第7話:真っ白な世界での宿題会 ~不純物(一ノ瀬)のいない、完璧な静寂~
全3000話(予定)の超大作、第7話です!
無免許運転で追ってきた一ノ瀬君を「作画崩壊」の荒業で撒いた結衣と佐藤君。
二人が辿り着いたのは、作者が描き忘れたのか、あるいは意図的に残したのかもわからない、真っ白な「余白」の世界でした。
今回は、夏休みの宿題という学生らしい(?)平和な時間をじっくりと描写します。
一ノ瀬君のいない静寂の中で、佐藤君のミステリアスな素顔が少しだけ垣間見えるかもしれません。
そこは、音のない世界だった。
空には太陽も雲もなく、ただ均質な白い光が満ちている。地面もまた、境界線のない真っ白なキャンバス。
遠くで響いていた一ノ瀬の「法廷で会おうぜ!」という謎の絶叫(※彼は法律を知らない)も、今や完全に遮断され、ここにあるのは私と佐藤君の吐息と、錆びたママチャリのチリチリという小さな金属音だけだ。
「……ここなら、誰にも邪魔されないわね」
私は自転車の荷台から降り、大きく伸びをした。
校門前であれほど私を縛り付けていた「ヒロインの引力」が、この空間では嘘のように消えている。肩の重荷が取れたような、不思議な開放感。
「お疲れ様、結衣さん。……ここは物語のプロット(構想)さえ届かない、本当の未設定地帯だ。……さあ、座って。椅子くらいなら、俺のペンで『設定』できるから」
佐藤君は鞄からいつもの万年筆を取り出すと、真っ白な地面にサラサラと二つの四角形を描いた。
すると、その絵がポコりと立体的に浮かび上がり、簡素な、けれど座り心地の良さそうな木の椅子へと姿を変えた。
「すごっ……! 佐藤君、あなた本当になんでもありなのね」
「ただの『読者』の特権だよ。……さあ、約束通り宿題を始めようか。南の島で王子の肉体美を拝まされるよりは、数学の難問と格闘する方が、よっぽど健全な夏休みだろ?」
私たちは向かい合って座り、ノートを広げた。
真っ白な世界に、鉛筆が紙を擦る音だけが規則正しく響く。
普段の教室なら、窓の外から聞こえる野球部の声や、廊下を走る足音、そして何より『ト書き:一ノ瀬、結衣のノートを奪って意地悪をする』といった邪魔が入る。
けれど、ここには何もない。
あるのは、数学の教科書に並ぶ冷徹な数式と、私の隣で静かにページをめくる佐藤君の気配だけだ。
「……ねえ、佐藤君」
ふと、私は鉛筆を止めて彼を見た。
佐藤君は眼鏡を外し、目頭を指で押さえていた。眼鏡のない彼の素顔は、物語の「モブ」にしておくにはあまりにも整いすぎていて、一瞬だけ呼吸を忘れる。
「何だい。……あ、その第5問なら、答えは『4』じゃないよ。それは作者が仕掛けた、典型的なミスリードだ」
「違うわよ、勉強のことじゃなくて。……佐藤君は、どうして『読者』になったの?」
ずっと聞きたかったことだ。
彼はこの世界の住人でありながら、客観的な視点を持ち、物語のシステムを熟知している。ただの高校生には不可能な芸当だ。
佐藤君は少しだけ困ったように眉を下げ、外した眼鏡を拭きながら、真っ白な虚空を見上げた。
「……元々はね、俺も普通の『登場人物』だったんだよ。たぶんね。……でも、ある時気づいてしまったんだ。自分の発する言葉、自分の歩く方向、そのすべてが、誰かのペン先一つで決まっていることに。……そう気づいた瞬間、俺の頭上にあったはずの『メインキャラ』としての属性が、ボロボロと崩れ落ちていった」
「……属性が、崩れた?」
「そう。……熱血な親友キャラだったのか、クールなライバルだったのか、今となっては思い出せないけどね。……俺は、物語のシステムに気づきすぎてしまった。その結果、作者に『使い勝手の悪いキャラ』として捨てられ、この物語の『余白』に追放されたんだよ」
佐藤君は自嘲気味に笑った。
捨てられた。その言葉が、私の胸に重くのしかかる。
完璧な王子様に愛されることを強要される私と、物語から存在価値を否定された彼。
私たちは、ある意味で正反対の「被害者」なのだ。
「……でも、佐藤君が捨てられててよかった」
私は思わず、彼の制服の袖を掴んでいた。
「え?」
「だって、佐藤君が『余白』にいてくれたから、私はあのクソみたいなシナリオから逃げ出せたんだもの。……あなたがモブで、あなたが私を『読んで』くれていたから、私は初めて自分自身の名前を取り戻せたのよ」
佐藤君は驚いたように目を見開き、それからゆっくりと、優しく私の手を包み込んだ。
その手の温もりは、真っ白な世界のどこよりも「現実」だった。
「……君は、本当に予想外のセリフばかり吐くね。……さすが、俺が選んだ『唯一の不確定要素』だ」
その時。
真っ白な空間の端に、細い亀裂が走った。
ピリピリという、電気が走るような嫌な音。
『警告:シナリオ進行に重大な遅延が発生。第7話の「ノルマ」を達成するため、強制エンカウントを実行します』
「……チッ、もう追いついてきたか。しぶといな、この作品の編集部は」
佐藤君が素早く眼鏡をかけ、立ち上がった。
亀裂の向こうから、真っ赤なオーラを纏った「何か」が強引にこちらへ押し入ろうとしている。
「結衣! どこだ! 出てこい! 俺のバカンスはまだ終わってないぞ!!」
一ノ瀬蓮の声だ。彼はどうやら、世界の理さえも「王子様特権」でねじ伏せて、この聖域へ踏み込もうとしているらしい。
「結衣さん、自転車に乗って! 余白が壊される前に、次の『空白』へ移動するよ!」
「はいっ!」
宿題のノートを慌てて鞄に詰め込み、私は再びママチャリの荷台に飛び乗った。
一ノ瀬の執念と、世界の強制力。それらから逃げ切るための、私たちの夏休み。
3000話という長い長い旅路の、まだ7ページ目。
私は佐藤君の背中にぎゅっとしがみついた。
真っ白な世界を、錆びた自転車が再び駆け抜ける。
私たちの行く先は、まだ誰も描いていない、真っ白な未来だ。
第7話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
一ノ瀬君の執念が、ついに「物語の余白」さえも破壊し始めました。
佐藤君の過去——かつてはメインキャラだったかもしれないという設定は、今後の大きな伏線になっていきます。
全3000話。物語はまだまだ、始まったばかりです。
一ノ瀬君の「バカンス強制イベント」を完全に無効化し、本当の意味で自由な夏休みを手に入れる日は来るのでしょうか。
次回、『第8話:一ノ瀬軍団、余白に侵入! ~ママチャリ対ヘリコプター、勝負になるわけないでしょ!~』。
「佐藤君の素顔、尊すぎる……!」「一ノ瀬、執念深すぎて怖い(笑)」など、皆様の感想をお待ちしております!
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