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第16話:影の正体は、私の「元・許嫁」!? ~設定の詰め込みすぎで、サーバーが悲鳴を上げています~

読者の皆様、夏休み33日目という「存在しないはずの時間」へようこそ。

第15話で実体化した「謎の影」。その正体は、作者が連載開始前に「重すぎる」という理由で一度はゴミ箱に捨てたはずの、結衣さんの『元・許嫁』設定でした。


一ノ瀬君の「俺様パワー」が強すぎるあまり、バランス調整(テコ入れ)のために世界がこのボツ設定をサルベージしてしまったのです。佐藤君のデバッグ能力でも追いつかない、設定の暴走をどうぞお見逃しなく。

 真っ暗な校庭の中央。

 闇を凝縮したような爆発が収まったとき、そこに立っていたのは、一人の少年だった。

 一ノ瀬蓮が「太陽」なら、彼は「皆既日食」だ。

 青白い肌に、闇夜を切り裂いたような鋭い黒髪。そして、こちらの魂を凍りつかせるような紅い瞳。彼は、この世界の誰よりも「死」の香りが近く、そして誰よりも美しかった。


「……ようやく、この手に。ハナサキ・ユイ……。俺を捨て、光の中で笑っていた……裏切り者の女よ」


 少年の声は、冷たい地下室の奥で響くチェロの音色のように重く、私の脳内に直接響いた。


「ええっと……誰? 私、あなたみたいな不健康そうなイケメン、親戚にも知り合いにもいないんだけど。……っていうか、裏切り者って何よ。私、昨日の晩御飯を裏切ってダイエットしようとしたけど結局カレー食べた、くらいの罪しか犯してないわよ!」


 私が混乱して叫ぶと、少年の頭上に、墨をぶちまけたような不吉なフォントでプロフィールが出現した。


『メイン攻略対象ボツ九条くじょう いん

 属性:執着、暗殺、元・許嫁

 設定:幼少期に結衣と婚約していたが、一族の没落と共に歴史から抹消された。自分を忘れた結衣を地獄へ連れ去るために戻ってきた——』


「……九条院!? 設定が重い! 重すぎるわよ! 何その、一人だけ別のシリアスな復讐漫画から出張してきたような属性は!」


「不味いな。……結衣さん、離れて。あいつの周囲だけ、物語の『ジャンル』が書き換わっている」


 隣に立つ佐藤君が、いつになく険しい表情で私の前に出た。

 佐藤君の手元の万年筆が、パチパチと火花を散らしている。それは、目の前の少年——九条院が放つ「強力な負のエネルギー」にシステムが耐えきれていない証拠だった。


「……佐藤 蒼か。記録にはないイレギュラーなゴミめ。……俺とユイの愛の間に、立ちふさがるな」


 九条院が軽く指を鳴らす。

 その瞬間、私たちの足元の地面がドロリと溶け、無数の「影の鎖」が飛び出してきた。


「きゃあああ!」


「——『無効化(NULL)』!!」


 佐藤君が叫び、地面に迅速なコマンドを描き込む。

 鎖が私に触れる直前で霧となって消えたが、佐藤君の眼鏡にピシリとひびが入った。


「くっ……。あいつ、自分を『消された設定』だと自覚している。だからこそ、この世界の物理法則を無視した『バグそのもの』として攻撃してくるんだ。……論理ロジックが通じない相手は、僕のデバッグでも限界がある……」


「そんな……! 佐藤君でも勝てないの!?」


「ユイ……。思い出せ。あの……冷たい雨の日に、赤い薔薇を交換して交わした、永遠の誓いを……」


 九条院がじりじりと距離を詰めてくる。

 彼の背後には、ボツになったはずの「血塗られた過去回想」が、勝手にスライドショーのように浮かび上がっていた。

 幼い私(だと思われるキャラ)と、九条院が血のついた契約書にサインしているような、正気の沙汰とは思えない光景だ。


「思い出せるわけないでしょ! 私、幼少期は公園で泥団子作って、それを『爆弾だー!』って叫んで投げてた記憶しかないわよ! そんなオシャレでサイコな婚約の儀式、一秒もやってないわ!」


『修正:結衣の記憶操作に失敗。ボツ設定の強制インストールを開始します。……進行度15%……』


 私の脳内に、身に覚えのない悲劇的な音楽が流れ始める。

 視界がセピア色に染まり、九条院を「愛さなければならない」という強迫観念が、心臓を締め付け始めた。


「……っ、頭が……痛い……」


「結衣さん! 意識を保って! それは君の記憶じゃない、ただの『ボツ案』だ!」


 佐藤君が私を抱きかかえる。

 しかし、九条院の力は強大だった。彼は「設定の暴走」そのもの。一ノ瀬のわがままが生み出した「8月33日」というバグの隙間を完全に掌握している。


『さあ……。堕ちよう……ユイ。暗い暗い、ゴミ箱の底へ……』


 九条院が冷たい手を私に伸ばした、その時。


「——待たせたな、ブス共!!」


 夜空を切り裂いて、黄金の閃光が降臨した。

 轟音と共に、校庭の中央に真っ白なオープンカーが「物理的に空から」着地する。

 乗っているのはもちろん、我らが「俺様王子」一ノ瀬蓮だ。


「結衣ィィ! 俺の許可なく、知らない男とシリアスな回想シーンを始めるなと言ったはずだ! 背景をセピア色にするな! 華やかなピンクに戻せと言っているんだ!」


「一ノ瀬君!? ……って、あんた、この闇の結界をどうやって突破してきたのよ!?」


「決まっているだろう! 『一ノ瀬の辞書に、入室禁止の文字はない』! 俺が行きたい場所が、俺の庭になるんだよ!」


 一ノ瀬が車から降り立ち、指をパチンと鳴らす。

 すると、九条院が作り出していたドロドロの闇の領域が、一ノ瀬から放たれる「過剰なまでの自己愛の光」によって、一瞬で「キラキラしたラメ入りの床」に上書きされた。


「……一ノ瀬 蓮……。光り輝く物語の寵児か。……お前のその、中身のない明るさが……虫酸が走る」


「ふん、暗気臭い男め。お前のような『設定の詰め込みすぎでボツになった敗北者』が、俺のヒロインに触れるなど一万光年早い! 見ろ、俺の背景には今、100人の管弦楽団(※透明化)が控えているんだ。お前のチェロの音色など、俺の主題歌でかき消してやる!」


 一ノ瀬が胸を張ると、どこからともなく壮大なオーケストラが鳴り響き、校庭のノイズを力ずくで「豪華なパーティー会場」のBGMへと変えた。


「……凄い。一ノ瀬の『設定の押し通し力』が、九条院の『バグの侵食』と拮抗している……」


 佐藤君が驚きを隠せずに呟く。

 世界をデバッグする佐藤君でも不可能だった「設定の破壊」を、一ノ瀬はただ「自分のほうが目立ちたい」という我儘だけでやってのけていた。


「おい、影の薄い男! 名前は……佐藤だったか。結衣を支えていろ。この不健康なストーカーは、俺様が直々に『設定消去』してやる!」


「ストーカーだと……? 俺は、彼女の正当な……」


「黙れ! 前世だの許嫁だの、設定が古臭いんだよ! 今のトレンドは『一ノ瀬蓮』、ただそれ一点だ!」


 一ノ瀬と九条院が激突する。

 一方は「黄金の薔薇」を、一方は「黒い刃」を手に、校庭はもはや少女漫画の枠を超えた「設定の格闘技場」と化していた。


 佐藤君は、その激闘を冷静に観察しながら、私の耳元で囁いた。


「結衣さん、今だ。……一ノ瀬が九条院の注意を引きつけている間に、この『8月33日』のコアを破壊する。……カレンダーを、物理的に9月1日へ叩き落とすんだ」


「どうやって!?」


「君の『宿題のプリント』を使う。……あれは、君が夏休み中に溜め込んだ『現実の重み』だ。それを九条院の設定の隙間に叩き込めば、あまりの生活感の強さに、あいつの幻想は崩壊する」


 私はカバンから、一ノ瀬の力で白紙に戻されたはずのプリントを掴み出した。

 一ノ瀬の放つ光と、九条院の放つ闇。

 その巨大なエネルギーが渦巻く中心へ向かって、私は「全うな日常」への執着を込めて、紙の束を投げつけた。


「——私の夏休みを、これ以上ぐちゃぐちゃにしないで!!」


 プリントが九条院の胸元に突き刺さった瞬間、彼の赤い瞳が驚愕に見開かれた。

 紙面に書かれた『問:次の二次方程式を解け』という、あまりにも現実的で血の通わない文字が、彼のドロドロとした怨念の設定を、一気に「単なる紙屑」へと引き戻していく。


『……な……ぜ……。こんな……ただの計算問題が……俺の愛よりも……重い……だと……!?』


「当然よ! 私たち高校生にとって、宿題の重さは愛より重いのよ!!」


 九条院の体が、パラパラとデジタルノイズに変わって崩れていく。

 一ノ瀬がトドメと言わんばかりに、眩いばかりのウインクを放った。


「さらばだ、過去の遺物! 結衣の隣は、未来永劫……俺という恒星の定位置だ!」


 闇が晴れ、一ノ瀬の光もまた、限界を超えて弾けた。


 ——次に目を開けたとき。

 私は、自分の部屋のベッドの上にいた。

 窓からは、今までとは違う、どこか涼しくて寂しい風が吹き込んでいる。


 カレンダーを見ると、そこにはようやく、待ち望んでいた文字が書かれていた。


『9月1日:始業式』


「……終わった。ようやく、終わったのね。私の夏休み」


 私は枕元に置いてあった数学のプリントを見た。

 そこには、昨日の激闘の跡か、それとも佐藤君の仕業か。

 最後の一問の横に、小さな文字でこう書かれていた。


『解答:Q.E.D.(証明終了)。新学期も、特等席で見守らせてもらうよ。——佐藤』


 私はその文字を指でなぞり、小さく笑った。

 宿題は終わっていないけれど、これからの「新学期」が、どんなにクソみたいなシナリオであっても。

 私の隣には、最高の読者と、そして最高に迷惑な王子様がいる。


 私の本当の戦いは、ここから始まるのだ。

第16話をお読みいただきありがとうございました!


ボツ設定の「九条院」という強敵を、一ノ瀬君の「設定無視パワー」と結衣さんの「現実的な宿題」で見事に(?)撃退しました。愛よりも重い二次方程式、受験生には刺さる言葉かもしれません。


これにて、本当に、本当に「夏休み編」が完結です。

次回、第17話は夏休みのエピローグ。

そして第18話からは、ついに(今度こそ)新学期が幕を開けます。


次回、『第17話:夏休み最後の日、あるいは9月の始まり。 ~佐藤君と二人、誰もいない教室で~』。


「一ノ瀬の主題歌に笑った」「宿題の物理攻撃、最強すぎる」など、皆様の感想をお待ちしております!

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