婚約破棄ですね、承りました……の前に
「バイオレット・ヒース伯爵令嬢! 貴様とは今日で婚約破棄だ!」
王立学園の卒業パーティーにシェリオ第三王子の声が響いた時、会場の皆は驚きませんでした。
シェリオ殿下の心が男爵令嬢のゼラに奪われているのは、誰もが知るところだったので。
もちろん、婚約者である私とて気付いてました。ええ、ムカついてますわ!
「貴様には、貴族が持つべき魔力が無い! そのような者の血を王家に入れるわけにはいかぬ!」
命令を言い渡すかのようなシェリオ殿下と、勝ち誇った顔のゼラ。
この国の貴族は、十歳の時に教会で火・水・土・風どの魔法の属性かを検査し、その属性に合わせて魔法を使えるように鍛錬します。
私とシェリオ殿下も十歳の時一緒に検査に行ったのですが、私は属性無し、つまり魔力が無いと判断されました。
ちなみに魔力無しはままある事で、魔力が無くても特に困る事はありません。
なので、王立学園に入学してから魔力鍛錬の授業では私は見学席に座り、他の生徒が魔力で小さな火を起こしたり土を掘り起こしてるのに、魔力の多いシェリオ殿下がバシバシ水の球を的に当てまくるのを小さく拍手しながら見ていました。
やがて殿下の横に同じくらい魔力の強いゼラが並ぶようになります。
そのうち二人は私を見下し嘲るようになりました。
わざとゼラを傍に侍らせ、仲睦まじい様子を私に見せつけ、二人で私の話をしてはクスクスと笑う。
聞こえないふり、傷つかないふりで過ごしてあげたのに、その上そちらから婚約破棄ですか?
はい、ブチ切れさせていただきます。
「殿下。失礼ながら、私は属性が無いだけで、魔力が無いのではありません」
検査で属性が現れないのは、魔力が無いか、属性に囚われない魔力を持つ場合。後者はほとんど都市伝説レベルだけど、私はそのパターンだった。
「ふざけるな。言うに事欠いて魔力があるだ? それなら何故もっと早くそう言わぬ」
あ、信じてませんね。
「魔法はシェリオ殿下が私に唯一勝てる事ですので、がっかりさせては可哀想と思いまして」
会場の皆が吹き出すのを堪えるのが分かる。
殿下の成績はどの教科もぼちぼちで、魔力が多い事以外突出した事なんてありませんものね。歳の離れたお兄様二人が優秀なので、後継になる事は無いと甘やかされたのもあるのでしょうが。
さすがに嫌味が通じたようで
「それなら今ここで魔法を使ってみせろ!」
と、怒鳴られた。場所を弁えるという事を忘れてますね。
「シェリオ殿下。公共の場での魔法の使用は禁じられております」
「王子である私が許可する!」
確かに、公共の場では一番身分の高い者とその者が許可した者には魔法の使用が許されるけど、それって非常時の話ですよ? 皆が一斉に魔法を使って混乱しないようにって意味です。
って、この状態で何を言っても無駄でしょう。
「えー、では、水魔法は出来ませんが、こんな事は出来ます」
と、テーブルに向かって両手の平を向けると、配膳用テーブルにのっていた十数個のグラスが浮き上がり、そのままフワフワと移動してシェリオ殿下とザラの上で止まって一気に上下が逆さになった。中身の果実水やワインが殿下とザラに降り注ぐ。
カラフルな水を滴らせる二人の怒りに気づかぬふりで、私はグラスをまたテーブルへと運んで割ることなく着地させた。
次に、
「風魔法や火魔法は出来ませんが……」
と、天井から吊り下げられたシャンデリアに両手の平を向けると、シャンデリアに刺さっていた無数のロウソクが外れ、私がシェリオ殿下へ手を向けると一斉にシェリオ殿下とザラに飛んで行く。
皆の悲鳴が響くが、飛んでいる間に火は消えてロウソクのみがポコポコと二人に当たった。
「あと、土魔法は出来ませんが」
と、シェリオ殿下とザラの足元に両手の平を向けると、あっという間に大理石の床に無数のヒビが入り、二人は足元に出来た穴の中にスポンと落ちた。
抱き合いながら腰まで穴の中に入っている間抜けな姿の二人に、護衛たちも助けるべきか戸惑っている。
私は穴の中の二人の元へ行って声を掛けた。見下ろす形になって、まるで悪役令嬢のようですがごめんあそばせ。
「ご納得いただけましたでしょうか」
固まった二人が返事をできないでいるので、話を続ける。
「自ら私の魔法を受けてくださって、ありがとうございました。でも、殿下には防御魔法を使って欲しかったですわ」
視線を私たちを見ている人たちに向けて、とても心配そうに語る。
「もし、私の魔法の制御が狂って、グラスが誰かの頭を直撃したり、ロウソクの火がどなたかのドレスに引火したり、床ではなく天井が崩れ落ちて会場にいる人が下敷きになったら……とは考えませんでしたの? ここでそれを防御する魔法が使えるのは殿下だけだと自覚されてました? ご自分が皆を守らねばならないと思ってました? 婚約者への断罪なんかより重要な事だと」
万一の状況を想像した皆の、殿下たちへの視線が冷たくなる。
「あなたの魔法は自分の強さを誇示するためのもので、人を守るものではないのですね。婚約破棄、確かに承りました」
冷たく言って、二人に背を向けて会場の出口に向かって歩き出す。
「守る……」
シェリオ殿下がブツブツと何か考えてるみたいだけど、思い出そうと思い出すまいと、もうどうでもいい。
私は忘れる。
属性判定で属性が現れなかった時、魔力が無いのではと言われたけど自分の体の中を巡る魔力に戸惑っている私に
「バイオレットは魔力がなくてもだいじょうぶだぞ! わたしがバイオレットを守る!」
と、力強く言ってくれたシェリオ殿下に「もう魔法なんていらない!」と思ってしまったなんて。
魔法鍛錬の授業で的を当てまくるシェリオ殿下に、「私を守るために頑張ってくださっているのね!」と思ってたなんて。
絶対に絶対に、家に帰るまでに忘れてやるーーーー!