ラスト・マスカレード
仮面なんて、つけた覚えはなかった。
でも、今になって思う。俺と彼女は、ずっと静かに仮面をかぶっていたのかもしれない。
ネクタイピンなんて普段は使わない。営業まわりの時も、乱れるし誰も見ちゃいない。
それでも俺は、クローゼットの奥にしまった"あれ"を捨てられずにいる。
銀に近い艶のあるグレー。裏には俺たちだけにわかる言葉が彫ってある。
"some root, differmt shape" 同じ根から生まれた違う形。
彼女がそう言った時の表情は忘れられない。
「私はブレスレット、貴方にはネクタイピン、意味わかる?」
「繋がっているけど同じにはなれないってことか?」
「ちょっとおしいけど、まあ、そんなところかな・・・」
若くもなく派手でもない関係だったけど静かに寄り添っていた。
けど、最後はあっけなかった。
「お互い、ちょっと違う方向へ行きすぎたね」
「うん、誰が悪いとかじゃないから、ややこやしい」
そう言って別れた。その後妙に長くあの記憶だけが、心に居座った。
今日、得意先の打ち合わせのあと、時間ができて街を歩いた。彼女とよく歩いた場所。
何気なく入ったギャラリーで、懐かしいサインを見つけた。
"京子.H" あっ、そうだ、彼女はあの後ジュエリー作家として独立したんだった。店も構えた、とも聞いたけど、深くはたずねなかった。
気付かないふりをしたまま、展示をぐるっと一回りする。
でも一つの作品の前で立ち止まった。
ガラスケースの中にあるブレスレット、見覚えがある。細いチェーンに幾何学のチャーム。あのとき彼女が付けていたものによく似ている。形は変わっているのに、あの時の空気だけが確かに残っていた。
帰り道コンビニのコーヒーを片手に、ふと、ポケットを探る。
無いに決まっているネクタイピン・・・
無意識に触れたくなった。ひとつしかないもの、あれを作ったときはそれが永遠になる気がしていた。でも、違ってた。
"永遠"って、ふたりで努力しないと続かない。
今なら、思える、たとえ、同じ方向を向いていなくても、彼女が別の誰かと人生を歩いていたとしても。
あの頃確かに、俺たちは、『仮面の奥で同じものを見つめていた二人』だった。それがおれたちの"ラストマスカレード"
仮面のままでもちゃんと好きだった。
だから今はもう、その記憶に少しだけ手を振れる。
次の出張には、ネクタイピンを付けて行こう。
誰にも気づかれなくても、俺自身が"かつてそういう時間があったこと"を、忘れずにいたいから・・・・・