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第2話:告白されたモブ君、実はシナリオの「空白地帯」でした

第1話へのアクセス、ブックマーク、そして温かい評価をいただきありがとうございます!

運命の王子様を回避した結衣ですが、どうやら選んだ「避難先」も一筋縄ではいかないようです。


少しずつ明かされる世界のルールと、佐藤君の不思議な魅力をお楽しみください。

 静まり返った校門付近。

 春の柔らかな日差しが降り注いでいるはずなのに、私の周囲だけが真空になったかのような錯覚を覚える。

 私は、自分が口にした言葉のあまりの重さに、今さらながら顔が火を吹くほど熱くなるのを感じていた。


「……私を、あなたの『特別』にしてくれない?」


 あんなに堂々と、あんなに必死な顔で。しかも、つい数十秒前まで名前すら知らなかった、クラスの片隅に佇む「モブA」こと佐藤君に対して。

 我ながら、自分を縛り付けるシナリオという名の鎖を壊したい一心で、半ばトランス状態に陥っていたとしか思えない。心臓の音が耳の奥で、警鐘のように激しく打ち鳴らされている。


 佐藤君は、私に抱きつかれたままの姿勢で、まるで時が止まったかのように固まっていた。

 度の強そうな眼鏡の奥で、夜の海のように深い色の瞳が、パチパチと困惑したように瞬きを繰り返す。彼の体からは、紙の本と微かな石鹸のような、落ち着いた匂いがした。


「あの……花咲さん、だっけ」


 数秒の沈黙の後、ようやく彼から発せられた声は、予想外に低く、そして驚くほど穏やかだった。


「えっ、私の名前知ってるの?」

「……同じクラスだし。それに君、学園一の有名人……いわゆる、この世界の『ヒロイン候補』じゃないか。知らない方が難しいよ」


 彼は困ったように眉を八の字に下げると、私を壊れ物でも扱うかのように、ゆっくりと自分から引き離した。その指先が私の肩に触れた瞬間、パキパキという嫌な音と共に、視界の端に再び「ノイズ」が走り始める。


『ト書き:ヒロイン、不慮の事故を装い運命の相手を追いかけて走り去る。モブは舞台装置(背景)へと戻る』


(戻らせるか……。戻ってたまるもんか!)

 私は、自分の中から溢れ出す拒絶感に従い、咄嗟に彼の制服の袖を掴んだ。安っぽいポリエステルの生地を、指の色が変わるほどの力で握りしめる。


「待って、行かないで! 今の告白、本気だから! 嘘じゃないの。お願い、とりあえずでいいから私と付き合って!」

「……とりあえずで付き合うのが本気って、矛盾してない?」


 佐藤君は深く、重いため息をつくと、膝の上に乗せていた読みかけの文庫本をパタンと閉じた。

 その時、私の視界にある決定的な「異常」が起きた。

 本来、この世界で「背景」や「エキストラ」でしかないはずの彼の周囲だけ、漫画のコマ割りにあたる不自然な黒い境界線が、まるで熱に溶けるように完全に消滅したのだ。周囲の景色はどこか平面的で色が薄いのに、彼だけが、現実の解像度を何倍にも上げたかのように鮮明に見える。


(何これ……。彼がいる場所だけ、シナリオが『描かれていない』? それとも……書き込みが間に合っていないの?)


 並木道を歩く他の生徒たちは、相変わらず「ト書き」にプログラムされた通りのポーズで、一定の速度で歩いている。感情の読み取れない顔、記号的な会話。それはまさに、決められた演技をこなすだけのエキストラそのものだ。

 けれど、目の前で袖を掴まれている佐藤君だけは、私の突拍子もない反応をその目で確かめ、本当に自分の頭で「考えて」言葉を選んでいた。


「君、さっきから空中の何もないところを睨んだり、何かに怯えたりしてるよね」


 佐藤君が、私の目の前でヒラヒラと手を振った。その動きに合わせて、私の視界にあるピンク色のテロップがノイズを起こして歪む。


「もしかして……君には、何か、見えてるの?」


 心臓がドクリと跳ねた。秘密を暴かれた恐怖と、初めて理解者に会えたかもしれないという期待が、体の中で混ざり合う。


「え……? 佐藤君にも見えるの? この空中に浮かぶピンクの吹き出しとか、勝手に展開を決めてくる黒い文字とか……」

「いや、俺には何も見えないよ。ただ、君が何かに怯えて、見えない力に無理やり『ヒロインというキャラ』を演じさせられて、今にも壊れそうになっているのは……ずっと見てて気付いてた」


 ずっと、見ていた。

 その言葉は、どんな甘い愛の囁きよりも深く、私の胸の奥に突き刺さった。

 完璧な美貌と清廉な性格を求められ、「王子様」との恋というレールを全速力で走らされる毎日。誰にも言えず、ただ「そういう役割だから」と冷めた目で見守られ、消費されていく孤独。

 そんな私を、一人の「人間」として観察していた少年が、唯一の脱出口としてそこに立っていた。


 その時、校内の方から地響きのような、傲慢で鋭い声が響き渡った。


「おい、そこで何をしている。結衣!」


 最悪だ。一ノ瀬蓮が戻ってきた。

 本来、曲がり角で私と激突し、「運命の出会い」を果たすはずだった彼は、そこにいるはずのヒロインがいないことに苛立っているのだろう。取り巻きの男子たちを従え、怒りのオーラ(という名の、ピンク色の背景エフェクト)を背負ってこちらへ向かってくる。


『修正イベント発生:不遜な王子、ヒロインに害をなす不快な害虫モブを排除し、彼女を強引に連れ去る』


 視界の中央に、警告のような真っ赤な文字が踊る。

 一ノ瀬の手が、私の肩を掴もうと乱暴に伸びてくる。逃げなきゃ。そう思っているのに、私の足は「シナリオの拘束力」によって地面に縫い付けられたように動かない。体がガタガタと震え、ト書き通りの「怯えるヒロイン」のポーズを勝手に取らされそうになる——。


「……悪いけど、彼女は今、俺と大事な話をしてるんだ。邪魔しないでくれるかな」


 氷点下の冷たさを孕んだ、静かな声がした。

 いつの間にか佐藤君が、私と一ノ瀬の間に割って入るように立っていた。彼は一ノ瀬の伸ばした手を、まるでゴミを払うかのように無造作に払い除けた。


「なんだよ、お前。どこのモブだ? 俺の許可なく結衣に触れるな」

「佐藤だ。覚えてなくていいよ、君の物語には関係ない名前だから。……行こう、花咲さん」


 佐藤君は私の震える手を迷いなく握ると、そのままスタスタと歩き出した。

 背後で一ノ瀬が「待ちやがれ!」だの「貴様、タダで済むと思うなよ!」だのと喚き散らしているが、不思議なことに、佐藤君に手を引かれている間だけは、視界を埋め尽くしていた「シナリオ」が、朝靄に溶ける霧のように消えていく。


 校舎の裏、滅多に人が来ない旧園芸部の物置小屋の陰まで来て、ようやく彼は足を止めた。春の風が、彼の少し長めの前髪を揺らす。


「……ごめん。勝手に連れ出した。あいつが近くに来ると、君の周りの『ノイズ』がひどくなるみたいだったから。少しは楽になった?」


 握られたままの彼の手は、驚くほど大きくて温かかった。

 彼の頭上に浮かぶ不気味な黒い文字——『不確定要素:佐藤 蒼』。それが、今は世界中のどんな言葉よりも頼もしく、愛おしい守護者の名に見える。


「佐藤君……あなた、本当は何者なの? どうして私を、あんな強制力から救い出せるの?」

「ただの読者だよ」


 彼は少しだけ口角を上げて、どこか自嘲気味に、それでいて悪戯っぽく微笑んだ。


「この安っぽくて、クソみたいな少女漫画。勝手にページをめくられるのは癪だろう? 結末くらい、ハッピーエンドに変えたいと思ってる……ただの読者だ」


 どうやら私の「運命書き換え」の旅は、とんでもなく強力で、最高に謎めいた相棒を手に入れてしまったらしい。

第2話をお読みいただきありがとうございました!


ついに佐藤君が「シナリオの外側にいる存在」であることが判明しました。

彼の言う「読者」とはどういう意味なのか?

そして、自分の思い通りにならないことに激昂する一ノ瀬の執拗な追い上げを、二人はどうかわしていくのか。


次回、『第3話:初デートは「強制フラグ」の破壊現場で』。

結衣と佐藤君の、可愛くない(?)共闘がついに始まります!


「佐藤君、ミステリアスで素敵!」「一ノ瀬をもっとギャフンと言わせて!」など、感想をいただけますと執筆の大きな力になります。

皆様の応援で、シナリオの続きをさらに盛り上げていきましょう!

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