かしゃかしゃ様
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
は~、終電に間に合って、ひとまずは安心てところだね、つぶらやくん。
その気になれば帰る手段は調達しやすい現代といえど、いざ確保できたときの安堵感はでかい。慣れ親しんだ場所へ帰れるというのが、心にも安心をもたらすためじゃないかと思う。
行く道、帰る道。家から近く慣れ親しんだ所だ。気が緩みがちになるのも、無理ないだろう。でも広い視野で見たら、いくら個が慣れていようが関係なく、そこはただの道で領域だ。
なにを仕掛けられるか分かったものじゃない。頭の片隅にでも注意する心を持ち続けることは大切なことかもね。
ちょっと前におじさんから聞いたことなんだけど、耳に入れてみないかい?
おじさんが当時、住んでいた場所の最寄り駅での話だ。
その駅は街中にひょいと混じる、ごくごく小さい駅だったという。ロータリー、バス停、噴水、花壇などといった、大規模スペースが確保できるものとは比べ物にならない。
本数も少なめなローカル線というのもあるのだろうが、その改札は一見すると、マンションのエントランスを思わせるデザインなのだとか。
白色を基調にし、丸いアーチを掲げて、改札はわずかに2つ。駅名が書かれていなければ、うっかり前を通り過ぎてしまってもおかしくない。先にも話したような、街中に埋もれてしまいそうな、ひっそり閑としたたたずまい……とはおじさんの談だ。
おじさんは通い慣れたその駅を個人的に気に入っていたのだけど、祖母からひとつ注意されたことがあった。
「もし、駅から出る時に天気が曇っていたら、石でもコインでもなんでもいい。屋根より先へ放ってごらん。ちゃんと音が出るかどうかを確かめるためにね。音が返ってくるならばよし、でももし返ってこなかったら……」
おじさんがその注意ごとを実践する羽目になったのは、高校2年生の部活帰りだったそうな。
翌日が休みかつ、大会終わりだったこともあって、この日はおおいに帰りが遅くなってしまう。今回の僕たちのように終電を気にするところまではいかないが、それなりに夜も更けていた。
早いところ帰りたいな、と思いつつもおじさんは例の駅で降りた。自分ひとりだけで。
そもそもホームも長くはなく、一度に降りられる人も少ないから、こうもさびしいことは珍しくはない。
けれども、改札をくぐるやおじさんは、ひゅっと吹き付けてきた風に一瞬身をこわばらせた。季節外れの冷たいものだったからだ。
足を止めたついでに、屋根より先の空をうかがっていた。夜の暗さはあるものの、電車に乗るまでは晴れ渡っていたはずの空が、今は一分のすき間もないほど灰色の雲に覆われていたのだとか。
――まさか、ね。
おじさんは、祖母にいわれた通りに何か投げるものはないかと探り、自分の履いているスニーカーの裏。溝の中にはまっていた小石のひとつをほじり出すと、駅の屋根の外へ軽く放り投げたらしいんだ。
駅の明かりが照らせる範囲に、投げたつもりだった。どのような軌跡をたどるか、見極めるために。
けれども、屋根から出てすぐのコンクリートに向けて投げた音が立てたのは「ぽちゃん」という水音。水たまりの気配などまったくないというのに。
そして石そのものもまた、音と一緒にコンクリートへ触れる前に消えてしまった。
『……もしそういうことがあるならね。しばらく、そこを出ないほうがいい。『かしゃかしゃ様』が来るからね』
ほどなく、おじさんの耳をにわかに打つ音がありました。
カメラのシャッター音。それが無数に連なって、鼓膜を揺らしてくるのです。
撮影する人の姿などは近辺にありません。しかし、その音の密度たるやわずかな静寂も作るまいとするような異常なもの。
おじさんはとっさに耳を塞ぎました。というのも、無理やりにでもこの音を防ぎにかからないといけないと祖母にいわれていたからです。
もしいま、駅の外に出てしまう。あるいはこの音が耳に入らないように努めないでいると、これから先はこの音のみが耳へ入るようになってしまうのだ……と。
耳をおさえて、10分くらいが経ったころ。
雲たちにわずかな切れ目が生じ、夜空がのぞいてくる。おじさんがそうっと手を離してみると、すでに先ほどのシャッター音は聞こえなくなっていたのだとか。
あくまで、おじさんはシャッター音が最も近いと感じただけで、正体は分からない。
けれども、小石の姿の消し方といい、あの時の駅の外はシャッター音の主の領域が広がっていたのだろうと、おじさんは話していたよ。




