第一話 王子様との遭遇
私の母は、いわゆる変人だ。
母の変人ぶりを説明するとき、おとぎ話の『雪の日に生まれたお姫様』について、いつも思い出す。
「王子様ってのは、恐ろしいものなんだよ。お前も『雪の日に生まれたお姫様』の話を聞いたことがあるだろう? 突然やってきて、一方的に姫を見そめてキスをする。生活は一変するのに、周りは祝福ムード。地位があるから、断るのも一苦労だ。……この恐ろしさが、お前にわかるかい?」
「わかんない」
「だったら、もう少し大きくなってから『雪の日に生まれたお姫様』の原作本を読んでみなさい。絶句するから」
まだ小さかった私に、母はそのように言うと、「おお怖い」と冗談めかして震え上がった。私は暖炉の前で困り果て、「お姫様は王子様に命を助けられたのに? 幸せな結婚をして、めでたしめでたしなんじゃないの?」と首をかしげた。
母にこの話をされたのは一度きりだったけれど、みんなが素敵だという王子様を怖いと言うなんて訳がわからなくて、なんだか頭の隅にこびりついていた。
少し大きくなってから、『雪の日に生まれたお姫様』の原作本を読んだ。
お姫様がリンゴを喉に詰まらせて倒れたところにも「よく噛め!」と驚いたけれど、王子には絶句した。この衝撃は、ぜひとも実際読んで体験してほしいから伏せるけれど──母の言うように、王子様の恐ろしさを痛感することになった。
以来、私は王子様恐怖症である。
……といっても、世の中では肯定的に語られる存在だし、王子様がさまざまなお話に出てくるからすっかり慣れて、「またか……」とほんの少しうんざりする程度なのだけれど。
この話をしても、理解を得られることはあまりない。恋愛物が好きな友人には、「だから幼馴染が好きなの?」と笑われた。
恋愛の好きとはちょっと違うけど、幼馴染、いいじゃないか。だって日常を一緒に過ごす機会が長かったってことだ。長い間、付き合いを止めるような事件がなかったってことだ。
当の幼馴染はちょっとぼんやりしているところがあるけれど、私が困っているときはいつも手を貸してくれる。
だからそんな私の元に王子様が現れたときは、軽くパニックに陥った。
私のような一介の町娘が、王子様に出くわすことなんてないとたかをくくっていたのだ。
王子が街の視察に訪れると聞いたときも、私は普段通りに構えていた。長年でこぼこしていた道路はあっという間に修繕されたし、花壇には季節の花が植えられた。人々が衣装を新調するから仕立て屋は大繁盛したし、街の飾り付けが華やかになって、王子を迎える準備万端という趣きだ。
当日、建物には旗が提げられ、ラッパが鳴って、花びらまで降り注いだ。
たまたま街に買い物に出ていた私は、あまりの変わりように驚いた。私は普段通りの服を着ていたから、思わず穴があいていないか確認してしまった。よかった。今日は穴があいていない服だ。
一際大きな歓声がわきあがって、顔を上げる。白馬に乗った王子様が、街の大通りを練り歩いていた。
私がカゴに入れていたジャガイモが一つ、転がっていく。
あわてて手を伸ばすと、目の前で馬の足がたたらを踏むように止まった。
「君、危ないだろう」
「すみません」
「いや……」
王子様は少し思案して、従者に何事かを耳打ちした。
それとなく連行されていく私を、街の人々が「あちゃー、あいつやらかしたな」という目で見ている。
──もしかして、パレードを邪魔したとかいう罪!?
私は震え上がって、「やっぱり王子様は怖い!」と慄いた。
これが、私が世にも恐ろしき王子様という存在に出くわしてしまったきっかけだった。




