第12話:夏祭りの夜は、作画のいい場所から離れたい ~屋台の焼きそばが、ちゃんと3Dモデルなことに感動~
一ノ瀬君の強引な「バックハグ合宿」を、佐藤君の放った「コンプライアンスの刃」で切り裂いた前夜。
夏休みもいよいよ佳境。今夜は地元の夏祭りです。
本来なら、人混みの中で一ノ瀬とはぐれ、「……あいつ、どこ行ったんだよ」と不安になる結衣の前に、リンゴ飴を持った一ノ瀬が現れて強引に手を引く……という黄金パターンのイベントが用意されているはず。
しかし、結衣と佐藤君はその「メインルート」を外れ、作画の薄い、静かな神社の裏手を目指します。
夏の夜の空気は、湿り気を帯びた熱気と、遠くから聞こえる太鼓の音に支配されていた。
私は今、鏡の前で自分の姿を見て、深い溜息をついている。
「……やっぱりね。こうなると思ったわ」
私が着ている浴衣は、自分で選んだ地味な紺色のものだったはずだ。しかし、一歩外へ出た瞬間、物語の「ヒロイン補正」が発動した。浴衣の柄はいつの間にか派手な大輪の牡丹に書き換わり、帯の後ろにはなぜか「物理法則を無視して発光する」謎のフリルが出現している。
『ト書き:夜の闇に浮かび上がる結衣の美しさに、通りかかるモブたちが思わず振り返る。その視線の先には、運命の赤い糸が手ぐすね引いて待っていた』
「手ぐすね引いて待ってる運命なんて、罠でしかないわよ」
私は発光する帯を必死に手で隠しながら、待ち合わせ場所である公園の隅へと急いだ。
そこには、いつものように黒いTシャツにジーンズという、あまりにも「モブ然」とした私服姿の佐藤君が立っていた。彼は私の姿を見るなり、眼鏡の奥の目をわずかに細めた。
「……すごい作画だね、結衣さん。その浴衣、暗闇でも視認性が高すぎる。まるで避難訓練の誘導灯だ」
「笑わないでよ! これ、私の意志じゃないの。一ノ瀬の『王子様センサー』に引っかかるように、システムが勝手に彩度を上げてるのよ」
「分かっているよ。……だから今日は、一番『作画が安定していない場所』へ行こう。そこなら、その発光も少しは抑えられるはずだ」
私たちは、出店が立ち並び、キラキラしたエフェクトが舞い散るメインストリートを避け、神社の裏手にある古い石段を登った。
登るにつれて、周囲の景色が少しずつ「雑」になっていくのがわかる。木々の葉はコピペしたような同じ形になり、遠くの街灯はただの白い丸い点に退化していった。
「見て、佐藤君。あの屋台……」
神社の端に、ポツンと一軒だけ「描き忘れられたような」焼きそば屋があった。
驚いたことに、その焼きそばは、よくある少女漫画の美味しそうな手描きイラストではない。カクカクとしたポリゴンが目立つ、明らかに「素材集から持ってきたばかりの3Dモデル」だった。
「……すごいわ。紅生姜の角が直角だわ」
「この辺りは、作者が『どうせ読者は見ないだろう』と手を抜いたエリアだ。……ほら、食べてごらん。味の設定さえ忘れられているから、驚くほど無味だけど、その分『強制イベント』という毒も入っていない」
二人でプラスチックのパック(これもテクスチャが少し浮いている)に入った焼きそばを突く。
確かに味はしない。けれど、一ノ瀬と一緒に食べる「一口一万円する金粉入りわたあめ」よりも、ずっと喉を通りやすかった。
「……ねえ、佐藤君」
私は、カクカクした割り箸を動かしながら、隣に座る彼を見た。
メイン会場からは、大きな花火が打ち上がる音が聞こえてくる。本来なら、あの花火の光の中で、一ノ瀬に「俺はお前を……」と囁かれるはずの時間だ。
「さっき佐藤君、私のこと『避難訓練の誘導灯』って言ったけど……実際、そうなのかもしれないわね」
「どういう意味だい?」
「このクソみたいなシナリオから、私を逃がしてくれる唯一の出口。……佐藤君は、私の誘導灯なのよ」
佐藤君は、焼きそばを口に運ぼうとした手を止めた。
作画の薄い、ぼんやりとした月光の下で、彼の表情が一瞬だけ「モブ」の枠を超えて、鮮明に描かれた気がした。
「……誘導灯か。……だとしたら、電池が切れるまで、君を安全な場所へ案内しなきゃいけないね」
その時。
石段の下から、バリバリという激しい爆音と、聞き慣れた高笑いが近づいてきた。
「結衣ィィ!! どこだ! こんな作画の低い場所に逃げ込んで、俺の特等席からの花火鑑賞を拒否するとはどういうつもりだ! 俺は今、地元の警察に圧力をかけて、この神社の裏山をすべて『一ノ瀬専用観覧席』に指定させたぞ!!」
一ノ瀬蓮だ。
あいつ、今度は「行政への圧力」という設定を強引に持ち出して、この聖域を侵略しに来たらしい。下を見ると、真っ赤なオープンカーが、石段を無理やり登ってこようとして火花を散らしている。
「……しぶとい。牡羊座の行動力が、ついに公共の福祉を破壊し始めたね」
佐藤君がため息をつき、ポケットから一本の万年筆を取り出した。
「結衣さん、耳を塞いで。……今から、このエリアの『レンダリング(描画)』を強制終了させる」
「えっ、それをやったら私たちも消えちゃうんじゃ……!」
「大丈夫。僕たちは『不確定要素』だ。……一ノ瀬の『高画質な演出』だけを、この低解像度な世界からパージする」
佐藤君が空中に『ESCキー』のマークを描いた瞬間。
一ノ瀬の乗るオープンカーと、彼の輝かしい金髪、そして彼が連れてきた高画質な演出エフェクトだけが、激しい砂嵐とともに消え去った。
「あ……ががが……!? 結衣、俺の……俺のハイビームが……作画が追い付か……な……」
一ノ瀬の叫び声が、ノイズとともに遠ざかっていく。
彼はこの低解像度な「裏側」の負荷に耐えきれず、メイン会場という「高負荷エリア」へと強制送還されたらしい。
再び、静寂が戻った。
空には、相変わらずポリゴンのようなカクカクした花火が、音もなく静かに打ち上がっている。
「……ふぅ。夏祭りくらい、ゆっくりさせてほしいわね」
「全くだ。……でも、おかげでいいものが見られた」
佐藤君が指差した先。
カクカクした花火の合間に、本物の、丸くて柔らかな光の粒が一つだけ、私たちの真上で弾けた。
「……あ、今の。設定じゃない、本物の光?」
「ああ。……物語がどれだけデタラメでも、たまにこういう『偶然』が起きる。……これこそが、僕たちが探している『余白』だよ、結衣さん」
私は、彼の隣で、発光を止めた浴衣の袖をぎゅっと握りしめた。
3000話続くという果てしない物語の、12ページ目。
私たちは、ポリゴンの焼きそばをシェアしながら、世界で一番不細工で、世界で一番美しい花火を見上げた。
第12話をお読みいただきありがとうございました!
夏祭りの夜。一ノ瀬君の「行政への圧力」という強引すぎる設定を、佐藤君の「強制レンダリング終了」で乗り切るという、またしても物理(?)的な解決回でした。3Dモデルの焼きそば、一度食べてみたいものですね。
夏休み編もいよいよ終盤。
次なるイベントは、宿題の提出期限……ではなく、夏休み最後に一ノ瀬が仕掛ける「豪華客船クルーズ(強制参加)」!?
次回、『第13話:豪華客船がタイタニックにならない理由 ~一ノ瀬の『俺様』オーラは、氷山をも溶かす~』。
「ポリゴン焼きそばの描写がリアル(笑)」「佐藤君のESCキー、私も欲しい!」など、皆様の感想をお待ちしております!
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