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成長の話

作者: P4rn0s
掲載日:2026/03/06

私はずっと、

年齢というものを「成長の証明」だとは思っていない。

あれはただの線引きだ。

社会が混乱しないために、どこかで引いた境界線。


十八歳になった春、私は法律の上で大人になった。


クレジットカードを作ることも、

部屋を借りる契約をすることも、

親の同意なしでできるようになった。


そこには「責任」という言葉がセットでついてくる。

自分の選択は自分で引き受ける、という立場だ。


それ自体には納得している。

社会は一人ひとりの成熟度を測れない。


精神の成長も、身体の成長も、人によって速さが違う。

けれど制度は、例外に合わせて動けない。

だから統計を取り、平均的な地点に線を引く。


それは乱暴に見えても、

機能させるためには必要なことだと思う。


ただ、もう一つの線引き、

お酒やタバコが二十歳からとされていることについても、

私は同じように考えている。


十八歳で責任を負えるなら、

なぜ飲酒や喫煙はだめなのか、と言う人もいる。

けれど私は、これは別の種類の話だと思っている。


十八歳でできるのは「契約」という社会的な行為だ。

失敗すればお金を失うし、信用を落とす。

でもそれは、主に社会的な結果だ。


一方で、お酒やタバコは身体に直接影響する。

特に成長過程にある身体や脳への影響は、

無視できないと言われている。


精神が理解できることと、

身体が耐えられることは同じではない。

責任を負えることと、

発達が十分であることも同じではない。


そして、私が一番気になっているのは、

十八歳の中にはまだ高校生がいるという現実だ。


高校三年生で十八歳の人が、

もし合法的にお酒を飲めたり、

タバコを吸えたりする立場になったらどうなるだろう。


部活の先輩がそれをしていたら、後輩はどう思うだろう。

上下関係のある環境では、

「許されていること」

は驚くほど速く広がる。


悪意がなくても、

「大丈夫らしい」

という空気だけで十分に伝染する。


私はそれが怖い。


十八歳はたしかに法的な大人かもしれない。

でも、制服を着て教室にいる限り、

その空間はまだ未成年が大半を占める場所だ。

そこでお酒やタバコが当たり前のように存在したら、

線引きは一気に曖昧になる。


人それぞれ成長の速度は違う。

十八歳で成熟している人もいるし、

二十歳でも危うい人もいる。


けれど社会は、

ひとりひとりに合わせて許可や禁止を変えられない。

だから一律で決める。

そこに完璧さはないが、一定の合理性はある。


十八歳で責任を持つこと。

二十歳までお酒やタバコを待つこと。


私はこの二つは矛盾しているとは思わない。

前者は社会の秩序のための線引きで、

後者は身体の成長と周囲への影響を考えた線引きだ。


どちらも、

「あなたを信用していない」

という意味ではなく、

「社会全体をどう守るか」

という視点で引かれた線なのだと、私は理解している。


それでもなお、

「十八歳から飲みたいなら、

講習を受けて免許制にすればいい」

という案を耳にすることがある。


なるほどと思う。

知識を学び、リスクを理解し、

試験に合格した者だけに十八歳からの飲酒を許可する。


一見すると、とても合理的に見える。

自由と管理の折衷案のようにも思える。


けれど、私はそこで立ち止まる。


もし本当に十八歳飲酒免許が発行されるとしたら、

誰がそれを管理するのだろう。


店は毎回確認しなければならない。

偽造は出ないだろうか。

オンライン販売はどうするのか。

紛失したら再発行は。

更新制度は。

違反した場合の罰則は。


制度を作るのは簡単でも、

それを運用し続けるには莫大なコストがかかる。


講習の人員、

試験の監督、

データ管理、

警察の確認業務、

店側の負担。


そしてその費用は、結局、税金か価格に乗る。


私はそこで思う。


そこまでして、

十八歳で飲酒を解禁する必要が本当にあるのだろうか、と。


十八歳で飲めなくても、

二十歳になれば飲める。


二年という猶予は、

自由の剥奪というより、

社会全体のコストを抑えるための単純化なのではないか。


制度は、美しく整合しているかどうかよりも、

回るかどうかのほうが重要だ。


十八歳に責任を持たせること。

二十歳まで飲酒と喫煙を待たせること。


そこに理論上の歪みはあるかもしれない。


けれど、

免許制度のような複雑な仕組みを作り、

監視と管理を増やし、

社会全体の負担を上げるよりは、

単純で分かりやすい線を引いたままのほうが、

結果として穏やかに機能する。


世界は、完璧な制度を求めていない。


多少の不揃いがあっても、

過度な管理を増やさず、

社会が静かに回り続ける形のほうがいい。


十八歳で責任を持つこと。

二十歳まで待つこと。


それは理屈の美しさではなく、

現実の重さで選ばれた線なのだと、私は思っている。

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