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踊れ その果てで*エデンの園  作者: 河野 る宇
◆第3章~命の探求
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*苦い記憶

 恋人がジョークで買ってきた無害タバコ──それを吸った彼の姿に、彼女は笑顔を見せた。

「うん、すっごくカッコイイ」

 それから何度か吸っているうちに習慣づいた。

 恋人が死んでからもその習慣は消える事はなく、むしろ苦い記憶を塗り固めるように吸い続けた。

 タバコを手にすれば脳裏に浮かぶ記憶。

 こびりついたその記憶に顔をしかめながら、まだ忘れたくないとでも言うように火を付ける。

 そのなめらかな肌も、艶のある髪の感触も愛を語る美しい声もまだ覚えている。

 それが、自分を追い詰めている記憶だという事も──それを充分に解っていても、忘れたくはなかった。

 彼女の父が死んだとき、墓に花を供えに来た彼を恋人の母が見つけた。だが、彼女は彼を追い出す事はなく、顔を伏せて小さくつぶやくように発した。

「娘の事は……忘れてちょうだい」

 苦しみに歪んだ彼の顔を見て憎しみは消え、「あなたが苦しむ必要は無いのよ」と言いたかったのか、憎しみは消える事なく「娘の記憶を持ち続けて欲しくないから」と言いたかったのかは解らない。

 しかし彼には、その言葉は耐え難いものだった。

 彼女の言葉を確かめる勇気も無く、それから数ヶ月後に彼女は末期癌のため他界した。



 マンションに戻った戒は、洗面台の鏡に自分の顔を映しシェーバーを手にする。

「面倒な……」と、つぶやき電源を入れ無精髭ぶしょうひげに当てた。

 硬い毛が剃られていく音が狭い部屋に響く。

 そうして、軽く水洗いしたあと顔を洗ってキッチンに向かった。

 ブランデーのボトルとグラス、氷を手にしてリビングのソファに腰を落とす。氷と酒をグラスに注いで立ち上がりベランダに出た。

 相変わらず見下ろす塀の中は薄暗く、陰気だった──

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