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第13話:豪華客船がタイタニックにならない理由 ~一ノ瀬の『俺様』オーラは、氷山をも溶かす~

夏休みもいよいよ最終盤。一ノ瀬君が「夏休みの思い出が足りない」という理不尽な理由で、学園の生徒全員を招待した豪華客船クルーズを強行します。


本来なら、嵐に巻き込まれた船内で、暗闇に乗じて一ノ瀬が結衣を抱き寄せ、「……怖がるな、俺がついてる」と囁くパニック&ロマンス回になるはず。

しかし、一ノ瀬の「自己中心的すぎるエネルギー」は、天候や氷山といった「自然界のフラグ」さえも物理的に無効化してしまいます。

一ノ瀬の熱量にさらされる結衣と、それを淡々とデバッグする佐藤君。夏休み最後の夜、海の上で「世界の理」が再び書き換えられます。

 目の前にそびえ立つのは、マンションを横倒しにしたような巨大な影。

 一ノ瀬財閥が所有する超豪華客船『クイーン・レオ・一ノ瀬号』だ。船体に描かれた一ノ瀬の巨大な肖像画は、特殊な蛍光塗料で塗られているのか、夜の海を威圧的に、かつ目に痛いほどの輝きで照らしていた。


「……ねえ、佐藤君。なんで私、今タラップを登ってるのかしら。さっきまで自宅の冷房の効いた部屋で、夏休みの宿題の総仕上げ(※進捗20%)をしてたはずなんだけど」


「強制イベント:『避暑地のクルーズは恋の嵐』が発動したからだよ、結衣さん。一ノ瀬が指を鳴らした瞬間、君の家の玄関がこの船の乗船口に直結するように空間が歪められたんだ。……君の宿題のプリントは、今ごろ次元の狭間を彷徨い、文字通り『無』に帰しているよ」


 隣を歩く佐藤君は、船の「タキシード着用」というドレスコードを完全に無視した、いつもの「地味なグレーのTシャツ」姿だ。驚くべきことに、周囲に配備された屈強なSPたちは彼の存在を認識すらできていない。彼が放つ「徹底したモブオーラ」が、高性能な光学迷彩のように周囲の認識を阻害しているらしい。


 船上パーティー会場に入ると、そこには黄金のシャンパンタワーを背景に、純白のタキシードを纏った一ノ瀬蓮が立っていた。彼の背後からは、なぜか物理的な光源がないのにバラ色の後光が差している。


「結衣ィィ! 遅いぞ! お前を待つ間に、俺の熱い眼差しでシャンパンが沸騰してしまったじゃないか! 見ろ、この気泡はすべて俺の情熱だ!」


「沸騰させないでよ。ただでさえ暑いのに、炭酸が抜けきったぬるい酒なんて誰が飲むのよ。だいたい、この船の行き先はどこなの?」


「ふん、細かいことは気にするな。今夜、この船は北極圏へ向かう。真夏の夜に、お前のために氷山を砕いて、最高級のオン・ザ・ロックを作ってやるからな!」


 一ノ瀬がそう宣言した瞬間、船内の窓の外が急激に凍りつき始めた。

 本来、日本近海から北極まで数分で行けるはずがないのだが、この世界の「場面転換」は、距離や時間といった物理概念を完全に無視する。窓の外には、すでにオーロラが揺らめき、巨大な流氷が浮かんでいた。


『ト書き:突如現れた巨大な氷山! 逃げ場のない洋上で、船は衝突不可避の危機に陥る。パニックの中、結衣は一ノ瀬の腕の中に飛び込み、死を覚悟した甘い接吻を——』


「……あ、嫌なフラグが立ったわね。佐藤君、この船、このままだとタイタニック化するわよ! 救命ボートは!? 私、ジャックみたいに凍った海に残るのは御免よ!」


「いや、結衣さん。落ち着いて見てごらん。……この世界の『特権階級メインヒーロー』にとって、悲劇なんてものは単なる演出のスパイスに過ぎないんだ」


 佐藤君が指差した先。

 船首の真正面に、物語の設定通りエベレストのごとき巨大な氷山が出現した。衝突まであと数秒。悲鳴を上げ、右往左往する乗客たち(モブ)。しかし、一ノ瀬は眉一つ動かさない。彼はデッキの端に悠然と立ち、氷山に向かってその輝かしい「俺様スマイル」を、最大出力で放った。


「邪魔だ。……俺の行く道を遮るものは、太陽であろうと許さない。溶けろ」


 次の瞬間、信じられない光景が起きた。

 一ノ瀬から放たれた「自意識過剰な熱量」が、物理的な熱線となって正面の氷山を直撃。数万年かけて形成された巨大な氷の塊が、電子レンジに入れられたバターのように、一瞬で「シュンッ」という音を立てて蒸発して消えてしまったのだ。


「……はぁ!? 溶けた!? タイタニック的な展開、完全に無視したわよ、あの男! 物理法則はどうなってるの!?」


「一ノ瀬の自己肯定感は、もはや恒星の核融合に近いレベルに達しているんだね。……彼にとって『自分が乗っている船が沈む』という設定は、プライドが許さない。だから、世界の物理エンジンが強制的に書き換えられ、氷山の方が『存在すること』を諦めて消滅を選んだんだ。……熱効率で言えば、核兵器数発分に相当する熱量だよ」


 佐藤君は手帳に『一ノ瀬の推定表面温度:6000度(太陽光球並み)』と淡々とメモしている。


「あーあ、せっかくお前のために用意したオン・ザ・ロックが水浸しだ。……おい結衣、震えているのか? 安心しろ、この俺がいる限り、地球温暖化だって俺の体温調節機能の一つに過ぎない。冬が来ない世界にしてやってもいいんだぞ!」


「環境問題まで私物化しないでよ! 迷惑極まりないわ! 私の10月の誕生日は、ちゃんと涼しい秋がいいの!」


 一ノ瀬が私に近づき、その熱い(実際に空気が陽炎で揺らぐほど熱い)手を伸ばしてきた。

 その瞬間、佐藤君が私の前にスッと入り、一通の『公的な警告状』のような紙を掲げた。


「一ノ瀬君。君の今の暴挙によって、周辺海域の海水温が数秒で20度上昇した。その結果、絶滅危惧種のクジラやホッキョクグマの生態系に回復不能な被害が出た恐れがある。……現在、国際的な環境保護団体、および国連の特別委員会が、君の船を『動く気候変動』として国際司法裁判所に提訴する準備を始めたよ。衛星写真で、君の顔だけが異常な熱源として感知されているんだ」


「なっ……国連だと!? 俺の美しさが、クジラの昼寝より優先されないというのか!?」


「物語のルール(愛の独裁)よりも、現実のルール(環境保護と国際法)の方が、今の連載トレンドとしては『叩かれやすい』。……結衣さん、今のうちにこの『イベントの隙間』から脱出しよう。船底の倉庫に、作者が描き忘れて背景色と同化している『非常用ボート(ラフ画)』がある」


 佐藤君は私の手を引き、豪華なシャンデリアの下を潜り抜けた。

 一ノ瀬は「クジラに謝罪文を書けだと!? 俺のサイン入りブロマイドで手を打てないのか!?」と、環境保護団体との想定外のコンプラバトルに翻弄されている。


 私たちは船底の、まだ色の塗られていない真っ白なボートに飛び乗った。

 佐藤君が万年筆で海面に『自宅へショートカット』という数式を書き込む。


「……ごめんね、佐藤君。豪華客船の旅なのに、結局最後はラフ画のボートで手漕ぎ帰宅になっちゃって。もっと普通に楽しみたかったんだけど」


「いいよ。……一ノ瀬の人工的な熱気に中てられるより、この冷たい本物の潮風の方が、君には似合っている。……それに、ラフ画のボートなら、一ノ瀬のレーダーにも映らないからね」


 背後で、豪華客船から上がる花火が、一ノ瀬の横顔を模して爆発している。

 夏休み最後の、あまりにもバカげた、そして少しだけ涼しい夜。

 私はボートを漕ぐ佐藤君の背中を見ながら、明日から始まる「新学期」という名の、また新しい、そしてクソみたいな運命との戦いに思いを馳せた。

第13話をお読みいただきありがとうございました!


氷山さえも蒸発させる一ノ瀬君の自己肯定感。もはや人間というよりは移動式の太陽に近い存在になってきましたが、佐藤君の「国際法と環境保護」というメタ視点での制裁によって、なんとか結衣を日常に連れ戻すことに成功しました。


これにて激動の夏休み編が終了です。

次回からは、物語の定石である「新学期」と、そこに現れる「新たな設定」との戦いが始まります。


次回、『第14話:新学期の朝、屋上に現れたのは「前世の記憶」を持つ美少女!? ~設定の大渋滞を、交通整理してきます~』。


「一ノ瀬の熱量が物理的にヤバい」「佐藤君のコンプラ攻撃、容赦ない!」など、皆様の感想をお待ちしております!

評価やブックマークも、引き続き執筆の大きな励みになります!

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