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踊れ その果てで*エデンの園  作者: 河野 る宇
◆第1章~ハンタードッグ
2/15

*戒-カイ-

「やあ」

 ぶっきらぼうに入ってきた30代後半と見受けられる男に、その青年は軽く手を挙げた。

「呼びつけるな」

「お得意さんだよ」

 そこは、複数のディスプレイが並べられた部屋──モニタールーム──ディスプレイは、どこかの敷地を映し出しているようだ。

 ここにいる10数名ほどが、『とある場所』を常に監視している。

「はい」

 青年は、笑顔でヘッドセットを手渡した。

 男は無愛想にそれを受け取り、右耳に装着する。

 ボタンを押すと、ヘッドセットの右目の前にある小型のディスプレイに文字が映し出された。

「5人か」

「よろしくね」

「何人『牧場』の中にいる」

「ん~、多分だけど3人ほどかな」

 そうか……男はつぶやいて、装備している武器を確認していく。

「相変わらず旧式が好きだね」

 青年は、嬉しそうに男の武器を眺めて発する。

 今時、リボルバー銃とクリスダガーなんて……と薄笑いを浮かべた。

「だから客が満足するんだろ」

 淡々と応え、モニタールームをあとにする。



 モニタールームのある建物から出ると、すぐに灰色の高い塀が姿を現す。

 男は先ほどまで見下ろしていた、分厚いコンクリートの塀を無言で見上げた。

カイ、派手によろしくね>

「解っている」

 右耳から聞こえた声に片眉を上げ、うっとうしそうに応える。

 そうして監視員が開いた分厚い合金製のドアから、暗い塀の中に踏み入る。

「……」

 右目のディスプレイから流れる情報をぼんやりと視界に捉えながら、夜の敷地内にある気配を探っていく。

 5人か、全て片付ければかなりのポイントが稼げる。そんな事を考えながら進む。

「!」

 ディスプレイがターゲットを確認した、すぐ近くだ。

「オスか、面倒だな」

 戒は黒い物体を右手に持ち、グリップを握る手に力を込める。

 鉢合わせした瞬間──

「ぎゃふっ!?」

 甲高い音と共にターゲットは後方に少し押されるように揺れ、胸から血が飛び散った。

「……」

 ゆっくりと倒れる男を、戒は静かに見つめる。

 死んだ事を確認すると、次に示されているターゲットを追った。どうやら女のようだ。

 それを確認すると、リボルバー銃からクリスダガーに持ち替えた。波形に形作られた芸術性の高い刃物は、わずかな明かりを鈍く反射する。

「……」

 無骨な灰色のコンクリートで造られた1階のみの建物の並びを確認し、素早く駆け寄る。

「ヒッ!?」

 背後から女の口を塞ぎ、その細い首にダガーの刃を滑らせた。

 鮮やかに飛び散る血しぶきが、前のめりに倒れ込む女の背後にいた戒にもその跡を残す。

 それでも、男の表情は変わらなかった。



「あれがキミのお気に入り?」

 モニタールームで戒の様子を眺めながら、1人の男が青年に発した。

「うん」

 青年はその男を一瞥し、嬉しそうに再びディスプレイに目を向ける。

 ここは、広大な敷地にある『クローン牧場』と呼ばれる施設だ──首都の近くに空港の建設計画が持ち上がったが頓挫し、計画は廃止された。

 その土地を、とある組織が買い取り合法的ではないクローン作成を生業としている。

 違法であるにも関わらず、彼らが摘発される事は無い。そのクローン技術は高く、彼らを裏で支えているのは権力を握っている者たちだからだ。

 これほどの広大な土地を、一部の特殊な趣味の金持ちたちのために組織は『狩り場』として使用している。

 この時代、クローンは臓器移植のためのものとして作成を許可されている。

 そして、貧困層にある者たちはその細胞を売り日々の生活の糧にしていた。

 売買された細胞をどうするのか──そこからクローンを作成し、狩りの獲物として『牧場』に放つのである。

 金持ちたちは、獲物が殺される様を眺めて満足する。

 彼らの満足のために、『ハンタードッグ』という職業が生まれた。

 ハンタードッグはクローンを1人殺すとポイントが与えられ、殺していくごとにポイントが加算される。

 そのポイントに応じて、彼らには報酬が与えられる。

 金のため、夢のため──思いはそれぞれだ。

 ハンタードッグを雇っている組織はいくつか存在する。戒はそのうちの1つと契約していて、組織のシステムは各組織によって異なる。

 もちろん、戒は本名ではない。この組織では、本名を名乗る者はほとんどいない。それは自責の念なのかどうかは解らない。

 クローンの殺し方はまちまちだ。

 金持ちたちの要望に応えて各組織がハンターとターゲットを指定する。クローンの情報は組織同士で共有しているが、ターゲットの情報交換は一切無い。

 識別チップの埋め込まれたクローンたちをヘッドセットの情報から探し、至る所に設置されているカメラが監視と殺しの光景を捉える。

 ターゲットの情報交換がなされないのには、1つの理由があった。

 同じターゲットが示されたとき、そこには想定外の闘いが繰り広げられる──そのイレギュラーも金持ちたちは楽しんでいた。

 聞いているだけで吐き気のするような話だが、ここではそれが淡々と行われている。

 金持ちたちのクローンは、別の場所で臓器移植のために大切に保管されている。

 今回、敷地内に入っているハンターは戒の他に3人いるようだが鉢合わせは避けたい。余計な闘いは面倒だ。

「……」

 その青年、組織のトップに位置する男は戒の姿を見つめて恍惚とした表情を浮かべた。

 茶色がかった黒髪とダークグレーの瞳、年の頃は20代後半だろうか。

「彼は美しい。そう思わないかい?」

 青年の言葉に、男は肩をすくめて後ろを向いた。

「……」

 どこが美しいんだか。

 男はディスプレイを一瞥し、小さく溜息を漏らした。

 やせこけた頬に無精髭、常に何かを睨み付けている瞳のどす黒い血の色に感情は感じられない。

 見つめられると、意味もなく身震いしそうな瞳だった。

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