第9話:熱を出したのは一ノ瀬の方!? ~強制お見舞いイベントを、デリバリー代行で済ませたい~
全3000話(予定)の超大作、第9話です!
夏休み編、第1ラウンドの空中戦を終えた結衣たちを待っていたのは、まさかの「お見舞い」イベントでした。
「王子が弱っている時にヒロインが看病し、図らずも急接近する」
そんなベタな展開を、この世界のシステムはどうにかして実現させようとします。
対する結衣と佐藤君は、なんと「現代のサービス」を駆使して対抗!?
今回もメタ度全開でお送りします!
夏休みが始まって数日。
本来なら南の島のプライベートビーチで、一ノ瀬のシックスパックを拝まされながら「……お前、日焼けしたか? 似合ってるじゃねーか」なんていう甘いセリフを浴びせられているはずだった私は、今、自宅の自室で悶絶していた。
「……信じられない。何これ、呪い?」
私の手の中には、スマホが握られている。
画面には、クラスのグループラインが異常な速度で流れていた。
『緊急事態! 一ノ瀬様が、先日の「ヘリ墜落未遂事件(※公式発表は急な乱気流)」のショックで、知恵熱を出して寝込んでいるそうです!』
『ヒロインである結衣ちゃん、一ノ瀬様がうわ言で君の名前を呼んでいるらしいよ! 今すぐ彼のお屋敷にお見舞いに行ってあげて!』
同時に、私の視界にはピンク色のどろどろとしたエフェクトが溢れ出していた。
『強制イベント:王子の看病。ヒロイン、手作りのお粥を持って一ノ瀬邸へ。弱った王子に不意に抱き寄せられ、「……行くな、結衣」と懇願される。ドキドキ指数MAX!』
「MAXなのは私の不快指数よ!!」
私はスマホをベッドに投げ出した。
だいたい、知恵熱って何よ。戦闘ヘリで女子高生を追い回した罰が当たっただけでしょ。法律を知らないから免疫力まで低いのかしら。
ピンポーン、と玄関のチャイムが鳴った。
嫌な予感がしてドアを開けると、そこには案の定、黒塗りの高級車が横付けされており、タキシード姿の老執事が深々と頭を下げていた。
「花咲様。主が……蓮様が、あなた様のお越しをお待ちしております。さあ、こちらへ」
「行きません! 私は今、自分の宿題で忙しいんです!」
「お粥の材料も、最高級の米と水を用意してございます」
「だから行かないってば! 誰かAber Eatsでも呼んであげなさいよ!」
抵抗も虚しく、私の足はまたしても「ヒロインの磁力」によって車の方へと引き寄せられていく。
まずい。このままでは、あの成金趣味の金ピカな寝室で、一ノ瀬の「お前がいなきゃ……ダメなんだ」という寒い独白を聞かされる羽目になる。
(佐藤君……佐藤君助けて!!)
心の中で叫んだその時、車の影からひょいと、聞き慣れた声がした。
「……お困りのようだね、結衣さん」
見ると、隣の家の塀の影から、いつものように文庫本を持った佐藤君が姿を現した。彼はなぜか、某大手デリバリーサービスのロゴが入った大きなリュックを背負っている。
「佐藤君!? なんでそんな格好してるの!?」
「物語の強制力に対抗するには、それ相応の『社会的属性』が必要だと思ってね。……あいにくだけど執事さん、彼女は今から俺の『デリバリー研修』に参加する予定なんだ。一ノ瀬への看病なら、俺たちが代行するよ」
「はぁ? 研修?」
執事が眉をひそめる。
「そう、デリバリーだ。……一ノ瀬が求めているのは『ヒロインによる癒やし』という名の栄養だろ? ならば、それをデータ(食事)としてパッキングして届ければ、イベントのチェック項目は満たされるはずだ」
佐藤君は眼鏡を指で押し上げると、リュックから一袋のインスタント粥を取り出した。
「いいかい、結衣さん。……君が一ノ瀬の家に行く必要はない。この粥に、君の『お見舞いボイス』を録音したメモリーチップを貼り付けて、俺がドローンで一ノ瀬の部屋の窓から投げ込む」
「投げ込むって……それ、お見舞いじゃなくて爆撃じゃない?」
「少女漫画のシステム上、必要なのは『結衣が用意した食べ物』が『一ノ瀬の口に入る』という結果だけだ。その過程がドローンによる強制投下であっても、シナリオは『あいつ……俺のために、こんな手の込んだ(?)ことを……』と勝手にポジティブ変換してくれる」
佐藤君は手際よくドローンを起動させた。
私は彼の指示に従い、スマホに「さっさと治して二度と車で追いかけてこないでよね! 迷惑よ!」という、お見舞いとは程遠い罵声を吹き込んだ。
「よし、これを『ツンデレ・ボイス』として属性変換する。……行け!」
ドローンはウィーンという軽快な音を立てて、一ノ瀬の屋敷がある方向へと飛んでいった。
数分後。
私の視界のテロップが、激しく点滅し始めた。
『イベント処理中:一ノ瀬、窓から飛び込んできた物体(粥)を確認。録音された声を聞き、「……ふん、相変わらず素直じゃねーな。だが、お前の気持ちは受け取ったぜ」と頬を染める』
『ステータス:看病イベント、強引に完了。ヒロインの好感度、なぜか大幅上昇』
「……嘘でしょ。あんな暴言がどうしてそうなるのよ。あいつの脳内フィルター、高性能すぎて怖いんだけど」
私は脱力して地面に座り込んだ。
けれど、おかげで私は一ノ瀬の屋敷に行かずに済んだ。執事も、ドローンの速さと佐藤君の圧倒的な「デリバリー業者感」に気圧されて、車を走らせて去っていった。
「……ふぅ。また助けられちゃったわね、佐藤君」
「いや……俺も冷や汗ものだったよ。……一ノ瀬の家は、この世界の中心点の一つだからね。あそこに君を連れて行かれたら、俺の力じゃ連れ戻せなかったかもしれない」
佐藤君はリュックを降ろすと、私の隣に腰掛けた。
夕暮れの住宅街。一ノ瀬の豪華な屋敷からは程遠い、静かで、どこか懐かしい風景。
「ねえ、佐藤君。……3000話も続くなら、こういう『バカげた戦い』も、いつか終わるのかな?」
「……どうだろうね。でも、物語が長ければ長いほど、余白も増えていく。……俺たちは、その余白を広げ続けるだけだ」
佐藤君は私の頭を一瞬だけ、本当に一瞬だけ撫でた。
その感触は、ドローンで届けたお粥よりも、ずっと私の心を温めた。
視界の端に、新しいテロップが流れる。
『第9話:完。 次話、夏休みの宿題が終わらない!? 佐藤君の家で「お泊まり勉強会」発生……!?』
「……えっ、お泊まり!? 佐藤君の家に!?」
「……それは俺にとっても想定外のイベントだね。……デバッグ、頑張らないと」
佐藤君の耳が、心なしか少し赤くなっているのを、私は見逃さなかった。
3000話への道は、まだまだ険しく、そして少しだけ楽しみなものに変わりつつあった。
第9話をお読みいただきありがとうございました!
今回は王道の「看病イベント」を、ドローンとデリバリーで解決するという暴挙に出ました。少女漫画のヒーローは、ポジティブ変換能力が極めて高いので、罵声さえも愛の言葉に聞こえてしまうようです。
全3000話。次はなんと「お泊まり勉強会」!?
シナリオの強制力が、ついに結衣と佐藤君を一つの屋根の下に押し込もうとします。
次回、『第10話:佐藤君の家は物語の「空白」でした ~お泊まり勉強会は、24時間デバッグ作業です~』。
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