第五話 王子様恐怖症
仕事を辞めたいと伝えると、王子様の従者はとても驚いたようだった。何かあったのかと理由を聞かれたけれど、何もない。お屋敷で働く人たちは優しく仕事を教えてくれたり、私の手が届かないものを代わりにとってくれたり、休憩をとるように声をかけてくれたりと、みんないい人たちだった。
けれども王子様のお屋敷での仕事は、私がうんと背伸びをしなくてはいけない仕事だった。
だからこの仕事を辞める理由を伝えるなら、私が背伸びをしつづけて、神経をすり減らしていってしまうから──なのだろう。
それを伝えると、王子様の従者は納得したようにうなずいてくれた。以前もそんなふうに辞めた人がいたらしい。
幼馴染がくれたおやつの小さなリンゴも、お屋敷の食糧庫にある大きくてつやつやした甘いリンゴも、おとぎ話の『雪の日に生まれたお姫様』に出てくるリンゴみたいに毒は入っていなかったけれど、私は幼馴染のくれた小さなリンゴの方が好きだった。
こうして私はお屋敷での仕事を辞め、お屋敷とは比べようもないほど小さな家に帰った。
母は私がお屋敷での仕事を辞めてきたことを聞くと、私の好きなパンケーキを作ってくれた。お屋敷のまかないで食べたときのように、メイプルシロップがたっぷりかかったものではなく、ちょこんとバターとハチミツが乗ったものだったけれど、とても甘くて美味しかった。
「王子様ってのは、恐ろしいものだっただろう?」
母はキッチンでフライパンを拭いながら、茶化して言った。
「悪い人じゃ、なかったけどね」
小さく切ったパンケーキを口に運びながら答える。私の王子様恐怖症は、まだ治りそうにはなかった。
玄関のドアを叩く音がして、返事をすると、幼馴染がひょっこりと顔を出した。
「帰ってたんだ」
「うん。仕事、辞めてきたよ」
「……そっか。おつかれ。……おばさん、これ、頼まれてた野菜ね」
幼馴染は母に買い物かごを渡して、「じゃあまたな」と帰っていった。
買い物かごの中に小さなリンゴがある。私は穴のあいた普段着でごしごしと磨いてから、小さなリンゴを頬張った。
<おわり>
参考資料
白雪姫




