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「証拠は掴んだ。話し合う必要は一切無し」


 という物騒な発言は言わずもがなパトリックである。

 そして場所もメンバーもこれもまた言うまでもない。


「ロートレック家は近々開かれるアルバート家のパーティーに出席するという。そこで何かしらのアクションをとるはずだ」


 捕まえよう、と爽やかな笑顔で告げるパトリックに、一部は闘志を瞳に宿し、一部は冷ややかに、一部は震えながら頷く。

 とりわけアリシアの怒りようといったらなく、パトリックがロートレック家の名を口にするたびに眉間に皺を寄せ、まるで当人を前にしているかのように資料を睨み付けている。人懐こく太陽のような笑顔を浮かべ身分問わず親しく接する彼女らしからぬ様子に、怒りの度合いが窺える。


「アディさん、眼帯で生活がし難いのか目測誤って扉に挟まってました……。メアリ様に危害を加えようとし、アディさんに大変な思いをさせる。許せません!」

「アリシア、アディを想っているのはみんな同じだ。アディが扉に挟まった話はあとでゆっくりと事細かに聞くから、とりあえず今は落ち着いてくれ」


 しれっとアディの弱みを手に入れようとしつつ、パトリックがアリシアを宥め、そして一同に向き直った。

 誰もが決意を瞳に宿し、各々次に開かれるアルバート家パーティーでの行動を考えている。捕縛に使う縄がどうの狩るためには少し泳がせる必要があるだのと物騒な話ではあるが、それでもみなメアリとアディのことを想い、二人の為に行動しようとしているのだ。

 アルバート家の名に平伏しているわけでもなく、恩恵を期待しているわけでもない。ただ純粋に、彼女達のために。


 メアリ、きみも友人が増えたなぁ……。


 そんなことをパトリックが心の中で呟く。きっと本人に直接言えば「こんな騒々しい友人なんて御免だわ!」とでも言ってくるだろう、そっぽを向いて、ツンと澄まして。

 そんなメアリの姿と、その隣で肩を竦めるアディの姿を想像していると、隣に座るアリシアが名前を呼んできた。


「パトリック様、今日は嬉しそうですね」


 と、その言葉にパトリックが僅かに驚いて彼女を見る。

 曰く、先日はアルバート家の跡継ぎになることを隠されていたと不満そうに話していたのに、今日は何やら嬉しそうに見えるのだという。

 それを指摘され、パトリックがはたと己の口元を隠すように押さえた。

 今まで冷静沈着で通っていたはずが、どうにもここ最近は感情が表に出やすいようだ。取り繕ってはいるものの、今隣に座る最愛の伴侶にはお見通しなのだろう。


「……また顔に出てたか」

「はい。とても楽しそうでした」

「そうか……。それはさておき、パーティーでの行動について話そうか」


 コホンと一度咳払いをして、パトリックが話題を改める。

 なんとも分かりやすい誤魔化しに、アリシアがクスクスと笑いながら愛しそうに「はい」と頷いた。




 そうして迎えたパーティー当日。

 メアリは真赤なドレスに身を包み、黒一色で仕立てたスーツを纏うアディと共にパーティーを堪能していた。母の誕生日だ、来賓に礼を告げ、普段被っている猫にさらに血統書の猫を二匹ほど追加して被る。

 誰もが今のメアリを優雅だと感じるだろう。

 日頃の奇行が嘘のように、今のメアリは『アルバート家の令嬢』なのだ。もっとも、優雅なのは外面のみ。内心は刻一刻と近付く発表の時を考えて落ち着かず、浮足立つような気分だった。


「良いことアディ、このあとお父様が挨拶をする予定よ。そのあとに『娘から話がある』って私達に繋ぐから、そこで満を持して発表よ。どう、完璧でしょ?」

「旦那様の素晴らしさは完璧です。見てください、あの仕立てたばかりのスーツ!」

「聞いて」

「さっき旦那様に『眼帯も様になってるな』って褒めていただいたんですよ。俺、もうしばらくこれ着けてようかな」

「左側が死角になってるのを忘れたのかしら」

「やめてください」


 メアリが拳を握ることで脅せば、アディが慌てて謝罪の言葉を口にする。

 そうして視線をメアリに戻し「渡り鳥丼屋の話でしたっけ」とわざとらしく本題に戻った。相変わらず飄々とした無礼な態度に、メアリが茶化されたと察して彼を睨み付ける。


「確か、渡り鳥丼屋を発表すると同時に小屋を一軒吹っ飛ばすんですよね?」

「それはあんたが絶対にやめてくださいって止めたやつじゃない」

「そうでした。楽団が盛り上げるんですね」


 忘れてました、とあっさりと言いのけるアディに、メアリが恨めしそうに唸る。

 だが今は祝いの場、それも大事な発表を控えているのだ。ここで怒鳴ってはいけないと自分に言い聞かせ、怒りをぐっと飲み込んだ。

 その瞬間「メアリ嬢」と横から声を掛けられた。見れば若い青年がこちらに近付き、そして優雅に頭を下げる。

 誰だったかしら……とそんなことを想いつつも「どなた?」等と聞けるわけもなく、メアリもまた当たり障りのない挨拶と共に令嬢らしく品良く頭を下げた。


「少し貴女と話がしたいのですが、お時間頂いてもよろしいですか?」

「え、えぇ構いません」


 男の誘いに、メアリが脳内の記憶をひっくり返しながらも取り繕って答える。男の記憶が蘇らないのだ。どれだけ遡っても彼のことを思い出せない。だがそれを言えるわけもない。

 爽やかな見目の良さに反して声は低く掠れており、そのギャップは強い印象として記憶に残りそうなところだが、やはりピンとこない。


「それなら、どうか庭を案内して頂けないでしょうか。どこか落ち着いた場所で、二人で話がしたいのです」


 そう告げてくる誘いの言葉に、メアリが「でも」と小さく呟いた。

 そうしてチラと横目でアディを見上げるのは、言わずもがな「彼がいるから」と訴えて相手からの辞退を促しているのだ。

 社交界のパーティーにおいて、誘いに対して拒否するのは好ましくないが、パートナーがいる相手を無理に誘うのもまた好まれないものである。身分のある者ならばメアリのこの仕草で察し、ならば後日と諦めるかアディも誘うかが当然だ。

 だというのに、男はそんなメアリの仕草を見てもなお退く気配を見せず、

「貴女に話があるんです」

 と、しつこく食い下がってきた。


「あら、随分と熱意的ね。それほど大事なお話しなのかしら」

「えぇ、貴女の今後についてです」


 そうニッコリと微笑んで男が告げる。

 爽やかな笑顔だ。見目もよく、愛でるように細められた瞳が柔らかな印象を与える。纏うスーツも一級品で、優雅に誘う様が堂に入っている。

 だが名前が思い出せない、そもそも会った事がある人物だろうか?


「せっかくお誘い頂いたけれど、じきに父が挨拶をするの。娘の私が席を外すわけにはいかないわ」


 だから、とメアリが再度男の辞退を促そうとし……息を呑んだ。

 男がメアリへと手を伸ばし、そしてアディがその腕を掴んだのだ。一瞬の出来事にメアリの目が丸くなる。なにせ、気付けば目の前で男の手が攻防と言わんばかりに鬩ぎ合っているのだ。これを驚くなというのが無理な話、悲鳴を上げなかったことが幸いとさえいえる。

 そんな攻防だが、互いに周囲に気付かれまいとしているのか表情は冷静で、それでいて男の袖に皺が寄っているあたり満身の力を込めあっているのが分かる。見ているだけでメアリの腕まで痺れそうなほどだ。普段は優しく包んでくれるアディの手が、これ程までに凶暴にものを掴むものなのか。

 賑やかで楽しいこのパーティーにおいて、目の前で交わされる鬩ぎあいだけが冷ややかでいて熱い。その温度差についていけず、メアリが胸中のざわつきを落ち着かせるように胸元を押さえてアディを見上げた。


「この成り上がりが。もとは仕える身分のくせに、俺の邪魔をするな」


 そう告げられる男の言葉は、囁くような小声ではあるものの随分と威圧的だ。先程までの温和さもなければ柔らかな物腰も感じられない。もちろん、爽やかさもない。

 そんな男の言葉に対し、アディは傷つくでも反論するでもなく、ただジッと錆色の瞳で男を睨み付け、


「俺のお嬢に触るな」


 と、低く唸るような声で返した。

 普段の彼らしくない、攻撃的で冷ややかな声色。荒々しさすら感じさせるその口調に、男の眉間に寄っていた皺がより深くなる。

 そうして形の良い唇で紡がれるのは、忌々しいと言いたげな、


「従者のくせに調子に乗るなよ……!」


 という低く掠れた声。

 その声は耳障りとさえ言えるほどに不気味で、メアリが息を呑んだ。


「……貴方、あの時の」


 男の声と言葉に、メアリが小さく声をあげる。

 市街地で聞いた言葉が脳裏をよぎったのだ。突如現れた男に襲われアディが負傷したあの時、去り際に不審な男が放った言葉。


『女のくせに調子に乗るなよ』


 今男が発したものは、あの時の焼き直し、まるでアディに向けて言い直したかのようではないか。これほどに物騒で品のない言葉、社交界で使うような人物は限られている。

 なにより掠れたこの低い声。この見目の良さで気付けずにいたが、忌々しさを含んで凄まれた瞬間に全てが繋がった。

 アディもまたそれに気付いたのだろう、男を睨み付ける錆色の瞳が鋭さを増す。そうして彼が告げる、


「二度も言わせるな。俺のお嬢に触るな」


 という言葉に、メアリが名前を呼ぼうとし……、


「メアリ様ぁー!」


 という声と共に抱き着いてきたアリシアの勢いに負け、吹っ飛ぶように倒れこんだ。

 それはもう見事に、無様なまでに、ベシャァと鈍い音がしそうなほどに。


「な、なにごと……!?」

「メアリ様をお守りします!」

「貴女のそのタックルは防衛より攻撃に適してるわ!」


 あまりの突然のことに、メアリがあさってな怒鳴り声をあげる。

 そうして次いで瞳を丸くさせたのは、目の前にパルフェットがいるからだ。いや、正確に言うのであれば涙目のパルフェットが居て、フルフルと震えながら近付いてきてギュウと抱き着いてきたからである。振動が伝わり、メアリまでもフルフルと震えだす。


「メ、メアリ様をお守りしまぁす……!」

「頼りないにもほどがあるわ!」


 逆に庇護欲を誘う! とメアリが声を荒らげ、抱き着いてくる二人を剥がす。もっとも、引き剥がしこそしたものの、立ち去ろうとする二人のスカートを掴んで引き留めるのは守ろうとしてくれたことが嬉しかったからだ。

 素直に「そばに居て」なんて言えるわけがないけれど……。


 そうしてメアリが改めて場を見れば、先程まで倨傲に振る舞っていた男は数人の警備に腕をとられていた。

 それを指揮するのはガイナス。もとより体躯の優れた彼が厳しい顔つきで警備を従える様は妙に様になっている。

 その隣に立つカリーナとマーガレットは華やかなドレスとは裏腹に随分と冷ややかに男を見つめ、カリーナに至ってはそっと警備に近付くと「手のひらを上に向けて縛ってください。そうするとジワジワ痛みますから」と末恐ろしいアドバイスをしている。

 先程までの攻防とは一転した光景にメアリが唖然としていると、ふいに手を差し伸べられた。見上げれば錆色の髪が揺れる。鋭かった同色の瞳は今は和らぎ、心配そうにジッとこちらを見つめている。


「お嬢、大丈夫ですか?」

「え、えぇ大丈夫よ。アディ、貴方こそ怪我はない?」

「俺は大丈夫です」


 どうぞ、と促され彼の手に己の手を重ねれば、軽く引っ張って立たせてくれる。次いでアディの手が軽く髪を撫でてくるのは、崩れた髪を直しているのか、無事でよかったと安堵しているからか。

 彼の手が髪を梳くたび胸を占めていた不安や驚愕が緩やかに溶けていくのを感じ、メアリが一度深く息を吐いた。

 もう大丈夫、そう自分に言い聞かせる。

 そうして思考を切り替え、警備に何やら話をしているパトリックへと視線を向けた。彼もまたこちらの視線に気付き、歩み寄ってくる。


「メアリ、怪我はないか?」

「あの男に負わされた、という意味なら怪我はないわ。でも、どこぞの王女様が突っ込んできた事による怪我というなら、腰が痛いわ」

「アディ、お前も大丈夫だったか?」


 メアリの訴えを聞き流し、パトリックがアディを案じる。

 それに対して怒鳴るのも今更だとメアリが溜息をつき、次いでいまだ捕らわれている男へと視線を向けた。捕縛されてもなお、忌々しいとさえ言えそうなほど鋭い瞳でこちらを見ている。

 だがその顔に覚えはない。ここまでされても、メアリの記憶には男の名前はおろか何一つ思い出されないのだ。それ程までの人物か、それとも全くの初対面か、それすらもわからない。

 だからこそいったい何事なのかとパトリックに視線をやれば、彼もまた冷ややかな視線で男を見据えた。


「大事にする気はなかったんだが、予想以上に早く接触してきたからな。焦ったよ」

「覚えがないわ。誰なの?」

「ロートレック家だ。聞いたことくらいはあるだろう」


 パトリックのその言葉に、メアリが小さく息を呑む。ロートレック家……その名前は憶えがある。ほかでもない、渡り鳥丼屋を開くために必要な流通ルート、その道を管理する領主ではないか。

 話し合いの場で、忌々し気に呟かれた声が脳裏によぎる。

 金に弱く、儲け話があると直ぐに惹かれていく横暴な家。中途半端な整備で放り出されたあの道とそれを嘆く男の顔が思い出され、自然とメアリの眉間に皺が寄った。

 それと共に心の中で合点がいったと呟く。


「私の計画を知って、辞退させようと脅していたのね」

「大方、アルバート家の名前を恐れてのことだろう。調べたところ色々と疚しい方面にも手を出しているみたいだしな」


 厳しい表情でロートレック家当主を見下し、パトリックが淡々と話す。

 それを聞き、メアリがチラとアディを見上げた。彼もまた片目ながらにこちらを見つめ、小さく一度頷いた。きっと考えていることは同じなのだろう。

 色々と疚しい方面にも手を出している……なるほど、だからあれほどまでに道が荒れていたのだ。良からぬ輩が行き来していると聞いたが、その良からぬ輩を先導していたのが他でもないロートレック家だったというわけだ。

 それを考えれば、メアリの中でふつふつと怒りが湧く。


「今までのこともある、メアリに尻尾を掴まれる前にと考えたんだろうな。正式な発表を直前に行動に出るとは、そうとう焦っていたと見える」

「なんて浅はかなの。家名なんて関係ないのに」

「関係ない?」


 どういう意味だ? と不思議そうなパトリックの言葉に、メアリが男を睨み付けながら「関係ないわ」と念を押すように告げた。


「文句があるなら脅すなんて姑息な真似をせず、堂々と正面切って私に言いなさい」

「……メアリ」

「私は私のやりたいことをするの、そこに家名も性別も関係ないわ。邪魔をするって言うならしてみなさいよ、売られた喧嘩は全て買うわ!」


 騒動に静まった中、メアリの威勢の良い啖呵が響く。

 今のメアリの姿はとうてい貴族の令嬢とは言い難いだろう。そもそも、胸を張って男を睨み付けるなど社交界に身を置く女性には許されない行動なのだ。それも、売られた喧嘩は買う等と暴言付き。平時であれば「はしたない」と誰もが思うだろう。


 だがそれをやってのけるのがメアリ・アルバートなのだ。


 そしてそんな令嬢らしからぬ彼女の姿は、この場において清々しいまでの気高さを感じさせていた。

 皮肉な話、家名等関係ないと豪語するメアリの姿は、その言葉に反して誰しもの目に『アルバート家の名を背負うに値する』と映っていたのだ。


 そのうえ、男が連れ去られるのを見届けるやメアリはパッと表情を変え、「とんだ邪魔が入ったわね」と切り替えてしまう。その潔さ、あんな小物は歯牙にもかけぬと言わんばかりの態度。普段通りのその仕草が、姑息に彼女を脅そうとしていた男との格の違いを感じさせる。

 そんなメアリが伴侶であるアディを連れて、誰より注目を浴びる場へと向かうのだ。


「さ、ついに発表の時間よ!」


 と意気込むその表情に、誰もが胸に抱いていた疑惑を確信に変える。

 あぁ、やはり彼女がアルバート家を……と。そしてその未来に不思議と不安はなく、国一番の家を継ぐにはあれぐらい型破りな令嬢の方が良いのかもしれないと周囲が苦笑と共に顔を見合わせる。

 そんな期待を一身に浴び、メアリがアディを連れて父の隣に並んだ。ポンと肩を叩いてくるのは、きっと話のバトンを受け渡す意味なのだろう。それを受け、メアリがゆっくりと周囲を見回した。

 皆が期待を一身にこちらを見つめているのが分かる。

 見ればパトリックが穏やかに笑い、隣に寄り添うアリシアは瞳を輝かせている。誰もが発表の時を心待ちにしているのが伝わり、メアリが隣に立つアディを横目で見た。


「アディ、待ちに待った発表の瞬間よ!ほら御覧なさい、みんな期待しているわ!」

「……なんか食い違ってるような気がするんですよねぇ」

「あら、どうしたのよ」

「いえ、なんと言っていいのかわからないんですが。何かが違うような、大きな違いがあるというか、微妙にずれているというか……」

「貴方、意外と心配性だったのね。でも大丈夫よ、発表した瞬間に大盛り上がり間違いなし!」

「そうですかねぇ」


 今一つ歯切れの悪い返事をしてくるアディに、メアリが「大丈夫よ!」と言い切る。

 なにせ周囲の期待がひしひしと伝わってくるのだ。これ以上焦らすのは失礼に感じられるほどである。だからこそスゥと息を吸い……、


「皆様、聞いてください!」


 と、元より集まってる注目をより己へと向けさせた。

 誰もが発表の時を心待ちにしていると分かる。だからこそメアリの胸も高鳴り、チラと横目で楽団に視線をやれば、まるで準備は整っていると言わんばかりに小さく頷いて返してきた。

 ちょっとしたハプニングこそあったものの、全ては整った。

 待ちに待ったこの瞬間……! そうメアリが歓喜に震えだしそうな体をグッと堪え、


「ついに渡り鳥丼屋のオープンが決まりました!」


 と、市街地に渡り鳥丼屋を開くことを高らかに宣言した。


 その瞬間の冷めきった空気と言ったらない。


 誰もが唖然とし、そして徐々に理解すると共に瞳を濁らせていく。中には盛大に溜息をつき、眉間に皺を寄せる者まで出始める。なまじっか楽団が予定通りに音楽を盛り上げてくれただけに、その温度差は一入である。

 さすがにこれにはメアリも気付くというもので、周囲を見回し、そうして最後に傍らに立つアディの服の裾をついと引っ張った。


「……ね、ねぇアディ、なんかこう、予想していた反応と違う気がするんだけど」

「うわぁ、パトリック様の瞳が濁りきってる。アリシアちゃんまであんな表情を……」


 あまりの冷めきった空気、おまけに友人たちは白けたと言わんばかりに溜息をついて顔を背けだす。日頃メアリが何をしようと興奮して絶賛していたアリシアまでもが、これはないと言いたげに視線をそらしているではないか。

 これにはメアリも意味が分からないと頭上に疑問符を浮かべ、


「なによ、なんなのよぉ……」


 と先程の潔い啖呵もどこへやら情けなく呟いた。



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