ひとまとまりの言葉2
ひとまとまりの言葉、続編です。
相変わらず不慣れな三人称視点なので読みにくいかもしれませんが究極に暇な人、ぜひどうぞ。
ひとまとまりの言葉…http://ncode.syosetu.com/n1001bx/
「イメージしにくい慣用句を具現化してわかりやすくするという新時代過ぎる技術が開発され、わが校に導入されたのが数年前。そして三元先生の手によりここ、嶺上学園に通う生徒全員の手に固有の慣用句スキルが渡ったのが三年前。」
「以来我々はこのような無駄な抗争を繰り広げているわけだが諸君よ! もう終わりにしないか? 」
体育館の壇上で一人の男子生徒が演説を行っている。それを取り囲む聴衆たちはまるでその声以外をシャットダウンしているかのように聞き入っていた。
「なあ隼也。」
「どうした、一色よ。」
「あの前回までのあらすじをやってのけた男子生徒、いったい誰なの?」
「あー、あいつ…確か琴原とか言ったかな。『弁が立つ』スキルの持ち主で定期的に講演会を開いている男だ。」
隼也…四喜隼也という名の男子生徒は、実は琴原について詳しく知らない。彼が知っているのは苗字と、定期的に演説をしているということ、いわば全校生徒が知っているようなことだけである。
さらに言うとこの学園において他人に固有スキルを知られることは不利になることが多いので当然ながら琴原もスキルを公開しているわけではない。
しかし『一を聞いて十を知る』という神がかった恐るべきスキルを所有する隼也がそれを予想することなど造作もなかった。
「じゃあさ、琴原くんも俺らの仲間に誘ってみたらどう? 」
「それも考えたんだけどな。確かに人を自分の話に引き込む能力、お前と組んだらなかなかの効力を発揮するだろ。」
むしろ一色の持つスキルは仲間がいないとほとんど使えない。
隠密行動に向いてはいるのでスパイなどは得意分野だが、バトル物の主人公らしいことはできないのがこの一色清という男である。
「でもあいつ、演説ではあんなことを言っているくせに、まったく自分から動くつもりないからな。最低の傍観者だよ。自分が楽しめたらそれでいいというタイプだな。俺らと利害が一致したらもしかすると協力するかもしれないが少なくとも無償で働くような奴じゃない。」
それは残念、と呟き体育館から出て行こうとする一色。そしてそれを追いかける隼也。彼らの目的は一つ。『終止符を打つ』スキルを手に入れ、くだらないこの抗争に終止符を打つこと。
先日、黒幕である三元先生に「半年後、お前を倒す」と啖呵をきってから少し時間が流れたが、まだその足取りさえつかめていないというのが現実でもある。
彼らは廊下を歩く。
その校舎は地和サキにより一度破壊されたが、平和の『白紙に戻す』によって完璧に修復されていた。
「しかし隼也。前に……誰だっけあの麻雀の役みたいな名前の関西弁男」
「お前も俺も麻雀の役みたいな名前だけどな。あれだろ?くらはし」
暗橋刻。スキル『関西弁』を巧みに操る…ではなく、足が棒になるという物理系スキルを持つ男だった。先日一色に敗北し、記憶を消されて退学した。
「あいつのスキル、足が棒になるについてだけどさ。」
「ああ、なに? もともとの意味を具現化してないよね、って言いたいのか。」
「そうそう。足が棒になるって、長く立ったり歩いたりして疲れ果てるってことでしょ? 」
「そうだな。」
「この具現化慣用句って、もともとイメージしにくい慣用句を分かりやすくするために開発されたんだよね。でも、これだと間違ったイメージが付いちゃうよ。」
その言葉を受けて少し考え込む隼也。
「確かにそれはおかしい、よな。地和さんの骨を折るだってなんかバトル漫画のキャラクターみたいなスキルになっているし。」
「呼んだ?」
二人で廊下を並び歩いていたところにおもむろに現れた地和サキ。
「うわ、びっくりした…思わず『戦う』を選択しちゃうところだったよ。」
「ロールプレイングのエンカウントかよ。」
「私が思うにね、いるのよ。」
「いるって……何が?」
「尾ひれを付ける」
「ああ!」
「ん? 」
二人の反応は対照的だった。地和サキの一言ですべてを悟ったような顔をする隼也、まったく何もわかっていない一色。
おそらく一色は、その慣用句の意味が分からなかったのだろう。
「隼也、尾ひれを付けるってどういう意味なの? 」
「お前はもっと勉強しろ。事実でない誇張を交えて話し、話に余分なものを付け足すことだ。」
「えーと、つまり……」
数分間固まる一色。隼也はできの悪い生徒を見るような目で、地和サキはわれ関せずといった顔でそれを見ている。
「本来あったものを書き換えた…ということ、なの? 」
「正解。」
あくまで仮説だが、と前置きして隼也が話し出す。
「三元側に『尾ひれを付ける』スキルの持ち主がいる。そしてそいつがその他のスキルを誇張して、意味を少し書き換えて俺たちに配布したんだ。」
「足が棒になる、つまり使用者が疲れるスキルがあっても面白くないからよ。」
「その通りだ地和さん。要するに全部、あいつが楽しむためだということ。」
はやく、俺たちの目標を達成しないとな。と締めくくり隼也は口を閉じた。
そしてすぐに口を開く。
「一色、避けろ!!」
「え、っつ! あつっ」
最初に一色の目に飛び込んできたのは炎だった。
足元が、狙い澄ましたかのように燃えていた。
そして次に見たのは火種がないということだった。
一色は横に飛び跳ねる。そして瞬時に周りを確認する。しかし誰もいない。
「隼也!敵の能力は!? 」
「俺を便利屋みたいに言うな! あくまで一を聞くからこそ十を知れるんだって!」
「四喜くん。足元に火がともされたわ。そんなニュアンスの慣用句は? 」
その言葉を受け数瞬考え込む隼也。
「……足元に火が付く、だな。もともとの意味は焦ることだが、きっと少し書き換えられたんだろう。」
「足元に火が付く、ねえ。」
そうして敵の能力を考察している間、攻撃がやむなどというのは子供向けヒーロー番組の中だけである。
二撃目が窓際にいた隼也の足もとに点火された。
「あつっ」
あわてて横に飛び退く。隼也の靴も焦げた。
「おい一色。理解していると思うがこの能力、瞬殺できるようなタイプじゃなく、遠距離型だ。焦らなくていい。敵をまず見つけろ。」
「了解した。」
あたりを見渡す一色。このとき彼はこう考えていた。
遠距離型とはいえ、ここまで正確に俺の足もとを攻撃してくるんだ、きっと俺たちが見えるところにいる。
そしてこのとき地和サキもこう考えていた。
正確に点火してくるということは、どこかから私たちを見ているということ。
結論に至ったのはほぼ同時だった。
「サキ」
「ええ、清くん。屋上よ。」
三人がいる廊下にはほかに誰もおらず、攻撃されたのは窓際にいた二人。
一斉に屋上を見上げると一人男がいた。
「あいつか! 行くぞ!」
「まあ待ちなさい。」
その時廊下の向こうから女子生徒が歩いてきた。
身構える三人と対照的に彼女は悠々と廊下を渡り近づいてくる。
「三元先生はあなたたちのことを面白がってほったらかしにしているけれど、あたしは反対しているの。」
「主に逆らっていると。」
「逆らっているわけではないわ。ただあたしは、あたしたちはあなたたち三人にこの学園を去ってもらいたいだけ。『終止符を打つ』を手に入れるという発想、敵ながら素直に感心したわ。だけれどね、それを手に入れられてこの抗争が終わりを告げたら、三元先生が楽しめないでしょう?」
完全に三元大に心酔しているこの女子生徒は話しながらも足を止めずこちらに向かって歩み続ける。
「お前の言い分はわかった。だからとりあえず足を止めろ。」
隼也が思わず口を開く。ちなみに当然のことながら彼らは屋上から死角にいる。
「お前、あの屋上にいる発火能力者とグルだろ? だが、お前の能力が何かは知らないが、屋上の奴に俺たちを再起不能にするほどの力はない。やつにあるのはせいぜい宴会で使える程度の能力だ。熱かったら少し横に移ればいいんだからな。やつは足元しか狙うことができない。そこまでは既に理解している。」
「正解よ。確かに彼ひとりだととてもあなたたちを倒すことはできないわ。でも、あたしの能力と合わされば、ね。」
そう言い放ち女子生徒は隼也に飛び掛かった……否、隼也を抱きしめた。
「!!? 」
少し赤面する隼也。案外初心な彼であった。
「……ね、ねえ。えーと、名前は? 」
「沖野。」
「沖野さん、さあ。俺も健全に不健全な男子高校生なわけで。君にそういうことされたら惚れるよ。俺案外惚れっぽいんだ……中学のときだって惚れっぽい性格のせいで」
「うん、どうでもいいわそんなこと。」
「しっ、四喜くん!」
あわてたようにサキが叫ぶ。そう。今隼也は屋上の能力者の視界…射程圏内に入っていた。
「大丈夫だ地和さん。今ここで発火したら沖野さんも巻沿いをくらうさ。」
「考えが甘いわね。」
足元が発火した。
「あつっ……って沖野さん、君は?! 」
沖野は隼也をホールドしたまま離さない。彼女の足も燃えているというのに。
「そこまでして…そこまで我慢してまで俺たちを倒したいのかよ! 」
「……」
沈黙する沖野。全身全霊をかけて隼也を抑え込んでいる。無駄なことに労力を使えば隼也に逃げられるとわかっているのだろう。
そして、だんだんと隼也の服に炎が移ってくる。発火点は隼也の足もとなので、沖野にはさほど火はまわっていない。
「地和さん!」
「ええ! 」
地和サキが沖野の右手を『右手』で掴む。
「ごめん。」
一言謝罪してから発動される能力…骨を折る。
沖野の右手首が折れた。
「!? 」
「なっ……」
しかし隼也はまだがっちりホールドされていた。足元が燃えていても、右手首が折れていても気にしないとは大した執念だ、と考えたものはこの中にいなかった。
「能力……?」
「その通りよ。あなたの攻撃なんて痛くもかゆくもないわ。」
痛くもかゆくもない。文字通り、痛みを感じない能力。
隼也、一色と同じ概念型のスキルである。
「熱い熱い熱い!!燃えてる燃えてる!!」
うるさい隼也を横目に沖野は手を離さない。
上の服まで炎が侵食してきた。
「ここに退学届けがあるわ。」
そう言い放ち、さらに言葉を紡ぐ沖野。
「これに名前を書くと誓うなら、離してあげる。」
退学する、それはすなわちここで起きた出来事すべての記憶を失うということ。すなわちこの抗争に二度とかかわれなくなるということだ。
「……それは、嫌だなあ。」
申し出を拒否し、なおも燃え続ける彼。
「でもさ、沖野さん。多分気づいていると思うんだけど、今ここに何人いる? 」
「今……?四人でしょ……え? あ、一色は?! 」
そう。一色は既にこの場にいなかった。
『人目につかない。』
一色清の持つスキル。過去、三元大につかえないと言い放たれた慣用句であるが、彼は見事に使いこなしていた。」
「ここで問題です。」
隼也が額に多量の汗をかきながらも不敵な笑みを浮かべ指を一本立てる。
「問題は二問。まず一問目。彼はどこに何しに行ったでしょうか。」
「……それだと二問じゃない。………」
視線を屋上に向ける沖野。
そこには人間が二人いた。一人はコンビを組んでいる男子生徒。そしてもう一人が彼に後ろから近づいて行っている。
当然ながら前の男は後ろの男…一色に気が付いていない。
「第二問.さっき地和さんはあなたの右手首を折るとき謝りました。それは、彼女にも多少の罪悪感があるからです。ここで問題。」
一呼吸おき、残酷な笑みを浮かべながら言葉を絞り出す。
「このパーティで一番残酷なのは誰でしょう? 」
「!? 」
その瞬間、炎が消えた。
時間が止まった。
永遠と思われる一分間が過ぎ、呑気な顔をした一色が帰ってきた。
「あ、よかったね。火消えたじゃん。」
「あ、あんた! 彼をどうしたのよ!!」
呆然とした状態から一転、絶叫する。当然である。パートナーを殺されたのだから。
「落としたの…? 」
さすがにこの残酷な振る舞いに不安を覚えたのか地和サキが聞いた。
「ん? ああ、落としたよ。」
これが、一色清という男の実態であった。
沖野は泣きだし、さすがの隼也も顔をそむけている。
「え? その子なんで泣いてるの?」
「あんたがっ、あんたが彼を殺したからでしょ! 」
「え? 殺した? 俺が? 誰をさ。」
本当に何も知らないような顔で質問する一色。あまりにも堂々とした表情だったので不信感を覚えた地和サキが言う。
「清くん、さっき屋上にいた発火能力者どうしたの? 」
「え? ああ、突き落としたよ? 」
「それって、殺したってことだよね? 」
ここで初めて納得したような顔をする彼。
「なるほど! 大丈夫、安心して…えーと。」
「沖野さんだ。」
「沖野さん。」
「安心して、ってどういうことよ。」
「あらかじめ三元に声かけておいたんだ。彼のところ、屋上に行く前にね。『今からあなたに心酔している男子生徒屋上から突き落とすんで、どうにかしてください』ってね。」
「それで、三元はなんて言ったんだ一色。」
全能の能力者四喜隼也が質問をする。珍しい光景である。
「面白いことするなあ。君も、僕の仲間も。いいよ安心して決着をつけておいで。だってさ。だから安心して突き落としてきたよ。きっと平先生の『白紙に戻す』か、ほかの能力使ったんじゃない?そこは三元を信頼したよ。」
「なるほど。だそうだ、沖野さん。」
話を振られた沖野は泣きながら一色を睨んだ。しかしその瞳に怨念は宿っておらず、敵意も少しだが減少していた。
「それで、沖野さん。俺としてはもう戦うつもりはないんだが、どうする? 」
隼也が尋ねる。
「……帰らせてもらうわ。」
沖野もこたえる。
「……沖野さん。」
帰ろうと背を向けた彼女に、隼也が声をかけた。
「…なによ。仲間にならないかって勧誘でもするつもり?いやよ。確かに死なない保証があるからといって仲間を敵に突き落とさせた三元に心酔していたあたしはもういないけれど、それでもあんたたちに味方するつもりはないわ。」
別に勧誘したわけでもないのにこの長文。完全にこの女、ツンデレの素質ありである。
しかし隼也も特に勧誘する気もなかったようで、ただ一言だけ、
「いや、この後四人でご飯でも食いに行かねえ? 」
と言い
「いやよ。」
と断られただけだった。
しかしこれにて一件落着というやつである。三人は安堵のため息をつき、下駄箱へと歩みを進めていった。
一件が落着しただけであり、決して彼らの目的の一部でも達成されたわけではないのだが。
しかし表面上はそうでも、彼らはこのとき、確かに一歩前進していた。
今回の事件で繋がった、四喜隼也と沖野嶺花。この二人が後のキーマンとなることを予想できたのは、この時点では誰もいなかった。
一色も、地和サキも、三元も。全能の四喜隼也でさえも。
彼らの戦いは、まだ終わらない。
ありがとうございました。
筆が乗ったら続きます。
本当に沖野と隼也がキーマンになるのかは私にもわかりません。