1.はじめましては喧嘩腰
***寛太***
優秀な者はみんなこの高校を目指していると言われ、近隣では一目置かれる。そんな高校のお昼休みは平和なものだ。静かに本を読んでいるものもいれば、問題集を開いて勉強している者もいる。
友達と談笑している者も、控えめな声だ。
そして、その控えめな声の中に、物騒なキーワードが混ざっていた。
「かんちゃん。あなたね、もっと他にやることあるでしょう?高校生活エンジョイしなさいよ。一日教科書開いて勉強だけしているなんて、不健康だわ。教科書破り捨ててやりましょうか!?ほら、私なんて見てごらんなさい!スケジュールはパンパンよ!」
柚子は教科書を取り上げて、自分のスマホのスケジュールを見せてくる。ツヤツヤで良い匂いのする黒髪ストレートがサラサラと揺れている。女子はみんなうらやましがってお手入れを聞きたがるが、特別なことはしていなくて、家族全員で使っているリンスインシャンプーを愛用しているのが真相だと、幼馴染の僕は知っていた。
「ユズ~。本当に僕はいいんだよ。勉強が趣味みたいなものなんだから、お構いなく」とそっけなく返事をした。
僕は寛太。ちょっとくせっ毛の髪は伸びすぎ一歩手前で目が隠れているが、可愛らしい顔だと言われるのがコンプレックスなので、それでちょうど良いと思っていたりする。
教科書を取り戻し、再び鉛筆を持つ。
「も~。かんちゃんったら、昔だったら、ユズがそう言うならって言ってもっと頑張ってたわ!可愛げと素直さをどこに忘れてきちゃったの?」
柚子は負けずに話しかけてくる。
「どこにも忘れてないよ。可愛げがありすぎて、今でも光太ちゃんや、渉兄ちゃんに構われまくってるし、ユズにもおもちゃにされている。素直さについては、勉強が好きだから素直に勉強してるんだし、十分あるよね」
今日は、なかなか頑張って言い返している。でも僕たちの関係は、いつも柚子が親分で僕は子分、良くも悪くもだ。
僕が困った時に一番に相談するのは柚子だし、一番困らされるのもまた柚子にだった。
光太は二つ違いの兄で、渉は柚子の二つ違いの兄だ。兄同士も仲のいい幼馴染。こんな環境で一人だけ女の柚子はみんなのお姫様だ。そのあたりの事は幼いころから身に染みて感じているので、柚子に逆らわないという処世術を身に着けたツワモノだと自負していたりする。
妹気質で乗り切る場面と、姉御肌で引っ張っていく場面とを、ハイブリットに使い分ける柚子に勝てるものはそうそういない。のらりくらりかわす僕を『猛獣つかい』と兄たちに揶揄われたりもする。
そんな二人の定番のやり取りをBGMにしていた昼休みの教室に、突如、光が満たされた。驚く一同に声が届く。
「聖女よ。召喚に応じよ!」
そして、柚子と僕は異世界へと飛ばされた。
***柚子***
ドサっという音で飛び起きた私は、隣に寛太が横たわっているのを見て、手を伸ばす。意識はないが、温かい体にホッとしたのもつかの間、
「聖女様、ようこそお越しくださいました」と大仰な衣装を着た老人が視界に現れた。
「かんちゃんと私が聖女!?っていうか異世界って本当にあるの!?」と驚く私に、老人は、
「異世界?」と不思議そうにする。
パニックになりそな頭を必死で制御し、かいつまんで地球の説明や、小説なんかで聞きかじった異世界の定義などをなんとか説明した。
フムフムと頷きながら聞いていた老人は、
「聖女様が異世界から来たというならそうなのでしょう。我らが神は二百年に一度、聖女様をこの大聖堂に召喚なさいます。貴女様の魂が間違って、そちらの世界に行かれていたのを、呼び戻されたということかもしれません。神のみぞ知ることで私共には想像するしかできませんが……。従来は、この世界のいずれかの国の女性がこの大聖堂に召喚され、その栄誉に感涙し、責任に震えるものです」と言った。
『なんじゃそりゃ?マジか?知ったこっちゃないし』と思ったが、冷静を装った
「そんな状況じゃあ、元の世界に戻れるかどうかもわかりませんよね?」と聞く。
「そうですね。過去の資料にもそのような記述は無いと思われます」と言い切ったのは、老人の隣の中年の男だった。
栄誉に感涙する乙女の出現が見られると思っていたら、喧嘩腰の生意気な娘が登場して、驚いている教会幹部だったが、ここまで上りつめた海千山千の者たちだ。すぐに表情を取り繕った。
だが、寛太に向けた、冷たい一瞥は、隠せなかったようだ。
私は、大事な幼馴染が軽んじられることに自慢じゃないが敏感だ。
「その子は、寛太。私の幼馴染。かんちゃんが聖女っていうのでないなら、間違って一緒に来ちゃったってことになるみたい。でも絶対に離れないから、そのつもりでね!」と釘をさした。
小学生の頃は、勉強ができてもスポーツが出来ない男の子は、下に見られがちなものだ。そういったものから、家族に過剰防衛とたしなめられるほど、守って来た私からしたら、今もその時だ。盛大に嚙みついてみせた。
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