百鬼夜行で秋祭りに参加した【クジラプールの付喪神続編】
「あーぁ、もう夏が終わっちゃったなぁ」
クジラプールの僕は、キレイに畳まれて倉庫の奥の棚に片づけられていた。
暗い倉庫の中では時間が分かりにくいけれど、リーン、リーンと鳴く虫の声と、扉の隙間から覗く暗い庭が、今が夜だと伝えてくる。
眠ろうとしながら、にぎやかだった夏を思い出す。子どもたちの笑い声と、青い空の中で宝石のようにきらめく水しぶき。色鮮やかな思い出は、しんと静かな倉庫の中では寂しさを一層引き立たせてしまった。
「寂しい」
ポツリと呟くと、ますます寂しくなってきて涙が込み上げた。
あぁ、いけない。僕は泣くと全面がジワリと湿るんだ。そのまま放置されるとカビてしまうから、ここは我慢、我慢。
(早く眠ろう。また夏がくるまで眠っていれば、寂しくない)
そう思うけど、泣きそうになるのをこらえるのが大変で、ちっとも眠れない。
ガタ、ガラ……ガラ……
砂をかんで開きにくくなっている倉庫の扉がゆっくり開き、暗い倉庫に月明かりが差し込んだ。
そちらに意識を向けると、扉をつかんで押し開けている手が見えた。
(だっ、誰!? ドロボウ!?)
月明かりに照らされた手の爪は赤黒く長く、パパさんの手より二回りも大きい。扉をつかんでいる位置はかなり高く、天井の近くだ。あれでは開けにくいだろう。
息をひそめてジッとしていると、天井につかえそうなほど大きな影が、身をかがめて入ってきた。
「邪魔するぜー」
かすれたような低い、重い声だ。
金属製の倉庫は、影が一歩進むたびに床板がしなり、ギシ、ギシ、ベコンと低い音が響く。
(ひぇ、どうしよう!? 近づいてきた……!)
ミシ、ベコン、ギシ、ギシ——ピタリ。
「よぉ、プールの付喪神」
「えっ!? 僕!?」
ビクゥッと身を震わせると、フッと笑う気配がする。
「きっちり畳まれてんなぁ。眠りにつくところだったか?」
僕の前まで来た影が、首を傾げたように見えた。同時に、カンッ、と何か硬いものが天井にあたる音がした。
「あん? ……せまいな。ちょっと外で話そうぜ」
畳まれた僕を手に取ると、腕に引っ掛けて、大きな影の誰かはミシ、ギシ、と足音を立てて外に出た。手に取る時には、長い爪で引っかかないように、丁寧に持ち上げてくれた。腕に掛ける時も、そっと優しく掛けてくれた。乱暴なひとではないみたい。
月明かりの下で、改めて僕を出してくれた誰かを見上げる。
倉庫の屋根と同じほどの長身。月明かりを背負って立っているから、顔に影が出来て良く見えないけれど。こちらを見下ろす切れ長の目には楽しそうな色が浮かび、口元がニヤリと笑っているのは分かる。
艶の無い白髪は腰に届くほど長く、額からは象牙のような二本の白いツノが生えていた。枯れ木色の着物に、黒地に金の刺繍の入った羽織を肩にひっかけている。
切れ長の目は、紅く光っているように見えた。
「か、格好いい……!」
「ははっ、そりゃどうも」
言いながら、庭に置いたままの古いビールケースにドカリと腰を下ろした。
「俺の列に勧誘していた甚兵衛の若いのが、ここで世話になり始めたって聞いてな」
「列? なんの列?」
「祭りの列だ。知らねぇか? 明日、この町のメイン通りで大きな祭りがあるんだよ」
「次の夏まで眠っているのもつまらないだろう? 坊も遊びに行こうぜ」
◇
「人っぽい形は取れるか?」
「そんな事できるの?」
「やってみろ。力が足りなきゃ、貸してやる」
「わかった! んん〜……っ」
ボフン。
「見て! できたよ!」
そこにいたのは、青い波模様のひざ丈の浴衣を着た、小学生くらいの子ども。
ただし、頭があるはずの場所には小さなクジラプールが乗っている。ちゃんと水まで入っている。
そして、足だけ妙に人間らしい。青と白のシマシマ柄のビニールサンダルを履いている。
「ククッ、いいなそれ! でも、さすがに注目されすぎるかもな。耳と髪が生えてりゃ、顔はのっぺらぼうでもいいぜ。ほら、この面を付けな!」
ポン、と投げてよこしたのは狐のお面だ。
ボフン。
今度は、頭も人の形にする。髪の毛はアゴの長さにして耳っぽいものを隠して、もらったお面をつけてみる。よし。これなら完璧!
「足だけ異様に完成度が高ぇな」
「足は得意! 毎日入ってくれたから!」
「なるほどなぁ。髪の毛は青いんだな」
「変?」
「夜の祭に映えるな。綺麗だ」
◇
「百鬼夜行って知ってるか?」
「聞いたことある! 夜道を歩くんでしょう?」
そう問いかけると、鬼さんはフッと笑って言う。
「夜の闇の中を歩く? どこの街にいっても、俺たちが満足できるような距離の暗闇なんてねーよ」
「そうなの?」
「今じゃ、どこの街も明るすぎる。街灯、コンビニ、自動販売機。夜中だって真っ昼間みてぇだ」
「そっかぁ。じゃあ百鬼夜行できないの?」
「それがよ」
居場所がないと言われているようで、なんだか悲しくなってきた。
そんな僕を見て、鬼さんが今度はニヤリと笑った。
「良い時代になったじゃねぇか! 手と足が生えてれば、少ぅし違っていても仮装だとしか思われねぇ! 堂々と歩くぞ」
◇
ドン! ドドン!
ピーヒョー、リーリロリー♪
太鼓と笛のリズムが、両脇の背の高いビルに反響してあちこちから響いてくる。
沿道には何百人という人間が、車道を封鎖して演じられるパレードを見ようと、押し合うように並んでいた。
「気分が良い! 人間が窮屈な思いをしている時に! 今日だけは! 悠々と道路のド真ん中を歩いている!」
イマドキ、夜中に暗い道路の真ん中を歩いていると大型トラックに潰されるからな——。
白髪の鬼の小さなボヤキに、お化け提灯が切れ目をカパカパと開けてゲラゲラ笑う。
『第〇集団の〇〇が、審査員席の前を通過いたしました——。次にスタートするのは第〇集団、仮装集団「百鬼夜行」の皆さんです——』
特設スピーカーからアナウンスが流れる。
「よっしゃ、楽しく行進しようぜ!」
鬼が斜め掛けタイプのスピーカーをオンにする。和太鼓と笛のリズムが軽快に響き、音に合わせてスピーカーのライトがピンク、緑、オレンジと色を変えながらクルクルと模様を描く。あれも付喪神? それとも機械?
誰かが歩くと、カラン コロン と下駄の音が響く。いや、下駄そのものが歩いているのかもしれない。
影のある者も無いものもいる。
でも、四方から照らされるライトで影も光も入り乱れているこの路上では。影の無いものがいる事に、観客の誰一人も気づかない。
キョロキョロ見渡していると、桃色の薄い布がふわりと視界を覆った。続けて、けだるげな女性の声が聞こえる。
「あら、白鬼のアニさん。この坊やはどこで誑かしてきたの?」
「人聞きが悪ィや、弁天様! 祭りが終わったら家に返すさ!」
「ちょっと借りていってもいいかしら?」
「ダメだ」
「うふふ、即答なのね」
見上げると、胸の谷間が見えそうなほど襟を広げた和装の美女が、僕のお面を撫でようと手を伸ばしてくるところだった。僕の視界が、肌色と鮮やかな赤い布、金糸の蓮の刺繍で埋め尽くされる。
わ、なんかすごく高そうなお香の匂いがする。
「こいつは俺の連れだ。勝手に触んねぇで下さいや」
頭がくらりと揺れたタイミングで、鬼さんの声が聞こえた。大きな手を僕の肩にそっと添えて、そのまま軽く引き寄せながら。
「大人の色香にやられんなよ? あの姐さんはおっかねぇぞ」
腰をかがめて耳元でコソッとささやくと、弁天様とは反対側に押し出してくれた。そっち側には、僕と同じようにお面をつけた何かの付喪神が集まっていた。
ホッとする~! ありがとう鬼の大将さん!
「あらあら、ずいぶん過保護にしているのねぇ」
「ははっ、勘弁してくださいって!」
うん、美人なお姉さんは鬼さんに任せようっと。
にぎやかで楽しいなぁ。せっかくだし、誰かに話しかけてみようかな。
すぐ近くで、青緑色をした大きな河童が両手を上にあげて、へんてこな踊りをしている。
よし、この河童さんにしよう!
「楽しい夜だね!」
「お。新入り〜?」
太鼓のリズムに合わせて、右に左にゆらゆら両手を揺らしながら答えてくれる。
「あ、分かった。プールの付喪神だろ〜?」
「うん!」
「新しい付喪神だ~珍しいな~。聞いてくれよ。オレっち、川辺に座っていると人間の子どもが目の前で『河童って本当にいるの?』って親と会話を始めるんだぜ。よくできた置き物に見えるみたいでさ~」
「河童さんも大変なんだね」
「ま~な~。けど、こうして祭りに出ればオレっちも、まだここに居るって自分で思い出せるだろ~?」
そう言って河童さんが笑った。
「ほら~、プールの君も踊って踊って〜!」
「ええっ!? 分かんないよ」
「好きなように身体を動かせばいいよ~。楽しいよ~」
百鬼夜行には、肩を組んで愉快そうに歩くもの。太鼓の強弱に合わせてふわふわと浮いたり沈んだりする布。いつの間にか列から抜けて、また戻ってくる影。自由気ままに、楽しそうにしている。
せっかくだし、僕も! 人型になった今なら——あれができる!
勢いをつけて体を横向きに倒したら、手と足を交互に地面につけて一回転。子どもたちが夏の庭で練習していた、側転という技をやってみた。うわぁ、道路ってザラザラしていて変な感触。でも楽しい!
「あはは、見てみて。浴衣で側転しながら進んでる子がいるよ」
「ねぇっ、その隣の鬼の人カッコいい! 背も高ーい。190センチくらいあるんじゃん!?」
「あのツノどうやって付けてるんだろう」
「着崩した胸元サイコー! きゃあっ、流し目も色っぽい!!」
沿道からは、キャアキャアと歓声があがった。すごい、誰も本物の鬼だって気付いていない。
機嫌良さそうにフッと笑って、鬼の大将は僕の方を振り向いた。
「よぉ。いつか、忘れられて孤独になるかもしれねぇ。そん時は俺が、この列に入れてやる。気ままに楽しく歩こうぜ」
「本当に?」
「あぁ」
「ずっと?」
「いいや、飽きるまでだ」
「えっ」
鬼さんに飽きられたら——
「うん? 違う違う。俺の列は、出入り自由だ。別のところに遊びに行くも良し、戻ってくるも良し」
「去る者 追わずだもんな、大将〜!」
急に空から降ってきた番傘が、鬼さんの肩に柄を引っ掛けてぐるんぐるんと回る。回るたびに鬼さんの顔にコツンコツンと柄が当たっている。
「痛ぇっ。何拗ねてんだよ、唐傘」
「……楽しくなかった。もう人間のところ行かない」
「知っている人が、もう誰もいなくなっちまったかい?」
そう聞いても、番傘のお化けはもう黙ってしまって、何も答えなかった。肩にかけた派手に光っているスピーカーと、肩に担いだ大きな赤い番傘。変な組み合わせなのに、鬼さんには妙に似合って見えた。
黙ってしまった番傘の柄を、宥めるようにポン、ポン、と叩きながら鬼さんは笑った。
「まぁ、いろんな事があらぁな。だから、人から完全に忘れられるその時まで、人の世で人とのつながりを楽しめ」
◇
『仮装集団「百鬼夜行」の皆さんがゴールしました——』
「楽しかったか?」
「すっごく楽しかったよ! 連れてきてくれて、どうもありがとう!」
「礼なんか要らねぇよ」
鬼さんは少しだけ牙をのぞかせて笑って、ポン、と僕の頭を軽く叩いた。
「楽しかったなら、それでいい。帰んぞ」
「あのあのっ!」
「すいません、写真いいですかぁっ!?」
ゴールした途端に、沿道から人間が押し寄せてきた。
すごいなぁ、鬼さん大人気だ。あ、弁天様も囲まれてる。これ、どうやって帰るんだろう……。
「お。フィナーレが近いな。見てろ、花火が上がるぜ」
鬼さんが見る方向につられて、ケータイを構えていた人間たちも夜空を見る。
ヒュウ〜…… ドォーンッ! パラパラパラ……
ヒュウ〜…… ドンッ! ドォーンッ!
『今年の〇〇秋祭り大行列は、これにて終了です——審査結果の発表まで、もうしばらくお待ち下さい——』
「わー、花火キレイだったねぇ! ……あれ? オニのお兄さんは?」
「え? 露出美人のお姉さんもいない……」
花火を見終えて振り返ると、百鬼夜行の集団はもう、どこにもいなかった。
◇
『じゃあな。また遊ぼうぜ』
そう言って、鬼の大将さんは僕を倉庫まで送り届けると、カラコロと下駄を鳴らしながら帰っていった。
夜遊びしちゃった。まだドキドキが止まらない。
最後の打ち上げ花火もすごかったなぁ。思い出すとワクワクする。
その日の深夜に、甚兵衛さんが遊びに来てくれた。
なんだかちょっと……汗と、タバコと、汗の臭いが。
「こらこら。祭りに着ていってもらった証拠じゃ、勲章じゃ! フルーティなお酒の匂いもするじゃろ!」
今夜の甚兵衛さんは、いつもよりテンションが高いようだ。
「秋祭り、楽しかったじゃろ? 鬼の若大将さんに頼んでみたんじゃ」
「そうだったの? 楽しかったよ! ありがとう!」
甚兵衛さんからは、僕のことを優しく見守るような気配がした。なんだろう?
「倉庫の中でな。来てくれるのをジッと待ち続けるのも良い。眠っていればええ。じゃが、ふいに起きて、誰も起こしてくれないまま夏が終わっていることに気づいてしまった時——ものすごく恨めしくなる」
甚兵衛さんの言葉には、しみじみとした実感がこもっていた。
「だから、たまには気晴らしに遊びにいっておいで。この家の優しい人たちと、いつまでも優しい気持ちで寄り添えるように」
じゃあの、と言って甚兵衛さんは帰っていった。
あぁ、楽しかった。でもちょっと疲れたからゆっくり眠ろう。次はいつ起きようかな。冬にもお祭りあるのかな。
そう思いながら、僕は安心して眠りについた。




