27.幽体離脱
***カケル***
真夜中、寛太の兄の光太との鏡通信の為に人気のない草原に出向く。
「この通信も日常になりつつあるのぉ」
自嘲気味につぶやいた。
光太の弟への愛情は少々怖い。話を聞くと、小さい頃から、寛太が怪我をするたびに、
「お兄ちゃんの僕がついていながら怪我をさせるなんて!」と思って育ってきたようだ。
寛太が傷つくのは全て自分のせいだと変換するとは、謎の思考回路だが、幼少から両親にでも刷り込まれたのだろうか。これほど長く影響し続けるものかと恐ろしく思う。
「両親と話しても普通の人のように思えたのに、分からんものじゃのぅ」
理不尽な言いざまを長男に押し付けるような両親に見えないだけに、違和感も覚える。
「カケル様、こんばんは」鏡が光太と繋がる。
今日もまた、異世界への行き方を探る話し合いが始まる……。
かと、思いきや、光太は疲れていたようで話しの途中で寝てしまった。
「試験だとかいっておったかのぅ。この通信も毎日でなくともよかろうになぁ」
鏡越しに寝顔を眺めながらつぶやいた。
鏡通信で寛太とも直に話す光太だが、こちらに来たいという話は以前寛太に却下されたので、ワシとだけ話をしている。
夜中こっそりとは、よくやるものだ。ワシは睡眠をとらずともよいが、光太はそうではあるまいに。
「いいえ、毎日必要です。いつ状況が変化して僕がそちらに行くチャンスが訪れるか分からないんですから!」
「ん??」
光太の声がする。鏡の中ではスヤスヤと寝ているのに?
「カケル様!僕、寛太の世界に来てます!幽体離脱で!?寛太に会いに行かなきゃ」
「じょ、状況を整理せねばならぬ、しばし待て、待て~~、そっちじゃない!」
暴走する幽体の光太は、野生の勘?で、北上していく。半透明で浮遊しているのでスピードが速い。
大慌てで追いかけてシャツをくわえて引き戻す。実体のように触れた。よかった。すり抜けて行っておったら厄介なことになるところであった。
しぶしぶ宿に連れてきた。
皆を起こそうとしたら、
「しーっ、待って、寝顔を堪能したいから朝までここで」
「馬鹿ものが!早く戻らねば一生戻れぬかもしれぬのだ。急がねばならぬ!」
ワシの大声で皆が飛び起きた。リオは図太いので寝ていたが……。
***光太***
「光太ちゃん!?透けてる!死んじゃったの!?」
「光太ちゃん??」
柚子と寛太が叫んだ。
「う~ん、多分死んではない、と思う。ね、カケル様?」
「分からぬ。じゃが、すぐに戻った方が良いことは確かじゃ」
「なんで、こんなことに?」
状況が呑み込めていない寛太を僕は優しく抱きしめた。
あ~~~、寛太だ!僕が何より大事にしてきた弟だ。
僕は覚えている。まだ二歳だったけど、はっきりと覚えているんだ。
母さんの兄さんが事故で亡くなって、病院に駆け付けた時のことを。デパートの大規模爆発という前代未聞の大事故で、病院は大人の怒鳴り声でいっぱいだった。
一緒に大けがをした兄嫁さんは手当が後回しになっていた。
半狂乱になって病院のスタッフを呼ぶ母親に、弱弱しく手をのばして、
「私よりもお腹の赤ちゃんを助けて、寛太って、もう名前も付けて、いるのよ。光太ちゃん、仲良くしてあげて……」とほほ笑んだ女性は、最後に僕の目を見ながら意識を失った。
その時に僕は見たんだ、温かい光が女性を包んで、お腹のなかに入っていくのを。
その後は、慌ただしかった。葬儀が二つ、両親はそれぞれの親族の対応に追われ、僕と赤ちゃんの寛太は、部屋の隅で二人でいることが多かった。
「かんた、おとうと、なかよしね」
僕は呪文のように呟きながら小さい手を寛太に伸ばす。そうしたら、もっと小さな手が僕の指を掴む。
温かな光を宿した僕の特別な弟、絶対に守る。そう誓った。
その弟を抱きしめて、僕は泣いた。幽体でも涙は出るようだ。
護れなかった弟。あの女性の死の間際に託された大事な弟。
子どものころからの大切な誓いは、異世界転移という訳の分からない現象によって、無残に砕かれ、怒りの矛先さえ見当たらなかった。そんな弟を抱きしめられるところまで来たんだ!
泣いている僕の頭上で、カケル様がこれまでの夜中のミーティングその他、内幕を暴露してしまった。
「光太ちゃんの馬鹿!無茶しちゃダメだっていってるのに。僕の為に危険な事をしちゃ駄目なんだよ!」
普段温厚な寛太が激怒した。
***寛太***
「鏡の中の光太ちゃんを見せて!」カケル様をせかす。
スヤスヤ寝ている。顔色もいい。少し安心する。
「鏡の中に幽体を押し込めたら、勝手に体内に戻れるのかしら?」
光太ちゃんの顔をグイグイ鏡に押し付ける柚子。
ダメそうだ。
「あの、光太さんは寝ていたら、こちらに来ていたとのことですから、もう一度寝てみたらどうでしょう?」
ピートが提案する。
「あ、改めまして、ピートさん。突然夜中にすみません。鏡越しではご挨拶しておりましたけど、光太です。いつも弟がお世話になっております」
「あ、ご丁寧に、こちらこそ」
「挨拶はいい!早く寝てみて!」柚子の眠りの魔法が光太の頭上に降り注いだ。
幽体にも無事に効いた。寝ている幽体を鏡に押し付けるとスルスル通り抜けて行って、無事に光太の中に戻っていった。
「「よかった~」」
まだ起きない光太を見ながら、こちらの世界の皆で安堵のため息をついた。




