表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/21

第17話:夏休み最後の日、あるいは9月の始まり。 ~佐藤君と二人、誰もいない教室で~

読者の皆様、長らく続いた「地獄の夏休み編」にお付き合いいただきありがとうございました。

第14話での新学期フライング事件、そして第16話での「ボツ設定・九条院」との死闘を経て、物語はようやく正当な時間軸を取り戻しました。


今回は、嵐のあとの静けさとも言うべき、夏休み最後のエピローグです。

登校日前の、誰もいない校舎。そこで結衣が佐藤君と交わす言葉は、これからの「新学期編」への大切な布石となります。

 窓の外から聞こえてくるのは、もうあの狂ったようなセミの合唱ではない。

 どこか物悲しく、それでいて涼やかな秋の虫の声だ。

 カレンダーは「9月1日」。一ノ瀬が歪めた時間軸は、佐藤君が放った「宿題の重み」という物理攻撃によって完全に粉砕され、世界は再び正しいレールの上を走り始めていた。


「……よかった。ちゃんと、9月になってる」


 私は、始業式の準備のために誰もいない早朝の教室へと足を踏み入れた。

 ワックスの匂いが微かに残る床、埃が光の粒のように舞う空気。

 つい数日前まで、ここで「影の暗殺者」や「空飛ぶ戦闘ヘリ」と戦っていたなんて、自分でも信じられない。


 教室を見渡すと、机の配置や黒板の隅の消し跡までが、驚くほど「普通」だった。一ノ瀬のオーラによってピンク色に発光していた壁も、今はただの古びたクリーム色に戻っている。過剰なエフェクトが剥ぎ取られた世界は、少しだけ寂しくて、でも、たまらなく愛おしかった。


「おはよう、結衣さん。……少し、顔色が良くなったね」


 教室の最後尾。窓際の席に、彼はもう座っていた。

 佐藤君は、読みかけの文庫本を閉じると、眼鏡を指で直しながら私を見た。


「佐藤君! ……あなた、いつからいたの?」


「さっきだよ。……この世界が『夏休み』というループから脱出する瞬間を、特等席で見守りたかったからね。……昨夜の九条院との戦いで、世界のデータに大きな欠落バグが生まれた。おかげで、今日はまだ『ト書き』の更新が遅れているみたいだ」


 佐藤君が空を指差す。

 いつもなら「期待に胸を膨らませるヒロイン」なんていうピンク色のテロップが浮かんでいるはずの場所には、ただ『System Loading...』という無機質な文字が、弱々しく点滅していた。


「……静かだね。世界が、私たちの意志を待っているみたい」


 私は佐藤君の隣の席に腰を下ろした。

 一ノ瀬と一緒にいるときのような、過剰な演出エフェクトも、耳障りなBGMもない。

 ただ、窓から吹き込む風と、佐藤君の穏やかな呼吸の音だけが聞こえる。


「ねえ、佐藤君。九条院……あの『影』の少年は、もう戻ってこないのかな?」


 私の問いに、佐藤君は窓の外、遠くの校門を見つめながら少しの間を置いた。


「……わからない。彼は『ボツ設定』の象徴だ。作者がまた迷走して、物語に刺激が足りないと思えば、第25話あたりでリサイクルされるかもしれないね。あるいは、もっと強力な『過去の因縁』として書き直されて。……でも、今の君なら大丈夫だ」


 佐藤君は、机の上に置かれた私の手に、そっと自分の手を重ねた。


「君はもう、ただのヒロインじゃない。……自分の意志でペンを持ち、シナリオを書き換える『共著者』だ。一ノ瀬の強引な王子様属性も、ボツ設定の怨念も、君の『日常を守りたい』という意志には勝てないよ」


「共著者……。いい響きね」


 私は彼の手の温もりを、じっくりと噛み締めた。

 この夏休み、私は何度も死にかけ、何度も絶望した。

 でも、そのたびにこの「モブ」な彼が、物語の外側から手を差し伸べてくれた。


「ねえ、佐藤君。もしこの物語が本当に完結したら、私たちはどうなるの?」


「……そうだね。普通の漫画なら、ハッピーエンドのあとに『その後』は描かれない。でも、物語の外側にいる俺たちには、描かれない未来の方が長いんだ。……君がヒロインという役職を定年退職する日まで、俺は付き合うつもりだよ」


 佐藤君の少し皮肉めいた、でも誠実な言葉に、胸が熱くなる。

 私たちは、この物語という檻の中にいながら、自由を手に入れようとしている。


「佐藤君。私、決めたわ」


「何をだい?」


「新学期は、もっと派手に暴れてやるわ。……作者が用意した『学園祭のヒロイン争奪戦』も、『修学旅行の強制告白イベント』も、全部めちゃくちゃにして、私が納得できる最高のハッピーエンドを、あなたと一緒に作るの。……たとえそれが、読者アンケートで最下位になってもね」


 私の宣言に、佐藤君は今日一番の深い笑みを浮かべた。


「……期待してるよ。読者としては、これ以上ないほど面白い展開だ。……さあ、見て。そろそろ『演出』が追いついてきた」


 その時、校庭から「結衣ィィィ!! どこだぁぁ!!」という、聞き慣れた(そして暑苦しい)叫び声が響いてきた。

 一ノ瀬蓮だ。新学期早々、彼は大型犬のような勢いで校門を駆け抜けてくる。

 彼の周囲には、またしてもキラキラとした黄金の粉と、どこからともなく湧いてきた真っ赤なバラの花びらが舞っている。


『ト書き:9月、新しい恋の予感。王子とヒロインの距離は、秋の深まりとともに——』


 空中のテロップが、ようやく更新を始めた。

 ピンク色の不自然な光が教室に差し込み、私の視界を無理やりドラマチックに塗り替えようとする。


「……ほら、始まったよ。クソみたいな少女漫画の、第2章が」


 佐藤君は万年筆を抜き、まるで指揮棒のように空中で一閃させた。

 パリン、という音と共に、私の視界を塞いでいたピンク色のエフェクトが綺麗に割れ、クリアな視界が戻ってくる。


「行きましょう、佐藤君。……私たちの、戦場へ!」


 私は佐藤君の手を引き、教室のドアを開けた。

 そこには、眩しいばかりの秋の太陽と、そしてこれから始まる「もっとめちゃくちゃな日常」が待っていた。


 ——夏休み、完。

 そして、伝説(?)の新学期編へと続く。

第17話をお読みいただきありがとうございました!

これにて、波乱万丈の夏休み編が正式に終了いたしました。


一ノ瀬君、九条院、そして佐藤君……。様々なキャラクターが入り乱れる中、結衣は「共著者」としての自覚を持ち始めました。物語は新学期へ。

これからも、このデタラメな運命を書き換えていく結衣と佐藤君の物語を、温かく見守っていただければ幸いです。


評価やブックマークも、ぜひよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ