ファースト☆デート
あっ・・・
こんな所にあったんだこの写真・・・
あの日の二人の時間が、詰まった懐かしい写真をみつけた。
17歳の夏、親と大喧嘩をして家を飛び出した。
突然母が亡くなって、
離婚以来10年ぶりに父と暮らし始めた。
父は、再婚していたのだからお互いが、かみ合わなくても無理は無い。
あたしは、この日二度とこの家に戻ることはないとはき捨てるように言った。
もちろん本心からで、一人で暮らしていこうと決心していた。
それが心細くもあり、自由でもあった。
決意はいいけど、これからどうしたらいいもんやら。
本当のところ戸惑っていた。
とりあず、友達のところに転がり込み相談した。
「まずは、住むとこ探して・・・仕事も見つけないとだよね。」
こういう時、行き当たりばったりのあたしと違って親友の優花は、頼りになる。
優花とは、中学の時からの親友で、いつも一緒にいた。
「そうだよね。でも、お金もそんなにないし、部屋なんか借りられないよ。」
泣きそうな顔のあたしをよそに優花は、就職情報誌に見入っている。
「ねぇ・・・これだよこれ!」
そう言って開いたページをあたしに見せた。
「美容室REI??」
美容院の求人広告だった。
「麻海この下のほうみてごらんよ。ここに寮完備ってあるじゃん。」
そう言うことか。
さすがだ優花。
寮なんて考えても見なかった。
部屋を借りるには、お金がかかるけど寮なら大丈夫か。
次の日早速美容室REIに電話をして、面接に出かけた。
電車に乗って一人で知らない街に行くのは、嫌いじゃないけど
面接って言うことで、気分が重かった。
初めて降りたその駅は、こじんまりしていてあたしには、いい感じだった。
あたしの好きな海も近くにあるって言うのも気に入った。
緊張しつつお店を探し歩いて、20~30分位たった頃、住宅街にぽつんと
小さなカントリー調のお店を見つけて、ホッとしつつ緊張した変な感じがした。
「すいません。」
ドアを開けて声をかけると、客さんはいないものの
「いらっしゃいませ。」
と言う声とともに、バックルームからぞろぞろと人が出てきてびっくりした。
驚きつつも、
「あの・・・面接に来ました、木下麻海と申しますが・・・。」
そう言うと、店長さんらしい男の人に、
「あ~面接ね。じゃ、こっちにどーぞ。」
そう言って、バックルームに案内された。
「ちょっと待ってて。先生呼んでくるから。」
「はい」
答えたはいいけど、スタッフさん達が、この狭いバックルームに何人もひしめき合っている状態に、
あたしは、緊張感がマックスになっていた。
はたして、ここでお仕事をするようになったとして、この人たちとうまくやって行けるんだろうか?
しかも、この小さいお店でこんなにスタッフは必要なのか?
色々なことが頭の中を回っていく。
どれくらいの時間が過ぎたのかも解らない緊張感の中、
40代半ば位のおばさんが、
「面接に来た子ね。じゃ・・・ここじゃ狭いからこっち来て。」
と呼びに来た。
この人が、さっきの人が言ってた先生かなぁ・・・
そんなことを考えながら後についていく。
お店の裏側が、先生の自宅になっていて、自宅のリビングに通された。
「えーと。じゃ、履歴書もらおうかしら。」
昨日の夜、優花のところで、求人雑誌の一番後ろについていた履歴書を
せっせと書いたのを持ってきていたので、慌ててカバンの中から取り出した。
履歴書をみながらそのおばさんは、
「あたしが、一応経営者です。北川と言います。」
やっぱり先生なのね。とあたしは、話を聞いている。
「きのした あさみさんね。うちのお店で仕事するとしたら、どこのお店希望かしら?」
そう聞かれて、口ごもってしまった。
「ここのお店と、今回新しく2店舗開店することになって、それで求人広告出したのよ。」
気がつかなかった。
ちゃんと広告読めばよかったと、冷や汗をかいているところへ、
「あら、あなた寮希望なのね。じゃ・・・どのお店でも大丈夫ね。」
ホッとしながら
「はい、どこのお店でも大丈夫です。」
そう言ってぎこちなく笑った。
30分位話をしてから、
「わかりました。じゃ・・・寮に引越しは、いつ頃にする?今日が月曜日だから、今週中に引越ししてもらって、来週から仕事に入ってもらおうかしら。どう?」
そう言われた。
あたしは、話が飲み込めずポカンとした。
普通の面接って言うのは、話だけして後日連絡が来て合格ですとか、不合格ですとか、そういうことを
伝えられるものだと思っていたので、
驚いてしまったのだ。
すぐに、我にかえって
「あっ・・・よろしくお願いします。」
と、頭を下げた。
その日は、そのまま優花の家に帰って引越しの相談をしつつ、ささやかな就職祝いをした。
仕事をしてしまえば、優花にもあまり会えなくなる。
電話ばっかりかけてもいけないよなぁ。
そんな不安でいっぱいだったのに、優花に心配かけたくなくて、正直な自分の気持ちは心の中にしまっておくことにした。
何度か引越しの打ち合わせで、先生に電話をして結局金曜日に引越しをすることになった。
本当に、一人で暮らしていくんだなぁと感じる。
寂しさと、どんなことが待っているのかと言う楽しみと入り混じった気持ちで、引越しまでの何日かを過ごした。
優花の家で楽しい一週間が過ぎていこうとした頃に、引越しの日がやってきた。
引越しと言っても、荷物はあらかじめ宅急便で少しづつ送ってしまっていたので、
当日は、電車で寮に行くだけだった。
優花が駅まで送ってくれた。
優花には、まだまだ沢山言いたいことがあったけど、口にだしたら泣きだしそうだったから、
笑顔でまたすぐ転がり込むかもよと、冗談をいいながら別れた。
電車に乗り、ドアが閉まり、お互い見えなくなるまで手を振った。
見えなくなってから、電車の中なのに・・・知らない人が沢山のっているのに・・・
涙が止まらなかった。
降りる駅が近くなって、また不安が襲ってきた。
先生の話だと女子寮は、あたしともう一人年上の女の人との二人で住むことになるらしい。
その人とうまくやっていけるだろうか??
ドキドキしながら先生の自宅に到着した。
インターホンで、軽く挨拶をすると、先生が出てきて、
「来たわね。荷物は届いてるから、早速寮の方に案内するわ。」
そう言ってこっちこっちと言うように手招きされたので、先生についていった。
先生から、寮であたしと一緒に暮らす人が昨日先に引っ越してきたと聞きながら、歩くこと5分くらい
「ここよ! 女の子二人だから2階のほうが安心かと思って2階にしたの。」
そう言って先生がアパートの2階に上がっていく。
どんな人がいるんだろうと思いながら先生の後について行く。
インターホンのボタンを押し先生が声をかける
ドアを開けたのは、あたしより背が小さくて、目のくりくりした可愛い人だった。
「荷物は、かたずいてる?もう一人の寮生連れてきたのよ。仲良くしてね。」
そう言ってあたしを前に押し出した。
彼女は、可愛い笑顔で
「よろしくね!」
そう言った。
先生は、仕事があるからとあたしを寮に届けるとさっさと帰ってしまった。
玄関先に大きなカバン一つ持って突っ立っているあたしに、彼女が
「荷物届いてるよ。暑かったでしょ、なんか飲む?上がってって言うのも変だよね、今日からあなたの家にもなるのに。」
そう言って人懐こく笑った。
あたしは、彼女の笑顔で一気に緊張感がほぐれた。
玄関からようやく部屋に入り大きなカバンを下ろして、彼女が持ってきてくれたペットボトルのジュースを受け取ると
「いただきます。」
と言って飲みだした。
「荷物に名前が書いてあったんだけど・・・あさみちゃんでいいのかな?」
「はい。木下麻海です、これからよろしくお願いします。」
そう言って頭を下げた。
「あたしは、河野真友よろしくね。21歳だからあたしのほうが年上かぁ。いつから仕事って言われた?」
「一応この週末まで引越しで、来週から仕事って言われました。」
「同じだ。良かった同じお店になると良いよね。」
そう笑顔でいわれた。
この笑顔を見たら、一緒に住む人がこの人で良かったと、心の底から思った。
八畳一間に、広めのキッチン。
この部屋での生活も楽しくなりそうだと思えてきた。
TVや冷蔵庫それに洗濯機なんかは、彼女が持ってきたらしい。
あたしの荷物と言えば、衣装ケースに入った洋服達くらいなもんなので、あっさりかたずけは終わった。
真友ちゃんが、二人の出会いにってことで夕飯をファミレスで食べようと提案したので、
引越しの疲れもあるしその意見にのり、二人で出かけた。
駅前まで行くのに結構歩くけど、今日逢ったばかりとは思えないくらい仲良くなっていたので
楽しいお散歩になった。
正直あたしは、親元を離れることが初めてだったので、生活の事を良く知っている真友ちゃんが、とても大人に思えた。
食事をしながらも、
「これから二人で暮らしていくから、生活費のこととかも話し合わなきゃね!明日麻海ちゃんなんか用事ある?なかったら、生活用品のこまごましたもの買いにいこうよ。」
「用事ないですよ。あたしは、お布団とか買いに行こうと思ってたので一緒に行けたら嬉しいです。」
「えっ・・・麻海ちゃん今日寝る布団どうするの?」
そういえばあたしは、今日布団がなかったのだ。
困った顔していると真友ちゃんが、笑い出して
「夏でよかったよね。今日はあたしの布団を横に敷いて二人で寝よっか。足元に布団はないかもしれないけど。」
そういった。
ファミレスからの帰り道、コンビニでジュースとアイスを買い二人で家に帰った。
二人で順番にお風呂に入った後、アイスを食べつつ明日の買い物の相談をした。
「食器ないよね。後は・・・やっぱり自炊しないと食べてけないと思うからさぁ、フライパンとかお鍋とかも必要じゃない?」
「いる思う。お金かかるんですね暮らすって・・・」
あたしの貯金10万円の通帳は持ってきたけど・・・あっという間になくなりそうだ。
そろそろ寝ようと布団に横になっては見たものの、二人共寝付けずに話しこんでいた。
面接に来たときの話・・・
スタッフの人がどんな感じだとか・・・
ここにくる前は、どんなことをしていたのか・・・
窓の外が明るくなった頃やっとどちらからともなく眠りについた。
翌日二人とも起きたのは、お昼過ぎだった。
朝ごはんの用意が何もなかったので、買い物に行った先で何か食べようと、準備だけして買い物に行った。昨日話し合った自炊用品とあたしのお布団を買い、食器を見出したとき
「ねぇねぇ麻海!これ可愛いよ。」
いつのまにかお互い呼び捨てで呼び合うようになってたことに嬉しくなってた。
真友のほうを見ると、
両手に、可愛い水玉模様のグラスを持って見せてくれている。
「このグラス可愛いからおそろいで買おうよ!麻海は、どっちがいい?」
青と黄色だった。
「あたしは、青がいいなぁ。」
「じゃ、麻海のが青ね!あたし黄色にする。」
まるで、新婚さんのようだと思うと、あたしもついつい笑顔になってしまう。
食器類は、人が遊びに来ても大丈夫なようにと真友が言うので、2~3枚多めに買って、
食料品の買い物もして、あたしのお布団が配達される時間が迫ってきたので、急いで帰った。
二人で、食器のかたずけをして、一息ついた頃お布団が届いた。
「麻海よかったじゃん。これでちゃんと足まで布団に入れるよ。」
と真友が笑った。
引越し終了かな・・・
仕事頑張ろう。
真友が怒鳴ってる。
「ん・・・何?」
「麻海~。何じゃないって、遅刻するよ!今日から仕事でしょ!」
あっ・・・
今日から仕事が始まる。時計の針は、8時40分を指している。
「あ~~~~。初日から遅刻まずいよね。」
一気に眠気が覚めた。
二人とも寝坊したのだ。
慌てて支度を済ませ、二人で家を飛び出した。
9時2分前に滑り込みセーフでお店に到着。
真友と二人息を弾ませ顔を見合わせてお店に入っていった。
「おはようございます。」
あわせたように、かぶる声にすでに集まっていたスタッフが笑った。
あたし達が、最後だったようで先生が
「じゃ・・・これで全員揃ったので、朝のミーティング始めます。」
そう言った。
「まず、今日から入ってくれた人がいるので、自己紹介からしましょう。店長からお願いします。」
先生の隣にいた30代であろう感じの男の人が、一歩前に出て話し出した。
「おはようございます。ここが本店になるわけですが、2号店の店長になります綾瀬です。よろしくお願いします。」
次に、その隣のちょっと怖そうな女の人が、一歩前に出て
「おはようございます。あたしは、3号店のほうの店長になります浅川です。みなさん仲良くやっていきましょう!」
次々に、自己紹介がまわっている中、3号店の店長は怖そうだから2号店に配属になりますようにと
心の中で祈っていた。
自己紹介もとどこうりなくおわり、先生からお話があった。
「えっと、来週いよいよ2号店、3号店の開店になります。この1週間が準備期間なので、それぞれ自分のやるべきことを、頭に入れて置いてください。それと、配属ですがあたしと、各店長と話し合った結果
2号店綾瀬店長のほうには、山田さん、大木さん、白井さん、河野さん、木下さんでお願いします。3号店浅川店長のほうには・・・」
2号店に配属・・・真友も一緒。
先生が、続けて話しているのも耳に入らず小さく真友とガッツポーズをして喜んでいた。
2号店と3号店が開店するまでの間は、みんなこの本店に出勤して、各自トレーニングをするということだった。
先輩達は、ウィッグ相手にカットやワインディングの練習をしていた。
あたしと真友は、綾瀬店長に言われて、シャンプーの練習にはげんだ。
あたしが、真友の髪をシャンプーしたら、今度は真友があたしの髪をシャンプーして・・・
シャワーの使い方がなかなかうまくいかずに、何度真友の顔にお湯をかけたことだろう。
真友もあたしの首のあたりにお湯をながしこんでしまったりして、
仕事帰りは、二人ともどこかが濡れていた。、
初日が終わり、真友とあたしはくたくたになっていた。
あれだけ張り切って揃えた自炊の為のフライパンやお鍋が待っていると言うのに、あたしはこの状態で夕飯を作る気力がなかった。
「真友、疲れてない?自炊明日からにしようよ。」
「確かに疲れたよね。今日は、コンビニ寄ろっか。」
「賛成。」
コンビニで、おにぎりやらサンドウィッチやら買いこんで家に帰った。
「我が家は良いよね麻海!やっと帰ってこれた。」
「お腹すいたよ、真友早くごはんにしよ。」
小さいテーブルに、今買って来たおにぎりやらサンドウィッチを出して食べだした。
「でもさぁ・・・麻海と一緒のお店でよかったよ。知らない人ばっかりだしさぁ、男の人多いしさぁ、話ずらいじゃん。」
「あたしも真友がいてくれて良かった。」
「何かさぁ、山田さんて怖そうじゃない。話ずらいんだよね。お昼ごはんの買出し行くのに何にするのか聞きに行くの声かけずらくて・・」
山田さん・・・
ちょっとドキッとした。
面接に来た帰りに、ちょっとだけ見かけた人でその時、先生の娘さんと遊んでた時の笑顔が優しそうで、いいなぁと思った人だったから。
あたしが、口ごもっていると
「あれれ、まさか麻海・・・山田さんとかタイプだったりするの?」
「いや、そんなことないよ、まだ今日挨拶したばっかでそんなことあるわけないじゃん。」
「そうかなぁ・・・怪しい・・・山田さんは、男子寮らしいよ白井さんと二人らしいけど、来月もう一人男子寮に、男の子はいるって先生が言ってた。」
「そうなんだ。ってか・・・真友って何でも知ってるね。」
そう言って笑ってごまかした。
あたし達のシャンプーもどうにか店長から合格点を貰い、
いよいよ開店前日となった日の朝店長が、
「いよいよ明日は2号店、3号店の開店となります。再度自分が、するべきことのチェックを忘れずに確認して、当日スムーズにうごけるようにしてください。そして、今日の仕事終了後に、みんなの歓迎会をしようと思っています。仕事終了後そのまま残ってください。以上。」
と言ったので、真友と顔を見合わせた。
ミーティングが終わって、二人でこそこそ話しだした。
「ねぇ麻海、歓迎会だって。どうなのこの怖い人たちと食事って、絶対一緒にいてよ!」
「あたしも一人嫌だからね。真友一緒にいてよ絶対。」
二人の不安をよそに、こういうときに限って時間がたつのが早い。
あっという間に、仕事は終わったものの、どこに連れて行かれることやらとおどおどしていた。
開店前日と言うことで、先生は忙しく不参加ということで、
残りのスタッフ全員とマスターと呼ばれている先生の旦那さんが参加して、
おすし屋さんに連れて行ってもらった。
もちろんあたしと真友は、ぴったりとくっついて隣同士の席に座った。
マスターが、
「明日からみんなに頑張ってもらうわけだから、好きなだけ食え。」
と言ったのが、号令のようにみんな
「いただきます。」
と言いながら、食べ始めた。
真友とあたしも、緊張はしてても、お腹がすいているので食べ始めた。
1時間が過ぎた頃、みんなお酒が効いてきたのか、仕事中には見せないような笑顔やら、冗談が飛び出し真友もあたしも顔を見合わせて笑った。
真友もビールを飲んで陽気になってきた、
「麻海も飲んじゃえ!ビールくらいなら大丈夫だって。」
「じゃ・・・ちょっとだけ。」
一口飲んだら苦い。
「無理こんな苦いのいらない。やっぱあたしはジュースにする。」
一番年下のあたしは、これで決定的におこちゃま扱いされるはめになった。
しばらくしてから、またマスターが
「この後、店変えて飲みたいとこだけどな、明日みんな早いからこれでお開きにするぞ!」
というと、みんな
「ごちそうさまでした。」
と言って立ち上がった。
店長が、
「山田と白井は寮だから、河野とおこちゃま連れて帰ってやれ一応女だからな!」
そう言って笑った。
「まったく、店長あたしは子供じゃないですからね!!」
と文句を言いつつも、
「おやすみなさい。」
とみんなそれぞれに帰っていった。
「麻海むきにならなくても・・・」
「だっておこちゃまとかみんながいうからぁ。」
あたしは、ふくれて言った。
「可愛いんだってば、からかってるだけじゃん。」
「嫌です。からかわれたくないですからぁ。」
「しょうがないだろお前まだ、おこちゃまなんだから本当に。」
笑いながら白井さんに言われ、
「白井のば~~か。おこちゃまじゃないもん。仕事してるから大人です。」
「お前なぁ、先輩に向かって白井のバカってなんだそりゃ。」
「だって、白井さんがあたしを怒らせるからいけないんです。」
二人の間に真友が割り込む
「二人ともおこちゃまだよこれじゃ・・・もうお終いにしなさい。」
真友に怒られて、あたしも白井さんもしぶしぶ終わりにした。
山田さんもそれを笑いながら見ている。
なんとなく恥ずかしい。
4人で、歩いて帰っているのが、不思議だった。
ついさっきまで、怖い人たちに思えてた人たちが、こんなに身近な人になっているのだから。
「そういえば、男子寮ってどこにあるの?」
真友が聞いた。
「お前達の寮の反対側だな。」
「そうなんだ。何部屋あるの?」
「来月もう一人入るらしくて、3人だからってことで二部屋。」
「えっ・・・3人だから二部屋って分けるの難しくない?」
みんなで笑った。
「今度見に行こうよ麻海。」
「行く。面白そう。でも・・・もしかして汚いの部屋の中?」
「そりゃ男二人できれいな訳ないだろ!なぁ山田。」
「俺はそんなに散らかさないけど、白井さんが凄いんだよ。」
「おいおい、先輩たてろよ。」
結局山田さんと白井さんが寮まで送ってくれた。
お礼までということで、寮で4人でジュースで乾杯をした。
明日の開店が早いから、寝坊しないようにとみんなで話し、山田さんと白井さんは、帰って行った。
布団に入ると真友が、
「やっぱ山田さんタイプでしょ麻海。」
またその話を持ち出した。
「何でよ、そんなのわかんないです。」
「嘘だぁ。だって白井さんとか、他の人には突っかかっていくのに、山田さんには全然しないし。」
以外にするどい真友。
少し焦ったけど、
「それは、山田さんが変なこと言わないからでしょ。」
と言うと、
「そうかぁ、じゃぁ山田さんも麻海の事がタイプだったりして。両思いじゃん麻海。」
「そんなんじゃないですから、もう変なこと言うな真友!」
真友にからかわれて、顔が赤くなってる感じがして、布団をかぶった。
さすがに、開店当日は寝坊しなくてすんだ。
前日に配られた、お店のロゴ入りのTシャツ姿で、お店にみんな集まって、ミーティングが始まった。
昨日、真友が変なこと言うから妙に山田さんを意識してしまう。
顔が赤くなってたらどうしよう。
そんなことを考えている余裕は、ここまでだった。
開店当日、お店はお客さんでごったがえしていた。
お昼ごはんを食べる時間すらなく、あたしと真友は、店長と白井さんと山田さん大木さんのお手伝いと、シャンプーそれに受付と走り回っていた。
開店前までの、優雅な準備期間に戻りたい。
そんな感じの初日は、真友とあたし二人で、80人位の人のシャンプーをした。
もちろんくたくたで、帰りにはコンビニおにぎりを買いに行っていた。
いつになったら、お鍋とフライパンの出番がくるやら。
山田さんを意識してる場合じゃない感じの忙しさが2週間も続いた。
開店から3週間目にやっとお店が落ち着いてきた。
相変わらず忙しくはあるけど、お昼にはみんな順番に休憩時間もとれるようになった。
2号店と3号店は、年中無休の営業なのでお休みは、みんな交代で週に1回ずつとった。
同じお店勤務の真友と、休みが別々なのが不満なくらいで仕事も楽しくなっていた。
その代わり、あたしがお休みのときは、夕飯を作って真友を待っていて、真友がお休みのときは、真友が夕飯を作ってくれていた。
仕事が終わった後に、本店に集まっての勉強会もするようになり、あたしと真友はワインディングの練習に入った。
もちろん男子寮の山田さんと白井さんも一緒に、勉強会をした。
ほとんど毎日顔を合わせているので、よく言えばアットホームな感じ、悪く言えばいいたい放題なくだけた感じになって、みんなさんずけがなくなり、店長はそのまま店長、白井さんはスタッフの中で店長の次に年が上なので白兄、山田さんは恭弥という名前なので恭ちゃん、大木さんはだいちゃん、真友は、そのまま真友、あたしはと言えば、店長にチビ麻と言うニックネームを付けられ、仕事以外ではこう呼び合っていた。
ある勉強会の時に真友とワインディングの練習をしながら、話をしているたら
「そういえば、明日麻海お休みでしょ。」
「そうだけど、何か頼みごと?」
「違う違う。明日は夕飯があるんだなぁと思ってさ。」
そう言って真友が笑った。
「作りますとも真友様。」
おどけて言うと、
「チビ麻に、食べ物作れるのかよ!」
白兄が、口をはさんできた。
「作れるよ!白兄には、絶対食べさせたくないけど。」
「また始まった。白兄、麻海の作るご飯美味しいよ!」
「本当かよ、腹壊すんじゃね。」
「ばか白!」
叫んで思いっきり足をふんでやった。
「いて~だろチビ!」
「ばか白が、悪いんですよ。」
「麻海じゃさ明日、白兄と恭ちゃんの分も夕飯作ってあげればいいじゃん。たまには、みんなで夕飯も悪くないし、麻海がお料理上手ってとこ、白兄に見せ付けてやれば。」
真友に言われ、あんまり乗り気じゃないけど承諾した。
いざみんなの夕飯作るって約束したら、何を作ったらいいのか解らなくなってしまった。
「何作るかまだ決めてないんだけど、真友何食べたい?」
「あたしは、麻海が作ってくれるものならなんでもいいよ。恭ちゃんと白兄に聞いてみたら。」
真友に言われたものの、白兄に聞く気にもなれず、恭ちゃんのとこに行った。
カットの練習をしてる恭ちゃんの隣の椅子に座り、
「明日の夕飯あたしが作ることになったんだけどさぁ、恭ちゃん何が食べたい?」
「作れんのかチビ麻。」
「恭ちゃんまでそんな事いう。白兄に散々なこといわれてさぁ、また喧嘩して真友に止められた。」
恭ちゃんも笑いながら、
「いつものことだからなぁ。俺は何でも食うからなんでもいいぞ。お前が作れるもんでいいんじゃね。」
「作れるものねぇ・・・大概のものは作れるよ。じゃさ、和食、洋食、中華とかでどれがいい?」
「みんなでわいわい食うなら、中華がいんじゃね。」
「了解!さすが、恭ちゃんだ。明日は中華作って待ってるね!」
恭ちゃんの一言で、白兄との喧嘩も吹っ飛んでしまう。
やっぱり恭ちゃんていいなぁと思いながら、はっとした。
まさか、恋なの?
恭ちゃんはいつも優しくて、面白くて大好きだけど、これが恋なのかと聞かれてもまだ良くわからない。
真友に言えばきっとまたちゃかされるに決まってるしなぁ。
次の日あたしは休みなので、真友が仕事に行くのを見送ってから、料理の本とにらめっこしていた。
「う~ん、中華料理ね・・・」
結局あたしが選んだメニューは、麻婆豆腐と酢豚とバンバンジーだった。
作り方と材料をチェックして、お買い物用にメモを書く。
一人静かにお昼ご飯を食べて、かたずけてからお買い物に行く。
メモを確かめながらお買い物終了。
まだ、みんなが帰ってくるには早いけど、じっとしていられずに下ごしらえを始めた。
結局のところ、味付けようの調味料をみんな買っていると高くつくので、麻婆豆腐の素と酢豚の素、バンバンジーソースは、買ってしまった。
7時くらいにはみんな帰ってくるはずなので、ちょうどその頃に出来上がって温かいお料理がだせるといいなぁと思って、時計とにらめっこしながら作り始めた。
もうすぐ7時になるという頃やっとご飯が作り終わった。
後はみんなの帰りを待つだけだ。
何となく落ち着かなくてうろうろしてしまう。
いつも真友を待つときは、TVを見ながらのんびりしているのに、恭ちゃんが来るからだろうか?
いや・・・そんなことない・・・いや・・・そうかも・・・
ドキドキしながら待っているところに、インターホンの音がした。
走っていって玄関を開けたいところだけど、待ってたのよって言う感じがするのは、気恥ずかしいと思って、なるべくいつものように、玄関を開け
「お帰りなさい。」
と言う。
真友が
「もうくたくただよ麻海。」
と言ってはいってきた。
その後ろから白兄が、
「腹減った。食えるもんつくってあるんだろうな、チビ麻!」
悪態をつきながら上がりこむ。
「おう!俺も腹減った。ん・・・チビ麻いい匂いじゃん。」
恭ちゃんも上がってきた。
あっという間ににぎやかになった。
大皿にできたての料理を盛り付けてテーブルにならべる。
男二人は、TVに夢中になりながら、食事の準備が整うのを待っている。
真友も手伝ってくれたので、すぐ用意が出来た。
「チビ麻なかなか旨そうにできてるじゃん。後は、腹壊さないことを祈っていただきます。」
「ちょっと、白兄そんなこと言うなら食べさせないからね!」
「もうすでに、食べてるし。」
憎たらしいことばっかり言う白兄もパクパク食べてくれてるのを見てると、ちょっと嬉しい。
恭ちゃんも、
「チビ麻うまいよ!いい嫁さんになれるぞお前。」
そう言ってパクパク食べてくれた。
嫁って・・・顔が赤くなるのが自分でも解った。
別に恭ちゃんのお嫁さんにって言われたわけじゃないのに、照れてる自分がまた恥ずかしくて急いで食べた。
あっという間に楽しい夕飯が終わり、真友とあたしは、食器のかたずけをした。
白兄と恭ちゃんが帰ってから真友にまた言われた。
「麻海、やっぱり恭ちゃんがお気に入りなんだ。」
「またなの。もういいじゃんそんな事、真友悪趣味だよ人のことばっかり。」
「だって、気になるじゃん。いい嫁さんになるって言われた時の麻海の顔真っ赤だったし。」
「うそ~!赤かった?白兄と恭ちゃんもそう思ったかな?」
「ほらほら。あの二人は、ご飯食べるのに夢中で、気がついてないと思うけど。」
「なら良かった。」
「白状しちゃいなさい麻海。恭ちゃんが好きなんでしょ?」
「真友には、参ったなぁ。正直良くわかんないんだ。でも、恭ちゃんといると落ち着くんだよね。」
「それこそ、恋の始まりかも。」
「そうなの?仕事してても何となく恭ちゃんのこと見てたりしてるんだけど・・・」
そこまで言うと、顔が真っ赤になっていることに気がついて、下を向いた。
「あらら、それは間違いなく恋だわ!まぁ、恭ちゃんは優しいしいいんじゃない。」
「本当にそう思う真友。」
「何でよ、優しいと思うよ。」
「だって、恭ちゃんもあたしより年上だしあたしなんか、みんなと同じくおこちゃまだと思ってるんじゃないかとおもってさぁ。」
「何言ってるの麻海らしくもない、年齢なんか関係ないって!好きなら好きでいいじゃん。」
「そっか、そうだよね。多分あたし恭ちゃんが好きなんだと思う。」
「それでこそ麻海だよ!頑張れ麻海。応援してるから。」
真友に話したせいか、心の中のもやもやがすっと晴れた気がした。
ただ、仕事中も勉強会でも、恭ちゃんのことを今まで以上に意識してしまって、ぎこちなくなってしまう自分が、嫌だった。
そんなある日の勉強会の時に、真友が田舎から妹さんが来てると言う事で、勉強会を休んだ。
白兄まで、用事があるのでと言って勉強会を休んでしまった。
恭ちゃんと二人の勉強会なんて、どうしよう。
いつものように、恭ちゃんはウイッグ相手にカットの練習のはげんでいる。
真剣な横顔もかっこいいなぁとぼんやり思いながら、あたしは上の空でワインディングの練習をした。
あっという間に2時間が過ぎ、
「チビ麻、そろそろ帰るか。今日は、真友がいないから送ってやるよ。」
「うん。ありがとう。」
短い会話の後、かたずけを始める。
お店の電気を消して、恭ちゃんと並んで帰る。
いつも一緒にいるのに、二人きりでっていうのは、初めてで緊張してしまう。
「チビ麻~。今度の夕飯どっちだ。」
「あ~、明後日真友がお休みだから、真友だよ。」
「そっか。じゃ・・・次回のお前の当番日にまた酢豚作ってくれ!あれ食べたい。」
「いいよ。恭ちゃん酢豚好きなのか。」
「うまかったからだよ。」
そう言って笑った。
恭ちゃんが、あたしの作った料理を褒めてもらえたことが凄く嬉しかった。
背の高い恭ちゃんの後ろを、ちょこちょこついて歩くのがうれしくて、永遠に家にたどり着かなきゃいいのになと思ってしまった。
お店からのたった5分のお散歩が終わろうとしたとき、恭ちゃんに送ってくれてありがとうと言い、アパートの階段を登りかけて、ふと振り返ってしまった。
恭ちゃんが、かえって行く後姿を見てつい・・・
「恭ちゃん!」
恭ちゃんを呼び止めて、走って追いかけていた。
恭ちゃんは、びっくりした顔で
「どうした?何か忘れもんしたのか?」
そう言った。
「そうじゃないけど・・・あたしさぁ、恭ちゃんの事好きみたいなんだ。」
自分でもびっくりした。
そんな事言うつもりなかったはずなのに、口が勝手にそう言った。
恭ちゃんも驚いた顔をした。
その後で、
「俺も、お前の事好きだよ。」
そう言ってくれた。
でも、こんな時なんていったらいいのか、気の効いた言葉の一つも思い浮かばなくて、
どうしたらいいのか解らなくなっていたとき、
後ろから一台のタクシーが来てあたし達のすぐ傍で止まった。
「遅くなっちゃった。只今!」
真友だった。
「おっお帰り真友。勉強会の後、真友がいないからって恭ちゃんが送ってくれたの。」
「真友も帰ってきたし、じゃ・・・俺帰るな。」
そう言って恭ちゃんは、帰って行った。
部屋に入ると真友が、好奇心むき出しで質問しだした。
「麻海・・・どういうこと?白兄いなかったじゃない。二人きりだったわけ」
「なんか、白兄は、急用が出来たとかで、勉強会休んだんだよね。」
「じゃ・・・やっぱり二人だったんだ。どうだったのよ麻海。」
「どうって・・・。」
「あら、口ごもるなんて麻美なんかあったでしょ、教えてくれたっていいじゃん。」
「あのね・・・さっき真友が帰ってくる直前に、あたし恭ちゃんに好きだって言っちゃった。」
「え~~~。本当に。そりゃびっくりだわ!それで、恭ちゃんは何ていってたの?」
「それが、あたしの聞き間違いじゃなければ、俺もお前が好きだって言ってた。」
「麻海~~。良かったじゃん。おめでとう!なんかあたしまで嬉しくなってきちゃった。」
「何か、実感がなくて・・・夢の中の出来事のようで。」
実感がわいてきたのは、次の日だった。
仕事に行くと、恭ちゃんが
「おはよう!」
と声をかけてきた。
あたしも、挨拶を返す。
「今日お前仕事終わってから用事あるか?」
って言われて
「ないけど、どうして?」
聞き返す。
「今日大ちゃんと大ちゃんの彼女と夕飯行くことになってるけど、お前もくる?」
「行く。」
即答だった。
恭ちゃんに誘ってもらえるなんて、本当に夢のようだった。
真友に早速報告をして、仕事が終わってから恭ちゃんの運転する車で出かけた。
恭ちゃんが運転する車に乗るのは、初めてで助手席に座れる優越感みたいな物が、あたしの顔をほころばせた。
「どこに夕飯食べに行くの?」
「大ちゃん達と落ち合ってから決める予定。多分ファミレスだろ。」
「それもそうだね。」
そんなたわいもない会話が、ついこないだまでとは違って感じる。
仕事以外でも、恭ちゃんと一緒にいる時間が増えて嬉しかったのもつかの間。
大ちゃんに言われたことが心にささっていた。
「お前さぁ知ってるか?恭弥は、田舎に彼女いるんだぞ!悪いこといわないからやめとけ!」
信じられなかった。
それを聞いてもなおあたしは、恭ちゃんが好きだったから。
まして、恭ちゃんに彼女がいるのにあたしといるなんてって詰め寄ったりして、あっさり
「じゃ、別れよう。」
って言われるのも怖かった。
真友には、大ちゃんに言われたことを聞いてもらった。
「麻海はどうするつもり?」
「わかんない。でも、恭ちゃんと別れたくない。」
「あたしは、麻海が傷つくような付き合いは、嫌だよ。」
「でも、今あたしは恭ちゃんが傍にいて欲しいよ。」
「覚悟はしとかないとだよ麻海。辛かったらいつでも話は聞くよ。」
そう言って真友が抱きしめてくれた。
仕事にも身が入らない日々が続いた。
ある日店長に、お客さんの襟足をそるから、かみそりの用意をたのまれた。
上の空で準備をしていたせいで、自分の腕を切ってしまった。
すごい量の血が溢れてどうしたらいいのかわからなくなって立ち尽くしていたところを、真友が見つけて、タオルで傷口を押さえた。
店長に怒られたのに、怒鳴り声さえはるか遠くに聞こえる。
すぐに、恭ちゃんの車で病院に運ばれた。
病院までの車の中で、恭ちゃんにも怒られた。
「何やってんだよお前は。仕事中にぼ~っとすんなよ!」
何も言わずに黙っているあたしに恭ちゃんもそれ以上何も言わなかった。
幸いなことに、傷は深くなかったので大事にはいたらなかった。
ただ、出血がひどかったので2週間は、水仕事厳禁と言われてしまった。
結果あたしは、2週間の間受付業務のみしかさせてもらえなかった。
勉強会に行ってもなにもやらせてもらえないイライラと、恭ちゃんが何を考えているのかわからないイライラで押しつぶされそうだった。
そんな時に、男子寮にもう一人の新人君が、入ってきた。
店長に連れられてきた彼は、あたしより一つ年下の谷川遼君だと紹介された。
彼は、3号店の方に勤務することになっているということで、勉強会のときぐらいしか顔を合わせることがなかった。
初めて彼が勉強会に来た日あたしは、怪我でイライラしていた。
そんな中、店長に
「チビ麻。お前こいつのシャンプーの練習に付き合ってやってくれ。」
そう頼まれて。
しぶしぶシャンプー台に座った。
もちろん初めてするシャンプーだった彼は、シャワーの扱いに苦労して、あたしの服をびしょびしょにしてくれた。
彼が悪いわけじゃない。
あたしだって、真友だって最初はそうだったんだもん。
なのに、あたしは彼にイライラをぶつけてしまった。
「もう、びしょびしょじゃん。もうシャンプーの練習なんか付き合わないからね。」
そう言ってお店から飛び出した。
本店の階段で、ひざを抱えて泣いていたあたしの隣に、店長がちょこんと座る。
怒られるとばかり思ってたのに、
「チビ麻・・・焦るな。今は休むときだと思え。仕方ないだろ怪我してるんだから。イライラするのもわかるし、仕事以外のことでも心配事があるみたいだけど、上手くいかないことなんか世の中いっぱいあるんだから。お前はすぐ自分の中に溜め込む癖があるだろ!泣きたい時に泣け!我慢なんかすることないぞ。なっ!」
そう言って抱き寄せて頭を撫でてくれた。
それで、張り詰めていた気持ちが爆発したあたしは、大声で泣いた。
お店の中にまで聞こえるぐらい大きな声で沢山泣いた。
しばらく泣いて涙が収まってきたとき、店長が言った
「みんなが、心配するから戻るか。」
うなずいてお店に入る。
店長とお店にもどると、
「今日の勉強会は、これくらいで終わりにしよう。かたずけろ。」
店長がそう言った。
そして、遼君がもじもじしながらあたしの傍に来て
「あのう、服濡らしてすいませんでした。今度は濡らさないように頑張るので、また教えてください。」
そう言って頭を下げた。
あなたのせいじゃない、わかっているし本当は、気にしないで今度また練習しようねって言いたかったのに、言葉が出てこない。
あたしは、無言のままみんなより先に家にかえってしまった。
最低だ。
自己嫌悪に陥った。
しばらくして、真友が帰ってきた。
「麻海・・・イライラしてるのは、わかるけど遼君は、入ったばっかりでしょ。遼君に当たるのは、間違ってるよ!」
「解ってる。あたしが悪いって事。」
「だったら、遼君に謝りなよ!」
「わかってる。」
「麻海決めたんでしょ!恭ちゃんが好きだから今は、恭ちゃんの傍にいたいんだって。自分で決めたならうじうじしない!」
「そうだよね・・・でも恭ちゃんの顔見てるとわかんないけど、イライラしちゃったりするんだよね。」
「当たり前じゃんそんなの。なのに、麻海はそれでも恭ちゃんの傍にいる道選んだんでしょ!なら、人に八つ当たりとかしちゃいけないんだよ。」
「わかった。ごめん真友。」
次の練習会の日、あたしは早めに本店にいた。
遼君に謝ろうと思ったからだ。
遼君が入ってきて、
「お疲れ様っす!」
あたしに挨拶をした。
「遼君こないだの勉強会のとき、ごめん。今日のシャンプーの練習あたしが付き合うから。」
驚いた顔をしていた彼は、
「あつ・・・えっと・・・お願いします。」
戸惑いながらもそう言った。
何度もあたしの服を濡らしては、ドライヤーで一生懸命乾かしてくれた遼君が
かわいく思えてきてすっかり仲良くなっていた。
恭ちゃんにも、彼女のことが聞き出せないまま付き合いは続いていた。
あたしの休みのときに、男子寮の掃除をしにいくこともするようになって、遼君とも顔を合わせることが増えていった。
白兄に彼女ができたらしく、最近の夕飯は、
恭ちゃんが、遼君を連れてきていた。
あたしの休みの日に、恭ちゃんの好きな酢豚を作って待っていると、遼君が3号店から一足先にかえってきた。
「おかえり!」
そう言って家に迎え入れる。
「麻海さんは料理うまいですよね。恭さんがいつも言ってます。あいつの料理はうまいって。」
「そう?そう言ってもらえると嬉しかったりするけど。」
そう言って笑った。
「実は俺最近お金もないし、自炊しようかと思ってるんですよ。」
「偉いじゃん遼君。」
「でも、料理ってしたことなくて、何をそろえたらいいかわかんないんですよね。麻海さん今度料理に使うものとか、調味料とか買うの付き合ってもらえないですか?」
「いいよ、あたしも料理とか好きだし、お役に立つかわかんないけど。」
「じゃ・・・今度の麻海さんの休みに合わせて俺休み取ります。恭さんにもちゃんと断っときますから。」
そんなことを話してるところに、真友と恭ちゃんが帰ってきた。
いつものように、ご飯を食べてかたずけをしようとしたら、遼君が
「俺も手伝います。」
そう言ってくれたので、恭ちゃんも動いた。
珍しく真友とあたしがTVを見ながら男二人のかたずけをちらちら見ては、笑っていた。
「恭ちゃん今度のお休みに、遼君が自炊用品買いに行くっていうから、あたしがついてくことになった。」
「自炊するのかよ、あの寮で!」
恭ちゃんは驚きながら笑った。
「そうですよ、俺毎日外食するほど裕福じゃないですから。」
「遼お前、料理できるのかよ!」
「多分練習すればできると思うんですよね。」
「麻海、食べれそうなもんの作り方遼に教えとけよ!」
「了解!じゃ・・・目玉焼きあたりからかな。」
「麻海いくらなんでも、目玉焼きは作れるでしょ!」
そう言って真友が笑った。
「あ~それから、俺一番年下なんで、遼でいいですよ君とか付けられると照れるんで。」
頭をかきながら、遼君が言う、
「じゃ、今から遼君じゃなくて、遼って呼ぶよ!」
「これもまた照れるもんですね。」
みんなで話し込んだ後
恭ちゃんと遼は、ごちそうさまを言い残して帰って行った。
次の休みの日に、遼がお買い物行きましょうって誘いに来た。
約束してたので、駅前のスーパーに二人で行って色々なものを買った。
まるで、真友と買い物に来たときのように楽しかった。
フライパンにお鍋お皿にコップそして、塩に醤油にお砂糖などなど二人で抱えるほどの荷物を持って、男子寮へ帰ってきた。
買って来た食器をそのままかたずけようとする遼に、
「ダメダメ!一度みんな洗わなきゃ。店頭でいろんな人が触ってるし、ほこりかぶってるかもしれないんだから!」
そう言ってダメだしをしながら、遼から食器類を取り上げる。
「そういわれれば、そうですね。麻海さんは何でも良く知ってるな。」
遼が、感心しているのが嬉しい。
いつもは、みんながあたしのことを、子供扱いするのに、遼にとってはあたしが大人に見えてくれるようで、ついつい笑顔になる。
一通りかたずけが終わって、二人でジュースを飲んでいた時に遼が
「麻海さん、今日は俺がカレーでも作りますよ。買い物付き合ってくれたし、疲れてるのに夕飯作らせる訳にいかないから。」
そう言ってくれた。
「じゃぁ、お言葉に甘えてお願いしよっかな。夕飯までにまだ時間があるから、あたし一回家に帰って
お掃除と洗濯してくるね。みんな帰ってきたら一緒に来るよ。」
「美味しくできるかわかんないですけど、頑張ってみます。」
「了解!美味しいカレー期待してるね。」
そういってあたしは、一旦男子寮から帰った。
家に帰ってから、のんびりと洗濯機を回しながら部屋のかたずけをし始めた。
女の子二人の部屋は、すぐにかたずけ終わって洗濯機が回る音だけが響く中で、ふと思った。
遼は、お料理したことがないって言ってたけど、大丈夫なんだろうか?
でも・・・
カレーだしなぁ・・・
見に行ってあげたほうがいいのかな?
迷ってはみたものの、遼が頑張るって言ってたから、みんなと一緒に行くことに決めた。
干した洗濯物もいいお天気で、すぐ乾いてくれて取り込んでかたずけ終わって
TVを見ながら、真友と恭ちゃんの帰りを待っていた。
7時を少し過ぎた頃、
「只今、お腹減ったよ麻海。今日のご飯何。」
真友が部屋に入ってきた。
後ろから恭ちゃんも入ってくる。
「あれ、遼はいないんだ。」
恭ちゃんが言う。
「お帰りなさい!遼とお買い物行って男子寮に行ったんだけど、遼が夕飯にカレー作ってくれるって言うから、あたしだけ帰ってきて、部屋のかたずけしながら二人を待ってたの。」
「そう言うことね。遼でもカレーくらいなら作れるよね。」
真友が恭ちゃんを見ながら聞く。
「俺わかんないよ。とりあえず、見に行くか。腹も減ったし。」
不安な気持ちをそれぞれが持ちつつ、男子寮に向かった。
男子寮についた瞬間その不安は、現実となってしまった。
玄関先に、今日買ったばかりのお鍋が焦げ焦げの真っ黒な状態になって置いてあったからだ。
3人共顔を見合わせて驚いた。
とりあえず、部屋に入ってみた。
「遼、どうしたあの鍋。」
恭ちゃんが声をかける。
部屋の中まで焦げ臭い。
電気もつけずに暗い部屋の奥から、泣きそうな顔の遼がでてきて
「ごめん、カレー焦げちゃって食べれなくなった。」
と言った。
「まじかよ遼。仕事終わって腹ペコなのに、参った。」
恭ちゃんが、ため息をつく。
あたしと、真友は驚きのあまりに声も出ない。
「ごめん。今度は、ちゃんと頑張ってみるから。」
謝る遼が、かわいそうになってきた。
「遼じゃぁさ、今からカレーもう一回作る?あたしも手伝うから。一時間もあれば出来るでしょ。」
そう言うと、恭ちゃんが
「俺一時間待つの無理。今日は、ファミレスにでも行って来る。麻海と真友はどうする?」
真友も、
「ごめん、あたしも今日はファミレスにしとく。」
「あたしは、残って遼とカレー作るから、恭ちゃんと真友は、明日食べれば。」
そう言ったとき、
「鍋もないし、もう今からカレー作れないから、麻海さんもファミレス行っていいよ。」
遼が、ぼそっと言った。
遼が、一生懸命みんなのために頑張ってくれたのと、あたしがちゃんと作り方を教えてあげていればこんなことにはならなかったんじゃないのかと思う気持ちで、ファミレスに行く気にはなれなかった。
仕事をして疲れてお腹が減っている二人の気持ちもわかるので、
恭ちゃんと真友を、ファミレスに送り出し、遼と話しはじめた。
「遼ごめん。カレーなら大丈夫だよなって勝手に思ってて、あたしも一緒に作ればよかったのにね。」
「俺麻海さんが帰ってから、カレーの買い物行って、本屋でカレーの作り方立ち読みしたんだ。そしたら、その本にカレーは煮込めば煮込むほど美味しくなるって書いてあったから、帰ってからすぐ材料を切って、煮込み始めたんだ。みんなが帰ってくるまで時間があったから、煮込みながら先風呂に入って、出てきたら煙出てるし、慌てて火消した。」
「遼、まさか強火のまま煮込み続けた?」
「強火?最初から同じ火だったかも。」
「あー・・・それだわ!火加減を弱くしないと、焦げちゃう。それと、お鍋を火にかけたままお風呂なんて絶対だめ。火事になったら大変でしょ。」
「そうなのか。そこまで見てなかったかも。」
そう言うと、ぽろっと遼の目から涙が零れ落ちた。
まるで、弟みたいな遼がかわいく思えた。
「よし、原因もわかったし、明日二人にカレー食べさせる約束したから作ろうよ。あたしも手伝うから、お鍋は女子寮から持ってくるし、材料はまだあるみたいだから。」
「今から作っても遅くなるし・・・」
しぶっている遼の腕を引っ張り女子寮に、お鍋を取りに行った。
帰り道大きなお鍋を持ちながら遼が言った。
「麻海さんは、お姉さんみたいだ。俺兄貴と二人兄弟だから、麻海さんみたいな姉貴欲しかったな。」
「あたしみたいなお姉さん?遼あたしは怒ると怖いよ!」
そう言って笑った。
「でもね・・・いつも思うんだけどさ、ここのスタッフはみんな家族みたいでしょ。毎日顔つき合わせてるし当たり前なのかもしれないけど。遼は、やっぱり可愛い弟だよ。」
「そうでしょ!俺可愛い弟でしょ!」
やっといつもの遼の笑顔に戻ってホッとした。
「遼、あたし前から思ってたんだけどさぁ、年下とか年上とかここのお店の中であんまり気にならないでしょ!だから、さんつけなくてもいいよ。家族みたいなもんなのに、他人行儀だから。」
「えっ、でも恭さんの彼女呼び捨てって・・・」
「あのね、恭ちゃんはそんなちっちゃい男じゃないよ!大丈夫だって。」
「さりげないのろ気話ごちそうさまです。」
そう言ってふざけている間に、男子寮についた。
作り直したカレーを食べて、かたずけし始めた頃に、恭ちゃんが帰ってきた。
「ただいま。おお、カレーの匂いじゃん。出来たのか。」
「お帰り、出来たよ遼とあたしが作った美味しいカレーが。あれ、真友は?」
「夕飯食べたら疲れがどっと出たって言うから、送ってきた。お前もそろそろ帰るだろ?送るよ。」
「了解!ちょっと待ってて、これかたずけちゃうから。」
「おう!」
あたしが、お皿を洗って遼が拭いてかたずけたので、すぐかたずけ終わった。
「恭ちゃん終わったから帰る。送って。」
「じゃ、行くか。」
遼にお休みの挨拶をして部屋を出た。
恭ちゃんの車に乗り込みすぐついてしまうはずの女子寮に向かうはずだと思っていたのに、
恭ちゃんの車は、女子寮と反対方向に向かっていた。
「あれ、恭ちゃんどっか寄るとこあったの?女子寮こっちじゃないよ。」
そう言うあたしに恭ちゃんが、
「今日は、寄り道して帰ろうかと思って。麻海眠いのか?」
あたしは慌てて、
「眠くないよ。どこ行くのか楽しみだ。」
そう言って笑った。
20分くらい走った辺りで車は止まった。
真っ暗でここがどこなのか良くわからなかった。
「着いたぞ。前に大ちゃん達と来た岸壁。お前気に入ったって喜んでたし、また来ようって言ってたけどずっと来てなかったから。」
そう言って恭ちゃんが、照れ笑いをした。
こういう恭ちゃんの優しいところと、照れた笑顔があたしは大好きだった。
車から降りて潮風に吹かれながら岸壁に二人で座って、今日のことを話した。
「遼が悪いわけじゃないって解ってたけど、ファミレス行って悪かったと思ってた。真友も同じだ。帰ったら遼には、謝るつもりでいた。」
恭ちゃんが言う。
「うん。そうしてあげて。きっと遼もホッとすると思う・・・」
言いかけたとき、恭ちゃんの顔が近づいてきて続きの言葉をさえぎった。
恭ちゃんとした初めてのキス。
一瞬時間が止まって何が起きたのか解らなかった。
その後、お互い照れ隠しに笑ってごまかした。
「そろそろ帰るか。真友も遼も心配するからな。」
「うん。」
車の中で、またここに連れてきてねと約束をして女子寮に送ってもらった。
家に着いたら真友が、あたしのお布団まで敷いて待っていてくれた。
真友にも遼の話をして恭ちゃんが、真友の分も遼に謝ってくれると言ったら、安心したのか眠ってしまった。
あたしと言えば、ほんの少し前の出来事に今だドキドキしてなかなか眠れなかった。
いつの間にか、遼もすっかりみんなに打ち解けて、家族みたいに楽しく過ごしていくうちに、
恭ちゃんが、大ちゃん達と遊びに行く回数が増えてあたしはついていかなくなった。
大ちゃん達といると、いつもあたしはやきもちを焼くはめに会うからだ。
お客さんできた子が可愛かったとか、女の子の話ばっかり聞かされて、帰りの車の中で
あたしはいつも、ふてくされていた。
それが嫌なので、ついて行かなくなっていた。
男子寮の白兄も、彼女が出来てから、彼女のところでほとんど過ごすようになっていたので、
遼が男子寮で一人でいることが多くなってつまらないと、
仕事から、女子寮に帰ってきて、あたしと真友と過ごす時間が増えていった。
ある日友達から一枚のポスターが送られてきた。
あたしの大好きな「クレイジー・オウル」というバンドのポスターで、
真友の好みではなかったらしく、壁に張りたいと言うあたしの意見に猛反対していた。
そこに、タイミング良く遼が遊びに来て
「あれ、珍しいな真友と麻海が喧嘩?」
きょとんとしている。
「喧嘩って程の事じゃないけど、麻海が変なポスター貼るって言うから・・・」
「真友変じゃないでしょ!かっこいいんだってば。」
「あたしには、そのかっこ良さとやら全然わかんないもん。」
「遼は、かっこいいと思ってくれる?クレージー・オウル。」
そう言ってポスターを広げた。
「おおおお!かっこいい!俺クレージー大ファン。」
「遼、いい趣味してる。かっこよすぎだよね。このポスター真友は、貼らせてくれないのどう思う?」
「真友、これは貼ったほうが良いって。」
あたしと、遼の二人から攻められて、真友は、しぶしぶポスターを貼らせてくれた。
ポスターを見るまで、お互いに同じバンドの大ファンだと言うことを知らなかったあたし達が、
それ以来、すっかりバンドの話で盛り上がるようになってしまった。
遼が、田舎でバンドをしていたこと、ギターを弾いていたこと、またバンドをやりたいと言うこと
いつか、クレージーのライブに行こうと言うことなどなど。
顔を合わせればそんな話をしていた。
真友も知らぬ間にクレージーのファンになっていた。
仕事が終わってから、大体3人で夕飯を食べながらCDを聞いたり、いろんなバンドの話をするのが日課になってきた頃。
真友が、友達の結婚式に呼ばれて、連休を取って出かけてしまった。
寂しくないと言えば嘘になるけど、遼もいるし、あまりに寂しかったら我慢して恭ちゃん達と出かけてもいいなぁと思っていた。
仕事終わりに、恭ちゃんが声をかけてきた。
「麻海、今日真友いないんだろ?大ちゃん達と出かけるけどくるか?」
「ん・・・」
即答できなかった。
恭ちゃんと一緒にいられるのはいいけど、帰るときのことが頭にちらつく。
「やめとく。大ちゃん達といると、恭ちゃんに喧嘩売りたくなるから。」
そう言って笑った。
内心おだやかじゃないのに、笑顔を作るって疲れる。
「解った。じゃ気をつけて帰れよ。」
恭ちゃんの車に手を振ってから、家に帰った。
いつもは、真友がいるのにやっぱり寂しい。
ご飯をどうしようかなぁと思っていたところに、遼が来た。
「麻海、夕飯食った?」
「お帰り、まだ食べてないんだよね。どうしようかなと思ってたとこ。」
「真友いないんだろ?じゃ、今日俺のおごりでお好み焼き食べいこ。」
「嘘!遼のおごりなの?行く。」
即答だった。
3号店は、電車で一駅先にあって、駅まで歩くと時間がかかるので、遼は自転車を買っていた。
自転車の後ろに乗ってと言う遼に、
恥ずかしいのと、痩せてひょろっとしている遼が、重いと言うんじゃないかと思って、丁重に断った。
必然的に遼は、自転車を引きながら歩くことになった。
二人で、いつものようにバンドの話をしながら、お好み焼き屋さんまで歩いた。
遼が連れてきてくれたお店は、初めて行ったところだった。
新しく出来たばかりの白いお店は、かわいらしいペンションみたいで、お好み焼き屋さんと言われなければ、わからないなと思った。
お店に入って席に着くと、
「今日は、俺がおごるから好きなだけ頼んでいいよ。」
遼が言う。
「太っ腹だね遼!じゃぁ沢山食べようっと。」
二人でお好み焼きと焼きそばを頼んだ。
食べ物が、来るまでの間に遼がニヤついているので、
「何よ、気持ち悪いなぁ。遼がニヤついてるなんて。」
と言ったら、
「真友がいなくて、二人で外食って初めてでしょ!何かデートしてるみたいじゃん。とか思ったら笑うでしょ。」
思わず吹き出した。
「デートに見えるんだろうか、あたし達?」
「見えるでしょきっと。やっぱさ、デートって憧れるじゃん。」
「以外だわ、遼の口からそんな事聞くなんて。」
そう言って更に笑った。
「以外かな?俺も田舎にいた時彼女いたんだけどさぁ、これがデートって感じ全然しなかったから、一回デートって感じのデートしてみたいわけ。」
「そうなのか。」
「今度さ、バンドやってる奴等が行くような洋服とか見に行きたいんだけど、麻海付き合ってくんない?」
「いいよ。じゃ、お好み焼きのお礼にデートってことで。」
軽い気持ちで、約束した。
翌日には、真友も帰ってきて、夕べ遼に夕飯をご馳走してもらったことや、遼とお買い物デートに行く約束したことを話した。
「ずるいぞ。おごってもらうなんて。今度は、あたしも連れて行ってもらお。」
真友が笑いながら言う。
「でもさぁ、恭ちゃんに言ったのそのこと?」
「まだだけど、言うつもりだよ。だって、デートって名目だけど、お買い物に付き合うだけだから、恭ちゃんだって怒ったりしないよ。」
「まぁね。相手は遼だしね。恭ちゃんも行ってらっしゃいって感じだよね。」
仕事が終わってから、恭ちゃんに遼とお買い物デートに行ってくる事を話たら、
真友の言う通りの答えが返ってきて笑ってしまった。
次のあたしの休みに会わせて、遼も仕事の休みを取った。
デートの前日遼は、いつものように家であたし達と夕飯を食べて、バンドの話をして、明日9時に迎えに来ると言い残して帰って行った。
真友は、仕事なので8時過ぎには、起きて出かけてしまう。起きられるのかちょっと心配だと思いながら寝てしまった。
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン。」
遠くで音がする。
誰か来たのかな?誰なの休みの日に・・・
そこで、一気に眠気が覚めた。
慌てて枕もとの時計を見ると、9時過ぎてるじゃないですか。
布団から飛び起きて、玄関に行った。
寝起きの凄い姿なのでドアも開けられずに、ドア越しに話しかけた。
「遼、ごめん今起きた。これから支度しても結構時間かかっちゃう、どうしよう。」
ドアの外から
「寝坊か!でも、時間がないわけじゃないし、ここで待ってるから。」
遼が言う。
「わかった。じゃ急いで支度するね。」
そう言って、着替えをした。
いつもは、お店のロゴ入りTシャツにジーンズの姿で、私服は、お互い殆ど見ていなかった。
一応デートと言うことで、赤いギンガムチェックのミニスカートにニーハイのソックス黒いチビTそれに、髪を大き目のギンガムチェックのリボンで結び、黒い小さめのリュックを持って鏡の前でチェックをした。
「こんな感じでいいかな。」
とつぶやきながら、色つきのリップクリームを塗り、急いで玄関に行った。
ドアを開けて
「待たせてごめんね。」
そう言った。
遼は、驚いた顔をしてちょっと間があってから、笑った。
「いいよ、別に。」
「じゃ、行こうか。バスで駅まで行くんでしょ?」
「そのつもり。」
そう言って、バス停まで歩いた。
「びっくりしたよ。麻海のそんなかっこ初めて見たから。」
そう言って遼が笑う。
「えっ、変?一応デートらしくと思ってスカートとかはいてみたんだけど。」
「いや、変じゃないよ。何となく、可愛い。」
「それはそれは、ありがとうございます。弟に褒められたら姉は、嬉しいですよ。」
そうふざけてみた。
遼から、可愛いなんて言われると思わなかったから、ちょっとドキッとしたのを、気がつかれたくなかったから。
「今日は、寝坊して30分も待たせたから、遼の言うこと何でも聞いちゃうよ。」
「本当に!やった。じゃ、原宿行こ。」
「えっ・・・遠くない?」
「だって、今日は俺の言うことなんでも聞くんでしょ?」
「そうでした。じゃ、行こうか原宿。」
バスの中でも、電車の中でも遼は、良く笑った。
あたしもつられて良く笑った。
電車の中で、今日の予定を二人で考えた。
「原宿に着いたら、まずクレープ食べよ。麻海は、行ったことあるから、どこのクレープ屋が美味しいか知ってるんでしょ?」
「どこのって、駅のそばでいいじゃん。すぐ食べたいんでしょ?」
「まぁね。食べながら洋服屋案内してよ。」
「了解!」
「回れるだけ全部みたいな。」
「えっ・・・洋服屋さん沢山あるからね。大変だよ。」
「いいのみんな見たい。」
「はいはい。お付き合いさせていただきます。」
こんな具合の会話を楽しみつつ原宿に着いた。
気がつくと、お昼を少し過ぎていた。
お腹もすいていたので、あたしの言う通り、駅のそばにあるクレープ屋さんでクレープを買った。
久しぶりに食べたクレープが凄く美味しくて感動していると、
「麻海のチョコバナナおいしそう、一口頂戴。」
「えっ、ダメ。あげないよ、遼のストロベリーカスタードだっておいしそうじゃん。」
「じゃ、一口あげるから、交換してよ。」
「ん・・・わかった。ちょっとストロベリー食べたくなってきたから一口交換ね。」
すっかり遼のペースになっているのが、変な感じだった。
クレープでお腹を満たして、いざお買い物へと言うとき
「麻海、人多すぎじゃね。麻海ちっこくて見失う可能性あるからさ、手つなごうよ。」
そう言って遼が、手を差し出した。
正直びっくりした。恭ちゃんと手をつないで、出かけたことなんかなかった。
でも、今遼から手を差し出されて、それを拒否しない自分にもびっくりした。
「わかった。」
そう言ってあたしは、遼と手をつないだ。
人の波の中で、遼と手をつないで歩くなんて思いもしなかった。
何でだかわからないけど、恭ちゃんと遼を比べている自分がいて、
遼としているようなデートを、恭ちゃんにも求めているようで、でも恭ちゃんは、それを望んではいないような気がした。
ただ、今一緒にいる遼が楽しそうで、あたしもすごく楽しかった。
「麻海、ここの店見てもいい?」
「いいよ。」
遼は、あたしに聞いてくれる。
このお店後でまた来ようかとか、帰りにビックパフェ二人で食べようとか、遼の話の中には、あたしがいる。
恭ちゃんは、いつも恭ちゃんが決めたところにあたしが行くか聞く。
二人でって事を、遼が教えてくれたような気がした。
ぼんやりとそんな事を考えていたら遼が、
「麻海、これどう?」
そう言ってサングラスをしてあたしのほうを見た。
思わず笑ってしまった。
「遼には、こっちのが似会うよきっと。」
そう言って違うサングラスを渡した。
「麻海が似会うって言うから、これ買う。」
「嘘!でもこれ高いよ。」
「いいの今日は、俺買い物しにきたんだから。」
「お金持ちの太っ腹だね遼。」
遼に何軒かのお店で洋服を選んでそろそろ帰ろうかと言う時だった。
「麻海、これさ麻海に似会うと思うんだけど付けてみて。」
「かわいいね。」
小さなクロスのペンダントだった。
遼から手渡されて付けてみた。
「似会うよそれ。今日一日つき合わせたから俺が、麻海にプレゼントする。」
「えっ、いいよ。付き合ったけど、寝坊もしたしいいとこなしだったもん。」
「いいの、俺が買ってあげたいと思っただけだから。」
そう言うと遼は、あたしが止めるのも聞かずに、店員さんにつけたまま帰るのでって言って、お金を払ってしまった。
ペンダントは、ありがたく頂いてしまった。
いいのかなぁと思うあたしの横で、相変わらず手をつないでいる遼は、ご機嫌だった。
駅までの道を歩いていると、遼が
「そうだ、ビッグパフェ食べる約束だったよね。ここで食べよう。」
そう言って原宿らしい可愛いカフェに入った。
表のショーケースにあった、何人で食べるんだよと思わせる凄い大きさのパフェ。
「ねぇ、遼これきっと食べきれないよ。」
「俺食べてみたかったんだよこれ。麻海と二人なら何とかいけそうじゃね。」
そう言って無邪気に笑うと、店員さんにビッグパフェ1つ頼んでしまった。
テーブルにクリスマスツリーかよと、突っ込みたくなるような大きさのパフェが来た時は、
どうしようと思ったけど、あまりに遼が楽しそうなので、あたしもどんどんたのしくなってしまった。
食べる前に遼が、
「麻海、ビッグパフェ越しに写真撮らない?」
そう言った。
「いいかも。笑いのネタにぴったりじゃない。」
そう言うと、遼が持っていたデジカメで、ビッグパフェの後ろに二人で顔をくっつけて写真を撮った。
ひとしきり笑った後、食べ始めた。
あたしがスプーンですくったチョコがたっぷりかかったアイスを見て遼が、
「麻海のとったとこ、チョコ多すぎ。俺が食べる。」
そう言って口をあける。
「何でよ、まだチョコのとこ沢山残ってるじゃん。」
「麻海の取ったとこが、一番おいしそうだからそれ俺が食べる。」
しぶしぶ遼の口に食べさせてあげた。
「めっちゃうまい。」
そう言うと、遼がスプーンですくったのをあたしに食べさせようとするので、
「赤ちゃんじゃないから、自分で食べれる。」
そう反発したものの、遼がずっとスプーンを差し出したままなので、仕方なく食べた。
「本当だ。美味しいね。」
パフェが美味しかったので、仕方なく食べたはずなのに一気にあたしも笑顔になってしまった。
本当に調子が狂ってしまったようで、でも凄く楽しくて変な感じがした。
やっぱり大きすぎたビッグパフェは、食べきれずに残してしまったけど、あたしも遼も今日のデートが物凄く楽しかったので、帰りの電車で来てよかったなぁと思った。
遼が、女子寮まで送ってくれて、真友もいるから上がっていけばって誘ったけど、珍しく遼は、
「今日は、帰るよ。デート楽しかった。ありがと麻海、おやすみ。」
そう言って、手を振って帰って行った。
部屋に入ると、真友が夕飯を食べてかたずけをしていた。
「お帰り麻海。デートはどうだった。そんな可愛いかっこして。」
真友が笑う。
「ひやかしですか?楽しかったよ。原宿まで行ったから疲れたけどね。」
「えっ、原宿までいってたの?んで、遼は?」
「寄ってけばって言ったんだけど、珍しく今日は帰るって。遼も疲れたんでしょきっと。」
「ふーん。そっか・・・あれ麻海そのペンダント可愛いじゃん。」
「あーこれ。遼が、今日一日つき合わせたからって、買ってくれたのかわいいよね。」
真友が何か言いかけたのを、さえぎって
「真友ごめん、お風呂入ってくる。疲れたよ。」
そう言ってお風呂に逃げ込んだ。
今日の出来事を話してしまったら、きっと真友は、
「遼は、麻海の事が好きなんだよ。」
そう言い出されそうで、それがちょっとだけ怖かった。
だって、どう答えていいのかあたしには、解らなかったから。
あたしも遼も、いつもの日常が戻ってきたように、デートの事も特に話すこともなく過ごしていた。
やっぱりあたしの考えすぎだったに違いないと思い。
今までのように、楽しい日々が続いた。
そんなある日恭ちゃんが、仕事を休んだ。
どうしたのか店長に聞くと、恭ちゃんのお母さんが倒れたらしく朝一番の電車で、田舎に帰ったという。びっくりして、心配になった。
仕事も手につかず、連絡がこないかとそわそわしっぱなしだった。
仕事が終わった後、大ちゃんがあたしを呼び止めた。
「麻海、ちょっと話があるんだけど。」
恭ちゃんの事で何か話があるんだなとピンときたので、真友に先に帰ってもらって、大ちゃんの車でファミレスに行った。
あたしは、ミルクティーを頼み、大ちゃんがコーヒーを頼んだ後早速切り出した。
「話って、恭ちゃんのことでしょ?」
「うん・・・まぁ・・・。」
「何?はっきり言って。」
「恭弥には、お前に言うなっていわれたんだけど、お前がふさぎこんでるから言ったほうが良いと思ってさ。」
「それで、何を隠してるの?」
「いや、3日くらい前に、恭弥の田舎の彼女から手紙が来て、別れようって言ってきたらしい。それで恭弥も悩んだらしいんだけど、今朝田舎に戻って彼女と話し合ってくるって・・・お母さん倒れたわけじゃないんだ。」
言葉が出てこなかった。
前に、大ちゃんから言われて彼女がいることも知っていたし、こう言う事が起こることだってあるだろうなって解っていたつもりでも、現実に直面すると、ショックを受けてしまう。
どこかで、恭ちゃんが彼女と別れてあたしと本気で付き合ってくれる日が来るかも知れないと思っていたし。でも、彼女の別れ話で、慌てて田舎に帰るようじゃ、あたしの入る隙間なんかこれっぽっちもないじゃない。そう思った瞬間に涙が溢れた。
「おいおい、泣くなよ。俺が泣かしてるみたいだろ。」
大ちゃんも困っている。
「ごめん。あたし帰る。」
そう言ってお金と大ちゃんを残して、ファミレスから飛び出した。
涙が止まらない。
どうしたら良いのかもわからない。
泣きながらふらふら歩いていた時、後ろから来た自転車をよけようとしたら
「麻海?」
遼だった。
遼に泣いているところを見られるのも嫌で、背中を向けた。
「どうした?恭さんの事?ごめん、俺知ってた。恭さんに手紙きてて・・・」
「もう何も言わないで。」
そう叫んで、泣きながら走り出した。
遼が自転車で追いかけてきてるのも解ってたし、このまま帰ったら真友が、心配するのも解ってたから公園に行ってブランコに座った。
しばらくして、公園にいるあたしを見つけて遼が、隣のブランコに座った。
二人共何も言わずに、ただブランコに揺られてた。
涙がやっと止まったあたしが、
「遼ごめん。こんな事が起こるんじゃないかなって事くらい解ってたし、泣くことじゃないのにね。」
遼は、隣で困った顔をして聞いている。
「やっぱあたしじゃダメなんだろうなって、解ってたから大丈夫だよ。」
「そんな事無いよ。」
「泣くだけ泣いたらスッキリしちゃった。恭ちゃんが帰って来たら、聞いてみる。彼女とどうなったのかちゃんと聞いてみる。」
遼は、何も言わずに手を出した。
「ん?どうしたの遼。」
「帰ろう、真友が心配するから。」
「そうだね、帰ろう。」
そう言って遼と手をつないだ。
遼と手をつなぐと、ホッとしたのかまた涙がこぼれた。
それでも遼は、あたしの手をしっかりつないで、何も言わずに家まで連れて帰ってくれた。
あたしは、恭ちゃんが好きだ。
でも、あたしは大人じゃないし、2番目に好きな人でいいからとは、とても言えない。
遼がしてくれるみたいに、ただ悲しい時に黙って手をつないでくれたり、一緒に街を歩いてくれたりそういう、ただ普通の安心できる人がいいなと思ってしまう。
誰かが、あたしを見て子供だと言ったとしても、遼とデートした時のようになんのわだかまりもなく、純粋に楽しいと思える時間を一緒に過ごせる人と一緒にいたいと願った時、それは恭ちゃんじゃないと答えが出てしまっている。
恭ちゃんと別れるのは、あたしの方だ。
恭ちゃんが、帰って来たらちゃんと話してお別れしよう。
そう心の中で決心した。
真友にも、あたしの考えを話した。
真友もそれが良いと言ってくれた。恭ちゃんがいつ帰るのか解らない内に、3日がすぎた。
今日は、仕事が休みだった。
いつもなら、昼過ぎまで寝ているのに、仕事に行く真友よりあたしのほうが、先に起きている。
仕事に行く真友を見送り、一人でぼーっとしていた。
お昼過ぎに玄関のインターホンがなった。
誰だろうか。でも出たくなかったので、しばらく放っておいた。
帰る様子もなく、ピンポーンと言う音と、何か叫んでいるようだったので、仕方なく玄関に向かう。
ドアを開けようとしたとき、
「麻海、いるんだろ?開けてくれよ。」
恭ちゃんの声だった。
ドアを開けてしまったら、何を言われるんだろうかと言う怖さで、ドアが開けられない。
「麻海!!」
恭ちゃんは、ドアをどんどんたたき出した。
仕方なくドアを開けた。
「ただいま!今帰ってきた。お土産のまんじゅう。」
何にも変わらないいつもの恭ちゃんが、ここにいる。
彼女のところに行って来て、どうしてそのままあたしの所に来られるのか、恭ちゃんが理解出来なかった。
「なんだよ。泣きそうな顔して。そんなに心配させたのか俺、ごめん麻海。」
あたしは、部屋の中に入って、恭ちゃんに話したいことをぽつぽつ話し出した。
「恭ちゃん、大ちゃんから話聞いたよ。彼女とは、どうなったの?」
「何だそれ?家の母ちゃんが倒れたから帰っただけだぞ。」
「大ちゃんが、それは建前だって言ってた、彼女から手紙が来て別れ話されてそれで、恭ちゃんが田舎に帰ったんだって。」
「いや、そんなことない心配すんなよ。」
「ずっと前から聞いてたもん、大ちゃんから恭ちゃんには、田舎に彼女がいるって言われてたもん。」
「信じろ俺を、な、麻海。」
そう言って恭ちゃんが抱きしめた。
どうしていいのかわからない。嫌いになれたらいいのになぁ。
どうしたら恭ちゃんを嫌いになれるの?誰か教えて。
結局恭ちゃんは、彼女はいないと言い張って帰って行った。
別れると言う事も出来ないあたしは、きっと世界で一番弱虫なんだと思う。
でも、やっぱり恭ちゃんが好きだ。
ただ、このことがあってから少しづつ恭ちゃんのそばにいることが、怖くなっていった。
何となく心の中に大きな穴が開いたようで、その穴を埋めようとして必死で、自分のことしか考えられなくなっていた。
一月ほどたってふと気がついた。
遼が、ぱたりと来なくなっていた。
勉強会の帰り遼に声をかけた。
「遼ちょっといい?」
「何?」
「最近全然来ないけど、何してんの?」
「いや・・・特になんもしてないけど・・・」
何となく様子がおかしく感じた。
「久しぶりに、あたしとデートしない?勉強会終わった後、前に遼が連れてってくれたお好み焼き屋さん行こうよ。今日は、あたしがおごる。」
「麻海からのデートのお誘いか。断るわけにいかないな。行くか。」
そう言って遼が笑った。何となく、久しぶりに遼の笑顔を見てホッとした。
勉強会の後みんなより先に抜け出して、遼と二人でお好み焼き屋さんに行った。
あたしのおごりで、何人も来られたら生活できなくなってしまうので、二人で抜け出した。
前に来た時のように、楽しく食事をした後、帰り道で遼が聞いてきた。
「ねぇ麻海、答えたくなかったら答えなくてもいいんだけど、恭さんのこと好き?」
答えたくないわけじゃないけど、答え方がわからなかった。
歩いている内に、いつかの公園にたどり着いて、どちらからともなくブランコに座った。
「あたしね、良くわかんないの恭ちゃんが何を考えているのか。みんなには、ちゃんと彼女のこと言ってるのに、あたしにはいないって言い張ってる。」
「それは、恭さんが麻海の事好きだからじゃないの。」
「でも、そんなのおかしいじゃん。だってなら何で、彼女のところに行ったの?」
「それは・・・」
「ごめん。遼に言うことじゃないよね。ただ、それを知っても恭ちゃんに別れようって言えないってことは、きっとまだまだ恭ちゃんの事が好きなんだろうなって思う。」
「そっか、麻海が好きなのは恭さんだけだもんな。」
遼は、そう言ってブランコから立ち上がると、この前のように手を出した。
自然と手をつないで家に帰る。
遼の手が、暖かかった。
女子寮の前で、
「じゃ、俺帰るわ。おやすみ。」
そう言ってお互い帰ろうと歩き出した時遼が、
「麻海、恭さんのこと好きか?」
驚いた。振り返って遼を見る。
「多分・・・好きだと思う。」
そう言うと、遼は
「了解!麻海じゃな、さよなら。」
そう言って走っていった。
さよならってどういうこと?明日だって、明後日だって会えるのに、何となく嫌な感じがしていた。
なかなか眠れずに、「さよなら」の意味を考え続けた。
そしてその嫌な予感が当たってしまった。
次の朝早く、恭ちゃんが女子寮に来た。
「どうしたの?こんなに朝早くから。」
真友が玄関を開けると、恭ちゃんが大きな紙袋を持って部屋に入ってきた。
「おはよう!早すぎじゃない恭ちゃん。」
寝ぼけながら、恭ちゃんに言った。
「これお前にらしい。」
そう言って紙袋を、あたしに渡した。
「誰から?どういうこと?」
朝から、頭がこんがらがってきた。
「今朝起きたら、遼がいなくなってた。」
「えっ・・・どういうこと?」
「手紙が置いてあった。仕事やめてお兄さんのとこに行くって今までありがとうって、それからこれは、お前に渡してくれって。」
何がなんだかわからなかった。急いで紙袋を開けてみた。
「あっ・・・」
遼とデートした時に、二人で選んだものがみんな入っていた。
紙袋の底から、「麻海へ」と書かれた手紙が出てきた。
麻海へ
今まで、楽しかったありがとう。
俺は、多分ずっと麻海の事が好きだったのかもしれない。
しばらく前から、ここをやめて兄貴のところに行くことを決めていた。
もっと早く行くこともできたんだけど、麻海のことが気になって、先延ばしにしてた。
さっき麻海に、恭さんが好きかと聞いたとき
嘘だとしても、好きじゃないと言ってくれたら俺は麻海を連れて行くつもりだった。
でも、麻海の答えは、違った。
最初から答えは解ってたし、仕方ないんだけどな。
デートで買ったものは、どれも麻海の好みでもあるからみんな麻海にあげる。
俺がそばにいるみたいだろ?
麻海には、笑顔が一番似合ってるよ。
何があっても、俺は麻海の見方だから!
頑張れ!
大好きな麻海 さよなら
手紙の意味が解らない。
だって数時間前に、あたしと手をつないでた遼がいた。
涙が止まらない。
「恭ちゃん車出して、お願いだから、遼を探して。」
そう言って泣きじゃくるあたしを、恭ちゃんはただ抱きしめた。
真友は、どうしたらいいのか解らず呆然としている。
恭ちゃんの手を振り払って、あたしは駅へ向かった。
もういるはずがない遼の姿を探して、泣きながら走った。
何処をどう探しても、遼の姿はあるはずも無かった。
昨日二人で座ってた公園のブランコに、一人で座る。もうあの温かい手は無いのだということが、嫌でもわかってしまう。
遼がいなくなるなんて考えてみたこともなかった。
遼が、女子寮に来なくなったのは、お店を辞めることを考えていたからだったのかと、今更気がついた。どうしてもっと早く気がつかなかったのか、自分のことしか考えられなかった自分を攻める。
きっと・・・
どこかで、自分でも気がついていたのかも知れない。
あたしも、遼が好きだったと。
泣きつかれて、家に着くと真友も恭ちゃんも仕事に行ったのか、部屋にはいなかった。
部屋の真ん中に座ってもう一度手紙を拾う。
朝は、気がつかなかったけど封筒に何か入っていることに気がついた。
封筒に入っていたのは、一枚の写真。
あの日遼とあたしが大きなパフェ越しに撮った笑顔の二人がそこにいた。
先生や店長に、遼の行き先を聞いてみたけど、教えてはくれなかった。
遼がいなくなって、抜け殻のようになってしまったあたしは、良くあの公園のブランコに座った。
相変わらず、恭ちゃんに別れを告げることも出来ず。
仕事が休みのある日子供達が遊んでいる中、あたしはブランコに座ってボーっとしていた。
ふとあたしの目の前に手が差し出されて驚いた。
一瞬遼かと思ってしまった。でもすぐ遼じゃないことがわかった。
小さな紅葉みたいな可愛い手だったから。
3歳くらいの小さな男の子の手だった、
「お姉ちゃん一緒に遊ぼうよ!こっちおいで。」
そう言ってあたしの手をにぎる。
ふとあの温かい遼の手を思い出す。涙がこぼれた。
「お姉ちゃん泣いてるの?」
驚く男の子に、
「ごめんね、お姉ちゃん嬉しくて涙が出てきちゃった。でももう帰らなきゃいけないから、また今度遊んでね。」
そう言って別れを告げた。
遼は、自分の足で歩き出したんだなと思った。あたしも自分の足で歩こうと思った。
いつまでもただ泣いて、悲劇のヒロインみたいな顔をしているあたしを遼は望んでいたわけじゃないし、あたし自身もそれを望んでいるわけじゃない。
自分の心の中にずっと前から出ていた答えをしっかり受け止めて歩き出そう。
そう決めて家に帰った。
恭ちゃんのそばにいるままで、別れることが難しいと解ってはいた。
真友や家族のように接してくれたみんなと別れるのもとても苦しかった。
それでも、自分で出した答えを変えることは、もう出来ないと思って、正直に真友に話した。
真友は、考え直してって言ったけどあたしの気持ちは、変わらなかった。
一ヵ月後、あたしはアパートを借りて仕事を辞めた。
恭ちゃんとも話し合って別れた。
あたしが、女子寮を出て行く日。恭ちゃんは、お休みを取って荷物を運んでくれた。
恋人としてじゃなく、友人の一人として。
荷物を新しい家に運び終わって、恭ちゃんが帰る時
「今日は、お休みまで取ってもらってありがと。真友のことお願いね。きっと寂しがるから。」
「了解!麻海・・・ごめんな、でも俺はお前が好きだから後悔してない。今までありがとう。」
「何言ってんのよ、恭ちゃん。もう終わったことじゃん。心配しないであたし強いから。」
そう言って笑って見せた。
「じゃな。」
そう言って恭ちゃんの車が走り出す。
見送りながら小さい声で言う
「今だってまだ、好きだぞ恭弥。」
あれからもう3年もたった。
真友から成人おめでとうと電話が来た。
成人のお祝いに、真友が遊びに来ると言う。
そんな日に、遼と二人で撮った写真が見つかるなんて、思わず笑顔になる。
遼今素敵な恋してますか?
あたしは、まだ素敵な恋に出会ってません。
多分遼と行った初めてのデートを越えるようなデートできる人は、まだまだ見つかりそうに無いけど。
でもいつか結婚して子供が出来た時、ママはこんな素敵なデートしたのよって言えるようなそんな素敵な思い出をありがとう。
あたしが、あたしの足で歩いていけるように勇気をくれてありがとう。