*終焉の時-しゅうえんのとき-
それから1ヶ月が過ぎ──
「えっ!? 戒が?」
翼は、仲間から聞いた話にモニタールームに駆け出した。
「真仁!」
勢いよく扉を開くと、戒と真仁が視界に入り一瞬、喉を詰まらせる。
「翼クン、どしたの?」
飛び込んできた翼にやや驚き気味に問いかけた。
「戒、仕事辞めるってホント?」
ゆっくりと近づきながら、2人を交互に見つめた。
「ああ」
「残念だよねぇ」
「……っ」
翼はその後の言葉が見つからず、しばらくふさぎ込んだ。
「これからどうするの?」
声を詰まらせながら戒に発する。
その問いかけに、戒は翼を見下ろし視線を宙に移した。
「モンゴルにでも行ってみようとな」
「モンゴル?」
どこまでも続く大草原──戒の脳裏に、その壮大な景色が浮かぶ。
「引き留めようと思ったんだけどね。だめだったよ」
真仁は肩をすくめて薄笑いを浮かべた。
「今までよく貢献してくれてたし。ポイント換金も多めにしてあげる」
「すまんな」
「惚れた弱みかな」
戒を少し見上げ、顔を近づけた。
「い゛っ!?」
翼は勢いよく後ずさり、その光景を凝視した。
「……」
真仁は、およそ10秒ほど戒の唇を味わうと口の端をつり上げた。
「これで君を忘れない」
潤んだ瞳でつぶやいた。
戒の記憶を焼き付けるために、決して忘れないように──真仁は、眼前の男を見つめる。
「男とキスしたの初めてだけど、案外いいもんだね」
唇をペロリと舐め、しれっと言い放つ。
「……」
翼は何も言えず、じっと立ちつくす。
「ボクは変態じゃないぞ」
真仁はそれに眉をひそめて応えた。
「あ、うん」
充分、変態だと思うけど……という言葉は飲み込んだ。
「君の望みは叶わなかったようだね」
「!」
真仁が静かに発すると、戒はそれに視線を泳がせた。
「君には無理だよ」
そんな戒を見て真仁は小さく笑う。
「どうしてそう思う」
「だって──」
君は、優しすぎるから……例え己の命でも、奪う事が出来なかったんだよ。と真仁は緩やかな瞳を向けた。
「……」
戒は苦い表情を浮かべたあと、目を閉じて薄く笑う。
「これまで大勢殺してきた人間に言う言葉とは思えんな」
「他のハンタードッグに殺されるより、彼らは幸せだったよ」
苦しまずに死ぬ事が出来たんだからね。
真仁は皮肉混じりに言い放つ。
死ぬ事が定められたクローンたち──彼らに生まれた意味は、あったのだろうか?
いや、意味などどうでもいいんだ。それはこれから見い出すかもしれない、見つけるかもしれない。他人が決めるものじゃない。
「君を殺せる人間なんて、いると思ってた?」
「!」
笑って腕を組む真仁に戒は眉を寄せたが、すぐに視線を外す。
「解ったから、諦めたんじゃないの?」
「さあ、どうかな」
叶わなかった俺の望み。だが、別のモノを得た感覚だ。
「生きていて──」そんな、菜都美の声がした気がした。
聞こえるハズもない声に、俺は従おうとしている……。
「お前も、こんな仕事からは早く足を洗え」
戒は翼の頭にポンと手を乗せ、小さく笑った。
「戒……」
緩やかな瞳を翼に下ろし、次に真仁を険しく見やる。
「あんたも、そろそろお開きにした方がいいんじゃないか」
「そうだね。ボクもそう考えていたよ」
君がいなくなったら途端につまらなくなりそうだし……と真仁はニヤけた顔を見せた。
戒はそれに応えるように、口の端をつり上げる。
「止めなくて良かったのかい?」
去っていく後ろ姿を見送ったあと、翼に問いかけた。
翼はしばらく無言で目を伏せ、意を決したように顔を上げて真仁に向き直る。
「真仁、僕も頼みがある」
「何かな?」
その瞳の意味を知っているかのように、真仁は優しく聞き返した。