い、果てには

「飲物を買ってきます」

 と、もと来た道を戻ってしまった。


 残されたメアリは、ただ茫然としながら小さくなっていくアディの背を見つめ、ようやく我に返るとまだ落ち着きを取り戻せずにいる胸元を抑えた。


「ビ、ビックリした……」


 そう呟くのが精一杯だった。



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