*生き残る者
いくつかのディスプレイを見ていた直貴が、1つの画面に気がつく。
「おい、あそこ」
「ん?」
そこにはハンターが映っていた。
別の組織の男らしいが、戒の画像と照らし合わせると──
真仁は、戒の後ろ姿が映ったディスプレイを見ながら通信ボタンに手を伸ばす。
「あ」
しかし、声をかける前に戒がピタリと立ち止まった。
それを確認し、ゆっくりと手を引いた。
「見えてないんだろ? あれ」
「うん。そのはず」
直貴がそれに口笛を鳴らす。
本来、ハンターたちはクローンを相手にしているため卓越した戦闘技術は必要ない。
戒のように、識別コードを表示するヘッドセットを装着する組織にいるハンターたちには尚更だ。
しかし、彼はその戦闘における洗練された感覚を衰えさせる事はなく真仁をさらに喜ばせた。
立ち止まった戒は、微かに目を左右に動かす。
「右と、左に1人ずつか」
近いのは──
「右か」
リボルバーを取り出し右に駆けた。
驚いたのはそこにいた男だ、待ち伏せしている自分に向かって躊躇いもなく相手が近寄ってくる。
少し小太りの男は慌てて後ずさりし、角に身を隠した。
戒は通路に銃口を向けたが、そこに男はいない。
だが、その向こうにいる事は気配から解っている。リボルバーを下げて少しずつ近づく。
「……くそ!」
小太りの男は意を決し、持っているハンドガンを構えて飛び出した。
ギロリと睨みを利かせるが、瞳の奥に微かな不安を宿している事を戒は見抜いていた。
す数秒の沈黙のあと──戒の背後で別の男がハンドガンを構えた。
左に隠れていた男だろう。共に40代ほどだろうか、2人の目元が似ているところを見ると兄弟か。
イレギュラーの話は聞いているらしく、「それならば兄弟で立ち向かってやろう」という結論に出たようだ。
「ありゃりゃ、形勢不利だな」
直貴があごに手を当ててつぶやく。
しかし、真仁の表情は変わらなかった。
揺るぎない勝利の確信──真仁の表情からそれが窺える。
直貴は正直、そこまであの男を信頼している真仁が信じられなかった。
金持ちの道楽──持っている金を持てあましていた処に、牧場のスポンサーという話が転がり込んできた。
直貴はそれに興味を持ち、紹介された組織が真仁の組織だった。
自分より年下の青年をどう扱っていいものか当初は悩んでいたが、付き合ってみるとそんな事を考えていた己が馬鹿馬鹿しく感じた。
『頭脳明晰』
真仁を表すには、その言葉が最も相応しい。
飄々(ひょうひょう)とした態度の裏側を知ると、敵に回したくない相手である事は明確だった。
そんな事を考えながら、直貴は再び戒が映っているディスプレイに視線を向けた。
戒は、前後にいる2人を交互に一瞥する。
持っているリボルバーのトリガー部分に指をひっかけて、降参の意思を示した。
それをポンと軽く真上に投げると、2人の視線が一瞬、戒から離れる。
その瞬間に右太ももに装着しているレッグホルスターからリボルバーを引き抜き、前の男に弾丸を放つと同時に左手で右腰に装備していたナイフを素早く抜き、後ろの男に投げつけた。
「ぐおっ!?」
「がはっ!?」
痛みと苦しみの声を上げ、2人の男は倒れ込んだ。
「すげぇ」
直貴は、ディスプレイを見つめて感嘆の声を上げた。
複数で組むメリットは、単独のハンターと出くわしたとき有利だという点だ。
数に勝るものはない。しかし、今回はその余裕が死を招いたとも言える。
「ね? 勝ったろ」
当然のように発する真仁に眉をひそめた。
ただ闇雲に戒の勝ちを確信していた訳ではなく、戒の洗練された戦闘技術を理解したうえでこの青年は語っていたのだと、ようやく直貴も理解した。
戒は無言で動かなくなった男の胸からナイフを引き抜き、まだ呻いているもう1人の男を見つめた。
銃弾が当たった場所は致命傷だろう、流れる血を一瞥しそこから立ち去った。
しばらく歩いて腕時計をちらりと見ると、あと30分は残っていたが、視界に見えるドアに向かって足を進める。
「随分とタンパクなんだねぇ」
少し拍子抜けしたように直貴はつぶやいた。
「がっつかない処がいいんだよ」
そこまで戒にご執心とはね……真仁の言葉に半ば呆れる。
本気でアッチの趣味に走りかねないんじゃないかと身震いした。
「ボクを変態にするなって」
目を向けず応えられ、誤魔化すようにポリポリと頭をかいた。
「さすがだね」
青年は、戻ってきた戒に両手を広げ笑顔で迎えた。
直貴はすでに帰ったあとらしく、戒は一度も直貴と会った事はない。
戒は、無言でヘッドセットを外してデスクに乗せる。
「ああ、そうそう」
立ち去ろうとした戒に、真仁が思い出したように発した。
「君が見た双竜ね、どうやら弟は風俗店のクローンにご執心だったみたい」
「! それで何故ああなる」
「その店はね、彼らが契約してる組織の直営店だったんだって」
雪と呼ばれていたクローンの女を、空は愛してしまった。
消えゆくように美しく、儚いイメージを持つクローンを──
「そのクローン、処分される予定なんだ」
「!」
目を見開いた。
「我が儘を言ったからだってさ」
「どんな」
「空以外の人間には抱かれたくない。だ、そうだよ」
モニタールームをあとにした戒は、苦い表情を浮かべうつろに足を進めていた。
「だから、その貯まったポイントで雪ってクローンを自由にして欲しいと兄に頼んでいたのさ」
ビルの通路を歩く戒の頭に、真仁の言葉がこだまする。
『心』を持てば罪になる──玩具としてなら、それは当然なのかもしれない。
クローンはコピーではない。
そんな事が出来るほど人の遺伝子は単純ではなく、育った環境や性格によっても容姿は変化する。
「違いはなんだ?」
俺には解らない……戒は2~3度、頭を振って足早にマンションに向かった。
途中、ホームレスたちが暖を取るため炎のくべられたドラム缶に、持っていた赤子の遺体を投げ入れた。
「?」
ホームレスたちは何を入れられたのか解らずに首をかしげるが、戒は構わずに過ぎ去る。
「死ぬべき者が死ぬ訳じゃない」
神などいやしない。否、神に自由にされる事が許せない。だから、「神などいない」と言いたいのだ。
その心の奥底では、神に願っているというのに──