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更新再開、またお付き合い頂ければ幸いです。
繁盛編から期間が空いておりますので、後書きに簡易人物紹介を乗せました。
心地好い日差しが降りそそぐアルバート家の庭園。美しく咲き誇る花々が風に揺れ、そしてメアリの銀糸の髪もふわりと揺れる。ふわりと。
ぶぅんとロールが揺れていたのはもう過去のこと。そんな日々を思い出しつつメアリが己の髪を愛でるように押さえれば、向かいに座るパトリックが「そういえば」と話し出した。
彼の隣ではアリシアが美味しそうにケーキを食べ、メアリの隣に座るアディがケーキスタンドとアリシアの皿を交互に見ている。おかわりのタイミングを窺っているのだろう。――メアリと結婚しても相変わらずアディの従者気質は抜けていない。というか、本人が抜こうとしていないし、メアリもアルバート家もそれで良いと考えていた――
「メアリ、君もエレシアナ大学への交換留学を断ったんだな」
「有難い話だったけど、今回はカレリア大学で受けたい授業があるの。『君も』ってことはパトリックも断ったのね」
「色々と多忙でね」
暇がない、とパトリックが肩を竦める。
ダイス家の跡継ぎ交代、王族に入る為の準備……と、以前から多忙だったが、アリシアと結ばれてからパトリックはより多忙を極めるようになった。
もっとも、多忙と言えども疲労の色は見せず、こうやって時間を作っては雑談する余裕を見せている。それでいてやるべき事はきちんとこなしているのだから流石の一言である。
「アディ、お前にも話はあったのか?」
「えぇ、学園側から先日お話を頂きました。一応俺もアルバート家に婿入りしたわけですし。といっても、お嬢が断った時点で俺も行く気はありませんでしたけどね」
あっさりとアディが告げ、アリシアの皿にケーキを一つ載せる。
次いで彼はケーキスタンドの端に添えられていたイチゴを一つ取り、メアリの皿の端に盛られたクリームに添えた。白いクリームの上に赤いイチゴが目を引く。
いったい何だとメアリが彼を見上げれば、錆色の瞳がじっと見つめてくる。赤いイチゴに視線を誘導され、顔を上げれば錆色の瞳……。
「お嬢の隣が俺の居場所。お嬢がカレリア大学に残るなら、俺だって残ります」
「……アディ」
熱い視線と真っすぐな言葉に、メアリの胸が高鳴る。
なんて熱意的で愛を感じるのだろうか。二人きりであったなら、たとえ日中の庭園でもキスぐらい許してしまいそうな熱意だ。
だが残念ながら今は二人きりではないので、
「話の最中だから二人の世界から戻ってきてくれないか?」
とパトリックが遠慮なく割って入り、
「駄目ですよ、パトリック様! こういう時は見て見ぬふりをするんです。さぁ後ろを向きますよ! 私達は何も見ていないんですから!」
とアリシアがガタガタと椅子を動かし、白々しい気遣いをしてくる。
メアリとアディを包んでいた空気が一瞬にして壊され、これには興が削がれたとメアリも眉間に皺を寄せた。アディも同様、先程までの熱意的な表情を今は苦笑に変えている。
次いでメアリはアリシア達に視線をやると、「邪魔しないでよ」という意味合いを込めてツンと澄ませて不機嫌を露わにした。
「アリシアさんも断ったらしいわね。田舎臭さから解放されるまたとないチャンスだったのに、残念だわ」
「エレシアナ大学にも行ってみたかったんですが、私も色々と忙しいんです」
「あらそうなの? ひとの家に不躾に入り浸ってるかと思っていたけど、ばたばたみっともなく走り回ってるのね」
「でも本当は……私、パトリック様と離れたくなかったんです。お忙しいからこそ、一緒に居られる時間を大事にしたいし」
「嫌味が効かないどころか惚気で反撃しないで! パトリックも、私の時は空気をぶち壊しておいてなに自分の時は嬉しそうにしてるのよ! そもそも二人でいられる時間を大事にしたいなら、人の家でお茶なんかしてるんじゃないわよ! いいかげんお茶代と場所代を請求するわよ!」
キィキィとメアリが怒りを露わに喚く。
だがいくら喚いたところでアリシアは嬉しそうに微笑んでいるだけだ。メアリの訴えが微塵も効いていない。今更な話でもあるが。
「エレシアナ大学の皆さんと一緒に勉強、楽しみですね、メアリ様!」
「なにが楽しみよ。仮にも王女の立場なんだから、その田舎臭さを振りまいて学園と国の名に泥を塗るんじゃないわよ」
「うふふ、はぁい!」
「ねぇちょっとは傷ついてよ!」
こっちの心が折れそうよ! とメアリが訴えれば、アディとパトリックが顔を見合わせて肩を竦める。相変わらずだとでも言いたいのだろう。
そんな男二人の態度もまたメアリの怒りを増させるのだが、これ以上騒いでもこちらが疲労するだけだと己に言い聞かせた。心の中で揚げたての美味しいコロッケを思い浮かべ、気持ちを落ち着かせる。
そうして深く息を吐き、改めて茶会の席を見回した。
楽しみだと嬉しそうに笑うアリシアと、そんな彼女を愛しそうに見つめるパトリック。それに自分の隣にはアディ。いつもの顔ぶれだ。
エレシアナ大学との交換留学が始まれば、ここに更にパルフェット達が加わる。
皆で過ごす時間は今より騒々しく賑やかで、楽しくて……。
そこまで考え、メアリがはたと我に返った。慌てて頬を押さえる。
楽しみと心から思い、そして思うがゆえに表情が緩んでしまったのだ。きっと自分は嬉しそうに柔らかく微笑んでいた事だろう。それを悟られるのはなんだか気恥ずかしい。
誤魔化すためにティーカップに手を伸ばし、グイと呷るように飲む。貴族の令嬢としてはしたない行為だが、見知った顔しかない茶会だ、今更気にするまい。なにより今は交換留学を前に綻んでしまう表情を隠すのが優先である。
そんなメアリの意図を察したのか、苦笑を浮かべたアディが紅茶のおかわりを差し出してきた。
「楽しみですね、お嬢」
促すように彼に告げられ、メアリはなんと答えて良いのか分からず……、
「今より騒々しいなんて、うんざりしちゃうわ」
ツンとそっぽを向いて答えた。
※四章開始に合わせて、『まな板の上で恋煩い』『アルバート家の令嬢は繁盛をご消耗です』を『二章』『三章』に変更しました。
以下、久しぶりすぎてキャラクターがうろ覚えな方のための簡易人物紹介です。
メアリ・アルバート
コロッケを愛する国内一の令嬢。
前世でプレイしていた乙女ゲームの記憶を思い出し、没落しようとしたが失敗に終わった。本人はあれでも真面目に頑張っていた。
強固な縦ロールとはおさらばし、今は緩やかな銀のウェーブを揺らしている。ふわり。
アディと結婚し、学業と渡り鳥丼屋の二足の草鞋で生活中。妻であり学生であり経営者でもある多忙な令嬢。ふわり。
アディ
いまだファミリーネームが出てこない、メアリの夫兼従者。
メアリが生まれた時から仕えており、身分差から告白出来ず初恋を拗らせていた。その結果メアリのとんちんかんな逆プロポーズとパトリックの恐ろしい程の手腕により晴れて結婚した。
結婚後も変わらず従者として務めており、不遜な態度も相変わらず。メアリに対しての愛はあるが、不遜な態度は譲れない。それはそれこれはこれ。
アリシア
機動力がやたらと高い孤児院出身の王女様。
メアリの事が大好きで、どんなに暴言を吐かれようと罵られようと一切傷つかない鋼のメンタル。
パトリックと結婚したが、それはそれこれはこれでアルバート家に入り浸る日々。
パトリック・ダイス
品行方正文武両道、誰もが焦がれるハイスペック名家嫡男。
彼に惚れない令嬢はいないとまで言われているが、本人は妻アリシア一筋。
冷静沈着と言われているが、惚気たり笑いを堪えたり皮肉を言ったりと案外に年相応な性格。
・・・・以下 二章より登場・・・
パルフェット・マーキス
よく泣きよく震え時に笑う隣国の令嬢。
婚約者であるガイナスをリリアンヌに取られ孤立していたところ、留学していたメアリに救われ懐いた。現在は再びガイナスと婚約している。
泣き虫の粋を通り越し、喜怒哀楽の全てで泣く。
ガイナス・エルドランド
婚約者の尻に敷かれる隣国の名家嫡男。
一時はリリアンヌに惚れてパルフェットとの婚約を破棄したが、現在は彼女の許しのもと再び婚約関係に。
前科があるためパルフェットの尻に敷かれ振り回されるが、それもまた幸せな様子。
カリーナ
冷ややかな進化を遂げる隣国の令嬢。
リリアンヌの件で婚約者に婚約破棄を言い渡されたが、見事に逆転してみせた。
逆転の反動か性格がドSな方向に進化し、元婚約者をドMに変えた。メアリ同様に前世の記憶有。
マーガレット・ブラウニー
野心に燃える隣国の狩人もとい令嬢。
リリアンヌの件でカリーナ同様に婚約を破棄されたが、婚約相手のブラウニー家を乗っ取ってみせた野心家。
現在はパトリックの弟であるダイス家三男バーナードと良い仲に。
リリアンヌ
騒動を引き越した庶民出身のお嬢さん。
メアリ同様乙女ゲームの記憶があり、パトリック愛しさにエレシアナ大学で逆ハーレム騒動を起こした。
結果は失敗し北の大地送りになったが、理由を知っても着いてきてくれた教師と共に学業に励みつつ渡り鳥丼屋を営んで順調な様子。
ドラ学とは?
メアリが前世でプレイしていた乙女ゲーム『ドキドキラブ学園』の略称。
ゲームの記憶を持っているのはメアリ・カリーナ・リリアンヌの三人。
ヒロインアリシアを主人公とした本編・本編後のファンディスク(アディが攻略可能に)・舞台を変えたヒロインリリアンヌの続編、の三本ゲームが出ている。