第6話:オープンカーを自転車で巻く方法 ~不確定要素の彼と、路地裏の逃走劇~
全3000話(予定)の超大作、第6話です!
ついに夏休みが始まりましたが、校門の前には一ノ瀬君の真っ赤なスポーツカーが。
少女漫画なら、ここで強引に車に乗せられて、気づけば南の島のプライベートビーチ……という展開が約束されています。
「ヒロインを逃がさない」世界のシステムに、佐藤君と結衣がどう立ち向かうのか。
今回は、学園周辺の「作画の甘いエリア」を駆使した大逃走劇をお送りします!
夏休み初日。
校門を抜けた瞬間に広がるはずだった自由な世界は、眩いメタリックレッドの塗装によって遮られた。
「よう、結衣。待ちくたびれたぜ。さあ、俺の愛車に乗れ。お前の荷物は既に俺の別荘に運ばせてある」
オープンカーの運転席で、一ノ瀬蓮が不敵な笑みを浮かべていた。
彼の背後には、キラキラと輝く海のエフェクトと、どこからか聞こえてくる波の音(BGM)。周囲の女子生徒たちは「キャー! 結衣ちゃん、一ノ瀬様にバカンスに誘われるなんて羨ましい!」と、これまた設定通りのリアクションを取っている。
だが、私はそれどころではなかった。湧き上がる拒絶感よりも先に、物理的な「理不尽」への怒りが口をついて出る。
「……ちょっと待ちなさいよ! あんた、今なんて言った? 愛車? 自分で運転してきたの!?」
「ああ。当然だろ。俺の選んだ最高のコースで、最高の風を味あわせてやるよ」
一ノ瀬は自慢げにハンドルを叩いた。私はこめかみを押さえ、全力でツッコミを入れる。
「当然なわけないでしょ! 私たちまだ15歳とか16歳とかよね!? 免許はどうしたのよ! そもそもその1億もするスポーツカー、どこから持ってきたの? 警察官! 誰か警察官呼んで! 無免許運転よ、しかも堂々と校門前で!」
私が叫んでも、周囲のモブ生徒たちは「さすが一ノ瀬様、スケールが違うわ!」とウットリするばかりで、法治国家としての自覚が欠如している。
隣にいた佐藤君が、憐れむような目で私を見た。
「無駄だよ、結衣さん。……この世界の作者にとって、王子の『ハイスペック属性』は法律よりも優先される。彼は『無免許』なのではなく、『免許が必要ないという設定』なんだ。あるいは、この国の成人年齢は15歳に書き換えられている可能性がある」
「そんなバカな……! 交通法規すら改ざんされてるっていうの!?」
「警察もあいつの家がスポンサーだから動かないよ。……見て、あの車のナンバープレートを」
佐藤君が指差した先、真っ赤な車体に付いているはずのプレートには、数字ではなくピンク色の文字で『IKEMEN 01』と書かれていた。
「ナンバープレートですらないじゃない!! ただの自己主張の塊じゃないのよ!」
「それが『王子』という属性だ。……さて、ツッコミは済んだかい? 終わったなら、そろそろこの強制イベントの『吸引力』が最大になる。見て、君の足元を」
視界の端には、どす黒い警告音が響き渡っていた。
『強制イベント:王子のバカンス。ヒロイン、有無を言わさず車に押し込まれ、第10話まで島に軟禁されることが決定しました』
「……軟禁って。本音が漏れてるわよ、このクソシナリオ。法律無視して車まで出したんだから、何が何でも島に連れて行くつもりね」
私は、自分の足が一歩、また一歩と、自分の意志に反してオープンカーへと向かっていくのを感じた。これが「ヒロインとしての吸引力」。不条理な設定を無理やり現実に変えてしまう、この世界の絶対法則だ。
「結衣、どうした? 喜びのあまり足が震えてるのか? 大丈夫だ、島に着いたらたっぷり可愛がってやるからな」
一ノ瀬の手が伸びてくる。指先が私の手首に触れようとした、その時。
「——悪いけど、彼女、今日は俺と『地域の清掃活動』に参加する予定なんだ。……あと、その車、公道に出たら処理落ちで自壊するよ」
氷点下の温度を持った、低くて静かな声。
一ノ瀬の伸ばした手を、無造作に横から叩き落としたのは、いつの間にか私の隣に並んでいた佐藤君だった。
彼は相変わらずのヨレた制服に、使い古した学生鞄を肩にかけている。けれど、彼が私の肩にそっと手を置いた瞬間、全身を縛り付けていた透明な糸が、パチンと弾けて霧散した。
「……あ? またお前か、ドブネズミが」
「佐藤君、この車、道路交通法違反よ!」
「そうだね。だから、法律が機能していない『バグエリア』を通って逃げる。……結衣さん、俺の合図で走り出して。……この先のT字路、右に曲がると『作画簡略化エリア』に入る。そこなら、あいつの車のスピードは出せない」
「作画簡略化エリア……?」
「いいから、走れ!」
佐藤君が叫ぶと同時に、私たちは校門を飛び出した。
「待ちやがれ!!」
一ノ瀬がエンジンを轟かせ、猛然と追ってくる。普通なら、無免許の高校生が運転するスポーツカーから生身の人間が逃げ切れるはずがない。
けれど、佐藤君の導くルートは異常だった。
大通りを一本外れ、古い住宅街の路地に入った瞬間。
視界の景色が、急激に「手抜き」になった。
建物の影は単なるグレーの塗りつぶしになり、電柱のディテールは消え、道端の花は記号のような丸になっている。
「何これ……。背景がスカスカなんだけど!」
「ここはこの世界の作者が『面倒くさいから読者は見ないだろう』と思って、素材を極限まで使い回しているデッドスペースだ。……ここでは、無駄に書き込みが多い高価なオブジェクト——あいつの車は重すぎて、処理落ちを起こす!」
背後を振り返ると、一ノ瀬のオープンカーが不自然にガタガタと震え、スローモーションのような動きになっていた。
「くそっ、なんだこの道は! ハンドルが重い……画面がカクつくぞ! ポリゴン数が……ポリゴン数が足りないッ!」
一ノ瀬が叫んでいるが、私たちは止まらない。
佐藤君は路地の隅に隠してあった、錆びついたママチャリの鍵を開け、私を荷台に乗せた。
「掴まって。……ここから先は、さらに『余白』が深い場所へ行く」
「佐藤君、カッコよすぎる……! 1億の車より、錆びた自転車の方がよっぽど速いわね!」
ママチャリは、簡略化された路地裏を風のように駆け抜ける。
一ノ瀬の車は、角を曲がるたびに「作画の壁」にぶつかり、火花を散らして立ち往生していた。そもそも免許もない高校生の運転技術では、作画が崩壊した路地など攻略できるはずもなかったのだ。
私たちはさらに複雑な路地を抜け、ついには「工事中(未完成)」の看板が立つ、真っ白な空間へと飛び込んだ。
「ここが……物語の終わり?」
「いや、物語の『外側』だよ」
佐藤君は自転車を止め、額の汗を拭った。
そこは、空も地面も真っ白な、けれど不思議と居心地の良い場所だった。
遠くの方で、一ノ瀬の「結衣ィィィ!! 法廷で会おうぜ!!(※彼は法律を知らない)」という支離滅裂な絶叫がエコーのように響いているが、もはやこちらに届くことはない。
「……逃げ切ったんだね。私たち」
「ああ。……少なくとも、今日の分の『水着回フラグ』は完全破壊したよ。……見て、君のステータス画面を」
視界の端を見ると、あれほど主張していた『南の島バカンス確定』のテロップが、ボロボロに剥がれ落ち、代わりに従順な白文字が表示されていた。
『夏休み1日目:ヒロイン、行方不明。シナリオ進行停止中』
「ふふ……行方不明、最高ね。無免許の王子様より、ママチャリの佐藤君の方が100倍頼りになるわ」
私は真っ白な余白の上に座り込み、佐藤君を見上げた。
彼は眼鏡を外し、少しだけ照れくさそうに笑った。その顔は、どんな不条理な「王子様属性」よりも、ずっと鮮やかに私の目に焼き付いた。
「さて、結衣さん。……せっかく一ノ瀬を巻いたんだ。これから、本当の『自由研究』を始めようか」
私の夏休みは、まだ始まったばかり。
3000話の歴史の中で、最も「地味で、最高に贅沢な」1日が、今ここから動き出す。
第6話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
今回は、一ノ瀬君の「高校生でオープンカー」という不条理な設定へのツッコミを強化しました。メタ的な視点を持つ結衣にとって、少女漫画の王道設定は「ただの違和感」でしかないようです。
全3000話という壮大な連載の、まだほんの入り口です。
結衣と佐藤君が、物語の「外側」でどのような絆を深めていくのか。
そして、面目を丸潰れにされた一ノ瀬が、次なる「修正」をどう仕掛けてくるのか。
次回、『第7話:真っ白な世界での宿題会 ~不純物(一ノ瀬)のいない、完璧な静寂~』。
「ツッコミがキレキレ!」「免許証以前の問題だった(笑)」など、皆様の感想が執筆の原動力です。
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