第3話:初デートは「強制フラグ」の破壊現場で
第2話へのたくさんの評価と感想、本当にありがとうございます!
佐藤君という「世界のバグ」を手に入れた結衣。
しかし、運命の王子様・一ノ瀬蓮も、そう簡単にはヒロインを諦めてはくれないようです。
今回は、少女漫画あるあるの「放課後の強制イベント」を全力でぶち壊しに行きます。
どうぞお楽しみください!
学園の屋上。そこは、少女漫画において「告白」や「密談」、あるいは「劇的な和解」が行われる聖域だ。
オレンジ色に染まり始めた空を背景に、私は佐藤君の隣で、フェンスから身を乗り出すようにして校庭を眺めていた。
「……ねえ、佐藤君。さっき一ノ瀬君に言った『読者』って、どういう意味?」
私の問いに、佐藤君は眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、手元の文庫本に栞を挟んだ。
彼は少しだけ視線を泳がせ、それからポツリと答えた。
「言葉通りの意味だよ。君たちが全力で『ヒロイン』や『王子様』を演じているのを、俺はただ、一冊の読み物として眺めていた。……もっとも、君に関しては、あまりにもその役柄が似合っていなくて、ページをめくるたびに不快なノイズが走る不良品に見えたけどね」
「不良品って……。まあ、自覚はあるけど」
私は苦笑いした。確かに、私は彼らのような「完璧な登場人物」にはなりきれない。
すると、佐藤君がふと私の目を見た。
「でも、その不良品が意志を持って、自分のシナリオを破り捨てた。……それが面白くて、つい読み飛ばすのをやめたんだ。読者としては、結末が予測できない物語ほど価値があるからね」
その言葉に、胸がトクンと跳ねた。
世界が私に強要する「愛」ではなく、一人の人間としての「興味」。それは、今の私にとってどんな甘い台詞よりも救いだった。
だが、安らぎは長くは続かない。
突如として、私の視界に激しい閃光のようなノイズが走った。
『緊急イベント発生:放課後の強制下校。王子、ヒロインをバイクの後ろに乗せ、夜の埠頭へ連れ去る。拒否権なし』
「う……頭が……!」
視界がピンク色のグラデーションで塗りつぶされ、耳の奥でアップテンポなBGMが鳴り響く。
足が勝手に動き出す。私の意志とは無関係に、校門で待っているであろう一ノ瀬のもとへ、体が操り人形のように引き寄せられていく。
「……また、始まったみたいだね。強引なプロット(構成)の修正が」
佐藤君の声は冷静だった。彼は私の肩を掴み、その場に留めようとするが、今回の「強制力」は桁違いだ。
何しろ、これは第3話のクライマックス、読者を惹きつけるための「盛り上がり」として用意されたイベントなのだ。
「佐藤君、ダメ……。体が、勝手に……!」
「花咲さん、深呼吸して。……今から、この『ページ』を破り捨てる。……ついてこれる?」
彼は私の手を力強く握ると、あろうことか屋上のフェンスを乗り越えようとした。
「ちょ、ちょっと! 何するの!?」
「ここから飛び降りるのが、一番手っ取り早い『ルート分岐』だ。……大丈夫、俺が『行間』を操作する」
佐藤君は私を抱き寄せると、そのまま虚空へと足を踏み出した。
悲鳴を上げる間もなかった。落下するはずの私たちの体が、ふわりと浮き上がる。
見ると、私たちの足元には、本来なら空中に存在するはずのない「下書きの線(パース線)」が、階段のように出現していた。
佐藤君は、その見えない階段を軽やかに駆け下りる。
視界の端では、一ノ瀬が校門で「遅いな、結衣は……」とカッコつけたポーズを維持したまま、完全に静止していた。
「あいつ、動いてない……?」
「当然だよ。あいつは『ヒロインが現れる』というフラグが立たない限り、次の行動に移れないプログラムだからね。……今のうちに、本来のシナリオには存在しない『寄り道』をしよう」
私たちは、誰もいない放課後の商店街へと辿り着いた。
そこは、少女漫画では決して描かれない、生活感に溢れた少し汚い路地裏だった。
「……ここが、私の知らない『世界』?」
「そう。作者が描くのを面倒くさがって、背景素材を使い回している場所だ。……でも、ここなら一ノ瀬の手は届かない」
佐藤君は、路地裏にある小さなクレープ屋の前に立ち、小銭を取り出した。
「これ、食べて。……シナリオにはない、不純物だ」
差し出されたクレープは、少し形が崩れていたけれど、温かくて、暴力的なまでに甘かった。
一ノ瀬と一緒に食べる高級なディナーなんかよりも、ずっと、ずっと「生きてる」味がした。
「……美味しい」
涙がこぼれそうになった。
一ノ瀬とのデートなら、私はここで『おいしーい! 蓮君、あーんして?』なんて台詞を言わされていたはずだ。
でも、今は違う。
私はただ、自分の意志で「美味しい」と言い、佐藤君と笑い合っている。
その時。
背後の空間が、パキパキとひび割れた。
「——見つけたぞ。結衣、そして……名前も知らん、邪魔者め」
一ノ瀬蓮が、空間を引き裂くようにして現れた。
彼はバイクに跨ったまま、本来なら通れるはずのない細い路地裏に、無理やり「エフェクト」を撒き散らしながら侵入してきたのだ。
「しぶといな、王子様。……せっかくの休載時間を邪魔しないでほしいんだけど」
佐藤君がクレープの巻紙をゴミ箱に捨て、ゆっくりと一ノ瀬に向き直った。
その瞳には、今まで見たこともないような、鋭い「敵意」が宿っていた。
「結衣を返せ。それは俺のヒロインだ」
「断る。……彼女は、もう君の『読み物』じゃない。……俺と一緒に、新しい物語を書き始めるんだ」
佐藤君の手が、私の腰に回される。
一ノ瀬の背景に浮かぶピンク色の花びらが、佐藤君が放つ漆黒の「ノイズ」によって、次々と黒く腐り落ちていく。
少女漫画のヒロインを辞めた私の、本当の恋が、ここから加速し始める。
第3話をお読みいただき、本当にありがとうございました!
今回は「屋上からの脱出」というメタ的なアクションを盛り込んでみました。
佐藤君の能力が少しずつ明らかになってきましたが、一ノ瀬もまた「世界の主人公」としての強引な修正力で対抗してきます。
次回、『第4話:中間試験は「攻略対象」との知恵比べ? ~モブ君の教え方はスパルタです~』。
学園モノの定番、試験イベントで一ノ瀬を完膚なきまでに叩きのめします(予定)!
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