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踊れ その果てで*エデンの園  作者: 河野 る宇
◆第1章~ハンタードッグ
3/15

*翼という男-つばさというおとこ-

 ひと仕事終えたカイは、ハンターたちの集まる組織の建物の一室に足を踏み入れた。

 いくつかの長机にパイプイスとコーヒーメーカーが置かれただけの、質素でコンクリートの壁がむき出しの部屋だ。

 およそ20名ほどがくつろげる広さになっている。

 あまり話のしないハンターたちだが、何故か1人だけ戒に親しく接する男がいた。

 鬱陶しく思いながらも、戒はその青年にきつくあたる事もなく彼の話を意識半分で耳にした。

「今日も仕事だったの?」

 その青年──つばさと名乗っている男は、戒の目を見つめニコリと笑った。

「ああ」

 コーヒーの入ったカップを長机に乗せタバコを1本、取り出す。

「今度さ、近くの店に行かない?」

 翼の言葉に戒は眉をひそめた。

「お断りだ。クローンを抱く趣味はない」

「えー? 可愛いコがいるのに」

 売れない女優が細胞を売り、そんな女たちのクローンがひしめく店がある。クローンを扱っている店は、風営法にひっかかる事がない。

「戒ってストイックだよねぇ。ホモってウワサもあるけど~」

「今度言ったら殴るぞ」

 眉間にしわを寄せた戒に、翼はケタケタと笑った。

「ね、戒はなんのためにこの仕事してるの?」

 あどけない表情で戒に問いかけた。

 長い黒髪を後ろで1つに束ね、まだ幼さの残る顔立ちを斜めに向けて戒を見つめる。

「さあな」

「えー、教えてくれないの?」

「お前はどうなんだ」

「僕はねぇ……」

 持っていたコーヒーの紙コップをいじりながら目線を外した。

「故郷に両親がいるんだ」

「!」

 少し、青年の黒い大きな瞳が愁いを帯びる。

「お金を稼いで、どこか別の国で暮らしたいな。両親と」

「ハ……どこも同じだ」

「! そうかな」

 戒は呆れたように、もう1本タバコを取り出す。

「ね、戒は他の国に行ったことがあるの?」

「昔に一度だけな」

 翼は、それに口笛を鳴らした。

 海外に行ける者など多くはない、富裕層と貧困層との格差は確実に開いていた。

「俺の金じゃない。運が良かっただけだ」

「どこに行ったの?」

「どこだったかな」

 戒は少し考えるような仕草をして、とぼけるように応えた。

「も~、戒ってばいつもそうなんだから」

 翼はそれに、むくれた表情をしてまた笑う。

「ずっと昔の話だ」

 戒は立ち上がり、翼に別れを告げてマンションに向かった。



 ポイントをマンションの家賃にも使っているため、貯まるものも貯まらない。

 最低ポイントで借りたマンションだが、他の家に比べれば快適だ。

 ベランダから見下ろす風景は最悪だがな……と、つぶやいて風呂場に足を向けた。

 本来、上の階に行くに従って価格は上がっていくものだが、『牧場』を見下ろす部屋は安い。

 結局は、見たくないものには目を背けていたいだけなのだろう。

 そう思うと、何故か口からは舌打ちがついて出る。

「お前だってそうじゃないか」

 そんな言葉が聞こえてきそうで、戒は薄笑いを浮かべた。


 次の日──

「今度はなんだ。真仁まひと

 戒は再び青年に呼び出された。

「面白いショーに参加してみない?」

 やや怒りを帯びたその瞳を嬉しそうに見つめ、真仁は応える。

「ショー?」

 怪訝な表情を浮かべて真仁を見下ろした。

「どっかの組織がさ、兄弟同士の殺し合いを計画してるみたいなんだ」

「ハンターのか」

「それで、そのイレギュラーも欲しいんだってさ」

「断る」

 即答した戒に驚く事もなく、解っていた回答に目を細めた。

「君が断るなら翼に頼むけど」

「!? 何?」

 部屋の空気は一瞬にして緊張感を帯び、沈黙に満たされた。

 電子音が定期的に響き、時間が止まったような錯覚に囚われる。

「15ポイントだそうだけど、イレギュラーは1人につき5ポイント」

「随分と下がったな」

「仕方ないよ」

 戒はいぶかしげに真仁を見つめ、数秒ほど思案した。

「詳細を話せ」

 真仁はそれに口の端をつり上げる。

「持ちかけられた話だと、ハンターたちに話すのは3日後だそうだ。ターゲットの指定は今回クローンじゃなくてハンターだからチップは無い」

 自分で探してね。と付け加える。

「少しくらい情報はくれるんだろうな」

「こちらが捉えた映像で大体の位置くらいは教えるよ」

 戒に向き直り、肩をすくめる。

「まあ、君の腕なら問題ないでしょ」

「言ってくれる」

 表情を苦くした。

「ああ、それと」

 モニタールームを出ようとした戒に付け加える。

弾薬カートリッジはホローポイントを使ってね」

「! なんだと?」

 青年を睨み付けた。

「最近は使ってないだろ? 派手にやってもらわなくちゃ困るんだよ」

「……」

 何も言わない戒に、真仁はニヤリと口角を上げる。

「ホローポイントは戦争に使っちゃいけないカートリッジだけど、これは戦争じゃない。それに──」

 戦争はそれよりも酷い武器を使うのに、ホローポイントは使用禁止だなんておかしな話だよね……真仁は悪魔のような微笑みで言い放った。



 部屋をあとにした戒は、無言で廊下を足早に歩を進ませる。

 かつて使用していた拡張弾であるホローポイントと呼ばれるカートリッジは、「必要以上の苦痛を与える」として、かなり昔に戦争では使用禁止となった。

 先端に穴の空いたカートリッジは、目標物に当たれば先端がキノコ状につぶれ体内を暴れ回る。

 この仕事を始めた当初、戒はそのカートリッジを使用していた。

 苦しみ悶えるクローンを冷ややかに見つめる姿に、戒の人気は上がった。



 マンションに戻り、どこを見るでもなくリボルバーをいじる。

 レンコンの形をした薬室のシリンダーをスライドさせ、無造作に回す。カラカラ……という軽い音だけが部屋に響いていた。

「──っ」

 何かを思い出し、苦い表情を浮かべる。

 黒い塊を目の前のリビングテーブルに乱暴に投げ置き、両手を組んで祈るようにうつむいた。

 幾度となく心を締め付けた思考が、戒をゆるゆると支配していく。

『過去からは決して逃げられない』

 いつからだろうか、感情を押し殺したのは。

 そうだ、恋人を亡くしてから俺は笑う事も泣く事もなくなった。もう、何もかもがうとましく憎かった。

 のうのうと生きている自身にさえも、表しようのない感情が宿った。

 何度、己の体に刃を走らせただろう。突き立てただろうか──なのに、死ぬまでの傷を与えられない。

 そんな自分をさらに憎んだ。

 そうしている間に心は凍り付き、死を求めてこの仕事に就いていた。

 幾度となくハンターと同じターゲットを狙い闘ってきたが、まだ生きている。

 何故、死ねない……苛立ちが心を埋め尽くす。

 そんな事を繰り返し、戒は悪夢を見続けている。

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