*その命
しばらく様子を窺いながら歩いていた戒のディスプレイに、2人がまとまって表示された。
その2人の声が聞こえるギリギリに気配を殺して近づく。
「ポイント30ある。俺の命と引き換えに願いを叶えてくれ」
「とにかくやめろ」
どうやら、何か言い争っているようだ。
「兄貴! 誓ってくれ。頼むよ」
懇願するように震えた声に眉を寄せた。
兄貴? この2人は兄弟か。
少し顔をずらして確認すると、男の1人が手にしているハンドガンの銃口を自分の頭に向けている。
どちらも20代半ばほどだろうか、顔立ちは似ている。やはり兄弟のようだ。
「……っ」
自ら死ぬつもりか──戒は小さく舌打ちした。
<それ、よく見せてよ>
「むやみに顔は出せん」
ヘッドッセットからの真仁に、煩わしそうに応える。
あの男の言動から察するに、引鉄は引かれるな……それが出来るであろうその男が、戒には少し羨ましく思えた。
「!」
乾いた音が小さく響き渡り、ちらりと覗いた。
「空……。ばかやろう」
残った男は、か細い声で力なくつぶやき肩を落として倒れている青年を見下ろしていた。
<双竜だな。残ったのは兄の大地だ>
「! ほう」
ヘッドセットに指をあて、続きに聞き入ったそのとき──残った男は叫びながら戒の横をかすめて走り去った。
<狂っちゃったかな?>
「悪趣味なショーをするからだ」
戒の呆れた言葉に、向こうの真仁は絞り出すように笑った。
それからまた、探るように歩き出す。
戒は、なんとなく灰色の建物の1つに足を踏み入れた。
「……」
何もない、ただ四角に造られただけの部屋──そこには家具も家電も、およそ人が生活するようなものは置かれていない。
ただ食べ、眠るだけでいいからだ。娯楽など与える必要は無い。
「……?」
その部屋の中心に溜まっているゴミに目を留め、薄暗い空間に目を凝らして近づく。
「チッ」
ヘッドセットの調子が悪いらしい、雑音のあと画面が消え音も途切れたようだ。
さらに警戒を強め、ゴミに近寄る。
紙くずを足でよけてしゃがみ込んだ。
「こいつは……」
ゴミの中にあるそれを凝視して、目を細めた──
「あー、もう! ポンコツ掴まされたか?」
真仁は、戒につながっていた砂嵐のディスプレイに頭を抱えた。
「ヘッドセットの不調とは運がないな」
直貴は苦笑いを浮かべ、さらに口を開いた。
「何か見つけたのかな?」
しゃがみ込んでいる戒の後ろ姿が映し出されているディスプレイを真仁も見つめる。
「回収し損ねたクローンの骨とかはよく落ちてるけどね」
「ハンターが残してった空薬莢とかもだろ」
殺したクローンの回収は雑だ、殺し方によっては識別チップが破損する場合もある。
そんな死体の回収は見落とされる事がよくあった。
ハンターが見つけるその死体は、大抵は食い散らかされたあとだ。
何に? 決まっている──他のクローンたちにである。
死んだものは食料にしかならない。
その光景に出くわし、吐いたハンターもいた。誰だって気持ちの良いものではないだろう。
戒は運良く、そういう光景に出くわした事がない。
動物としては自然な事だが、それが人間と同じクローンともなると見るに堪えない光景だろう。
「は……」
戒の口元から、自然と笑みがこぼれていた。
「生物は常に生き残る術を模索する……か。よく言ったもんだ」
俺が生まれる前に創られた映画のセリフだが、数学者の役だった俳優が言っていた。
戒はそう思いながら、伸ばした手の先にある小さな遺体を見つめた。
子どもが作れないハズのクローンの囲いの中に、赤子の遺体──死産だったのか、産まれてから死んだのかは解らない。すでに水分も無く、軽い感触だった。
「!」
ヘッドセットの調子が戻ったらしく、戒はとっさにその小さな亡骸を掴み、コートのポケットに乱暴に詰めた。
<何か見つけたの?>
「菓子の袋だ」
<どっかのハンターが捨ててったのかな? マナー悪いなぁ>
戒はそれに鼻を鳴らし、立ち上がる。
腕の時計を見ると、時刻は15時をかなり過ぎていた。
「あと2時間か」
つぶやき、足早に建物をあとにした。
「真仁」
<何?>
モニタールームにだけ繋がれる音声ボタンを押し、ささやくように発する。
「人とクローンの違いはなんだろうな」
<? さあ、なんだろうね>
今や、クローンは人の胎内を介さずに作成可能となった。
大きなガラス管に浮かぶクローンたちは管理され、それぞれに納品・保管されていく。
「それでも──」
<なに?>
人とクローンは変わらない、産まれ方が違うだけだ。
同じように教育すれば、どこも違いはないはず。現に風俗にいる女の何人かは、客から知識を得て人間と見分けが付かないと聞いた。
いつか、クローンたちは生物の生存としての模索を実行するのかもしれない。
戒はそこまで考えて1度、目を強く閉じた。
「最低、あと2人は倒す」
<期待してるよ>
傾きかけた太陽を背にして駆け出した。
翼は部屋で1人、目の前の冷めたコーヒーにぼんやりと視界を合わせていた。
青年の静かな息づかいだけが部屋を満たしている。
「戒……」
つぶやいて強く瞼を閉じた──クローンといえど、殺す事に抵抗が無かった訳じゃない。
それでも、高額な報酬が得られるハンタードッグの魅力に惹かれない者はいない。
翼もその1人だった。
何の知識もなく武器を手にした訳じゃない。このご時世だ、銃の1つも扱えないようでは生きてはいけない。
それがいつの間にかハンタードッグという仕事を紹介され、この組織に属し可愛い顔立ちにロリコン趣味の金持ちからは人気が上がった。
危うくそんな男の1人に売られかけたが、戒がそれを救ってくれたのだ。
モニタールームで抗議しているとき、「雇われの管理くらいはしたらどうなんだ」とぶっきらぼうに真仁に意見した。
それまで翼は、戒が怖くて仕方がなかった。
誰とも喋らず愛想は1つも振りまかない、挨拶しても目で応えるだけの相手に不安を覚えてもおかしくはない。
そこまで考えて、翼は薄く笑みを浮かべた。