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 交換留学初日、メアリはアルバート家の玄関口にいた。

 来客を迎えるためのそこはさすがアルバート家と言える豪華さだが、メアリにとっては見慣れた光景でしかない。長くアルバート家に仕えていたアディも同じく。

 そして毎日のようにアルバート家を訪問し、今日もまた朝から居たアリシアも同様。ちなみに『朝から来た』ではなく、『朝から居た』である。


「……ところでアリシアさん、今朝は当然のようにお母様と朝食をとっていたけれど、なぜ呼んでもいないのに居るのかしら?」

「パルフェットさんが会いに来ると聞いて、居ても立ってもいられず来ました!」


 アリシアが元気いっぱいに返せば、メアリが睨みつけ……次いで溜息を吐いた。彼女の早朝訪問は今に始まったことではなく、言ってもどうしようもないと薄々気付いているからだ。

 最近では、厨房も当然のようにアリシアの朝食を作っている。来ない日に厨房に連絡を入れなくては一食余るくらいだ。

 だが仮にもメアリ・アルバートたるものが諦めの姿勢を見せてはいけない。そう考え、せめてと「招待もなく訪問するのが田舎作法なのね」と最後の一撃を放っておく。

それを聞いて、メアリの隣にいたアディが小さく笑った。


「そうは言っても、お嬢も今日はいつもより早く起きていたじゃないですか。交換留学で皆さんが来るのが楽しみだったんでしょう?」

「別に、たまたま早く起きただけよ。アディだって今日は早く起きたらしいじゃない、メイド達が話してたわよ。人のこと言えないわ」

「……俺はアリシアちゃんの早朝訪問に叩き起こされただけです」

「仇は討つわ!」


 ペチン! とメアリがアリシアの額を軽く叩く。それに対してアリシアの「だって楽しみだったんです……!」という言い分はなんとも彼女らしい。

 そんな二人のやりとりを横目に、アディがふわと欠伸をもらした。

彼の瞬きの間隔が少し長いのは、きっと眠いからだろう。

 だが次の瞬間にその瞳をパチンと瞬かせ背筋をただしたのは、アルバート家の門を一台の馬車が通り抜けたからだ。

 従者としての習性か、たとえ眠くとも来客の気配を感じ取れば一瞬にして意識が覚醒する。


「お嬢、マーキス家の馬車です。パルフェット様がいらっしゃいましたよ。もう一台来てますけど、どなたのものでしょう。ガイナス様は学園で手続きでしたよね? ねぇお嬢、聞いてます?」

「待って、あと二発ぐらい……!」


 ペチンペチン! と威勢よくアリシアの額を叩き、メアリがふぅと一息吐いた。次いでスカートを正し令嬢らしい凛とした佇まいに戻る。

 その切替の早さは見事の一言で、先程までの引っ叩きぶりが嘘のようだ。この麗しい令嬢が、つい数分前まで自国の王女の額を引っ叩いて居たとは誰も思うまい。


 そうして待てば、二台の馬車が屋敷の玄関前で停止した。先頭を走っていた馭者が一度メアリ達に頭を下げ、馬車の扉を開ける。

 そこから飛び出したのは勿論パルフェットだ。待っていられない! と言いたげに飛び出し、「メアリ様ぁー!」とパタパタと駆け寄ってくる。

 まるで子犬のようではないか。といってもパルフェットは些か足が遅いので、子犬のような明るさはあっても素早さは無いのだが。

 だがそれもまた愛らしく、これにはメアリも表情を綻ばせて受け入れるように両腕を広げた。――「メアリ様、私が走るといつも『はしたない!』って怒るのに」とは、唇を尖らせてメアリの甘やかしを訴えるアリシア。それを聞いたアディが「速度の問題じゃないかな」と明後日なフォローを入れた――

 そうしてパルフェットが駆け寄り、ポスンとメアリに抱き着く。


「メアリ様!」

「アディ様!」


 と響いた声に、メアリも穏やかに微笑んだ。

 だが次の瞬間におやと眉間に皺を寄せたのは、自分を呼ぶパルフェットの声に、もう一人別の声が被さって聞こえたからだ。

 聞きなれない高い声。その声が呼んでいたのは……アディ。

 どういうことかとメアリが隣に立つアディを見れば、一人の少女が彼に抱き着いているではないか。思わずメアリがパチンと瞳を瞬かせた。


「アディ、その方はどなた……?」

「……どなたでしょう」


 アディが錆色の瞳を丸くさせながら、自分に抱き着く少女を見下ろす。

 そっと肩を触れて離れるように促してはいるものの、まだ状況が飲み込めないと言いたげだ。メアリも同様、目の前の光景に唖然とし、パルフェットにも、ましてやパルフェットに乗じて抱き着いてくるアリシアにも対応出来ずにいる。

 だがアディに抱き着く少女だけは己に向けられる視線に気付き、「まぁ」と声をあげるとぱっと彼から離れた。制服であろうスカートの裾を摘まみ優雅に腰を落ろせば、栗色の髪に飾られた大きなリボンが揺れる。


「失礼いたしました。私、ベルティナ・バルテーズと申します」

「……ベルティナ様、ですか。申し訳ありません、どこかでお会いしましたか?」

「いえ、初めてです。申し訳ありません、ついお会い出来たことが嬉しくて」


 人懐こい笑顔でベルティナが話す。

 その瞳は真っすぐにアディに向けられ、頬がほんのりと赤らんでいる。愛おしいと言わんばかりに熱っぽく、初対面の相手に向ける表情ではない。

 対してアディはまだ話が分からないと言いたげだ。それでも抱き着かれた事とベルティナの視線に居心地の悪さを感じているのか、さり気なく一歩メアリに近付いてきた。

 おかしな少女だとは思うが、その身形や仕草を見るに相応の家柄の令嬢だとも分かる。ゆえに無礼な態度は取れない……今のアディの胸中はこんなところだろう。

 それでも何かしら言おうとしたのか、アディが口を開きかけ、騒々しく聞こえてきた馬車の音に顔を上げた。メアリも、己に抱き着いているアリシアとパルフェットを引き剥がしつつ彼の視線を追う。


 絢爛豪華なアルバート家の門、またしても馬車が通ってくる。

 そうしてメアリ達の前まで止まると、一人の男性が慌ただしげに降りてきた。

 エレシアナ大学の学園長だ。彼は挨拶どころではないと言いたげにベルティナに駆け寄り、良かったここに居たのかと彼女の安否を喜びだした。

 次いで我に返ったかのようにメアリに向き直ると、突然の訪問を詫びる。だが詫びられてもメアリには何が何だかさっぱりだ。

 ひとまず再び抱き着いているアリシアとパルフェットを引き剥がし、令嬢らしく学園長に品の良い挨拶を返す。――それが終わると再び二人が抱き着いてくるのだが――


「メアリ様、このたびは突然押しかけてしまい申し訳ありません」

「いえ、構いません。……ほら、学園長の前なんだからちゃんとしなさい! 抱き着かないの! だからって泣かない!」


 もう! とメアリがまとわりついてくるアリシアとパルフェットを窘める。パルフェットが「メアリ様にお会いできたことが嬉しくて……」と恥じらい、アリシアも「私もつい」と頬を掻く。――アリシアに至ってはアルバート家に日参していて何が「つい」なのか――

 だが二人共メアリに窘められたことで我に返ったのか、令嬢と王女らしい態度で学園長に挨拶をした。


「アリシア王女、せっかくご友人とお過ごしのところをお騒がせして申し訳ございません。我が校の生徒が道に迷ったと聞きまして」


 学園長が詫びれば、話を聞いていたベルティナが非は自分にあると割って入った。


「道に迷っていたところパルフェット様の馬車を見つけ、カレリア学園に向かうのだと思って着いてきてしまったんです。まさかアルバート家に向かっていたなんて……」


 予想外だったと言いたげにベルティナが話し、淑やかに頭を下げてメアリに詫びる。だが顔を上げた瞬間の彼女の瞳は僅かにメアリから逸れ、アディへと向けられている。

 それも一瞬のことで、すぐさま学園長に向き直ってしまった。


「学園長、カレリア学園に案内してくださいますか?」

「ええ、もちろんです。……おや」


 ふと学園長が何かに気付いて振り返った。

 誰もが彼の視線を追えば、またもアルバート家の門を一台の馬車が通り抜けてくるではないか。車体に彫り込まれているのはカレリア学園のエンブレム。

 これにはメアリも「今日はお客様がいっぱいねぇ」と優雅に笑い、アディはお茶を出すべきかとそわそわしだす。ちなみにアリシアとパルフェットはメアリと学園長の話を大人しく聞いていた。大人しく……徐々にメアリとの距離を詰めつつ。


「ここにいらっしゃいましたか、ベルティナ様」

「カレリア学園の学園長まで。わざわざ申し訳ありません」

「ご無事で良かった。ベルティナ様の馬車だけはぐれてしまったと、ご学友が心配しておりますよ」

「まぁ……!」


 大変! とベルティナが大袈裟な態度を取る。

 そうしてメアリに向き直ると、スカートの裾を摘まんで腰を落とした。


「メアリ様、皆様、お騒がせして申し訳ありません。私これで失礼いたします。後日改めてお詫びに参りますので。……ではまた」


 そう謝罪の言葉を口にするベルティナの姿はまさに令嬢だ。謝罪の意思も伝わってくる。

 ……だが、メアリに対して話しつつもチラチラとアディを見ているのは気のせいではないだろう。それどころか「ではまた」という最後の言葉は、殆どアディを見つめながらといっても良いぐらいだ。

 アディもそれに気付いているのか、なんとも言えない表情をしている。

 だが今はそれを言及する気も起きず、まずは彼女達を見送ろうとメアリもまた令嬢らしく返した。


「お詫びなんて、気にしなくて大丈夫よ。でもこれも何かの縁、いつでも遊びにいらしてくださいね」


 という言葉は、もちろん社交辞令だ。我ながら心がこもっていない。――メアリはあくまでベルティナに言ったつもりだ。だがどうして横から「はい! 毎日遊びに来ます!」「ふぁぁ、光栄です……!」という歓喜の声が聞こえてくるのだろうか――

 そんなメアリの疑問を他所に、ベルティナは一礼すると己の馬車へと戻っていった。学園長達もそれを見届け、続くように各々が乗ってきた馬車へと戻る。

 その際、二人が揃って頭を下げた。毛髪の寂しくなった頭皮が晴れやかな日の光に晒される。

 眩しい、とメアリが瞳を細め……、


 そして思い出した。


 この世界はもう乙女ゲームではない。

 ……だけどまだ少しドラ学なのだ。




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